第106話 集いしシュバルツ家。


 ──誰かの声が聞こえる。


 ──ゆっくりと意識が深い海の底から水面へと浮かび上がるように覚醒していく。


 ──聞き覚えのある声。私をいつも呼んでいた馴染みのある光のような……。


「……キッド?」

「ノア!!!!」


 接着剤で貼り付けられてるかと言いたくなるくらい重い瞼を気合いで開くと、眼前にボロボロ泣きじゃくっている青年がいた。


「よかった……生きてる!!」

「ちょっと、苦しいわよ」


 彼は私を押し潰しそうになるくらい強く抱き寄せた。

 こぼれ落ちる涙が私の肌に当たって熱い。震える体は加減を忘れたかのように、存在を確かめるかのようにキツく私を包み込む。


「ねぇ、本気で苦しくて息詰まるんだけど!?」

「あ、悪りぃ」


 あまりの力強い腕力に華奢な体がくの字に折れそうになったのでバシバシと彼の背中を叩いてようやく解放される。

 今まで死んだような状態だった体に止めをさされるところだったわね。

 でも、それだけ彼が私の復活を喜んでくれた証拠として受け止めておこう。


「心配かけたわね」

「本当っすよ。今回はもう駄目だと思ってオレがどんだけ……」

「はいはい。泣かないで」


 こういう場面で相手をどう慰めたらいいかわからなくて手を伸ばしたけど、徐々に目を細めて気持ちよさそうにしているところを見ると間違った選択をしたわけじゃなさそうだ。

 涙ぐんでいるキッドに手を置いて撫でる。

 しばらくそうしていると部屋の扉が叩かれて見知った顔の人が入ってきた。


「キッド殿。様子を見に来たでござ……ノア殿が生き返っている!?」


 音楽家のようなカールの奇抜な髪型に分厚い丸眼鏡のヨハン先輩が私を見て目を丸くした。


「あぁ、いきなりお嬢が生き──」

「バインド!!」


 キッドがヨハン先輩に説明しようとした直後、私は速攻で魔術を起動する。

 魔力で編んだ紐で敵を拘束する魔術でヨハン先輩をグルグル巻きにした。


「何やってんすかお嬢!?」


 いきなりの私の凶行について行けず驚くキッド。

 私はベッドから降りて動けないまま地面転がるヨハン先輩を踏みつけた。


「ごきげんよう。今の気分はいかがですか?」

「美少女に拘束されて踏みつけられるのも悪くないですな。新しい扉が開きそうですぞ」

「お嬢は何やってんだよ! 先輩の方は何言ってんだよ!」


 頬を赤らめてハァハァ言い出したヨハン先輩にムカっとして私は彼を蹴飛ばした。

 ちっ、自分から自白するつもりは無いようね。


「相変わらず人をからかうのが好きなようね。性格の悪さは治らなかったのかしら?」

「はて? なんのことですかな?」


 芋虫状態のまま器用に首を傾げてとぼけるヨハン先輩。

 私はそんな彼に見せつけるようにある物をポケットから取り出した。


「これのおかげで助かったし、これせいで貴方は身バレしたのよ」


 ズタズタになっているフェルトの塊。元は人型だったのに今は黒ずんだゴミになっている。


「厄除けっていうか身代わり人形ね。本人へのダメージを肩代わりしてくれるなんてとんでもない魔術具だわ」

「っ!? それってまさか!」


 キッドは私が言おうとしていることを理解したようね。

 だって彼は既に一度コレの世話になって一命を取り留めた経験があるから。


「まさかこんな身近にいたとは思わなかったわよ。ヨハン先輩……いいえ、


 その名を私は口にする。

 私が未熟だったせいで離れ離れになってしまった私の理解者。

 まだお父様が私と向き合うことを恐れていた時期に私のそばに居てくれた最低で優しい執事。


「ふふふふふ」


 違う名前を呼ばれたヨハン先輩が笑い出す。

 普段の彼のおとぼけキャラではない意地悪そうで気味の悪い笑い声だ。


「ご名答でございますねお嬢様」


 ガラリと雰囲気が変化する。

 カールのかかった髪が下りて紫色に染まり、瓶底のような分厚い眼鏡が落ちてねっとりとした不気味な瞳が現れる。


「私の名はメフィスト。元シュバルツ家の執事長にして傀儡使いの悪魔メフィストでございます」

「カッコつけて名乗っているところ悪いけど、その状態だと滑稽に見えるわよ」

「しゅん……」


 しょんぼりと目を伏せるメフィスト。

 芋虫姿で地面転がって私に踏みつけられているから迫力がない。


「まじで師匠なんすか? 消滅したんじゃ……」

「私も二度と会えないと思っていたわよ。復活に何百年もかかるって言ってたし」


 私が二度目の魔女の力を暴走させた時に会ったのはメフィストの影法師だった。


「保険はいくつも用意しておくものでございますよ。まぁ、クロウリー家と同じようにうっかり悪魔を召喚したファウスト家も大概ですがね」


 そんなうっかりやらかした家が二つもあるなんて危機管理ガバガバじゃないのこの国?

 悪魔の召喚は禁じられているのだし、ちゃんと仕事してんのかしら……って、その調査する機関のトップがシュバルツ家じゃん。つまり全部うちの職務怠慢ってこと?


「そうやってヨハンという不幸な少年の体を乗っ取ったのね」

「いや、違いますよ。ヨハンの自我が強過ぎて私は憑依という形で偶に体を借りているだけでございます。普段からお嬢様が接しているのは素のヨハンです」


 嘘でしょ!? メフィストなしでもあんな濃いキャラしてんの!?


「元は大人しい少年だったのですが、入学と同時に人に見せなかった本性を出すようになりました。唆したのは私でございますがね」

「何やってんだよアンタは……」

「そちらの方がおもし──彼のためになると思いましてね」

「お嬢。今面白いって言いかけましたよこの悪魔」

「大丈夫。聞こえてるわよキッド」


 相変わらず自分の好みに素直な悪魔ねコイツ。

 契約があるからシュバルツ家には仕えるけどそれはそれとして人の嫌がる姿が見たいですってスタイルだったものね。


「まぁ、ヨハン先輩を殺して利用してるだけじゃないならいいわ」

「どちらかというと成績向上や魔術の研究に私が利用されているだけでございますね。こんなことなら不利な契約を結ばなければよかったと後悔しているところでございます」

「不利な契約って何よメフィスト?」

「なるべくお嬢様達を側で見守りたかったのでヨハンの要求を全て呑みました」

「師匠……」


 照れ臭そうに不利な契約をした理由を話すメフィストに涙ぐむキッド。


「本音は?」

「面白そうなショーを見るなら特等席がいいと思いました」

「オレの感動を返せ!」


 満面の笑みを浮かべたメフィストの首を掴んで揺さぶるキッド。

 どうせそんなことだろうと思ってた。キッドはまだまだ甘いわね。


「ですが、バレるとは思いませんでしたよ。ヨハンの中に私がいるなんて影法師と接触したお嬢様が思いつくはずもありませんから」

「そこはまぁ……答えを教えてもらった的な?」


 正直、ヒントはいくつか転がっていたかもしれないが私だけだと気づけなかった。

 お父様も知らないだろうし、メフィストの存在は黒魔術に特化した私でも感知出来ないくらいに隠されていた。

 しかし、日本にいる時に女神さんと異界の神であるカーターさんに答えを教えてもらった。

 私がまだ死んでいないのはこの厄除け人形の魔術具のおかけで、そんなものを作れるのはただ一人だって。


「私が生き返れたのは貴方のおかげだからお礼は言っておくわ。ありがとうメフィスト」

「ふふふ。こうして面と向かってお嬢様に感謝されるとむず痒いでございますね」


 結局、私はいつもこの悪魔に助けられてばかりだ。

 いいや、それだけじゃなくてみんなに助けられて来た。

 だから今度は私がみんなを助ける。この世界ごとまるっと救ってみせる。


「久しぶりにシュバルツ家が全員集合出来るわね」

「それなんですがお嬢、旦那様は……」

「あぁ、お父様なら多分生きてるわよ」

「っ!?」


 言葉を詰まらせていたキッドが口をパクパクさせる。

 私は彼にサラッと根拠を話す。


「前からブルー家に目をつけてたみたいで、秘密裏に調査してたのよ。ガタノゾアが死んだ時点で王都に向かっているはずよ」

「おやおや。まさかそこまで気づいているなんて本当に驚きでございますよお嬢様。私も旦那様の魔力の残滓を追ってさっき気づいたばかりだというのに」

「私を舐めないでもらいたいわね」


 まぁ、これも女神さんとカーターさんに教えてもらったんだけどね。

 お父様がエタメモに登場シーンすらなかったのは娘の悪事にすぐ気づくほど聡かったからだそうだ。

 人からの感情には疎いのに魔術局局長としての能力はズバ抜けているお父様だからこその失敗ってことだ。


「旦那様の事です。ルージュ公爵達が到着するまでは情報の収集に徹しますよ」

「そうね。お父様の魔術を使えば精神操作して情報を吐かせるなんて簡単だもの。下手したら反乱軍で同士討ちさせているかもしれないわね」

「そこに行き着くとは流石お嬢様。旦那様に似てきましたね」

「なんなんだよこの一家は……」


 お父様がやりそうなことを口にするとメフィストが肯定してキッドが呆れていた。

 だってこっちに戻るまでに時間があったから女神さんとカーターさんに質問したら色々教えてくれたんだもん。

 お父様が学生時代にやらかした事件を色々聞いて驚いたわよ。


「とりあえず一回、エリン達に合流しませんか? お嬢が生き返ったことを伝えないといけないし」

「残念だけどそれはまだよキッド」


 私としても早くエリン達に会いたい。

 キッドがこれだけ心配してくれていたんだし、彼女達にも辛い思いをさせたのは分かっている。


「今、私が生きているのを知っているのはこの場にいる二人だけで敵は私が死んだと思っている。この状況を利用するわよ」

「妙案でございますね。メッフィー人形のおかげで偽装は完璧。お嬢様というジョーカーが自由に動くなんてさぞ敵は嫌がるでしょう」


 ブルー家はこちらの戦力が弱っていて自分達が有利だと思っている。

 魔女の力……邪神の持つパワーがあれば聖獣がいなくても世界を思い通りに出来ると慢心しているはずだ。

 だからこそその隙を狙って逆転の一手を打つ。


「さぁ、私達を嵌めてくれたお馬鹿さん達に思い知らせてやるわよ」


 彼らの前に立ちはだかるラスボスがお父様達やエリン達ではなく私であることを教えてあげようじゃないか。

 そして、必ずロナルドを捕まえてやる。




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