第103話 私がこの世界に生まれた理由。


 時は経って十五年前。

 魔女の因子の研究を続けてきたシュバルツ家は邪神の力が闇属性の者に影響を与えやすいと掴んでいた。

 そして、アルビオン王国の中で最も闇属性の力が強く黒魔術に精通しているシュバルツ家の人間にその因子が現れると予想していた。

 時が経ちすぎた事や途中で後継者争があったため初代が残した思いは薄れてしまったが、その研究の成果は身を結ぶ。

 二百年の時を経て邪神によって歪められた魔女の魂が転生した女の子が誕生する。

 悲劇を繰り返し、邪神の復活と世界の滅亡を目指す彼女の名前はノア・シュバルツ。


 一方で女神側も再び訪れる厄災に備えて最後の力を送り出した。

 魔女による呪いを回避するために特殊な手段を用いて聖女の転生体となる女の子が生まれる。

 王族の血を引き、魔女と戦う事を運命付けられたこの世界の希望。まさしくヒロインとしての役割を与えられたのはエリン。


 この二人の戦いがアルビオン王国の、世界の行く末を決める。

 エリンの誕生によって再び聖獣達が目覚め、世界を守るための力をもった仲間と共にノアに立ち向かう。

 ノアの持つ魔女の力に惹かれて集う凶悪な配下達。更には大侵攻という災害が襲いかかる。




 ♦︎




「ここまでが私が観測したエタメモの世界の話です」


 カーターさんが次に語ったのはエリンとノアに与えられた役割、運命についてだった。

 あんなに優しくて良い子がこんな重たい使命を生まれた時から背負っているなんてかわいそうだと思った。


「ゲームをプレイした時の内容とほぼ同じですね」

「エタメモは私が観測した見応えある世界をみんなにも見て欲しくて作ったものだからね」


 カーターさんはさらりと言った。

 他所の世界を勝手に盗み見てそれを商品にしてお金を稼ぐなんて酷い人だ。

 でも、神様ってくらいだからお金には困らないのにどうしてそんなことをするのだろう。


「不満そうな顔ですね。私が観測した世界をゲームにするのは趣味ですよ。跡形もなくなってしまう世界があればそこには誰かの頑張りや幸せ、悲劇があったのだという記録を残したい。私しか観客がいないのは寂しいですから」


 こちらの考えがバレていたようだ。

 けど、彼には彼なりの信条があって覗き見た世界をゲームにしているようだ。


「さて、私自身についての話はこのくらいにしてエタメモの話をしましょうか。あなたはゲームをどこまでプレイされましたか?」

「とりあえずメインストーリーは全部クリアしましたよ。まさかアップデート内容にあんなのがあるなんて今日知って驚きましたけど」


 記憶を取り戻してから私はエタメモをやり込んだ。

 細かい設定やキャラクターの情報を公式ホームページや有志の情報掲示板からもかき集めたつもりだ。


「アップデート内容についてはエタメモ世界を観測してしばらくしてまた新たに観測出来たのでね。最初のリリースまでに間に合わなかったんですよ」


 いくら神でもゲーム制作の納期は変えられないんですよと肩をすくめながらカーターさんは話す。


「しかしまぁ、やっとあの世界の記録を作り終わったと思えばこんなイレギュラーが迷い込んでくるとは流石の私も観測出来ませんでしたがね」

「こんなイレギュラー?」

「あなたのことですよ。あなたという存在によってエタメモの世界は私が観測した時とまるで違う分岐を選んで進んでいます。消えてなくなるはずの世界がここまで運命に抗うなんて」

「消えてなくなるはずの世界?」


 彼口から出た驚きの言葉に私は反応した。

 だって、エタメモのゲームではバッドエンドもあるけどクリアすればノアは倒されてエリンと攻略対象が結ばれてハッピーエンドになるのだ。なのに世界が消える?


「はい。だってそうではありませんか。魔女の転生体であるノアを倒してしまえば一時的には邪神の復活を抑え込み、大侵攻を防げますが、仮にも女神の力を持つのですから前回の繰り返しなんですよ」

「あっ、」


 言われて初めて私は気づいた。

 邪神と戦うために人間に力を与えた女神の化身同士の戦いは自分で自分を傷つける行為。

 そのせいで二百年前に魔女の呪いが広まり、聖獣達も姿を消した。世界は確実に弱体化してしまった。

 エリンは世界が全てを賭けて用意した最後の希望。もう次はないからこそ覚醒すればラスボスを上回る力を発揮できた。


「しばらく、それこそ百年くらいは世界は持ち堪えますよ。ただその後は何も出来ずにゆるやかな破滅を迎えます」


 元から弱っている世界はこれ以上の抵抗が出来ずに倒れてしまう。

 次に魔獣の大侵攻が起きてしまえば聖女も聖獣もいない状態で立ち向かわなくてはいけない。

 もしもガタノゾアのような魔獣が現れて砦に侵攻していたらお父様達だけで勝てたのだろうか?

 ……いや、それは無理だ。神の手が加わっているものには同じ神の力でしか対抗出来ないのを私はこの身で感じた。


「じゃあ、エリン達の頑張りも全部無駄になるって言うんですか?」

「彼女達が生きている間は大丈夫ですよ。だからこそゲームでもハッピーエンドだったのですから。最後まで彼女達は世界が滅ぶことを知らずに生きる。それは幸せと言えるでしょう」


 そんなのは詭弁だ。

 だってそれじゃあ、今までの長い歴史が全て無駄になってしまう。

 最初に世界を守りたいという願いや、姉と殺し合った自分と同じ目にあって欲しくないと託した聖女とシュバルツ家の初代。名前も知らない未来を守るために頑張って来た人達が報われないじゃない。


「そんな顔しないでください。先ほど言いましたが、あくまで私が観測していた世界線での話ですよ。今はもうどうなるのか私ですら予想がつきません。あなたというイレギュラーが全てを乱しましたからね」


 カーターさんはにやりと笑って私を見た。


「初めてですよ。観測していた世界の住人が会いに来るなんて」

「でも、私は……ノアは結局死んでしまった。これじゃ何も変わらない」

「ええ。確かにノア・シュバルツは一度死にましたが、そのくらいであなた方が諦めるなんて思っていませんよ。何せ私にバレないようにこっそりこの世界に紛れ込んで過ごしていたくらいですから。それも二十年以上前から」

「はい?」


 再度、私は間抜けな声を出す。

 私がノアとしての記憶を取り戻してからまだ二週間しか経っていない。なのに彼は二十年と言った。


「やはり、そこはまだ自覚していなかったのですね。考えてみてください。どうしてエタメモをプレイしていたあなたがわざわざあの世界に転生出来たのか。そして記憶を取り戻してからもあの世界のために情報を集めたり私と話をしているのか」

「転生は偶然で、情報収集は未練があって……」

「あり得ません。少なくとも私が管理するこの世界では異世界転生なんて認めていませんから。観測者と対象が接触するなんてそんなのタブーですよ。だってそんなのズルじゃないですか。世界への影響が大き過ぎる」


 真っ直ぐに私の目を見て、カーターさんは真剣な顔で告げた。


「黒崎乃亜という人間は魔女の転生体です。あちらの世界が破滅する運命を変えるために女神が送り込んだ異物。だからあなたはノアとしてあちらの世界に渡ることができた」


 それは今日の会話の中で一番の衝撃だった。


「わ、私は……」

『その辺にしてあげてください。異界の神よ』


 突如、知らない声が増えた。

 声の主は私とカーターさんを挟むテーブルの上にちょこんと立っていた。

 長い黒髪に金色の瞳。何度も私が見たことのあるその姿の主は……。


「災禍の魔女?」

『いいえ。今のわたくしはかつて女神と呼ばれた者の残滓、この姿はあなたの魂に色濃く残る彼女の見た目を借りただけです』


 片手で持てそうな人形姿のその女性は半透明で今すぐにでも消えそうだった。

 CGやホログラムじゃない、神秘的なその現象は魔術によるものだ。

 この世界じゃ魔術は使えないと思っていたのに。流石は女神さん?


「まさか魂送り込んだ本人が出てくるとはね」

『わたくしは彼女が本当の自分を知った時現れるように用意したナビゲーターです。万が一、異界の神と接触した時の交渉人でもあります』


 女神さんは私の方を向いて優しく微笑みかけた。


『こんなことに巻き込んでしまってごめんなさい。けれど、こうして話せて嬉しいです。あなたの頑張りはずっと側で見守っていたので』

「それはどうも……」


 なんだかとても包容力を感じる穏やかな声をしている女神さん。

 私は思わず彼女の母性……バブみを感じてしどろもどろになる。


『さて、異界の神よ』


 女神さんはカーターさんの方を向いて頭を下げた。


『どうかわたくしがした行いを許してもらえないでしょうか。他の世界への直接干渉は禁忌だと知っていました。ですが、かの邪神から世界を守るためにはどうしても必要なことだったのです』


 深く、深く頭を下げて真摯に謝罪する女神さん。

 私には実感が無いけれど、神様達の間では本当にやってはいけないことだったというのは察せられた。

 カーターさんの反応がどうなるのかがわからなくて私は恐る恐る彼の顔色を伺った。


「はぁ……。頭を上げなさい。確かに他世界への干渉はタブーですが、私は別に怒ってはいませんよ。むしろ、楽しんですらいます」


 彼はくっくっくっ、と楽しそうに笑っていた。


「世界の観測とは一方的に見るだけでしたからね。逆に私に会いに来る者がいるなんて初めてなんですよ。黒崎さんなら分かって貰えると思いますが、自分の好きなキャラと三次元で会えたら嬉しいですよね?」

「それは勿論です! 推しとリアルで触れ合えるとか神では!? ……あっ、神でしたね」


 思わずオタク全開で興奮して大きな声が出てしまった。

 恥ずかしくて顔から火が出そうだ。


「そういうことです。ですので怒ってはいませんよ。まぁ、今後は控えていただきたいですけど」

『感謝します。異界の神よ』


 神様同士でバチバチした展開になってしまうのではないかと心配していたけれど杞憂だったみたいだ。


「それで、どうするつもりでしょうか。あちらで肉体の死んだノアの魂をこちらに送っても世界の行く末は変わらないでしょう。私ですらも邪神の影響であちら側を観測出来ませんよ」


 そうだった。

 生徒会長に、ロナルドに刺されて力を奪われたせいで私は死んでしまった。

 意識が日本に戻れたのは女神さんのおかげかもしれないけれど、こっちでいくら頑張ったとしても私はもう……。


『いいえ。彼女は、ノアはまだ死んでいませんよ』

「「はい?」」


 驚いて変な声を出したのは私とカーターさんだった。


「私が観測した時点では彼女は間違いなく死んだ。死ななくては魂の転生は不可能なはずでは?」

『その通りです。ですが、ノアはまだ完全な死を迎えていません。心臓は止まっていますが、命の種火はまだ消えていないのです』


 女神さんがふわりと宙に浮かんで私の胸に飛び込んで来た。

 彼女はそこで私の心臓の辺りに触れる。


『あなたの仲間がまだあなたの命を繋いでいます。仮死状態のあなたが目覚めれば黒崎乃亜はノア・シュバルツとして蘇ります』


 女神さんの言葉を聞いて、エリンの、みんなの顔が思い浮かんだ。

 私はまだエタメモの世界に行けるってこと?


「そんな……滅茶苦茶ですよ」

『はい。わたくしも予想外でした。邪神の悪あがきのせいでこちらの計画は全て崩れたので諦めていましたが、細い絆の糸はまだ繋がっています』


 カーターさんは信じられないという顔で女神さんを見た。

 女神さんも苦笑いをしていた。


「あの、女神さん。もしも私があっちに帰るとしたらここでの、日本での私はどうなるんですか?」

『それはわたくしにはわかりません。どうなるのでしょうか? 教えていただけませんか異界の神よ』


 私の気持ちとしてはエタメモの世界に戻りたい。戻らないといけないに決まっている。

 けれど、日本での心残りだってある。友達の絵里と木戸くんの結婚式も見たいし、何年も顔を見せていない両親に二度と会えないのは……。

 中途半端だってわかってる。我儘なのも理解してる。


「何百年もの重みがあるのは知ってます。あっちでエリン達と仲良く暮らすのが本来の私だとしても、それでも日本で二十年以上生きてきた私も私なんです!」


 エタメモ世界でのノア・シュバルツも、日本での黒崎乃亜もどっちも私だ。

 片方が欠けても今のこの私は存在していない。


「別にどうもなりませんよ。黒崎乃亜さんは普通に社会人としてこの世界で暮らしている一般人ですから。違う世界のことなんて何も知らなずに日常を過ごすだけです。これからあなたはただのノア・シュバルツとして異世界に旅立つだけです。まぁ、もう二度とこちらには戻れませんがね」


 好きにしてくれと言わんばかりに背もたれに体を預けて体勢を崩すカーターさん。

 そこには最初に感じた底知れなさのある神様という印象はなくて、予想外の事態に振り回される苦労している人にしか見えなかった。


「それで構いません。ありがとうございます」


 この世界から私は消えてしまう。

 でも、この世界に生きている私の大切な人達が悲しむことにはならない。

 それだけで私には十分なのだ。


「もう好きにしてください。あなた方は私の観測出来る範囲に収まらない」

「全部放り投げましたねカーターさん」

「こんなの手に負えませんよ。ずっと長いこと色んな世界を観測して来て初めてのことだらけで」

「でも、楽しいんですよね?」

「当たり前ですよ。こんなに面白いことはもう二度と起こらないかもしれませから。ここまでやりたい放題したからには見せてくださいよねあなた方が納得するハッピーエンドを」


 私は胸の近くに浮かぶ女神さんを見た。

 私の目を見て彼女は微笑んで頷いた。


「任せてくださいよ。この黒崎乃亜、またの名をノア・シュバルツ。なにがなんでも生き延びてやりますわ!」


 これは私の神様との約束だ。

 絶対に死ぬ運命にあったラスボスは一度死んだ。

 だからここからは原作なんてない私が作る物語の始まりだ!!




























「ところで、どうやったらあっちの世界に戻れるんですか?」

『天に祈って待ちましょう』

「神様が神頼みするんですか!?」


 何となく不安だけど大丈夫だよね?


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