第95話 闇より目覚めし魔獣。
「大丈夫か? ノアくん」
「かなり疲れましたよ」
私は駆け寄ってきたロナルド会長の手を借りて立ち上がる。
自分が元から持っていた魔力と魔女が持つ魔力の一部をほぼ使い切ってしまった。
正直な話をするとこのまま寝転んで休みたいところだが、まだ安心は出来ない。
「でも、あとはエリンが浄化するだけですから見届けます」
今もなお地面から噴き出している黒い光の柱。
地下深くに蓄積されていたこの穢れを浄化しないと砦や周囲にいる魔獣達の動きは止められない。
ここから先は本来の主人公である彼女の番だ。
「みなさん。打ち合わせ通りにお願いします」
エリンがそう呼びかけるとロナルド会長を含めた聖獣使いの四人が東西南北に分かれて陣を形成する。
聖女の力を受け継いだエリンは聖獣達に力を与えると同時に、彼らの影響を受けてその力を最大限に発揮することが出来る。お互いを支え合っているのだ。
エタメモという乙女ゲームをクリアするには選んだ攻略キャラと選ばなかった他の攻略キャラと力を合わせて戦いに挑まないといけないので、好感度の調整に難儀したものだ。
「キッド、フレデリカ、ヨハン先輩。エリンが儀式を成功させるまでみんなを守って」
「あいよ、お嬢」
「わかったぜ姉御!」
「承知したでござる」
聖獣達が暴れているとはいえ、その隙間を掻い潜って
エリンを狙おうとするかもしれない。
私は魔女の力があって魔獣に狙われやすいけど、その魔女より凄い聖女の力があるエリンは魔獣にとって最大の脅威だ。
「さて、私ももうひと踏ん張りしようかしらね」
魔力こそほぼ使い切ったけど、まだ体は動く。
残り少ない魔力を身体強化に回して護身用の剣を抜く。
キッドには遠く及ばないけど、護身術の一環として扱い方くらいは学んだんだ。これで自分の身くらいは守る。
「大したことねぇな!」
「油断厳禁ですぞフレデリカ殿。まぁ、拙者も固定大砲として魔術を撃つだけの簡単な作業ですが」
フレデリカ達の活躍もあって儀式は順調に進む。
エリンを中心にキラキラとした光が広がっていき、魔獣の動きが鈍っている。
あとはあの黒い魔力の柱さえ────。
「なにあれ……」
私は自分が地面から引っこ抜いた穢れの塊を見て呟いた。
今もなお魔力が間欠泉のように噴き出しているけれど、その魔力が空中に広がって真っ黒な雲を作り出していた。
「どうしたんだお嬢」
「あれ、雲の中」
私の指差す方向を見るキッド。
異変に気付いたのか全員が視線を空へと向けた。
魔力で形成された雲の中に何かがいる。魔獣達を生み出す人類にとっては猛毒にもなるその危険地帯に存在する何か。
「穢れた魔力を吸収しているようでござるな。しかし、一体いつからあそこに……いや、もしや最初からこの場所にいた?」
ヨハン先輩の呟きが聞こえた。
この土地を流れる地脈は魔力詰まりが定期的に起きていて、それが原因で大侵攻が発生する。
だから今回の作戦はその根っこにある詰まりを浄化してスピード解決しようとしたのだ。
魔力が詰まって穢れてしまい、魔獣が発生するのは各地でよくあることだ。でも、その大半は騎士団や現地の魔術師だけでどうにか出来る場合が多い。
そうすると定期的に国を滅ぼしかねない大侵攻が発生するこの場所は異常だ。
「アレがこの場にいたから魔力が詰まって大侵攻が起きていた?」
直感がそうだと告げてくる。
アレは地中深くで魔力を吸収していた。いつかくる始動の時を狙って。
そのせいで地脈の流れは乱れて穢れが発生していた。
誰もそれに気づかなかったのは死の大地の奥にまで訪れていなかったから。
普段この場にいる大量の魔獣はアレにとって侵入者を防ぐ防衛装置で、大侵攻は邪魔者を減らすための作戦なのか。
「どちらにせよ、ロクな奴じゃないわね」
一体、いつからこの場所にいたのか。
私が魔女の力を使って引き摺り出さなければアレは完全体に成長していただろう。
今起こすか、後で起きるか。どちらが被害が少ないのかは私に判断出来ない。
とにかく、今まで見てきたどんな魔獣よりも危険な存在がここにいる。
「雲が降ってくる」
魔力の吸収は未だに続いているけど、眠りからは覚めたのか暗雲が地上に落ちて形を変える。
空から降りてくる様子は降臨と呼ぶに相応しい。
「いあ……イア……」
巻き貝を背負ったイカみたいな姿に変えたソレから発せられたのは鳴き声なのか、何かしらの言葉なのかは私には理解出来なかった。
人間の頭では解読するのは無理だし、声にも出せないだろう。
ただ、ハッキリとしているのは身の毛もよだつような恐ろしさ。
「あ、あ、あああああああああぁっ!!」
最初に崩れ落ちたのはフレデリカだった。
持っていた弓を手放して頭を抱えてうずくまった。
ヨハン先輩も苦しそうな顔をして倒れた。
「フレデリカさん!」
「フレデリカ!!」
マックスとティガーが真っ先に駆け寄って身を案じる。
二人が離れたことにより儀式が中断されるが、これでは儀式どころではない。
「ふん……グル……い〜」
イカの化け物は触手をうねうねと動かし始めた。
まだ起きたばかりでお腹が空いているのだろう。目の前にはたっぷりと魔力を持った餌が何人もいる。
「みんな逃げて!」
敵による攻撃の意志を感じた私は大声を出して呼びかけた。
しかし、反応したのはエリンだけだった。
「光の盾よ! 聖なる力をここに!」
伸ばされた触手はエリンの魔術によって阻まれた。
咄嗟に彼女が出した防御の魔術のおかげでまずは被害が出なかった。
「何ボサっとしてるのよ。早く逃げないと」
「悪りぃけどお嬢。それは無理だ」
立ち尽くした状態のみんなに近づくキッドがそう言った。
「あの怪物を見た時に精神に何かしらの呪いを受けたようでな。俺でさえそこの奴らのように倒れないのが精一杯だ」
「体が硬直している。おそらくあの目に見たものの動きを封じる力があるようだ。私の龍眼に近いな」
動かないのではなく、動けない。
呪いや魔術への耐性が高い五大貴族の人間に効果があるなんて桁違いの力だ。
見ただけで相手にダメージを与えてオマケに魔眼で拘束するなんて魔女といい勝負だ。
「ノアさま。アレはわたしが貰った日記に描いてあった怪物で間違いありません」
「日記って、聖女様の?」
「はい。災禍の魔女が魔獣の群れと一緒に従えようとしていた旧時代の神造魔獣【ガタノゾア】。結局は捜索が間に合わずに放置されたようですが、まさか復活するなんて」
エリンがそう言うなら間違いないんでしょうね。
それにしたって、なんで乙女ゲームの世界にこんなヤバそうな怪物がいるのよ! 出てくる作品間違えているんじゃないの製作者!
「ねぇ、アレを放置したら不味いわよね」
「ここを突破されたら砦に向かうと思います。聖獣を従えるみなさんでもこの状態ですから……」
「砦は無抵抗で壊滅。普通の人間だったら見ただけで
死ぬかもしれないってわけね」
魔獣を相手にしながら私達の帰還を待っている人達が砦にはいる。
故郷を追われ、王都に避難している人達がいる。
不安な状態でアルビオン王国の未来を願って暮らしている人達がいる。
「わたしがみなさんを守ります。聖女の力があるならそのくらいは出来るはずです。たとえわたしが倒れてもあの怪物だけは」
「馬鹿なこと言わないのエリン。声が震えているわよ」
覚悟を決めた表情の彼女だけど、まだ少し前まで普通の女の子だったのだ。
巨大で恐ろしい怪物相手にいくら強い力を持っていても一人で戦うなんて無理だ。
──だから隣に並んで立つ。
「私達で守るわよ」
「っ、はい!!」
乙女ゲームのヒロイン&ラスボスのコンビ。
対するは冒涜的な存在感を放つイカの化け物。
「「絶対に負けない!!」」
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