第90話 そしていよいよ私達は。


「やぁ!」

「くっ!?」


 魔術局の敷地内にある魔術の修練場に私はいた。

 既に地面は穴だらけになって激しい爆発音が鳴り響く。


「そこまで!」


 私が魔力を指先に込めて追撃をしようとすると威厳のある鋭い声が聞こえた。

 魔術局の局長でシュバルツ公爵家当主でもあるお父様の合図で私は息を吐いて戦闘態勢を解除する。


「いや〜、死ぬかと思ったっすよ。お嬢強すぎ」


 構えていた剣を鞘に納めて金と黒が混ざった髪から汗を流しながらキッドが床に座り込んだ。

 大きく肩で息をする彼はとても疲れているようね。


「ノアさま。お疲れ様です」

「ありがとうエリン」


 修練場の隅で私とキッドの模擬戦を観戦していたエリンがタオルを手渡してくれたのでお礼を言う。

 エリンはついでにキッドにも同じようにタオルを渡し、穴だらけの修練場を見渡した。


「こんな風になるなんて凄いですね」

「全くですよ。練習相手をやらされた方としては生きた心地がしなかったっすよ」


 うへぇ、と苦い顔をしてキッドが言った。

 どうして私達戦っているのかというと、大侵攻に備えて西都に出発する直前にお父様に呼び出されたからだ。

 学校から魔術局へ出向き話を聞くと、今の私がどれくらい魔女の力を制御出来るかを確認しておきたいという内容だった。

 森の中で魔獣と戦った時に力を暴走させてしまった。

 そんな時に私の精神世界に現れたのはかつての執事メフィスト……その残滓だった。

 彼のおかげで私は一部ではあるが魔女の持つ力を引き出して使用することが可能になった。


「災禍の魔女。改めておっかない存在だって思いましたよ」

「あぁ。ノアは力の一部と言っていたが、これ程までとはな。こちらの想像以上だった」


 お父様が珍しく驚いた表情をし、ボロボロになった修練場を見渡す。

 ここの修繕工事って誰がするのかしら? やっぱり魔術局の人?

 実力が見たいから手加減するなと言われたので本気で暴れたけれど、ちょっとやりすぎたかもしれないわね。


「それでノアよ。気分はどうだ?」

「問題ありませんわお父様。むしろ久しぶりに体を動かしてスッキリしたくらいです」


 エリンの実家やルージュ邸、西都に行くための準備で忙しかったからおもいっきり体を動かせて気分が晴れた。

 暴走してから魔術を使うのが億劫になっていたけれど、この分なら大侵攻の中でも充分戦えそうだ。


「そうか。それはよかったな。だが、油断せずに気を引き締めておきなさい。大勢の兵が集まる最前線で報告にあったような暴走状態になれば吾輩が動く」


 真剣な口調でお父様がそう言った。

 お父様が動くということは、もしその時が来たら私を自らの手で処分するという意味だ。

 そんな親不孝なことを私はさせるつもりはない。


「ご安心ください旦那様。オレが必ずお嬢を正気に戻します」

「わ、わたしもノアさんを助けます!」


 キッドとエリンがお父様に向かって宣言した。

 お父様はそんな二人を見て吊り上がっていた目尻を下げた。


「ノア。よき従者と友を見つけたな」

「ええほんと。私には勿体無いくらいの友人ですわ」


 自慢するようにキッド達の腕を掴んで引き寄せて笑った。

 こんな素敵な友達が出来るなんて転生したばかりの頃は考えられなかった。

 それに私の友達は二人だけじゃなくて他にもいて西部領での作戦に協力してくれる。


「そうか。……これで吾輩の心残りも一つ減ったな」

「縁起の悪いことを言わないでください。お父様にはまだ紹介したい人や見せたいものが沢山あるんですからね!」


 私とエリンの趣味のためにロゼリアさんと仲良くなってもらいたいし、いずれ私がシュバルツ家の当主になったら落ち着いたのんびりとした老後を過ごして欲しい。


「紹介したい人……か……」

「あー、旦那様。多分そういう意味じゃなくてもっと単純な話ですよ」

「そうか。まぁ、まだこちらも心の準備が出来ておらんしな」


 田舎でスローライフをしているお父様を想像しているとキッドと二人で何か小声で会話していた。

 何の話だろう?


「ノアさま。そろそろ着替えないと時間になっちゃいますよ」

「しまった。お父様、私達この後大事な用があるんだけどもう行ってもいいですか?」

「うむ。確かめたいことは済んだし、そちらのエリンとも話はした。用件は終わったが、何かあるのか?」

「はい。実は──」


 私達はお父様に事情を説明して魔術局を後にした。




 ♦︎




 用意していた馬車に揺られて学園に戻り、身を清めて学生服に着替える。

 そうして向かう先は休校で人がいなくなった校舎の中だった。


「お待たせしました!」

「遅れてごめんなさい!!」


 管理棟の歩き慣れた廊下を進み、派手な装飾の名札がついた部屋の扉を開いた。

 予定よりも時間が押していたので謝りながら入ると、中には見慣れた人物達が待っていた。


「慌てなくてもいい。我々もさっき着いたばかりだから」

「そうですぞ。むしろ女性を待たせなくて済んでよかったと安心しているでござる」


 室内にある椅子に座っていたのは青い髪に顔の右側を覆い隠すような黒い眼帯をした少年。

 その隣に立って大袈裟に頷いているのは分厚いレンズの眼鏡をかけた音楽家のように焦茶色の髪をカールさせている少年だ。


「ロナルド会長、ヨハン先輩。ごきげんよう」

「こんにちはノア君。エリン君もすまない。忙しいのにわざわざ」

「いいえ。生徒会の一員として当たり前です!」


 この部屋に集まっているのは魔術学校の生徒会のメンバーだった。

 私達の他にも役員はいるのだが、休校のせいでアルビオン王国内に散り散りになっている。


「グレンはまだいないの?」

「グレン殿はルージュ家の準備のために来れないと拙者が言伝を預かっているでござるよ」


 つまりこの場にいるのは会長と私達三人だけなのか。

 ちょっと寂しいわね。


「私のけじめのために集まってくれて感謝する」


 まず最初に会長が席から立って頭を下げた。


「頭を上げてくださいよロナルド会長。今日の主役は会長なんですから」

「そうですぞ! 貴族の役目とはいえ、仕方なくこの学舎を去る者として堂々とするべきでござる」


 私とヨハン先輩で何とか会長を椅子に座らせる。

 この生徒会長の座に彼がいるのも今日で最後なのだ。いつも通りの態度でいてほしい。


「ロナルド会長。本当にいなくなっちゃうんですね」

「あぁ。学校は再開の目処が立たず、私は五大貴族の者として戦場へ行く。戦後処理も考えると学校に長居するわけにもいかない」


 寂しそうな顔のエリンに言い聞かせるように会長は話した。

 先日の遠征で起きた魔獣襲撃事件の爪痕は深く、更には大侵攻という災害まで発生する。

 校長であるグルーン公爵や魔術師である先生達も西都に向かうため、学校側は授業再開についてしばらく目処が立たないと発表した。

 こうなると問題なのは在学生の卒業についてになる。

 学校側は特例として上級生の中で卒業基準に達している者については残りの授業を免除することにした。

 基準以下の生徒も、再開後に半年間の詰め込み授業で卒業資格を与えることにした。


 私達下級生は休校になった分そのままずれ込む形になるだけだから良かったが、先輩達は混乱したそうだ。


「皆の見本となる生徒会長として卒業第一号になるなんて流石ですねロナルド会長は」

「もう少し残りたかったのだがね、後進育成のために。しかし、家の事もあってそうは言っていられなくなった」


 感情を表に出さない会長にしては珍しく寂しそうな声だった。


「心配しないでください。次の生徒会はエリンやグレンがしっかりやってくれますよ」

「わたしですか!? ノアさまも一緒にやりましょうよ〜」

「いや、私ってばあんまり役に立ってなかったじゃない?」


 書類整理や雑務はエリンがテキパキこなしていたし、先輩達が優秀で私は適当に相槌をうちながらお茶を飲むだけだった。


「そんなことはないですぞ。ノア殿が見回りをするようになってから学校の治安はよくなりましたからな。ひと睨みするだけで不良達が蜘蛛の子を散らすように

 逃げましたからな」

「それは私がおっかないからって言いたいんですか先輩!」


 人が気にしていたことをストレートに言うヨハン先輩に詰め寄る。

 グレンとの決闘以降、南部だけじゃなく全体的に怖がられている気がしていたのだ。

 おかげで友達の数はいまいちだけど、親しい友人が数人いればそれでいいのよ。間違っても他の五大貴族基準で考えちゃいけない。


「ふっ。そこまでにしておけヨハン。後輩をからかうのも」

「拙者はただ事実……ノア殿ストップ! 指先をこちらに向けないで欲しいでござる!」

「実は最近新しい魔術を覚えまして。記憶の一部をランダムに吹き飛ばすらしいんですよね」


 軽く指先に魔力を込めるとヨハン先輩は会長を盾にしてその後ろに隠れた。

 そんな風にふざける私達を見てエリンが笑い、会長も先輩も私もおかしくなって笑ってしまった。


「本当にしまらないな君達は。別れる気分になれないな」

「別に卒業しても学校に来てはいけないルールなんて無いんですから遊びに来てくださいよ」

「そうですね。わたし達はいつでも会長を歓迎しますね」

「……そう出来るといいな……」


 仮に会長がブルー家の当主になっても住むのは同じ王都の中だし、五大貴族である以上は顔を合わせることもある。

 エリンやヨハン先輩とは微妙かもしれないけど、その時はマックスやティガーの家を借りてお茶会を開こう。

 シュバルツ邸? あそこは友達呼べる場所じゃないし、見られた困る物が色々あるので却下。


「ではこの学舎を去る生徒会長……いや、ロナルドに卒業記念のプレゼントを渡すでござるよ」

「プレゼント?」


 ヨハン先輩の言葉に首を傾げる会長だがそれもそのはず。

 だってプレゼントを渡すのはサプライズだったからね。


「ノアさまの提案で生徒会メンバーそれぞれでプレゼントを贈ろうってなったんですよ」

「この場にいない役員からは後日ブルー邸に荷物が届くと思いますぞ。グレン殿の分は拙者が預かっているでござる」

「君達……」


 期間は短かったけど私達は会長に大変お世話になった。

 グレンとの決闘の時も戦いの後を収めてくれたし、森への遠征では先生達の代わりにみんなを指揮して助けてくれた。

 そんな彼をただ言葉で祝って送り出すよりも何か品物があった方が生徒会での日々を思い出しやすくすると考えたのだ。


「私からはこれを」


 トップバッターは私だ。

 最初に渡す方がハードルが低いからね。


「ほぅ。ペンだね」

「会長はよく書類仕事されていましたし、貴族の当主になれば今までの比じゃないと思いまして」

「助かるよ。うん、これからはこのペンを愛用にしようか」


 会長はそう言って早速ペンを胸ポケットに入れた。

 気に入ってもらえてなりよりだ。


「次はわたしですね。その、平民なのであまりプレゼントにお金がかけられなくて……これなんですけど」

「青龍の刺繍がされたハンカチと、この紙は?」

「わたしの実家の割引券です。何度も使えるので是非食べに来てください。勿論、お持ち帰りも出来ますので」

「是非お邪魔させてもらおうか。ゆっくり出来るようになればね」


 エリンの実家のクーポン券!? 私も欲しい!

 会長は生徒会室でお茶を飲む時にエリンの用意したお菓子を喜んで食べていたからきっとお店の味も気にいると思う。

 あれ? でも会長クラスの人が来たらエリンの両親は気絶したりしないかしら?


「では拙者はまずグレン殿のプレゼントを」

「ほぅ。ペーパーナイフか……これは中々」

「なんでもアルビオン随一の鍛治職人に頼み込んだらしいですぞ。金額はちょっとした家が買えるくらいだそうで」

「家が買える……」


 グレンが用意したとんでもプレゼントの値段を聞いて庶民のエリンが震える。

 五大貴族でもある私からすると大した額じゃない……なんて言えるわけでもなく、学校の先輩相手にそんな高級品を渡せるって流石ルージュ家。超お金持ちの商人気質らしいわね。


「そしてそして、拙者からはこの場にいる全員にプレゼントがありますぞ!」

「私達にもですか?」

「はい! こちらでござる」


 大トリのヨハン先輩はどこから取り出したのかラッピングされた袋をいくつも取り出してひとつずつ私達に渡した。

 何が入っているのか気になって全員で袋を開ける。


「これは……ぬいぐるみ?」

「ノアさま。これ、わたし達に似てませんか?」


 袋の中を取り出すと、フェルトで作られたぬいぐるみが出てきた。しかも私達の特徴がデフォルメしてあるものだ。


「実は拙者、手先が器用で模型作りや手芸が得意なものでして」

「それは知ってはいたが、ここまでとはな。ヨハンには驚かされてばかりだ」

「凄いですよヨハン先輩! 珍しく見直しました」

「ノア殿が冷たい」


 私は手に持っているぬいぐるみを観察してそのクオリティーに驚いた。

 ちゃんと髪の色や瞳まで再現されていて、お店で売っていてもおかしくないレベルだ。


「でもどうして会長だけじゃなくてわたしやノアさまの分まで?」

「実はそのぬいぐるみにはおまじないをしていましてな。大侵攻を阻止するため西部領へ向かう皆さんの無事を祈りました」

「「ヨハン先輩……」」


 先輩の言葉に私達は感動した。

 最初はこのふざけた先輩はどうしてやろうかとも思ったけど、仕事は出来るし、ここぞという時には頼りになる人だ。

 そんな先輩が私達のことを思って手作りしてくれたぬいぐるみには人の温かさが込められている。


「私、このぬいぐるみを寝室に大事に飾りますね!」

「いや、厄除けなので是非持って行って欲しいでござる! エリン殿やロナルドも肌身離さず持って行くのですぞ?」

「はい。わかりました」

「そうさせてもらおう。折角だからな」


 えー、でも戦場に持って行くと泥とか魔獣の返り血で汚れてしまいそうで嫌だなぁ。

 私は躊躇ってしまったが、ヨハン先輩からその後も釘を刺されたので渋々持ち運ぶことを約束した。


「私がこんなに祝ってもらえるとはね。本当に感謝するよ。心から」


 プレゼントを渡し終えると先輩が改めて感謝の言葉を述べた。

 あぁ、いよいよ先輩が卒業すると思うと涙ぐみそうになるのは私が涙脆いからかしら?


「ぐずっ……ちーん! ロナルドぉ!!」


 まぁ、ヨハン先輩が大泣きしているから実際に泣いたりしないんだけどね。

 なんでこの人は会長より先に泣いているのか? 会長が困ったような顔になっているじゃない。


「ありがとう今日は。おかげでこれからどんな辛い事があってもこの学校での日々を思い出してやり過ごせる」

「大袈裟ですよ会長」

「いや、そうでもないさ。ところでノア君」

「はい」


 プレゼントを持ち帰り用の袋にまとめ、会長が私の名を呼ぶ。


「この学校が好きかい? 君は」

「なんです今更? みんながいるし、好きですよ」


 前世ではずっとなんとなくで過ごしていていつの間にか卒業してしまった。

 でも、ごく普通の生活を送れたのは幸せだったし、今世ではトラブルこそ多いけど刺激的な日々を送れている。

 こんな風に言うと年寄りくさいと言われるかもしれないけど、私は今の生活に満足しているのだ。

 でも、ここで立ち止まったりはしない。もっともっと先の未来を、それこそ今度はお婆ちゃんになるまで生きて安らかな終わりを迎えたい。


「そうか。なら、覚悟をするといい」

「覚悟ですか?」

「決して油断をしてはいけない。この国には君のことをよく思っていない者がいるだろうから」


 真剣な眼差しで会長が私を見る。


「いつ何があってもおかしくない。君の境遇や立場は。だから最後の時が来るまで後悔のないように生きるんだ」


 何故だろうか、会長のその言葉は私の心の中に深く刺さった。

 黒い眼帯に覆われていない彼の瞳が珍しく揺れていたからなのかもしれない。


 この場はそのまま解散となり、会長は学校を去った。

 こうして、私達の王都で過ごす日常は終わりを告げていよいよ王都を出発する日が訪れる。


 私ことノア・シュバルツがラスボスをやっていないこの世界線ではこの大侵攻が最終決戦になる。

 これをみんなで乗り越えることで私の死亡フラグは回避されてアルビオン王国に平和が訪れる。


「待ってない魔獣共。この私が直々に退治してあげる。おーっほっほっ! ……げほっ」


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