第58話 くじ引きした結果がこれですか?
野外遠征の当日は雲一つない晴天だった。
アルビオン魔術学校に通う全生徒が参加する大イベントなだけあって教師達は慌ただしそうに働いていた。
いくら多くの教職員が働いているとはいえ、学校外で生徒一人一人の面倒は見れないのでこの遠征では魔術師としての実力が高く、他人の面倒を見てあげられる上級生が下級生四人を率いて五人一組の班を組むことになっていた。
残りの上級生は上級生のみで班を組んで先頭と殿をつとめる。
「くじ引きで班は決まるのよね?」
「オレはそう聞いていますね。不正はないって教師が言ってましたよ」
「……本当かしら?」
私は同じ班になったメンバーの顔を見ながらそう言った。
班のメンバーはクラス内でくじ引きをして、そこに更にランダムな上級生が入ってくる。
四角い箱の中から紙を引いて班決めしたけど、これは不正を疑ってしまう。
「どうしたんだ姉御?」
「おやおや。もしやどこか体調でも悪いでござるかノア殿!?」
「ええ。精神的にはちょっとダメージが」
私のいる班に割り当てられた上級生がヨハン先輩だった。
そして班員はキッドにフレデリカ。もう一人は同じクラスメイトだけどあまり喋ったことのない女の子だった。
つまりは私の関係者が八割を占めているのがこの班の特徴だった。
「それは大変でござる! 拙者に出来ることがあれば何でも言って欲しいですな」
「じゃあ、チェンジで」
「おいお嬢。いくらなんでも失礼でしょうが」
何でもと言われたので嘘偽りなく素直に答えた私を止めるキッド。
いやね、私だってヨハン先輩が成績優秀なのは知っているのよ。仕事だって出来るし、人にものを教えるのも上手だ。
「これから五日間もこの人と一緒なんて……正直ウザい」
「そんな事言うなよ姉御。アタシだって我慢してたのに」
「後輩が冷たいですと!? どういうことでごさるかキッド殿!!」
すぐ側にいたキッドの肩を掴んで揺らすヨハン先輩。
なんというか、この人と一緒にいるのはカロリーを消費するのだ。
喋っているだけでこちらの大量が削られていく感覚があって、生徒会のような放課後に少し活動するだけの場なら耐えられるけど、この遠征中ずっとっていうのは無理かな。
「多分こういう所ですよ先輩。……諦めてくださいよねお嬢。返品交換不可みたいっす」
「唯一の男子まで敵!? 拙者の友は何処へ?」
相手をしていると疲れるので無視の方向へ私は舵を切る。
そうだ。まだ話をしていない子がいた。
「ごめんなさいね。置いてけぼりみたいになって」
「……上級生と仲良いんデスね」
「生徒会でちょっとね。えっと、貴方の名前は確か」
「……コロンゾン・クロウリー」
コロンゾンの名乗ったのは灰色の長い前髪で片目が隠れた少女だった。背が低いのと俯きがちなこともあって表情がよく読めない。
クラスでも誰とも関わらずに一人でいたことの多い子だ。ちなみにエタメモでは名前すら出ていなかった。
「よろしくお願いするわねコロンゾンさん」
「……どーも。でも、一人が好きなのでそっとしておいてほしいデス」
そう言い残して彼女は私達から少し離れた位置に移動した。
「変な子でごさるな」
「「「いや、あんたがそれを言うな」」」
キッドとフレデリカと声がハモった。
ヨハン先輩は真面目な顔で首を傾げたので、こりゃあダメだと私達は匙を投げるのだった。
「他の班の様子は……って、なんだアレ!」
「どうしたんすかフレデリカ様?」
フレデリカが驚きの声を出した方へ目をやる。
すると、とある場所だけ空気が違っているのが確認出来た。
周囲に不自然な空白が出来ている。誰もがチラチラとその班を見るのだが、近づくことを躊躇っている。
「点呼終了。全員揃っているな」
「なんでテメェと一緒なんだよ」
「それは俺の台詞だ。何故俺が貴様と」
「ティガーくんもグレンくんも落ち着いてよ。エリンさんが困っているよ?」
その班は男子が四人に女子が一人と男女比に差があった。
それだけならまだ物珍しいくらいで済むけれど、問題は班のメンバーの顔ぶれだ。
上級生の中から選ばれたのは生徒会長のロナルド。彼がいるならまず心配はいらない。下手したら教師よりも頼りになる存在だ。
次はティガー。こちらは魔獣討伐の経験があり、野営も得意だと話していて頼りになる。
それからグレン。火の扱いに長けているし、なんだかんだで面倒見はいいから頼りになる。
最後にマックス。知識量なら間違いなく一番だし、軋轢のある人間を止めてくれる潤滑油みたいな立場で頼りになる。
五大貴族のうち、シュバルツ家を除く四つの家の後継者が揃い踏みだ。しかも、その全員が守護聖獣を召喚出来るオマケ付き。
「……助けてノアさま……」
前後左右に頼りになるイケメンが揃っている中、一人だけ絶望感を出しているのは私のルームメイトだった。
ごめんねエリン。でも、その班って原作通りだから我慢してね。
他の人からすれば五大貴族の子達が集まっているだけにしか見えないが、私からするとそこにヒロインのエリンまで揃っているので、逆に面白い。
このメンバーに倒せない敵なんているのかしら?
まるでボクの考えた最強パーティー! のような戦力の過剰集中だ。
「姉御。アタシらも兄貴達に負けないように頑張ろうぜ!」
「いや無理でしょ。あんなの勝てるわけないじゃない」
「お嬢の言う通りっすよ。にしても、エリンさんかわいそうだな」
気の毒そうにエリンを見るキッド。
周囲の視線も嫉妬半分、同情半分で誰も文句を言いには行かなかった。
「では皆さん。そろそろ出発しますよ」
とりあえず班員同士の自己紹介が終わると、引率の先生が大きな声で号令をかけた。
それを合図に私達は最低限の荷物が入ったリュックを背負って学校を出る。
テントやその他の大きな荷は馬車で運ぶことになっているので、荷物自体はそんなに重たくない。
「暗き森ってどのくらいで着くんだっけ?」
「はぁ。フレデリカ、ちゃんと教師の話を聞いておきなさいよ」
今更になって遠征の予定を聞いてくる彼女に私は説明をする。
暗き森への遠征は全部で五日間ある。そのうちの三日間が魔獣討伐に充てられる。
初日と最終日は半日かけての移動がメインだ。
「まずは学校から北にある玄武門に向かって、そこから王都の外に出るわね」
「あの門って開くんすね」
「普段は魔獣の侵入を防ぐために閉ざされたままだけど、こうやって遠征に行く時は開けるのよ。騎士団の出入りもこの門よ」
王都には四つの門があって、それぞれが目的や通行する人間によって役割が変わる。
西の白虎門は貴族専用の出入り口だ。ただし、東の青龍門だけは何十年も開かれていないらしい。理由はよく知らないけれど。
「懐かしいですな。あれから一年ぶりに通る玄武門とは感慨深い」
「そうか。上級生は二回目ですもんね。去年の遠征はどんな感じだったんすか?」
「私も気になるわ」
私の知識にあるのはゲームの情報だけだ。
実際の空気を感じるのはこれからになるけれど、その前に経験者の話を聞くのも悪くない。
「大したハプニングは起きなかったでござるな。ロナルド会長が青龍を呼び出して魔獣を蹴散らしてそれで終わりでしたな。本人はピンピンしていたでござるよ」
「今のオレらと同じくらいっすよね。半端ないなあの人」
「兄貴も言ってたぜ。ブルー家のやつは超強いって。肌で感じるくらいバリバリしてるって」
去年。今よりは少ないとはいえ、同じように魔獣被害は増加傾向にあった時期だ。暗き森にもそれなりの数がいたはずなのにそれを一人で倒したのね。
守護聖獣は切り札と呼べる存在だけど、同時に消費する魔力の量も多く、発動後は動けなくなりやすい。
力に目覚めたばかりのマックスもすぐに魔力切れをおこした。
そのはずなのにピンピンしているなんて凄いとしか言いようがない。
ゲームでも登場時から強キャラ扱いだったものね。
「まぁ、今年はそれより凄いことになりそうでござるがな。暗き森の魔獣が全滅するのでは?」
「否定出来ないわね……」
一騎当千の猛者が四人。おまけにヒロインのエリン。
メンバーだけで見たらエタメモの最終決戦で覚醒したノアすら倒してしまう布陣だ。
「アタシらの分は残らないのか?」
「残っていない方が国のためっすよ」
「キッドの言う通りだわ。野営の練習をするのが一年生の目的よ」
口ではそんな事を言うが、私は知っている。
今年の遠征は例年よりも大きな事件が待ち構えている事を。
「では、いざ王都の外へ参りますぞ!」
玄武門はもうすぐ目の前だ。
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