第101話 コスプレおばさん、神様に合う。


「ここが会場ね」


 実家から荷物が届いた次の週末。

 私は憎き課長から振られた仕事を木戸くんに代わってもらってとあるイベント会場を訪れていた。


「それにしてもこの格好ってやっぱり恥ずかしいわね」


 今、私が着ているのはエタメモに出てくる魔術学校の制服だ。

 フリフリのスカートで魔法使いのローブを付けたいかにも二次元らしい学生服。

 とても成人した一般女性が着て歩き回るのに相応しくないこの格好を私はしていた。

 この会場に来るまでに電車で何人もの人にカメラを向けられたし、なんなら鼻息の荒い知らないおじさんから声をかけられて怖い思いもした。

 そんな思いをしながらも私がこの格好なのはゲーム会社あなざーとすから送られた荷物が関係している。

 キャンペーンに応募した人の中から抽選で選ばれた人に送られた荷物の中にはこのコスプレ衣装とイベントへの特別招待券が入っていた。


「イベント参加条件がコスプレ衣装着用って炎上してもおかしくないんだからね」


 招待券に書かれたまさかの条件を達成するためにコスプレ衣装に身を包んだ私。

 いやまぁ、ノア・シュバルツであった時はこの制服が代々継承されてきた伝統あるものだって知っていたし、日常的に同じ格好をしていた学生に囲まれていたから何も違和感を感じなかったのだ。


「招待券の確認はこちらで〜す」


 恥辱に耐えながら歩いていると首から名札をかけたスタッフらしき人が立派な門の前に立っていた。

 イベント会場はなんと実際に海外の貴族の人達がもてなされるのにも使用されている洋館だった。

 今日は特別に貸し切ってあるそうだけど、ゲーム会社がこんな場所でイベントをするとは思っていなかった私は緊張気味だ。


「招待券確認しますね。いや〜、それにしても入場前から衣装着てるなんてお姉さん気合い入ってますね」

「え? 参加条件ってコスプレじゃないんですか?」

「確かにコスプレ必須ですけど中に更衣室があるんですよ。同封された紙に書いてませんでしたか?」


 スタッフさんの言葉を聞いて私は固まった。

 荷物を開けた時にエタメモ世界での記憶を思い出したのだが、その事に集中していて紙を見落としていた。


「そ、そうなんですね……」


 ここに着くまでの恥ずかしい体験が全て私のミスによるものだと気付かされてかなりへこむ。

 確かに同じイベント参加者の中にも入場前からコスプレしている猛者なんて見当たらなかった。

 洋館の中に入り、他の人が準備に手間取っている更衣室をスルーすると洋館の中庭に出た。

 貴族のお茶会をモチーフにしたこのイベントはあなざーとすが用意した飲み物やお菓子を食べながらゲームの色々な情報を楽しむという内容だった。


「流石にここはコスプレしている人だらけね」


 更衣室を抜けた先には同じように魔術学校の制服を着ている参加者が沢山いた。スタッフもメイド服や執事服を着て会場の雰囲気を盛り上げていた。


「あの人はマックスのコスプレ、こっちはティガーのコスプレしているわね。女性なのに男性のコスプレ出来る人って羨ましいよ」


 ゲームやアニメを楽しむオタクの私だけど、コスプレには中々手が伸びなかった。

 今も普段の化粧をした私がそのまま制服を着ているせいでおばさんがちょっと無理して若作りしている感が出ている。

 会場内を一通り見渡すと、私の知っている彼らによく似た人達はいて、それでもここはあの世界じゃない。

 あっちからこちらへ戻ってきたというのに私は一人ぼっちの孤独を感じていた。


「それでも、私には目的がある」


 記憶を取り戻してあれこれ考えた。

 その中で私が決めたのはエタメモについての詳しい情報を集めることだった。

 特に一番気になっていたノア・シュバルツの中にあった災禍の魔女の魂について。そして、ロナルド・ブルーという少年について。

 エタメモの攻略していなかった最後のルートも仕事終わりに徹夜を続けて終わらせた。見落としていた場所がないかを確認するために二週目もプレイして、制作スタッフのSNSも巡回した。

 でも、未だに私が求める情報は出ていない。

 だからこのイベントに参加すれば何かが判明すると信じてやって来た。


「会場にお集まりの皆様。これより《輪廻転生物語 エターナルラブメモリー》のリアルイベントを開始します。最後までお楽しみください」


 アナウンスが流れていよいよイベントが開始される。

 初めはゲームの振り返り映像や声優陣のインタビュー

 。そして景品がプレゼントされるビンゴ大会などが続いた。

 ここまでは私もよく知るゲームのリアルイベントでよくある企画だ。

 用意された席のテーブルにある飲み物やお菓子を食べながら大事なことを見逃さないように目を凝らす。

 周囲にいた他のお客さんは純粋に楽しんでいるようだけど、私は心の底から笑えなかった。ただ込み上げてくる焦燥感と自分の無力さに悩みながら答えが出るのを待った。


「ではここで重大発表を行いたいと思います。既に周知はあったと思いますけど、ゲームのアップデート内容についてですね」


 来た! と私は落ち込んで徐々に下がっていた頭を上げる。


「ここからは開発スタッフで我が社の社長でもあるカーターさんに登壇していただきます」


 司会のアナウンスによって会場前方のメインステージに現れたのはオールバックのブロンドヘアーの青年だった。

 ハリウッドスター越えの美貌の彼に参加者の口から黄色い歓声が漏れる。

 二次元の世界にいても違和感のないような神の作った芸術作品のような人物だった。


「紹介にあずかりましたカーターです。本日は遠いところからわざわざお越しいただきありがとうございます。このように集まっていただいたのは開発者冥利に尽きます」


 マイクを通して聞こえる声には不思議な力があって、イケメンの登場に騒がしかった会場が途端に静まり返る。

 誰もが彼の言葉に耳を傾け、啓示を受ける信者のようにうっとりとした顔でその姿を見つめる。


「ふふっ。こうなるからあまり表舞台には出たくなかったんですよね」


 それは冗談だったのか、本心なのかはわからないが困ったように彼は笑い、一瞬だけ私と目が合った。


「……いや、しかし。やはりこの発表をするのは私以外には務まりませんね」


 目が合った瞬間に彼の眉がピクリと動いたような気がしたが、それから何の問題もなく舞台は進行した。

 新たな映像がスクリーンに映し出され、追加シナリオや追加キャラクターについての情報が初公開されてコミカライズの発表やアニメ化企画が立ち上がっているこも伝えられた。

 用意していた情報を全て発表してカーターさんが降壇すると会場の盛り上がりは最高潮を迎えた。

 私はその熱気の渦の中で、一人だけメモ帳を開いて聞いたことを書き記す。

 そしてそれを脳に刻み込むように反芻しながら頭を回転させる。


「そうか。そういうことだったのね。だとしたら私が彼に殺されても仕方なかったじゃない……」


 理由は分かった。

 そして、意外な人物が既に登場していたことも判明した。

 それでもまだ納得のいかないことがあった。


「……もしもあの世界がこのゲームと同じだったとしたら私が死んだ時点で全て終わっているはず。けど、彼は私から魔女の力を奪った」


 エリンやキッド達なら後の始末を上手くやってくれると私は信じて死んだ。

 彼らを疑うつもりはないけれど、何か底知れない嫌な予感がする。


「失礼ですがそこのお嬢さん。少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか」


 必死になって考え事をしていたら突然声をかけられた。

 深い思考の海に沈んでいた私の意識は呼び戻され、声の主を見る。


「……カーターさん?」


 目の前に立ったいたのは先程までステージ上にいたあなざーとすの社長兼エタメモの開発者でもある男性だった。


「はい。私はカーター。あなたの求める答えを知る観測者にして、現世をお忍びで遊び歩く神様です」




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