第59話 暗き森。遠征一日目。
「着きましたぞ!」
ぐしょぐしょに汗を流しながらヨハン先輩が眼鏡を光らせる。
彼の見ている方向には巨大な樹木が生えている森が見えた。
魔術学校を出発し、玄武門をくぐり抜けて半日。
休憩を挟みながらも私達はこの暗き森と呼ばれる場所にたどり着いた。
「つ、疲れたわ……」
目的地に着いたことで安心したせいか、急に足腰に力が入らなくなって座り込む。
途中で拾った木の棒を杖代わりにしながら、荷物をキッドに背負わせたりしながらなんとか到着したのよね。
周囲を見ると、私と同じように疲れて座る生徒が大勢いた。残念ながら完走出来なかった生徒は馬車に乗せられている。
わざと歩けないフリをして馬車に乗るのが一番楽なのでは? と考えたのだが、ヨハン先輩が言うには馬車に乗れば、卒業後もずっと根性なしとしていびられる運命が待っているらしい。
ちなみに同じ班のコロンゾンさんは早々にリタイアして馬車に乗ってしまった。
「ふふふ。慣れない行軍は足腰にくるでしょう。しかし、そんなに悲観することはありませんぞ。今回は初見だっただけ。来年に向けて体力トレーニングをすれば拙者のように平気へっちゃらでござる!」
「ねぇ、膝が震えているわよ。あと、ヨハン先輩のペースに合わせたからクラスでも遅い到着だったって理解してます?」
「……面目ないですぞ」
後輩がいる手前、見栄を張りたかったんだろうけど、ヨハン先輩もかなり疲弊している。
ぐるぐるカールから汗が滝のように流れているし。
「流石にお嬢の分の荷物があるとキツイな」
「アタシも楽じゃなかった。これで戦えって言われても半分くらいしか力出せねーな」
ボロボロになっている私とは違って余裕がありそうなのが二人いる。
キッドは荷物持ちジャンケンに敗北して私の荷物を持たされている状態で完走。
フレデリカは汗をかいているが、普通に歩き回っているので余裕を残しての完走だ。
疲れていなさそうなのはフレデリカだけど、キッドのハンデを考えるとどちらも凄い体力をしている。
「兄貴達が先に来てたみたいだな」
「五大貴族ともなれば体力も桁違いか? エリンさんは座り込んでるみたいっすね」
クラスで一番注目されている班の様子を伺うと、私と同じかそれ以上のしおしお顔でエリンが座り込んでいた。
こちらはヨハン先輩のせいでゆっくりだったけれど、先に到着したあの班の進むペースはエリンにとってはさぞ辛かったに違いない。
「さて、では今晩はこの森の入り口で野営になりますな。テントの準備をするでござるよ」
「嘘でしょ!? もっと休ませなさいよ……」
「お嬢の言いたいことはわかるけど、日が沈みきる前に設営しないとあとでもっと大変なことになりますよ」
足が地面と同化しているかに思えるほど重たいのだが、今からテントの準備をしないといけない。
上級生の班は既に設営を始めているが、下級生は休憩中のところが殆どだ。
こうやって日が暮れて苦労するから翌年は歯を食いしばって動けるようになるのね。よく出来た仕組みだわ。
「アタシとキッドでテントを借りてくるから姉御と眼鏡はちっと休んでな」
「ありがとうフレデリカ!!」
「かたじけないでござるよ……」
カッコいいことを言ってイケメンムーブをするフレデリカ。
なんて頼もしいのかしらこの子ったら!
お言葉に甘えてもう少し座り込んだままでいる。
ヨハン先輩もとうとう我慢出来ずに倒れ込んだ。
「まさか遠征がこんなにキツいなんて思っていなかったわ」
「まだ初日。しかも森にすら入っていないでござるよ。全く、先が思いやられますなぁ」
「地面とキスした姿でも言われても説得力ありませんわよ?」
しかし初日か……。
遠征の日程はあと四日もあり、本格的に森の探索をするのは明日からだ。
ゲームの時だと移動時間はスキップされていたけど、自分の足で歩くとこんなに大変だなんて。このまま明日になっても筋肉痛で動けなくなっていそうだ。
「魔術師の主な仕事は魔獣の駆除でござる。当然、魔獣の群れを追って遠方へ移動することもあれば馬がいないこともありますからな。行軍に慣れていないと足並みが揃わないのでこの遠征は重要なのですぞ」
「やっぱりそういう機会ってあるものなのかしら?」
私が疑問を口にするとヨハン先輩が教えてくれた。
「通常であれば騎士団や魔術局の現場でない限りはそうそう魔獣との戦闘はないですな。しかし、ノア殿もご存知だと思いますが、近年は魔獣の被害が増えているのでその時が来る確率も増えそうですな」
魔獣の活性化。
ここ最近でよく聞く話だ。
おかげで各地に騎士団や魔術局員を派遣していて王都の守りが手薄になっているとお父様がぼやいていた。
ゾンビ事件の元凶であるヒュドラの侵入もその隙を狙ったものだと考えられる。
「魔獣の活性化は周期的なものでしたわよね?」
「ええ。大地の不浄によって魔獣が誕生して以降、一定の周期で活性化と不活性化を繰り返しているのでござる。その活性化がちょうど今ですな」
「嫌な時期に当たったものね」
そうでなくっちゃ物語は盛り上がらないのだが、体験すると迷惑な話だ。
本来ならそれに加えてノアの進軍まであって踏んだり蹴ったりねこの国。
「逆に良かったと思うでござるよ。このような状況だからこそ皆が一致団結しますからな。もし不活性化の時期であれば今更の五大貴族は崩壊していたかもしれませぬ」
「それは大袈裟じゃないかしら?」
「いえ。事実でござるよ。王家の血が途絶えてすぐの頃は不活性化の時期だったようで、その頃の五大貴族では不審な死を遂げた者が多かった……みたいですな」
まるで実際に見てきたかのようなリアリティーを与えるヨハン先輩の語りに唾を飲む。
やっぱり私が知らないだけで貴族間の権力争いの闇は深そうだ。
「国王がいないと国が荒れるのって本当なんですわね」
「まとめ役がいないと不和が起こるのは当然でござる。そのためにも皆が一致団結するための敵というのは必要なんですな。かの魔女の時は国が一つになって挑んだそうでござるよ」
歴史の授業でも習った二百年以上も昔の出来事。
災禍の魔女によって国が滅ぼされそうになり、当時の女王と守護聖獣を従えた四人の貴族がこれを討伐した。
「王家が途絶えてから守護聖獣は姿を見せなくなりました。しかし、今まさに歴史をなぞるように守護聖獣が全て揃った! 意外と王家の血を継ぐ者が現れてもおかしくないですな。まぁ、拙者の勝手な妄想なのでござるが」
「ソ、ソウデスネー」
思わずぎこちない相槌になってしまう。
だけどヨハン先輩の言ったことは当たっている。
王家の血を引く子がすぐ近くにいるんですよとは口が裂けても言えないからだ。
ましてや、過去の女王と守護聖獣によって倒されたはずの災禍の魔女の魂を持った人間が目の前にいますというのは悪夢を通り越して絶望でしかない。
「おっ。雑談するくらいの元気は戻ってるみたいっすね。テント借りて来ましたよ」
「姉御! コロンゾンのヤツはまだ具合悪くて今日は合流出来ないって言ってたぜ。ったく、困ったやつだよな」
不自然な態度だったのがヨハン先輩にバレていないか心配になっていると、キッドとフレデリカが戻って来た。
助かったけれど、コロンゾンさんのことはちょっと気になるわね。見た感じ、あまり健康そうな子ではなかったけど……お見舞いにでも行った方がいいかしら?
「単なる疲労でしょうからこれ以上様子を見に行かなくても大丈夫っすよ。明日には嫌々な感じで帰ってくるんじゃないっすかね」
「そうね。今はまずテントの組み立てをしましょうか」
日は既に傾いている。
他の班もぼちぼち動き出したから休憩はおしまいだ。
さっさと終わらせて明日に備えて眠りにつきたい欲が私を突き動かす。
「その調子でござるよ皆さん! 拙者は上級生として見守っておりますので頑張ってくださいな!」
「「「お前も手伝え!!」」」
暗き森での遠征はまだ始まったばかりだ。
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