第92話 西都での作戦会議。
西都に到着した翌日、私は五大貴族達が揃う会議室にいた。
旅の疲れもあってか昨晩はぐっすりと寝てしまい、キッドが起こしに来てくれなかったら寝坊していた。別室に泊まったエリンは城で過ごすのは初めてだからあまり休めませんでしたと少し眠たそうだ。
「あれ? ダーゴンの姿が見えないようさね」
「ロゼリア様。お父様は王都を出発する直前で用事が出来てしまったようで遅れて到着するみたいなんです」
「ふむ。折角当主同士で話しておきたいことがあったんだが、仕方ないか。ならばお前が当主代理としてしっかり話し合いに参加するんだよ」
「そのつもりです。こういう場に慣れていないのでお手柔らかにお願いしますね」
隣の席に座るロゼリアさんとそんな会話をしていると、他の当主とその子供達が集まった。
グルーン家からはマックスとその父、ブルー家はロナルド会長のみ、ルージュ家からはグレンも参加していて緊張しているエリンに話しかけていた。ちなみにキッドは私の補佐という形で後方の壁際に立っている。
「五大貴族の各代表が全員集まってくれて何よりだ。今日は親父の代わりにこのティガー・ヴァイスが出席させてもらう」
会議の時間になり、最後に部屋に入って来たのはティガーとフレデリカの二人だった。この城の主人であるヴァイス公爵の姿が見えない。
「おい小僧。フーガはおらんのか?」
「親父は今、最前線にある砦で戦場の指揮をしていて離れられない。だから代わりにオレが会議に出ることになった」
「奴が離れられないとなると戦況はあまりよくなさそうだな」
「アンタの言う通りだ。親父やオレが直接戦わないといけないくらいに前線は押されている。魔獣達の勢いは言い伝えにあるものより激しいぜ」
ティガーが苦そうな顔で話す。
私達よりも先に西都へ向かった彼はすでに大侵攻を体験したようで、王都にいた頃よりも疲れている様子だ。
「西都であらかじめ用意していた食糧や回復薬なんかも不足が出始めている。すまねぇが、グルーン家とルージュ家には早速で悪いが物資の提供を頼みたい」
「勿論だとも。すでに私の部下には先に前線へ荷物を運ぶように伝えてある。グルーン家の治癒師も何人か同行させているよ」
「話が早くて助かるぜグルーン公爵。このままだと全員が揃う前に前線がヤバかったからな」
あらかじめ予想を立てていたのか、先手を打っていたグルーン公爵にお礼を言ってティガーが頭を下げた。
「正直なところ、魔獣の勢いが強すぎて西部領の人間だけだと時間稼ぎしか出来ていないのが現状だ。これでも魔獣との戦闘経験が豊富だと思っていたが、大侵攻ってのはいつもの比じゃねぇ」
私はティガーが話している間にフレデリカが配ってくれた資料を目にする。
前線で戦う冒険者の報告や、魔獣によって襲われた地域の被害状況が書いてあって、いくつもの町や村が襲撃を受けて死人や怪我人も多く出ているみたいだ。
「西部領の戦力でも苦戦しているとなると骨が折れそうさね。妾の計算だと王国中から掻き集めた兵士を使っても有利……とは言えんな」
普段から自信満々で気の強いロゼリアさんとは思えない歯切れの悪そうな意見が出るくらい資料に書いてある状況は悪かった。
「親父も同じように言ってた。だからこの戦況をひっくり返すために無理してでもオレをこっちに合流させたんだ」
「我々聖獣使いとノア君達か……」
ロナルド会長が私やエリンを見る。
確かに普通に考えるとこの被害の多さは危険で人間は彼らに敗北してしまうかもしれない。しかし、魔術があって神様の存在が本物であるこの世界には圧倒的な個の力がある。
聖獣はそれぞれが一騎当千の力を持っていて、更にエリンの力を使えば何倍にも強くなれる。主人公とその仲間達には国を救える力が備わっているのだ。
「そうするとどのような作戦にするかを考えないといけないね。前の五大貴族会議ではシュバルツ嬢と聖獣使いが魔獣を惹き寄せてその隙に各領地の合同軍で叩く作戦だったね」
グルーン公爵の話を聞きながら王城での話し合いを思い出す。みんなが庇ってくれなかったら今頃はあの場で処刑されていたかもしれないんだよね私。
「うむ。しかし、この資料にある戦況を見ると予想以上に戦場が広がっていて一箇所に集めるのは無理ではないかと妾は思うぞ、こちらの兵士達も寄せ集めであるし、聖獣使いが揃って派手に暴れるとなると巻き込まれる可能性があるぞ」
「その辺はどうなんだいマックス?」
「はい、父さん。ルージュ公爵の言う通りに暗き森と同じように僕らが戦うと周囲は人が少ない方がいいかもしれません。エリンさんの力で聖獣達の力が増幅されるとなると、魔術のコントロールも細かい調節が効かないかもしれないですし」
個人の力がズバ抜けている聖獣使いは例えるならミサイルのようなものだ。とても強力で一人でも大勢の魔獣を相手を出来るけど、強すぎて辺りに被害が出る可能性がある。
「となると、どうすればいいんだ? 親父は考えるのが苦手だからその辺はシュバルツ公爵にでも任せておけって言われたんだがよぉ……」
ティガーがこっちをチラチラと見てくる。お父様がいないのに気づいてちょっと焦った顔をしているわね。
「心配いらないわ。事前にお父様から託された作戦があるの。キッド、頼めるかしら?」
「はい、お嬢」
黙って壁際に控えていたキッドが資料を取り出して各人に配る。
魔術局で私の魔女の力を確認したお父様が用意してくれていたものだ。
「魔術局では以前から魔獣の生態と大侵攻の発生条件について調査、研究をしていました。その結果、魔獣は地脈に蓄積した穢れによるものだという事が判明しました」
この世界の大地には地脈と呼ばれる自然が持つ魔力が流れる血管みたいなものがある。
地脈を流れる魔力は基本的に循環して流れるのだけど、何かしらの問題が発生すると異常を起こして詰まってしまう。しかし、その詰まった魔力は穢れとして地脈が自動的に地上に排出する仕組みになっている。
「大地を魔力が流れる以上は仕方のないことなので通常の魔獣の発生については特に問題ありません。しかし、大侵攻は通常の穢れとは比較にならない量の魔獣が発生します」
魔獣が大地を埋め尽くすような勢いで現れるってことはそれだけの穢れが溜まっているということだ。
普通に考えると体の一部分だけに猛烈に爆発するような量の血液が詰まるのは異常だ。それはもう病気と言ってもいい。
「これまで大侵攻は地脈が穢れを出し切るまで魔獣を討伐することで乗り越えて来ましたが、この穢れの元を叩けば魔獣の数はこれ以上増えず、地脈を上手く調整出来ればこれから先に大侵攻が発生するのを防げるのではないかというのが魔術局の研究結果です」
「なるほど。しかし、そう上手くいくのかい?」
グルーン公爵が心配そうにこちらを見る。
「はい。まずは地脈から穢れをドーンと出してババっと集めて、それから一気にピカーンとしてキレイにします! 以上です」
「うーん……えっとつまり?」
私が説明を終えると、グルーン公爵が首を傾げて、ロゼリアさんは口をポカーンと開けている。
「お嬢。説明が全然足りてないっすよ。つーか、擬音が多すぎ」
「あれ? そうかしら?」
私としては簡単に説明したつもりだったけれど上手く伝わらなかったようだ。
ちなみにヴァイス兄妹には伝わったようでうんうんと納得したように頷いている。
「えーっとですね、補足すると地中の穢れ自体は触れることが出来ないので、まずはお嬢の力でそれを地上に集めます。そっから穢れが魔獣を発生させないように結界を張ります。そして最後にエリンさんの力で増幅した守護聖獣の力で穢れを浄化する……以上っす」
「うん。よく補足してくれたなキッド。そこにいる馬鹿女と比べてわかりやすかったぞ」
「馬鹿女って誰のことよ」
「貴様だノア・シュバルツ!」
グレンが私に向かって怒鳴るけど納得いかない。私だって精一杯頑張って説明したんだよ!
「ただし、この作戦を実行するには穢れの塊がある場所の真上まで移動する必要があるっすね」
「つまり、魔獣と戦っている最前線の更に先にある死の大地に向かう必要があるのか……」
アルビオン王国があるユグドラシル大陸の最西端。人間が暮らせないほど荒れ果てている土地で大侵攻の時じゃなくても魔獣が大勢いて誰も近づこうとしない場所だ。
「お嬢達が死の大地に行けるように合同軍の方で魔獣を引きつけておくようにってのが旦那様の指示っす」
「シュバルツ公爵がそう言うのなら従った方がいいようだね」
「随分簡単に認めるのだなリュート」
「私は学生時代から彼の、ダーゴン先輩のやり方を知っているからね。こういう具体的な案が出ている時は必ず成功するものだと思っているよ」
「ふっ。妾はあの男のやり方は気に入らんが……他に有効な作戦も思いつかんし、今回は乗ってやろう」
ロゼリアさんはやれやれと首を振るが、隣に座る私はこれが彼女なりの照れ隠しだとわかっている。ちょっとだけ口角が上がったしね。
何も知らないグレンはホッとした顔をして、ティガーへと話しかける。
「それで、前線の状況を考えていつ頃西都を出発すればいいんだ?」
「出来ればすぐがいいぜ。長引くと今年の西部領の収穫量が下がるし、冬が来ると領民が苦しむからな」
ここに来るまでにすれ違った避難民を思い出す。あの人達の暮らしのためにも早期解決が望ましい。
「ならば明日の日の出と共に出発がよかろう。妾とリュートが軍の再編成をしておく。お主らはそれぞれの副官に指揮を任せ、作戦に向けて体を休めておけ」
子供達がはい! と返事をして会議は終了となった。
私達はそれぞれ必要な荷物の確認をして、死の大地でどんな風に動くかの打ち合わせをした。
夕方前にはお父様も西都へ到着して、五大貴族会議の内容を報告をした。ついでにお父様にロゼリアさんが当主同士で話したい事があるそうですよと笑顔で伝えたら頭を抱え込んでしまった。
「この忙しい時に……嫌がらせかあの女?」
どうやら二人の先はまだまだ長そうだ。
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