第93話 ラストミッションスタート!
──夢を見せられている。
いや、これは夢なのか? それにしては鮮明に熱や風を感じられる。
わたしが変な夢を見るようになったのは今に始まったことではありません。
内容は覚えていないけれど、最初にこの奇妙な感覚を体験したのは五年前のある日。それから何度も同じような体験を繰り返してきた。
自分の身に何が起きているのかわからなくて不安で仕方なかったわたしですが、今ならなんとなく理解できます。
──誰かがわたしに危険を伝えようとしている。
その誰かが誰なのかは未だに不明ですが、二百年前に魔女を倒し、女王になった聖女さまと無関係ではないと思います。
グレンさまの伯母であり、わたしの好きな小説家の先生でもあるロゼリア・ルージュさまから聞かされたわたしの出自といただいた日記。
残念ながら日記は長い年月のせいか、それとも何かの制約があるせいか全ては解読出来ていません。魔術書だから後者なのではというのがノアさまのお話でした。
『どうして貴方が……』
この夢も魔術書を手にしたからなのかわたしが自分の力を自覚したからなのかはわかりません。
しかし、限りなく現実に近いこの夢の中でわたしの手は血に濡れていました。
抱き抱えるようにしている腕の中には顔が白く、唇が紫色になっている黒髪の女性がいます。
『泣かないで。貴方にそんな顔をしてほしくないのよ。笑顔が貴方には似合っているんだもの』
弱々しく、最後の力を振り絞って女性は語りかけてきます。
徐々に熱を失い、人から冷たい物へと変わっていく女性を助けようとわたしは必死になって魔術を使いますが、手遅れでした。
『私の最後の我儘よ。……彼を恨まないであげて』
死の瞬間まで自分じゃない誰かのことを心配したまま女性は腕の中で息を引き取りました。
わたしは必死に声をかけて彼女を起こそうとしましたが、返事はありませんでした。
そうしているうちに遅れて五人の仲間達がやって来て女性の骸を抱きしめたまま泣き続けるわたしを慰めようとしてくれました。
仲間の一人はただ呆然とわたしと彼女を眺めてその場に崩れ落ちました。
わたしは彼が憎い。彼のせいで彼女は帰らぬ人になってしまった。彼があんなことをしなければわたしと彼女はいつまでも仲良しだったのに……。
でも、わたしは彼を裁くことが出来ません。だってそれは彼女の最後の願いを踏み躙ってしまうから。
◆
「大丈夫エリン?」
「……えっ、はい! わたしは生きてますよ!」
「いや、生きてないと困るんだけど」
西都に到着して二日後。私達は死の大地と西部領との境界線ある砦にいた。ここが魔獣による大侵攻の最前線で、一番戦いが激しい場所だ。
この場所の他にもいくつか小さな抜け道はあるようだが、そこには各領地の精鋭が向かって対処している。
大半の魔獣が押し寄せるこの砦は死の大地から続く谷を塞ぐように建設されており、五大貴族直属の軍と物資が運び込まれ、怪我人の治療や壊れかけの箇所が魔術によって急ピッチで修理されている。
そんな砦の中にある休憩室の中で私は戦場に向かう最終チェックをしていたのだが、エリンの様子がおかしい。
「顔色もあまり良くないわよ?」
「夢見が悪かったせいですね。夢というには鮮明でまるで予知夢みたいな……」
「予知夢? それって私達の完全勝利!! ……って感じじゃなさそうね」
「はい……」
俯いて何かを言おうとして、開きかけの口を閉じるエリン。
みんなの士気にも関わるし、不吉なことは言わない方がいいだろうと判断したようね。
「大丈夫よ。こっちには五大貴族の当主に四人の聖獣使いが揃っているのよ? おまけに聖女様の生まれ変わりみたいなエリンに魔女の力を持つ私までいるんだからやりすぎなくらいだわ」
戦力過多とはまさにこのことだ。
ゲームの最終決戦でラスボスのノアを倒すための戦力と同等かそれ以上の軍勢で私が味方にいる。
この状況をひっくり返すなんて神様でもいない限り不可能だ。
「多分、今のエリンは色んな事を考え過ぎて不安になっているのよ。だから手を繋ぎましょ?」
「手をですか?」
何を言っているんだろうこの人は? と言いたげな彼女の右手を私の左手が掴み、指を絡ませて決して離れないように固定する。
「どうかしら? 温かいでしょ?」
「はい。とっても温かいです」
「……ずっとずっと前にね、お母さんが話していたのを思い出したの。寂しい時や不安な時は誰かの手を握りなさいって。そうしたら自分は一人じゃないって安心出来るからって」
私にはノアの母親の記憶はない。だってその人はノアを産んですぐに亡くなっているから。
今、私が話をしたのは前世の日本での母親から言われた言葉だった。
風邪をひいて学校を休んでいた私を看病しながら不安で眠れなかった私の手をずっと握っていてくれた。
温かいその手に触れて、私はいつの間にかリラックスして眠りについていた。
ただ手を握るだけなのにそれが一番効果があったような気がしたなぁ。
「エリンはどう? 私と手を繋いで安心出来た?」
「はい。ノアさまがすぐ隣にいて、温かくて、落ち着きました。わたし、慣れない状況で緊張していたみたいです」
「私もよ。今も外から戦闘音が聞こえるものね」
本来なら魔獣が砦に近づく前に兵士達が蹴散らしたり冒険者達が間引きをしているのだが、今は砦のすぐ前まで魔獣が迫っている。
ここを抜けられたら西都近郊は魔獣に荒らされ、その先は王都。そこから国中に被害は拡大する。
「でも、ここで頑張らないと私達に明日は来ないわ。またいつも通りに学校に通って楽しく過ごすためにこの戦いだけ真剣に行くわよ」
「勿論です! ロゼリアさまの新作を読むまで絶対に死ぬわけにはいきませんから!」
「ふふっ。その勢いなら問題ないわね」
空いている左手を握り、鼻息を荒くするエリンの姿がおかしくてつい笑ってしまう。
そして、直後にいつもの執事服から軽鎧に着替えていたキッドが私達を呼びに来た。
「お嬢様方。準備が整いましたよ」
「ええ。わかったわ」
キッドの後に続いて手を繋いだまま砦の一番高い場所に向かう。
ビルの屋上にあるヘリポートのように開けたこの場所は普段は連絡用の鳥を飛ばしたり、大規模な魔術を発動させるための儀式場として使われてる。
そして今は、五大貴族の当主と聖獣使いが全員集まっていた。
「ノアよ。さっそくであるが、この魔法陣に魔力を込めるのだ」
「はい。お父様」
周囲の景色が一望出来るこの場所の地面には何やら複雑な魔法陣が用意されていた。
お父様と魔術局の研究担当者が作った私から無意識のに発せられている魔獣を惹き寄せる波動のようなものを人工的に再現したものらしい。
効果を発揮するには私が魔法陣を起動させなくてはいけないので、惜しみながら繋いだ手を離して両手を地面に触れる。
「では、いきます」
魔獣は私の中にある魔女の力に反応しているので、流し込むのは私自身ではなく、メフィストによって魔女から掠め取っている魔力だ。
数秒も経たないうちに魔法陣に魔力が満ちて光出した。
「へぇ、本当に魔獣が逃げ出さずに砦を攻撃してきやがったな。効果は本物だなダーゴン」
「当たり前だ。吾輩がギリギリまで調整をしていたのだからな。これで魔獣共はノア達には目もくれずにこの場所を狙ってくる。万が一、この儀式場が破壊されれば魔獣は全てノア達を狙うことになる」
砦で合流したヴァイス公爵にお父様が自信満々そうに説明をする。
お父様が遅れて西都に着いたのってこういう準備をするためだったのね。流石だわ私のお父様。
「私達五大貴族の役割はこの儀式場の死守だね。この高さなら上から狙いやすくて助かるよ」
「妾が魔獣達を火の海に沈めてくれるわ」
他の当主達もノリノリだ。
戦場の指揮と同時になってしまうけど、この大人達がいてくれるなら安心ね。
五大貴族の当主がどんな魔術を使って戦うのか興味があったんだけど見れないのが残念だ。
「では子供達よ。これから諸君らは死の大地の奥にある穢れの中心に向かい、それを浄化してくるのだ」
「「「「はっ!」」」」
お父様からの指示に作戦に参加する私達は敬礼をした。
ここから死の大地へと向かうのは少人数だ。作戦の要でもあるエリンと私。そして守護聖獣を使役する四人の仲間達。更に、不測の事態に備えて私とエリンを護衛するキッド、フレデリカ、ヨハン先輩。
「ヨハン先輩が普通にいるのは何故?」
「呼んだんだ、私が。彼の実力は既に証明済みで、君達と連携が取れるからね」
ロナルド会長が騎士団と共に連れて来た東部領の兵の中にヨハン先輩は何食わぬ顔で混じっていた。
この場にいる当主達が文句を言わないってことは説明済みで許可が降りているのね。
「それじゃあ、死の大地に行くとしようぜ!」
ティガーを中心にグレンとロナルド会長が並び立つ。
「出てこい【白虎】!!」
「【青龍】、顕現せよ」
「いでよ、我が守護聖獣【朱雀】!!」
三人が名前を呼ぶとそれぞれの頭上に守護聖獣達が姿を現す。
白と青と赤の聖獣達は今まで私が知っているサイズよりも更に大きくなっている。
私が知っているゲームの最終決戦とレベルマックスまで成長した完全な姿での顕現だ。
「なんと……ここまでとは……」
お父様が空を見上げて驚いている。
他の当主達も同じような表情で聖獣と、それを呼び出した子供達を見ていた。
「姉御、すげぇなコレ。兄貴の白虎が強くなってるぞ!」
「みんなの成長とエリンのおかげね。これがかつて魔女と戦った本来の聖獣の姿よ」
こんな大きな聖獣が集まってやっと互角になる本来のノアがどれだけ規格外だったのか改めて実感したわね。
「おや。マックス殿は召喚しないのでござるか?」
「僕の玄武はみんなのみたいに空を飛べないからね。移動するスピードも遅いし、死の大地の奥に着くまでは援護に回るよ」
ヨハン先輩の質問に残念そうにマックスが答えた。
彼の言う通りに、玄武は俊敏性に欠ける聖獣だ。
しかし、防衛や周辺の地形を操作する力は随一なので劣っているとは思わない。ちゃんと見せ場も用意してあるから安心してねマックス。
「俺と朱雀のところにはエリンとフレデリカが来い。朱雀は一番早いからな。動きについてこれる動体視力が欲しい」
「はい。よろしくお願いしますグレンさま」
「チッ、アタシはこの鳥野郎のところかよ」
不満そうなフレデリカだけど、グレンの指示は的確で火の魔術と風の魔術は相性がいいのよね。それにフレデリカの弓が合わされば怖いもの無しだ。
「じゃあ、オレと白虎のところはマックスとキッドだな。オレらは先陣で魔獣を蹴散らさなくちゃいけねぇからな」
「うん。よろしくねティガーくん、キッドくん」
「へいへい。ったく、お嬢の護衛なのに離れ離れとかアリかよ」
野生的な笑みを浮かべるティガーの元には玄武を呼び出して回復役も出来るマックスと剣を握った近接戦闘ならトップクラスの強さのキッドだ。
ティガーの言う通りに彼らなら魔獣の群れ相手でも臆せずに戦ってくれる。キッドなら良い具合にティガーとマックスのサポートをしてくれるでしょ。
「ヨハンとノア君はこちらへ。私と青龍が責任を持って運ぶ」
「ノア殿の一緒とは拙者、嬉しいですぞ!」
「……チェンジで」
「酷いですぞ!?」
最後にロナルド会長と私とヨハン先輩の三人組だ。
年長者の二人で、会長は作戦メンバーの中で一番戦闘力が高いし魔眼の力もある。私も魔女の力と黒魔術を使えば魔獣相手でも十分戦える。
ヨハン先輩は……まぁ、器用で使える魔術の種類も多く、この戦いに向けて色々な魔術具も用意してきたそうなので足手まといにはならない。会長の魔力が切れそうになったら私を連れて逃げ回るのが彼の仕事らしい。
「よし、それじゃあ死の大地に行くわよ!」
三人ずつに分かれた私達はそれぞれ守護聖獣の背に乗って砦から飛び立つ。
遥か下の大地では魔獣の群れがひしめき合っていて、砦から色とりどりの魔術が放たれ、爆発音が鳴り響いていた。
──どうか、私達が戻るまで無事でいてください。
そう祈りを捧げて、大侵攻を止めるために三匹の守護聖獣はスピードを上げて大空を移動するのだった。
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