第105話 砦への帰還と従者の気持ち。


 洞窟で休憩を挟んだおかげで魔力、体力共に回復したのでわたし達は一気に砦へと戻ることができたのですが……。


「これは酷い有り様だな」

「はい……」


 魔獣達の侵攻を食い止めるために建設された砦はあちこちがボロボロになって崩れていました。

 そこかしこで戦闘の跡があって、むせかえるような血の匂いがします。


「あちこち地面が光っているのは魔石か。どれだけの数が押し寄せていたのかがわかるな」

「数千匹はいただろうよ」


 砦の入り口にあった門は破壊されていてわたし達は真っ直ぐに砦の上層階にある作戦本部に向かいます。

 まずはそこで五大貴族の方々に何が起きたのかを報告しないといけません。


「無理するなエリン。お前は休んでいていいぞ」

「いいえグレンさま。わたしも当主の方々に直接会ってお話ししたいことがありますから」


 人が怪我したり死んだりしている惨状に気分が悪くなったわたしをグレンさまが気遣ってくれるのは嬉しい。

 でも、ガタノゾアやノアさまのことについてわたしの口から伝えないといけないことがある。

 全てを知っているロゼリアさまにわたしの感じたことを言わないと。


「おい、ここから先は一般兵は立ち入り禁止になって……ティガー様!!」


 外からやって来たわたし達に気づいて見張りをしていた武装していた魔術師の男性が頭を下げる。

 身につけている鎧には西部領の紋章があるのでヴァイス家に近い身分の貴族のようです。


「よくぞご無事で。とりあえず一刻も早く父上の元へお急ぎください!」


 上官の息子を見て安堵した男性でしたが、彼はただならない雰囲気でティガーさまを案内します。

 途中でノアさまを背負ったキッドさんとその付き添いをしていたヨハン先輩は道を別れました。

 落ち着ける場所にノアさまを運ぶそうです。


「キッドさん……」

「あんまりお嬢を連れ回してると文句言われそうだからな。安らかに寝かせてやりたいんだ」


 二人と別れ、砦の奥へ行くにつれて事後処理をしている人達の姿が増えて行きました。どなたも体のあちこちに包帯を巻いた痛々しい様子でした。

 急ぎ足で階段を駆け上りわたし達は五大貴族の方々が待つ作戦本部に辿り着きました。


「公爵家の御当主方に報告です。ティガー様以下、死の大地の最果てへ向かわれた一行が戻られました!」

「ご苦労。貴様は下がっておくがいいさね」

「はっ!」


 重い扉が開かれるとルージュ家の当主であるロゼリアさまが書類に囲まれながら椅子に座られていました。


「伯母上! ご無事でしたか」

「あぁ。妾は後方からの支援担当だったからな。この通り傷も浅いさね」


 そう言ったロゼリアさまの体には所々傷がありましたが、目立った大きな怪我はしていなさそうです。


「まずはよく戻って来てくれたさね。こちらでも巨大な魔獣の姿は確認出来ていた。アレは妾達では勝てなかった化け物だ。聖獣使いであるお前達の活躍を五大貴族の代表として褒めてやる」


 微笑みながら労いの言葉をかけてくださるロゼリアさま。

 やっと落ち着ける場所に戻ってこれたような気がして緊張がほぐれます。


「おい、ルージュ公爵。さっきの兵士が親父の所に急げって言ってたんだが親父はどこだ?」

「……フーガは隣の部屋だよ。リュートもそこにで寝てる。まずはヴァイス家の兄弟だけ入りな」


 躊躇いながら重苦しい声色で話すロゼリアさま。

 その姿から何かを察したティガーさまとフレデリカさまが急いで隣に部屋に入って行きました。


「伯母上。ヴァイス公爵の容体は?」

「……片腕を失っている。それから崩れ落ちて来た瓦礫に挟まれたせいで下半身が動かなくなっているさね。本当なら死んでるところをリュートが救ったんだよ」


 ロゼリアさまがそう言うと、隣の部屋から啜り泣く二人の嗚咽が聞こえてきます。


「意識が戻っても復帰は無理そうさね」

「ルージュ公爵。父さんは……父は無事なんですよね?」

「リュートもボロボロさね。魔獣を退けてからもずっと怪我人の治療をしていて今朝とうとう倒れた。こっちはきちんと療養すれば問題ない」

「良かった……とは素直に喜べないですね」

「あぁ。グルーン家の息子が言う通りだ。危機が完全に去ったとは言い辛い状況さね」


 ロゼリアさまが改まってわたし達を見る。


「やかましいあの娘はどうした?」

「……ノア・シュバルツは死にました」

「……あぁ、そうかい。くそっ、親娘揃って何やってんだい……」


 唇を噛み締めながら苦しそうに言葉を口にするロゼリアさま。

 その言葉に反応したのはマックスさまだった。


「シュバルツ公爵の身に何かあったんですか?」

「ダーゴンは行方不明さね。最後に目撃されたのはフーガをリュートに預けて単身で魔獣の群れに突っ込んでいく姿だった」


 ロゼリアさまがそう言い切った。

 声が震えているのにあくまで淡々と告げようとしているのは恋した人を失った悲しみよりも五大貴族の当主としての責務を果たすためなのでしょうか。

 この瓦解しかけている砦の中で唯一動き回れる五大貴族はロゼリアさまだけという事実はわたしにとって大きな衝撃でした。

 王城で見た時も砦を立つ時も五大貴族の当主達は至高の領域にいるとても強い魔術師だったからです。

 そんな方々でさえも命を失ったり再起不能に追い込まれたりした大侵攻という災害がいかに恐ろしかったのかを再認識しました。


「そうでしたか……。ところで伯母上、この砦にロナルド・ブルーは戻っていますか?」

「いいや。ブルー家のくそガキは見てないさね。もし見つけていたら妾がこの手で焼き尽くしておるわ」

「その言い方だとこちらでも何かあったのですか?」

「あぁ、お前達が巨大な魔獣を討伐して暗雲が消えた後に王都から緊急の通信用魔術具を通して連絡があったのさ。王都は──」


 ロゼリアさまが口にした言葉にわたし達は驚きを隠せなかった。


『王都は陥落。突如ブルー公爵家が裏切り、城にはブルー家の旗が掲げられ、各公爵家の屋敷は騎士団によって占拠されました』


 このアルビオン王国最大の危機を乗り越えた矢先に五大貴族のうちの一つがクーデターを起こしたのです。






 ♦︎






「なぁ、お嬢。旦那様までいなくなっちまったよ。オレは一体どうすればいい?」


 砦の中で五大貴族に割り当てられた一室の中、オレはベッドに横たわる主人の手を握っていた。

 ヨハン先輩が砦にいる魔術師から聞いた情報だと旦那様は行方不明になっているらしい。

 他の五大貴族の当主達も大怪我をして再起不能になったりしていて、この砦での攻防がいかにヤバかったかがわかった。

 魔獣に食われたり倒壊した矢倉や瓦礫に押し潰されたりした人も沢山いて死体の処理が間に合っていないそうだ。

 一方で王都の大パニックを止めるためにこの砦にいる動ける連中を再編成して王都奪還計画がロゼリア・ルージュ公爵によって練られているらしい。


「けどよ、そうなったらこの砦は放棄されるんだ。邪魔な荷物はそのまま置いてくって。……死体は遺品を漁った後はまとめて火葬するらしい」


 遺品を回収して身元が判明すればラッキーで、そうじゃないものはそのまま焼き尽くす。

 今求められているのはいかに早く王都を取り戻すかだ。


「でもよ、王都をブルー公爵家から取り戻してもオレには帰る場所がねぇんだ。旦那様やお嬢がいなくちゃオレは……」


 記憶を失くして行く当ての無かったオレを拾ってくれたシュバルツ家。

 貴族でもないオレに礼儀や従者としての役割を教えて魔術の修行までつけてくれた。

 主従関係のはずなのにお嬢はオレを家族みたいに扱ってくれたし、旦那様も目をかけてくれた。

 何が何でも守ろう。仕えようとした大切な人を二人も一気に失って生きる気力が湧いてこなかった。

 エリン達は強いから王都奪還作戦に参加するだろうし、お嬢を殺した仇のロナルド会長を捕まえて王都にいる家族を助けるつもりだ。


 だけど、オレはそこに加わる気力が無い。

 仇討ちや友人のために力を貸すという発想はあってもこの場から離れたくなかった。


「出来ねぇよ。お嬢を置いてくなんて。なぁ、いつまで寝てんすか? ドッキリにしても冗談が過ぎますって……」


 反応はない。当然だ。

 ベッドに横たわるのは冷たくなった空っぽの器で、明るい太陽のような少女の魂は天へ旅立った。

 なのに、オレは情けなくも未練たらしく死体に縋りついて泣いていたんだ。


「ほら、起きないと悪戯しますよ。お嬢用のケーキをつまみ食いしたり読みかけの本を先読みしてネタバレ言ったりしましょうか? 嫌だったら起きてくれよ。またオレの名前を呼んでいつもみたいに笑ってくれよ」


 声をかける度にオレの中に何かが広がっていくのを感じる。

 決して良くないドス黒い感情の闇がオレを蝕んでいく。

 あの孤児院の地下で感じていた死の気配がより一層強くオレの心を、体を塗り潰す。

 不意に師匠のメフィストが消えて暫くした後に旦那様がオレに言った言葉を思い出す。


『キッド。お前はなるべくノアの側にいるのだ。その方がノアにとっても、お前に刻まれた呪いについても

 良い方へ転がるだろう』


 結局、呪いなんてもんは感じなかったし、オレ自身に問題は無かったから抜け落ちていた。

 なんだ、最初っから呪いが巣食っていたからオレはお嬢の暴走した魔女の力にも耐えれたってわけか。

 そう考えるとオレとお嬢はお似合いだったってわけなのかね?


「……どうせ死ぬんなら最後にお返ししておきますよ」


 砦に戻るまでの間にヨハン先輩から聞かされたのは遠征先の森で暴走したお嬢を止めてオレが気絶した後の話だ。

 さっぱり憶えてない自分に後悔するようなご褒美の内容だった。

 いったい、お嬢はどんな気持ちでそれをしたのか。今となっては確かめる術はない。

 けど、オレは確かな気持ちを込めて眠り姫に唇を落とす。




「愛してますノアお嬢様」





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