第102話 エターナルラブメモリー前日譚。


「どうぞそちらの席に。飲み物は紅茶しかないのですがよろしいでしょうか?」

「いえ、お構いなく。実はイベント中に飲み過ぎちゃって……」


 エタメモのイベントがあった洋館。

 その一室に私とカーターさんは向かい合って椅子に座る。

 普段はカフェテラスとして一般のお客さん相手に営業をしているそうなのだが、今日は貸し切りになっているので他の人の姿はない。

 あなざーとすのスタッフさんも会場の撤収作業に追われている様子で、この場には私達しかいない。


「それで、私に何か用ですか」


 少しだけ低く、鋭い声が私の口から出る。

 それもそのはずだ。彼はステージから降りた後に私の元へやってきて声をかけた。

 新手のナンパだったりするのか? と疑った私に対して彼は自称神を名乗ったのだ。

 そんなの絶対に危ない人じゃん! と普段の私ならその場から急いで立ち去り、警察にでも通報してやりたいが、気になったのは彼が言った別の言葉。


「私が、というよりはあなたが、というべきでしょうね。あなたは答えを求めてこのイベントに参加した」


 カーターさんが私に用があるのではなく、私が彼に聞きたいことがある。

 それは……その通りだ。

 イベントを見ていて分かったけど、ゲームの制作やイラストは他のスタッフさんが頑張って作ったそうだが、ストーリーの内容やキャラクターについてはカーターさんが全て受け答えをしていた。

 事実、ゲームのEDでも脚本家には彼の名前が記載されている。文字通り、エタメモの生みの親なのだ。

 だから、私は彼と話さなくてはならない。彼から聞き出さないといけないことがある。そして、その結末がどうなってしまうのかも。


「あの、私が貴方に聞きたいのは、」

「おっと失礼。先に言っておかなければならないことがありました。アルビオン王国について、ノア・シュバルツが死んだ後の結末について私に答えられることは何一つありませんよ」

「……え? どうしてそれを?」


 まさしく私が今聞きたかったことを先に口に出されてしまいポカンとしてしまう。


「今、あそこは私の力すら及ばない領域へと変化しています。かの邪神の力が邪魔しているようでね」

「領域? 邪神の力?」


 カーターさんの口から出てくる数々の言葉の意味がわからない。

 私が困惑しているのに気づいた彼は軽く咳払いをして困ったような笑みを浮かべた。


「あー、さっき自己紹介をしましたが、私は神様です。嘘つきや頭のおかしい人と思うでしょうが事実です」

「はぁ……」


 ほら、言わんこっちゃないと彼の眉が困ったように垂れ下がる。


「そうですね、私の主な権能は世界の観測です。数多の世界を観測し、そこに生きる人の営みや大きな事象を見るのが仕事、役割なのです」


 相変わらず何を言っているのか不明だけど、嘘をついている様子はない。

 説明に悩んではいるようだが私の目を見てしっかり話してくれている。


「あなたがいた世界についても観測させてもらっていましたよ。女神と邪神、それから聖獣達について」


 やっと知っているワードが出てきた。

 聖獣。アルビオンの五大貴族のうちシュバルツ家以外の家が使役している召喚獣だ。

 あれ? 確か聖獣達って女神様から大地の守護を任された伝説の生き物って設定だったわよね。


「カーターさん。その話っていつ頃の話をしてますか?」

「そうですね。最初に邪神が現れた七百年くらい前の話ですよ」


 七百年というワードは魔術学校で習った歴史の授業に出てきた。

 アルビオン王国がユグドラシル大陸に建国されたのが七百年近く前だったという。


「……待ってください。どうしていきなり神話の時代の話になるんですか? 私が聞きたいのはエタメモの時代の話で、」

「そんなの決まっているじゃありませんか。邪神こそがかの世界を混乱に陥れて神造魔獣を作り出し、女神を混沌へ傾けて災禍の魔女を誕生させたのですから」

「っ!?」


 ポロッと漏らされた驚愕の事実。

 あの滅茶苦茶強かったガタノゾアを作ったって言った!? それに魔女を誕生させたってどういうことなの!?


「ふむ。その驚き具合だと何もご存じ無いようですね。ご自身の存在も転生についても」


 次々に飛び出すとんでもないキーワードで頭がいっぱいになる私を見てカーターさんはゆっくりと子供に読み聞かせをするような口調で語り始めた。


「では、一から話しましょうか。《輪廻転生物語 エターナルラブメモリー》の誕生秘話を」






 ◆






 それは遥か昔のことだった。

 それぞれの世界には世界を運営する管理者という神が一人ずついた。

 とある女神もその管理者で自分の世界を一から作り上げて人間が住める環境を生み出した。


 人間が増えてくると管理者はそこに住む生物達に世界の行く末を託して自らは干渉せずに、見守ることを選ぶ。

 それでも女神は未だに幼い人類を心配して彼らを手助けしたり世界の調整を行うための眷属を生み出した。

 それが守護聖獣と呼ばれる存在だった。

 当初、人間達は守護聖獣を神として祀り、五つの部族が大陸の統一をかけて競い合っていた。

 彼らの競争は痛みを伴うものだが、それが正しい姿だと他所の世界から学んで運営していた女神はただ見守っていた。


 しかし、ある日世界に大きな穴が空いた。

 世界と世界を隔てる境界線を破って侵入してきたのは恐ろしい邪神だったのです。

 この邪神、元は女神と同じ管理者だったが、自らの世界を欲望のままに弄くり回して壊してしまい、それ以降は他所の世界を自分の物にするために干渉を繰り返していた。

 邪神の好きにさせれば世界は悪影響を受け、人間は互いを殺し尽くし、大地は生命の住めない環境になってしまう。


 事態を深刻だと判断した女神は自らの力の大半を人型の依代へと移して人間の住む大地に降り立った。

 そして、競い合っていた五つの部族と聖獣達に呼びかけて邪神に対抗するための国を作り出した。

 これが女神ユグドラシルが建国したアルビオン王国の成り立ち。


 女神達と邪神の争いはしばらく続いたが、一丸となった女神や人間達に対して他所から来て少数の使い魔しか従えていなかった邪神は次第に劣勢に追い込まれて倒された。


 女神が作った依代はそのまま人々から神と崇められ、初代女王として歴史に名を残した。

 王族となった依代はそのまま人間との間に子をもうけて平穏な日々が続いた。

 だがしかし、邪神は自分が消える直前に自らの情報を保存した因子を依代の魂へと混ぜ込んでいたのだった。


 時が経って二百年前。

 女神の依代の魂を持った双子の女の子が誕生した。

 二人は女神の依代である初代女王にそっくりな容姿をしていて、その力も絶大だった。

 しかし、成長をしていくと共に双子の片方に異変が訪れる。

 自分の魔力を制御出来ずに暴走したり、湧き上がる破壊衝動に駆られて人を苦しめたりするようになった。

 それは邪神が埋め込んだ因子の影響で、双子の片割れは徐々にその精神を邪神に支配されていき世界を滅ぼして邪神を復活させようと動き出した。

 この闇堕ちしてしまった片割れこそがのちに災禍の魔女と呼ばれる存在であり、残ったもう片方は神話をなぞるように聖獣と共に魔女を倒した。


 ところが、これこそが邪神の狙いだった。

 女神の力の半分を持った魔女が死ぬことで世界の維持に必要だった力が足りずに異変が起き始める。

 魔女が残した呪いによって王族はその数を減らしていきとうとうアルビオンに住む王族は絶えた。

 女神の力が弱まったと同時に聖獣達にも影響が現れて召喚できる者が居なくなってしまった。

 こうしてアルビオン王国は邪神の使い魔の成れの果てである魔獣によって滅びる運命が決まってしまった。






 ♦︎






「如何ですか? これがエタメモが始まる直前までの世界の歴史です」


 一区切りがついたとカーターさんは紅茶を口に運んだ。

 私はただ俯いて話を聞いていた。


「そんな壮大なスケールの話があったなんて知りませんでした」

「ええ。エタメモの世界ではこの話について知っているのは女神の依代とその転生者、それから聖獣使いのみです。邪神について調べて逆に悪影響を受けてしまわないように初代女王は神話を誤魔化して後世に伝えました。聖女と呼ばれた双子の片方は自らの半身が魔女として蔑まれることを恐れて邪神の因子については口外しませんでした。書物には書き記したようですが」


 カーターさんが言っているのはロゼリアさんからエリンが譲り受けた日記のことだろう。

 双子の姉妹を自らの手にかけた聖女様はどんな辛い思いだったのか。


「聖女は一部の信用出来る者にだけ事情を話して邪神

 の因子について対策と研究を始めました」

「その一部の信用出来る者って……」

「のちのシュバルツ公爵家の初代当主です」


 四大貴族から五大貴族へと変わったのはこの頃だったはず。

 どうりでシュバルツ家が災禍の魔女の力について詳しいわけだ。


「では、神話について理解したところで次のお話をしましょう。聖女の魂と魔女の魂が生まれ変わった次の世代の話を」


 ここからが私も関わっているエタメモの時代について。エリンやその仲間達についての大事な話だ。

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