第94話 成長した魔術師達。


 死の大地へと到着したのは砦を出発してから割とすぐだった。

 戦闘を白虎、その次に朱雀、そして青龍と続いて空を飛んでいる中、地上を見下ろすと明らかに自然が少ない剥き出しの大地が見えてきた。


「ここが死の大地ね。本当に何も無いわ」

「周囲に植物が生えていないのは大地から供給される魔力を魔獣が吸収しているからでござるな」


 私の背後で青龍に跨っているヨハン先輩がそう言う。

 確かに地上には黒い魔獣達がうようよいてその数は暗き森で遭遇した数倍はいる。

 大侵攻が始まって砦に凄まじい魔獣が押し寄せているのにまだこんなに残っているだなんて驚きだ。

 もしも、この魔獣が砦を突破してしまった場合を考えると背筋が寒くなる。


「ぞっとするね。地上から進んでいたらと考えると」

「みんなが成長しているのとエリンの力で魔力の消費を抑えているから出来た作戦ね。空を飛ぶタイプの魔獣がいなくて助かったわ」


 魔術学校で習った内容だけど、魔獣は空を飛ぶことが出来ないらしい。鳥の形をしている個体もいるが、高いところから飛び降りて滑空する程度で長時間は浮いていられないそうだ。

 魔術局ではかつて魔獣を地面から離れた高所に吊るしておくという実験も行われていて、時間が経つと魔獣は弱ってしまったらしい。

 これは魔獣が大地に溜まった穢れと呼ばれる魔力から発生するので地面から離れると力の供給が止まってしまうからだとか。


「このまま一気に目的地まで辿り着ければ楽そうね」

「そう上手くいくでござるかね?」


 穢れを浄化する儀式はどうしても地上でないと出来ないので、その時だけは仕方なく魔獣と戦わないといけないがそれまでは消耗したくないので楽をさせてもらいたい。

 しかし、私の希望も虚しく前方から切羽詰まった声がした。


「全員避けろ!」


 真ん中を進んでいた朱雀の背からグレンが叫び、その声に合わせるようにして青龍が身を捻る。

 ぐるんと急に動いたため空中に投げ出されそうになるのを身体強化の魔術を使って青龍にしがみつく。


「何なの!?」

「攻撃だ、地上からの」


 龍眼を解放して私よりも遥かに地上の詳しい様子を見ていたロナルド会長が説明してくれる。


「背中の棘を射出しているんだ、針鼠擬きの魔獣が。流石死の大地に棲息する個体だ、あんな能力を持っているとは」

「関心してる場合じゃありませんよ!」


 お空の上なら安全だと思っていたのに早速ピンチな状況になっている。

 白虎も朱雀も飛んでくる棘を左右に動いて回避している。


「心配は無用だ、彼女がいるならば」

「彼女?」


 ロナルド会長が朱雀を指差すと、そこには弓を構えたフレデリカがいた。


「──しっ!」


 彼女が地上に向かって矢を放つと風を切り裂く音が聞こえ、そして棘による襲撃が止まった。

 まさかこの距離で下にいる魔獣に命中させて倒したっていうの!?


「聖獣使いでもないのにあの強さとは、流石だなヴァイス家は」


 ゲームだとストーリー開始前には死んでしまっていたフレデリカ。

 私の行動によって原作の展開が変わってしまい、同い年の友人として成長してきた彼女が強いことを私は知っていたつもりだった。

 でも、まさかこんなに強くなっているとは思いもしなかったよ。狙撃銃もないこの世界で精密にターゲットを狙って撃破するなんて技をいつの間に習得したのだろう。


「ヴァイス家だからではありませんぞ。彼女もまた暗き森での自分の力不足を悔やんでいましたからな。練習相手の魔獣は沢山いるわけですし西部領に先に着いてから修行をしていたのでしょうな」

「だからって強過ぎよ。……本当に頼りになるわね」


 同じ学年だけどいつも私やマックスの後ろをついて来ていた少女は頼もしい存在へと成長した。

 仮にエリンとティガーが結ばれるような展開があってもヴァイス家は問題なさそうね。


「……むっ。見えて来たな、地脈の乱れが」


 地上からの襲撃が止んでまた死の大地上空を進んでいるとロナルド会長がそう言って青龍を停止させる。

 彼の瞳が見つめる先に意識を集中させると、魔女の力を使う時に感じるものと同等の圧力を感じた。

 ロナルド会長と違って私は魔力の動きをハッキリと視認することは出来ないが、私の感覚が間違いなくあの場所が大侵攻の発生原因であると信号を出す。


「拙者は特に何も感じませんが、お二人が言うのなら間違いないでしょう。他の二匹に連絡を取るでござるよ」


 ヨハン先輩が持ってきたポーチの中から筒状の道具を取り出して魔力を込める。すると、眩しい赤い光が尾を引きながら空に打ち上がる。彼が使用したのは事前に決めていた合図を知らせる魔術具だ。


「お嬢! ここですか?」

「えぇ、そうよ」


 距離を空けていた朱雀と白虎が合図に気づいて隣に並ぶ。降りるために下の様子を確認すると、それなりの数の魔獣が集まっていた。

 砦で発動している魔術のおかげで大侵攻の本隊はこの場にいないが、地上に降りて儀式を始めてしまえば間違いなく周囲の魔獣は集まるだろう。


「先にオレらが降下して魔獣共を蹴散らす。姐さん達はその後に降りてくれ」

「頼んだわよ」


 白虎に跨るティガー、キッド、マックスを見送る。

 彼らは何かを話し合うと地面に向かって降下を開始した。すると、マックスが一人で白虎の背から飛び降りた。


「力を貸してくれ【玄武】!!」


 マックスが叫ぶと空中に巨大な緑色の亀が現れた。

 ただし、そのサイズは私の知っているものよりも遥かに大きくて、小さな山のような大きさだ。

 地上に向けて落ちる玄武は圧倒的な質量と高所落下によるエネルギーを合わせて隕石のように地上に落下した。


 ズドオオオ───ン!!!!


 轟音と共に大地にクレーターが出来て広い範囲に土煙が舞う。

 着地点にいた魔獣の多くは何が起きたのか理解する間も無く押し潰され、周囲の魔獣は吹き飛ばされて地面を転がる。

 殻の中に引っ込めていた手足と首を出して玄武が雄叫びをあげた。


「ははっ。流石だぜマックス!」

「天災っすねコレは」


 白虎に乗るティガーとキッドも地上に到着し、まだ息のあった魔獣にトドメを刺す。


「行こう、我々も」

「エリン。しっかり捕まっていろ」


 地上で戦闘が始まったのを合図に私達も降下する。

 ある程度の位置まで高度が下がったので私は青龍の背から飛び降りて地面に着地した。

 自分の身体能力を魔術によって強化することの出来る魔術師で、お父様から厳しく指導を受けた私だからこそ出来た芸当だ。

 エリンはまだ魔術師として未熟なのでグレンに抱えられる形での着地になった。


「無事か? エリン」

「はい。ありがとうございます」


 うん。攻略キャラのイケメンとヒロインがああしていると非常に絵になるわね。

 私なんてみんなに実力を知られているせいなのか誰も心配してくれないんだから。


「お嬢。援護よろしく!」

「はいはい。わかったわよ」


 この扱いの差って酷いわよね。

 儀式を開始する前にこの場所を整えなくてはならないので私は広範囲に魔術を展開する。


 ──重力操作魔術【増】。


 こちらへ襲い掛かろうとしていた魔獣達の動きが鈍くなり、キッドの剣が魔獣を斬り裂く。


「わたしも手伝います」


 ──重力操作魔術【軽】。


 私が使う魔術とは正反対の力をエリンが発動させて戦うみんなの体が軽くなり、動きが良くなる。

 誰かを貶めて弱体化させる力よりも他人を強化させる力の方が良いよね。


「ヘヘっ。体が軽いぜ!」

「無茶をして深追いをするなよ。俺達の役目はエリンとノアが儀式を成功させるまでの時間稼ぎだ」

「わかってるよ、オラっ!」


 聖獣使いと作戦に選ばれた魔術師達が大暴れする。

 その隙に私はヨハン先輩と共に地面にせっせと小細工をして簡易的な儀式場の設営に入る。

 周囲から噴き出している大侵攻の原因となっている大量穢れを集めて浄化するなら効率的にしないと体力や精神力が保たないので、作戦の成功率を上げるために準備がいる。


「ノア殿。魔法陣の準備が終わりましたぞ」

「わかったわ。これから私は儀式に入るから邪魔が来ないように先輩は見張っていてちょうだい。エリン、後は頼むわよ?」

「任せてくださいノアさま!」


 足元に刻まれた広い魔法陣の中央に私は立って、両手でゆっくりと地面に触れる。

 これから私を中心に地中深くで詰まっている魔力を引っ張り出すのだ。

 イメージするのはお風呂掃除の水抜き。流れを塞いでいる固まった魔力を引き上げて地脈を正常に戻す。


「くっ……これは中々辛いわね」


 何せ前回の大侵攻から二百年分の蓄積された魔力だ。

 それに、ずっと改善されることなくこの地域を死の大地へと変貌させてしまった原因だと考えると非常に手間がかかる。

 無茶をして魔女の魂が目覚めて表にでないよう注意しながら魔力の、穢れの塊を手繰り寄せる。

 側から見たら地面に手を着いて汗を流しているようにしか見えないけど、それが一番キツい。


「ノアくん、もうすぐだ」

「頑張れですぞノア殿!」


 みんなが応援してくれている。


「ファイトだ姉御!」

「踏ん張れ、ノア・シュバルツ!」


 魔獣と戦いながら私を心配してくれている。


「気合と根性だぜ姐さん!」

「ノアさんなら必ず出来る。自分を信じて!」


 ここで結果を出さなきゃ、五大貴族の名折れだ。


「女神よ。ノアさまに力を」


 踏ん張る私の体に力が漲る。

 これが本来のヒロインとして覚醒したエリンの力なのね。頼もしいったらありゃしないわ。


「いけー! お嬢!!」


 いつでも私を信じて寄り添ってくれたキッドの声を耳にして、渾身の力を振り絞る。


「ふんぬらばァアアアアアア!!」


 乙女らしからぬ踏ん張り声を叫びながら私は魔力の塊を引き抜いた。

 スポン! という音でもしそうな勢いで地脈から引き抜かれた魔力の塊が地面から勢いよく噴き出し、空に向かって見覚えのある黒い光の柱を作り出した。


「や、やったわ!」


 疲労してその場に座り込んだ私は安堵の声を上げるのだった。


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