第57話 普通の学生の休日の過ごし方。
ゾンビ事件の翌日から始まった外出禁止令。
最初こそ生徒達は従っていたけれど、やっぱり中には無断で外出をしようとした子もいて大変だったとエリンは語る。
そんなルールを守らない彼らは生徒会室でロナルド会長とグレンの二人と面談を受けて泣きながら奉仕活動へと勤しむのだった。
最初に聞いた時は、それなんて拷問ですか? と思ったけど、効果は抜群だったようで校則違反者は消えた。
あの生徒会と睨みあっていたグレンだけど、今ではすっかり仲良くなってヨハン先輩よりも頼りにされているとか。
同じ有能な人材なら多少褒めちぎれば機嫌を良くするグレンの方が扱いやすいらしい。
ヨハン先輩の日頃の評価が気になるところだ。
さて、そんなこんなで私がいない間も生徒会は忙しく仕事をしていたが、この日はお休みだ。
外出禁止令が出されてからの初めての週末。
みんなと王都内でショッピングをするのだ!
「これだけ荷物持ちがいるならいくらでも買えそうね」
「誰が貴様の荷物持ちだ!」
「がははは! オレは力持ちだからな。グレンなんかには負けねーぜ!」
「何を貴様!!」
「そこは張り合う必要ないっすよ。お嬢の荷物持ちはオレの仕事なんで」
わいわいと賑やかに歩いているのは私とその友人達。
エリン、フレデリカ、キッド、マックス、ティガーと私を合わせて六人で買い物だ。
ちなみに今の服装は学校の制服ね。おしゃれをしたかったけど、どこの所属かをはっきりさせるために外出時は制服だってさ。
「せっかく遊ぶならアタシは私服の方がよかったな」
「フレデリカの私服ってヘソ出し肩出しのショートパンツじゃない。風邪ひくわよ?」
「えー、だって動きやすくないか?」
とても良家のお嬢様とは思えないファッションを好んでいるのがフレデリカだ。
私の前世がそういう服と関わり合いがなかったこともあるけど、見ていると隠してあげたくなるのよね。
ダメージジーンズにアップリケを縫うおばあちゃんみたいに。
「フレデリカさんの私服……絶対に男性の前に出ちゃダメですよ!」
「エリンまで姉御と同じこと言うのかよ」
私の意見にエリンも同意してくれた。
だって、フレデリカってばこの場にいる女子の中で一番発育がいいのだ。
演習の時も男子の視線を釘付けにするし、活発でボーイッシュだけど、ふとした仕草が幼くて銀髪の美少女なのだ。
モテる要素しか詰め込まれていないんですけど!!
「ちっ。マックス兄ちゃんはアタシの味方だよな?」
「僕はどちらかというと、露出は控えめな方がいいかなぁ」
「わかったよ。なら次からもうちょっと布が多いのにする」
納得はしていないけど、渋々と私達の要求を受け入れてくれたフレデリカ。
服装の自由はあると思うけど、公序良俗は守らないとね。
「また服を作らせないとな……」
「え? 服を作らせる?」
面倒臭そうに言うフレデリカに対して疑問の声を出したのはエリン。
「服ってお店で買うものじゃないんですか?」
「はぁ? 採寸して注文したら家に届くんじゃないのか」
「別に何もせずとも勝手に家に送られてくるだろう。ルージュ家に認められたいと思う商人が多いからな」
「僕もまぁ、わざわざ服を買いには行かないかな?」
彼女の問いに各々が反応して答えた結果、エリンは目を見開いて驚いていた。
「オレはその気持ちわかるよ。ここにいるのは貴族の中でも一番上に立つ人達だから金銭感覚が違うんすよ」
「私は至って普通じゃないかしら?」
「お嬢のドレス一着でその辺の家庭の年収より高いですよ」
頭の中でそろばんを弾いて固まった。
私ってば前世の金銭感覚のままだからそんなに大した物は買っていないと思っていたけど、あの黒いドレスそんなにするの!? 成長を見越して何着かあるわよ?
「今日が制服でよかったです。そうじゃないとわたしだけ背景に溶け込んでました」
「大袈裟……とは言えないのがこの方達っすからね」
貴族ではないエリンとキッドがこちらを見て何かをこそこそと言った。
これでも貴族の頂点に立っているので他家とはまた違う価値観が適用されている。
「やっぱり雲の上の人達でした……。
エリンがわかりやすく落ち込んでしまった。
私では励ましても逆に落ち込ませそうなのでキッドにフォローを任せる。
「ところで姉御。わざわざこっちまで来る必要あったのか?」
金銭の話が終わると、フレデリカ疑問を私に投げて来た。
制服で街を歩いている私達がいるのは王都の南部にあるメインストリートで、通称は朱雀大路と呼ばれている。
外から王都に入るには設置された四つの門のどれかを通らなくてはいけないが、この道は一番人の出入りが多く、通行人が沢山いるので店の数も多い。王都の中で一番栄えている繁華街だ。
「授業に必要な物は学校の近くで売ってんじゃねぇの?」
「そうね。野外遠征に必要なものだけなら学校の近隣で済ませたけど、今日のメインはどちらかというと遊びよ! 教材とか実験道具よりもかわいい服を買って美味しいご飯を食べたりするのが目的なの」
「朱雀大路は何でも揃うからな。最新の流行を把握するためにルージュ家の屋敷もこの近くにあるくらいだ。ノア・シュバルツにしては良い判断だな」
「なんでテメェが偉そうなんだ?」
グレンの解説は半分聞き流しておいて、この場所は王都の玄関口。本当に何でも揃うのよね。
エタメモでお出かけデートとくればこのメインストリートが一般的だ。
南の朱雀門から王城までの真っ直ぐ伸びた一本道はまさに圧巻。
この景気を見るために観光客が立ち止まったりして、中には私達と同じ魔術学校の子達も楽しそうに歩いていた。
「近頃は色々と大変だったもんね。確かに息抜きは必要だ。僕は新作の本でも買おうかな?」
「ならマックス兄ちゃん。アタシにおすすめの本を教えてくれよ。なるべく読みやすいやつで」
「キッドは何を買うつもりだ? オレは筋肉トレーニング用のグッズにするぞ」
「鍛冶屋が気になるっすね。魔獣と戦うことを想定するなら予備の武器も欲しいし。まぁ、筋トレのグッズは気になるっすね」
「俺は買う物は特に無いが、平民が何を買うかは気になるな」
「遠征用の荷物くらいですよ? でも、この辺の菓子屋は後学のために見て回りたいですね」
それぞれが自分のやりたいことや見たい物、欲しい物を口に出す。
どうやらこれは長い一日になりそうね。
「よーし! それじゃあ片っ端から全部見て回るわよ!」
「「「「「おー!」」」」」
そこからはただ純粋に学生として休日を楽しんだ。
最初に本を買い過ぎてマックスが重い荷物に困ったり、フレデリカが珍しく女性誌を買ってティガーにからかわれたりした。
鍛冶屋の方へ行くと、工房の中で職人が鉄を叩いて伸ばしているところを生で見れて感動した。
私とエリンはガラス細工や髪飾りを見て、試しにつけてみたりして楽しんでいたが、男連中とフレデリカは名工の作った武器や鎧に夢中だった。カッコいい剣を見ると脳内年齢がみんな男子小学生くらいになっていて面白かった。
そうして身分も経験も関係なく楽しんで笑った。
疲れてお腹が減ってからはグレンからおすすめされた店に入った。
全員でテーブルを囲んで、料理が来る前の間にそれぞれが買ったものを自慢し合った。
グレンの推薦があるだけに料理への期待は高かったけれど美味しくて満足する味だった。
キッドとエリンが何かをメモしている姿を見たが、再現するつもりなのかな?
「なぁ、姐さん」
「何? ティガー」
午後も買い物をすべく歩き回っていると、ティガーが隣に立って話しかけて来た。
「今日は誘ってくれてありがとな」
「いきなりどうしたのよ?」
「いいや。フレデリカが楽しそうにしてはしゃいでいるのを見て思い出してたんだよ。覚えてるか? 最初に会った日に話したこと」
ティガーと初めて会ったのはヴァイス邸に呼び出された日だ。
私にとって間違いなく人生のターニングポイントの一つで、誘拐もされた。
「オレらは兄妹しかいなかったんだ」
私は当時の事を思い出した。
早熟な才能を持ち、魔術師としても武闘家としても優秀な兄妹。それゆえに周囲から期待され、尊敬されて孤立してしまった。
誰もが兄妹を特別扱いしていたせいで、遊び相手はお互いしかおらず、どちらかが欠ければ孤独に苦しむような環境だった。
「姐さんがオレらを気遣って遊びに誘ってくれた。あの時は否定したけど、実は嬉しかったんだぜ。家族以外に誘われるなんて初めてだったから」
「そう思ってもらえていたなら光栄だわ」
屋敷内でかくれんぼしなければその後の事件は起きなかったのにという後悔があったけど、こんな風に感謝されると少し傷が癒える。
「それでこうして同い年の仲間と気を遣わずに遊んでる。フレデリカも楽しそうに笑っていて、オレもかなりはしゃいでいる。こんな日が来るなんてあの頃のオレは考えたことも無かったぜ」
隣を歩くティガーの目が私を見ている。
彼の方が背が高いので自然と上目遣いになってしまう。
「だからオレは感謝してる。ありがとう姐さん」
「こちらこそありがとう。ティガーやフレデリカがいるから今の私も楽しいわ」
お互いに見つめ合ったまま感謝の言葉を述べる。
「「ふっ。ふふふ……」」
三秒もしないうちに私達は笑い出した。
「何だか気恥ずかしいわね」
「慣れねぇことしたからな。でも、どうしても言いたくなったんだよ」
歯を見せながらわんぱくなガキ大将みたいな笑顔でティガーはこう言った。
「これからもずっとオレの側にいてくれよな。姐さんがいないとさ、つまらねーからよ」
「いいわよ。私もティガー達がいないと面白くないもの」
賑やかな街中で交わした約束を忘れないように目を閉じて確かめる。
うん。みんなとの繋がりがあるから今の私がいる。
蝙蝠男だのゾンビを操る黒魔術師だのと色々な問題があるけれど、この約束を果たすために頑張らないといけない。
そして、その先にある未来の景色を見てみたい。
絶対死ぬラスボス令嬢に転生した私が生き残った世界を。
「兄貴! 姉御! 早くしないと置いてくぞ!!」
「おう! 行こうぜ姐さん」
「ええ。行くわよティガー!」
願わくばこの先もずっとこんな日常が続きますように。
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