第91話 西都、到着。
アルビオン王国は大きく五つの地域に分かれている。
大陸の中央に王都があり、東西南北に各地域をまとめる大都市があるのだ。
各地域や大都市にはそれぞれ特色があり、それらを運営するために五大貴族が配置されている。
「西部領をまとめているのはヴァイス家で、周辺の領地もその親戚筋が治めてます」
「ティガーさまやフレデリカさまのご実家なんですよね」
黒百合の紋章がついてる馬車の中でキッドがエリンに西部領の説明をしている。
私も二人の会話を聞きながら先に現地に行った兄妹のことを考える。
「……無事だといいんだけど」
心の中でそう思ったつもりだったが、うっかり口に漏らしていたのかエリンが私の手の上に自分の手を重ねる。
「きっと大丈夫ですよノアさま。お二人共すっごく強いんですから」
私の不安を和らげるようにエリンが微笑んだ。
「エリンの言う通りですぜお嬢。ヴァイス家は力自慢でタフな一族ですから、今頃魔獣をどんどん討伐してると思いますよ」
「そうね。もしかしたら私達が到着する前には全部終わっているかもしれないわね」
冗談を交えながら私は窓から外の景色を見る。
西都へと出発してから数日。舗装された街道を長い馬車の行列が進み、武器を持った兵士達がその後に続く。
「こんな数の大軍勢、初めて見るわね」
「アルビオンは基本的に平和っすからね。何かあっても王都から騎士団や魔術局が派遣されるだけ。大侵攻が起きてる時くらいしかこんなに集まりませんよ」
その証拠にほら、とキッドが指差す。
「鎧の形や掲げている旗の色が違うわね」
「あっちこっちの寄せ集めですから、どうしても装備にバラつきがあるんすよ。とりあえず集められるだけ集めただけですから」
東部を除く全ての領地から招集された軍勢。王都の騎士団や魔術局からも最低限の人数を除いて殆どの者が参加している。
まさしく一致団結したアルビオンの戦士達が国を守るために集まる姿は壮観だ。
「初めて王都から離れて見る光景がこれだとエリンはビックリしてるんじゃない?」
「そうなんですよ! 王都を出る時も白虎門からでしたし、ノアさまと一緒の馬車に乗って行くとも思っていなかったし」
エリンがいかに自分が驚きの連続だったかを熱く語る。
でも仕方ないと思うよ。彼女はアルビオンの最終兵器だし、大侵攻で魔獣を討伐するには欠かせない最重要人物で、知らない人間に囲まれるよりは少しでも顔見知りと同じがいいだろうという理由で道中を共にすることになった。
そのため一般兵とは別の貴族が王都の出入りに使用する白虎門から出発した。
「でも、こういうのには慣れておかないと将来が大変よ?」
「うっ。……その話はなるべく思い出したくないので勘弁してください」
大侵攻が終わった後の彼女の立場についての話題を出すとエリンが耳を塞いだ。
ルージュ邸で王家として名乗り出るように言われたエリンがこの程度でいちいち混乱しているとロゼリアさんから後で何か言われそうだ。
「ねぇ、キッド。後どのくらいで私達は西都に着くのかしら?」
「進行は順調なんで、あと半日ってところですね。道中にそこまでハプニングが無くて助かりましたね。避難民の移動もスムーズですし」
大きな街道を西へと進む私達とは逆に王都や別の領地へと避難する人達も大勢いたことを思い出す。
まだ戦場に出れない子供達や戦う力を持たない平民達は各地へ移動している。
王都では休校になっている魔術学校の寮や演習場を開放して難民キャンプ地とするそうだ。
「避難される人達はどなたも辛い顔をされていましたね」
「住み慣れた故郷を一時的とはいえ捨てるんだからね。悲しくないわけないわ」
重い足取りで不安そうな表情をしながら小さい我が子の手を引く親を見た。足が悪い老人を背負ったりしている人もいた。
「西都に着いたらさっさとこんな戦いを終わらせるわよ」
「はい!」
「お嬢の言う通りだな」
改めて私達はこれから自分達がする戦いへの決意を固めるのだった。
西都へと到着したのはキッドの言っていた通りの時間で、太陽が殆ど沈みかかった頃だった。
王都の白虎門に似ている作りの大きな門をくぐると白色の建物が多く並んだ街並みがあった。
「やっぱり人が少ないわね」
「今いるのは理由があって家を手放せない奴か、魔獣討伐をしている冒険者や兵士のために勇気を出して残ってる奴らしいですよ」
本来ならば王都の市場のように賑わっているはずの大通りは閑散としていて、怪我人や体調の悪そうな人が苦しそうに歩いている。街の灯りもどこか薄暗くてティガーやフレデリカから聞いていた活気溢れる冒険者と武人の都市という印象からは程遠い。
「シュバルツ令嬢。並びに従者の方はこのまま領主の屋敷へお越しください」
西都へ入るとすぐに地元の役人らしき人がやって来て案内をしてくれた。
五大貴族の関係者は全員この西都を治めるヴァイス公爵の屋敷に集められるそうだ。
「旦那様ともそっちで合流出来そうだな」
「お父様が遅刻するなんて珍しかったわよね」
本来ならばこの馬車にはシュバルツ家の人間だけが乗るべきで、当主であるお父様も一緒じゃないといけないのに、なんと出発する直前になって遅れて西都へ向かうという連絡があったのだ。
すぐに終わるような用事なら待っておくと伝えたのに、エリンが一緒なら西都に着くのが遅れてはいけないので先に行きなさいという返事だった。
「まぁ、あっちは魔術局の精鋭がいますし、作戦開始前には間に合うと思いますよ」
「それまでは私が当主代理でしょ? ルージュ家はいいけどヴァイス公爵って声が大きくてうるさいから相手をするの苦手なのよね」
ティガーの三割増しで元気で威圧感のある大男を思い出してげんなりする。
今は大変な時だし、普段よりもピリピリしてそうだから機嫌を損ねないようにしないと。
「見えてきましたよノアさま!」
五大貴族同士の打ち合わせの事を考えてため息を吐いていると、王都以外で初めての大都市に興奮していたエリンが目的地を指差していた。
西都の中心に建てられていたのは、王都にあるヴァイス家の屋敷よりも更に広そうな神殿のような城だった。
前に、ヴァイス邸を初めて見た時に小さな城みたいって思ったけど、こっちは紛れもない城じゃん!!
「えー……城じゃん……」
「アルビオンは元々、四つの国が集まって誕生したんだ。そのうちの一つの首都が西都なんだからそりゃあ、城も建ってるでしょうよ」
キッドが今更何を言っているんだ? みたいな目で私を見てくるが知らないものは仕方ないじゃない。
「わたしも初めて聞きました」
「あー、学校だとまずは魔術の基礎練習から入るから座学で習うのは上級生になってからだから心配しなくていいぜ」
「何よそれ、私が知らないのも当然じゃないの」
「お嬢は仮にも五大貴族の令嬢なんだからそのくらい知っててくれよ!」
キッドが声を荒らげて叱ってくる。
いや、私ってば魔術を覚えたりするのを頑張っていたから地理とか歴史とかはさっぱりなのよね。その他の教科は前世で大学出たのもあるから比較的に覚えるの楽なんだけど。
「でしたらノアさま。今度、一緒にお勉強会でもしませんか? わたしがお茶菓子を用意しますから」
「それいい考えね。講師には物知りで優しく教えてくれそうなマックスにしましょう。グレンとかだと間違えたら口うるさそうだし」
流石に卒業したロナルド会長には頼めないし、ヴァイス兄妹は成績が物凄く悪い訳ではないけど、根本的に人に物を教えるのに向いていない。私も似た感じだけど、説明に擬音語が混じるので聞くとポカーンとしてしまう。
「はぁ、こんな調子で他所との作戦会議なんて大丈夫なんすかね? 旦那様早く来てくれ……」
何やら疲れた様子で祈るキッドと共に私達を乗せた馬車は城の中へと入って行った。
城内は役人や使用人達が慌ただしく動いていて、とりあえず今夜は割り当てられた部屋で移動の旅で疲れた体を癒やし、明日の五大貴族会議に参加するように連絡があったのだった。
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