第104話 残された仲間たち。
「くそっ。ザコの魔獣でも魔力が空だとキツいな」
「貴様が弱音を吐くとは珍しいではないか」
「……こんな状況じゃ弱音くらい吐きてぇよ」
神造魔獣ガタノゾアという最大の脅威を打ち倒したわたし達ですが、みなさんの表情は暗いままです。
大侵攻の元凶となっていた穢れはなくなったので魔獣は今いる数より増えませんが、拠点の砦へと戻る足取りはとても重いものでした。
「姐さん……」
先頭を進みながら襲いかかる魔獣を蹴散らしているティガーさまの目線はキッドさんが背負う少女へと向けられています。
長い黒髪に雪のように透き通った白い肌。いつも楽しそうに輝かせていた美しい紫紺の瞳は閉ざされたまま。
ノアさまの体は振り落とされないよう紐で結ばれて運ばれています。
ガタノゾアを倒す最後の瞬間にノアさまはロナルド会長と共に闇の中へと飛び込みました。
二人ならあの魔獣をどうにかしてくれると信じて待っていたわたしが闇の晴れた後に見た光景はとても残酷なものでした。
『ノア・シュバルツは死んだ。私がこの手で殺した』
地面に倒れ込んでいるノアさま。
彼女の隣に立ち、短剣を握りしめたまま冷たい声でわたし達に死を宣告したのはロナルド会長。
『このアルビオンは我がブルー家が支配する。諸君らはこのまま魔獣の餌になるんだ』
何が起きたのかわからずに驚いているわたし達にそう言い残してロナルド会長は青龍と共に東の空へと飛び去りました。
慌ててノアさまの元へ駆けつけるましたが、既に息はありませんでした。
ある方は怒りを叫び、ある方は涙を流しながら名前を呼び、ある方は悔しそうに唇を噛みしめていました。
わたしは何が起こったのかを飲み込めずにぼうっとしていて、気づいたらグレンさまに手を引かれながら死の大地を歩いていました。
「少しは落ち着いたかエリン?」
「ありがとうございますフレデリカさま」
近づいて優しく声をかけてくださったのはフレデリカさま。
彼女も姉のようにノアさまを慕っていたので辛いだろうにわたしを気遣ってくれた。
「あんま無理すんなよ」
「フレデリカさまこそずっと戦っていますよね。少し休まれてはいかがですか?」
「アタシは肝心なとこで寝てたんだ。これくらい頑張らないと向こうで姉御に顔向けできねぇ」
彼女はガタノゾアを前にして意識を失っていたことを気にしているみたいです。
恐らくアレはこの世のルールに反していたので恐怖で動けなくなるのが当たり前の存在でした。
動けたのは守護聖獣と契約していた四人と王家の血筋であるわたし。そして、魔女の魂を持つノアさま。
キッドさんはシュバルツ家で修行していたからか最後まで立っていましたね。
「あの〜、申し訳ないでござるが足が限界なのでもう動けないでごさる」
そう言って地面に座り込んだのはヒビの入った眼鏡をかけたヨハン先輩でした。
「おい。さっさと砦に戻って親父達に報告しなきゃいけねぇだろうが! 立て!」
「そうだ。逃げたロナルド・ブルーの行方を探さなくてはならんし、魔獣を惹きつけていた伯母上達も心配だ。休んでいる暇はない」
ティガーさまとグレンさまが立ちあがろうとしないヨハン先輩に苛立っています。
場の雰囲気が悪くなってわたしはどうすればいいのか困っているとマックスさまが三人の間に割って入りました。
「まぁまぁ。僕もそろそろ休憩を挟みたいと思っていたしここは先輩に合わせようよ」
「マックス! それじゃあ、」
「ティガー君達の言いたいこともわかるけど、ここまで僕らは連戦続きで体力も魔力も消耗している。ひと息入れないと砦にすら辿り着けないよ」
「でもよぉ」
「一度回復に専念しよう。後からまた聖獣を呼び出して一気に進んだ方が確実だよ」
付き合いの長い友人にそう言われてティガーさまは折れてくれました。
「エリン。貴様も休んだ方がいいと思うか?」
「わたしもそう思います。みなさん色々な事があって気が立ったりしてますから」
「確かに。俺も少し冷静ではなかったな」
グレンさまは疲れたように深く息を吐いて近場に休める場所がないかを探しに行きました。
ガタノゾアを討伐したり、砦に誘き寄せていたおかげで近くの魔獣は数を減らしていました。
天然の洞窟を見つけたわたし達はその中で少しの間休むことになりました。
緊張の糸が少し緩んだせいなのかわたしのお腹からぐぅ〜っと音が鳴ってしまい恥ずかしかったです。
「携帯食糧と水はある。交代で仮眠もとろうか」
「洞窟の入り口は拙者が張った結界がありますのでまず大丈夫ですぞ」
それぞれで役割分担をしてテキパキ休憩地点の守りが固められていきます。
もしもの場合の避難もマックスさまの魔術で洞窟に横穴を空けて出口を増やすことになりました。
「特にエリンさんとグレンくんはしっかり休んでね。最短距離で戻るために空を飛ぶから」
「オレの白虎はいいのか?」
「ティガーくんは保険だよ。それに地上から狙われた時に風の魔術で防御して欲しいからね。頼りにしてるよ」
「任せとけって」
全員の状態を把握して指示を出すマックスさま。
この場の誰よりも落ち着いて優しく声をかけてくれるおかげで頼もしいです。
「随分と冷静だなマックス・グルーン」
「いや、これでも心の中はぐちゃぐちゃだよ。でもこういう時こそしっかりしないと助かる命も助からないよ。喧嘩なんてしてたらノアさんに叱られちゃうよ」
そう言って彼は洞窟の奥で横たわっているノアさまを見た。
何か懐かしいものを思い出しているような瞳をしていた。
「そうか。……ところで、砦に戻ったらどう動く」
「オレはあのトカゲ野郎をぶん殴るぜ。姐さんを殺した仇を取るんだ」
「アタシもついてくぜ兄貴。絶対にアイツだけは許せねぇ!」
話が変わって今後の動きについてになるとヴァイス家の兄妹が息を荒くしました。
二人は砦の方へ飛び去ったロナルド会長に激しい怒りを燃やしていました。
「俺も賛成だな。この俺を欺いていた裏切り者には相応しい罰を与えてやる」
「僕も参加するよ。彼をこのまま野放しにして放っておくわけにはいかない」
グレンさま、そして落ち着いて見えるマックスさまさえも会長を追いかけると宣言しました。
「おぉ、みなさんやる気満々ですな。キッド殿はどうされますか?」
「俺は……お嬢の側を離れたくねぇ」
それぞれが激情に燃える中、ここまでずっと口数の少なかったキッドさんが絞り出すように声を出しました。
「こんな綺麗な顔してんだ。まるで眠っているだけみたいでいつ起きるかわかんないっすからね」
「キッドさん……」
俯いたまま表情が見えないキッドさん。
ここにいるわたし達の中でノアさまに最も近い場所でずっと生活してきた彼が一番悲しみが大きいとわたしは思っている。
ノアさまはわたしや五大貴族の他のみんなを友人として見ていたけれど、キッドさんと会話する時は家族として気安く接していた。
同じ家で育って来た二人は主従であると同時に本物の家族のようになっていたからだ。
「俺が側にいてやらないと」
「キッド殿……。では、拙者もお供しますぞ。ロナルド相手だと拙者は歯が立ちませんからな。荷物持ちくらいは手伝わせて欲しいでござる」
「キッドは別行動か。まぁ、姐さんはお前に任せるぜ。おいエリン、それでお前はどうすんだよ?」
「わたしは……」
ヨハン先輩とキッドさんはノアさまの側にいるそうですが、わたしはどうしたらいいのでしょうか。
ロナルド会長がやったことは許されることじゃありません。
わたしだって会長への黒い感情が無いわけでもありませんし、魔術でグレンさま達をサポートすればいくら会長でも勝てないと思います。
でも、それはノアさまが望むことなんでしょうか?
「わたしもグレンさま達について行きます」
「よし、エリンがいてくれれば百人力だ。必ずあの男を、」
「でも!」
グレンさまの言葉をわたしは大きな声で遮った。
「それはロナルド会長とお話をするためです。遠征の時も今回の大侵攻の時も会長は命懸けで戦っていました。なのにあんなことをするなんて何かあったに違いありません」
「今まで行動が全て演技の可能性もあるぞ。俺はそうだったと思う」
「……それでもです。ノアさまならきっとそうしていたはずだから……」
誰にでもお節介を焼いて優しく導いてくれた彼女ならきっとそうしていたに違いありません。
仲間なら友人ならたとえ何があってもノアさまは見捨てたりなんてしないから。
「そうだね。ノアさんなら僕の時みたいにボロボロになっても他人を優先しそうだ」
「姐さんは面倒見がいいっていうか、しつこいからな。断ってもしがみついて来るぜ」
「姉御のそういう所がカッコいいんだよ」
「ふん。あの女は敵対していた人間にさえ擦り寄って来るからな。エリンがそれを見習うのは気に入らんが、特別に付き合ってやろう」
「なんでテメェは上から目線なんだよ鳥野郎」
「俺こそが上に立つに相応しいからだぞ野蛮人」
グレンさまとティガーさまが睨み合いを開始してフレデリカさまとマックスさまが止めに入ります。
ヨハン先輩がそれを見て笑い、キッドさんも僅かに見えた口角が上がっています。
わたし頑張ります。だから見ていてくれませんかノアさま?
必ず会長から事情を聞き出して見せます。
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