第60話 遠征一日目の夜。
「「「「ごちそうさまでした!」」」」
暗き森への遠征一日目。
行軍による足の疲労に耐えながらテントの準備をした私の班は夕食を食べ終えた。
今晩のメニューはキッドが作ってくれたスープと学校から支給されたパンだった。
「姉御! かなり腹が膨れたな!」
「そうね。本当にキッドがうちの班にいてくれて助かったわ。もしもいなかったら夕食は黒くて硬いパンとちょっとだけの干し肉だったもの」
テントを張ってから聞かされたのだが、実はこの遠征には食糧がほとんど用意されていないのだ。
飲み水は魔術で確保するが、食べる物は毎食支給される黒パンのみ。初日だけ干し肉がついてくる。
そう聞かされた時は絶望したのだが、そんな下級生の反応をみて上級生達は笑っていた。
「いじわるよね。自分達が去年同じ目にあったから教えてあげないなんて」
「そんな伝統なんかいらねーっての!」
私と一緒に学校側への文句を言うフレデリカ。
野営の練習というだけあって、遠征期間中の食糧調達は自分で行わなければならないらしい。
魚釣ったり、バーベキューしたりしないの!? と驚いたが、話の続きを聞くと明日以降は森で自給自足をするようだ。
その中で捕まえた食材は自由に調理していいとか。
楽しいキャンプができるのは選ばれた実力者だけってことなのね……。
遭遇したピンチをどうやって切り抜けるかも遠征の内容に含まれているそうだ。
「見てよ。あそこの子達は無言で黒パン食べているわよ」
「干し肉は明日のためにとっておくんだな。アタシらと大違いだぜ」
学校の寮で食べるものと雲泥の差がある食事に下級生達のストレスが溜まる。
一方で上級生は初日だけのこの食事を楽しんでいるくらいだ。
彼らは今日の経験を活かして森での魔獣討伐と食糧調達に勤しむので明日からは食事が豪勢になるのだ。
「引率の先輩くらいは教えてくれても良かったんじゃないですか?」
「同調圧力ですな。オレも言わないからオマエも言うな。みんなで協力して新入生に去年と同じ思いをさせてやれ……バラしたら拙者の居場所がなくなっちゃうでござるよ」
全てを知っていたヨハン先輩は下手くそな口笛を吹いて明後日の方向を見る。
足を引っ張りあうのが魔術師の正しい姿なのかしら?
「まぁ、こういう経験は一生に一度はした方がいいんじゃないっすか? 貴族らしい生活してるとありがたみとか忘れちゃうでしょ」
「キッドの言う通りね。寮のご飯を残せなくなっちゃうわ」
食べたい時に食べたいものを食べる。
当たり前のことだけど、使用人に囲まれて生活している貴族には食糧調達の概念がない。
口にすれば用意されていて当たり前のものだからだ。
「しかし、驚きましたな。キッド殿の荷物の中に鍋と調味料があるなんて。ご存知だったのですか?」
「いいや。野営っていうくらいだから空き時間にその辺のものを使って一人で料理するつもりだったんすよ」
シュバルツ邸にいた頃は毎日三食、私とお父様のために食事を作っていたキッドだけど、寮生活が始まってからはその機会が無くなってしまった。
五年間もやり続けていると料理が日課になってしまい、趣味にもなったので腕が鈍らないようにたまに料理をしていたらしい。
男子寮ではキッドがこっそり振る舞う夜食が人気だという話をさっき聞いた。
「あとはヨハン先輩が拾っていた山菜も役に立ったわね」
「あれは明日以降にと思っていたのですが……」
なんと驚きなのが、ヨハン先輩のペースが遅くて休憩する回数が多かった理由の中に山菜摘みがあった。
彼は道中でこっそりと食材を回収して隠し持っていたのだ。
その食材達を明日以降に森の中での食糧調達に失敗した私達の前に見せて、出来る先輩を演出しようと画策していた。
まぁ、フレデリカが匂いで気づいて私がガンドで脅して回収したけど。
「やることがみみっちいんだよ。男ならもっとカッコ良くしろよな」
「魔獣討伐に下級生の世話をしていたらそんな余裕はないのでござるよ!」
フレデリカに責められてヘソを曲げるヨハン先輩。
私も彼女の言葉に同意するが、結果オーライってことで許してあげよう。
「しかしまぁ、拙者が山菜を持っていたとしてもそれをスープにしてパンを浸して食べるなんて発想がよく出てきたでござるな。味についてもキッド殿の料理の腕はかなり高かったですな」
「アタシも手料理食べるのは初めてだったけど、やるじゃねぇかキッド」
「どうもっす」
ヨハン先輩とフレデリカに褒められて満更でもなさそうなキッド。
彼が他人から評価されていると私としても鼻が高い。
今日食べたメニューは実は五年前にキッドが厨房に立ち始めた初期の頃に作ったものとよく似ている。
魚料理を作ろうとして焦がして駄目にしてしまった彼があり合わせの食材で作ったのだ。
そういう苦い思い出が積み重なって今のキッドがある。
「プロ並みじゃねーか? アタシの家の料理人に負けないくらいだぞ」
「いや、まだまだっすよ。オレの目標はいつでも料理を教えてくれた師匠超えなんでけど、全然追いつける気がしねぇから」
キッドに料理を教えてくれた師匠。
彼が言っているのはメフィストのことだ。
いつも料理をする時にキッドは託された魔術書に書いてあったレシピを読んでいた。
ずっとあの味の再現をしようと頑張ってきたのだ。
あの悪魔はなんだかんだで執事としての能力は高くて、彼は必至に追いつこうとしていた。
「謙遜されなくていいですぞ。きっと、このスープを飲んだならその師匠も満足なさるでしょう。それくらいに味の調整が上手かったですな」
「わかります? 実は移動で汗を流しているから塩辛くしたんすよ」
「ひとつまみ分の塩が味の決め手だったのですな。塩分補給は体にとってかなり大事でござる。そこまで考えての料理とは恐れ入った」
意外なことにヨハン先輩は料理の心得があるようでキッドのことを褒めちぎる。
私の舌がそこまで繊細なものではないので、感想が美味しいしかないけど、先輩は細かい点まで気づいて話をしていた。
「明日からは森で調達した食材で作るんで、じゃんじゃん集めて欲しいっす」
「任せろ! アタシの得意だからな。兄貴よりも狩猟については心得があるぜ」
「拙者はまた山菜を摘むでござるよ。その辺の知識はありますからな」
うんうん。なんとも頼もしい班の仲間に恵まれたわね。
「私は味見するからいつでも任せてくれていいわよ」
「お嬢のは味見じゃなくてつまみ食いなんですよ。気持ちだけで十分なんで、フレデリカ様とヨハン先輩の手伝いをしてくれ。……まぁ、その気持ちだけあればオレの方は頑張れますんで」
断られてしまったわ。
私が狩りの手伝い……呪いを撃ち込んだり腐食攻撃をしたらダメよね?
山菜と雑草の見分けがつかないからキノコ狩りでもした方が……って余計にダメね。毒キノコを採りそうだわ。
「善処するつもりだけど、まずはマックスから解毒剤を貰ってくるわね」
「何するつもりなんですかお嬢……」
ドン引きするキッドの視線が痛いわ。
その後、私達は食べ終わった夕食の後片付けをしながら明日の行動について話を続けた。
二日目からが本番のようなもので、いよいよ本格的に森の中に入っての活動になる。
何が起きてもいいような心構えをしておかなくっちゃ。
エリンの方は上手くやっているのかしらね?
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