第89話 それぞれの戦支度。


「うん。これくらいでいいかな」

「随分と腕を上げたなマックス」


 僕が調合したポーションを見て父さんが満足そうにしていた。

 大侵攻へ向けて僕は学校から王都にある屋敷に戻って準備を整えていた。


「まだまだだよ。品質はいいけど数がね」


 大侵攻ともなれば魔獣との戦闘で負傷する者は多い。北都で臨時生産をしたポーションを西都に運んでいるけどまだ充分じゃない。

 僕も力になればとこうして屋敷に篭って調合をするけれど焼石に水だ。


「そんなことはない。このポーションならば大抵の傷は癒せるからこれは一番大変な役割を担うお前が持っておきなさい」

「うん。そうさせてもらうよ父さん」


 僕やノアさん達は大侵攻を止めるために最前線で戦うことになっている。

 いくらみんなが凄腕の魔術師とはいえ、無傷とはいかないかもしれない。

 傷を癒すポーションの他にも魔力の回復を早めてくれるポーションも用意しているけれど不安は尽きない。

 それでも僕は手を止めずに新しいポーションの調合に入る。


「あなた、マックス。そろそろ食事の時間ですよ」


 時間を忘れるほどに集中して調合をしていると母さんが僕らを呼ぶ声がした。

 あと少しだけ頑張ろとした僕の肩に父さんが手を置く。


「よし、休憩にするぞマックス。根を詰めすぎるのはよくないからね」

「でも……」

「そんな調子だと西都に着いた時に支障が出る。いざという時にみんなを守れなくなるぞ?」


 父さんに言われて僕は渋々手を止めた。

 まだ戦いが始まってもいないのにここで倒れてしまえば大事な人達を守ることなんて出来ない。

 僕はどうやら頑張らなくちゃいけないと気負い過ぎていたようだ。


「母さんは私にもしものことがあった場合に備えて北都へ向かってもらう。家族が揃って食事出来るのも残り僅かだ」

「縁起でもないこと言わないでよ父さん。僕は父さんのこと守るつもりだよ」

「そうだったな。全く、甘えん坊だったマックスがよくぞここまで頼もしくなってくれたね」


 自分とほとんど変わらない身長になった僕の頭を撫でる父さん。

 僕はそれがちょっと気恥ずかしくなって早歩きで食堂へと向かった。


「あら。マックスったら顔を赤くしてどうしたのかしら?」

「母さん! 早くご飯にしよう。僕、お腹がぺこぺこなんだ」


 親子三人で揃って食べた料理はやっぱり普段学校で食べているものよりも温かい気がした。




 ♦︎




「それで母上。いつまで王都にいるつもりだ!」

「もう。グレンってば私を邪魔者みたいにして。冷たいとは思わない姉さん?」


 母上が身をくねくねさせて伯母上に泣きつく。

 年を考えてくれ! と言いたくなるが、年齢について話をしだすと余計に面倒臭い絡み方をされるのは経験済みだ。


「事実であろう。妾としても仕事の邪魔になるからさっさと南都へ戻って欲しいのだが?」

「嫌よ。姉さんの原……必要な書類を揃えないと帰れないわ」

「だったら貴様も手伝わんか。ルージュ家の人間としてそれくらいは容易いであろう」

「残念ですけど私は嫁入りしたのでもうルージュ家の人間じゃありませーん」


 ベーっと下を出して伯母上を馬鹿にする母上。

 ルージュ家のトップであり、女帝とも呼ばれている伯母上にこんな接し方が出来る母上は怖いもの知らずだ。

 俺だったら怖気付いて逃げ出すぞこれ。


「そうか。ならば部外者はつまみ出すまでだ。グレン、この女を拘束して南都に特急便で送りつけてやれ」

「酷いわ姉さん! グレンもこんな人の言う事を聞いては駄目よ。だってこの人こんなおばさんになってもまだ初恋──」

「塵も残さず焼き尽くしてくれようか!!」


 何かを言いかけた母上へと素早く火の魔術を放とうとする伯母上。


「伯母上おやめください! ここは室内ですので! 折角整理した書類が燃えてしまいますから!!」


 俺は何とか伯母上の出した火をコントロールしながら消火活動をする。

 母上は嘘泣きをしながら俺の背後に隠れ、それを見た伯母上が益々怒る。


 ……はぁ。生徒会室でエリンの茶菓子を食べていたあの頃に戻りたい。


 再び平穏を取り戻すために、俺は今日も母上と伯母上の喧嘩の仲裁をするのだった。




 ♦︎




「おい兄貴。もうすぐ西都に着くぞ!」

「んぁ? もうそんな時間か」


 フレデリカに呼ばれてオレが目を覚ますと、馬車の外には見慣れた西都の景色が見えてきた。

 いや、違う。確かに見た感じだと普段と変わらないように見えるが肌に感じる雰囲気や臭いが違う。緊張感のあるピリピリとした空気がする。


「ティガー。フレデリカ。早速で悪いが西都に着いたらすぐにとウチの連中と協力して魔獣討伐をしている冒険者と合流しろ」


 オヤジからの命令にオレ達は頷いた。

 こうしている今も魔獣による散発的な侵攻は発生している。

 王都で会議をしている間も早く救援をしてくれっていう連絡が来てたからな。

 白虎を呼べるオレとそれなりに強いフレデリカで頑張っている連中を休ませてやらないとな。


「自分の身に危険が迫ったは迷わず撤退はしていいぞ。あくまで本命は全ての兵が揃ってからだ」

「五大貴族が揃うなんて頼もしいよな兄貴」

「あぁ。まぁ、ブルー家は生徒会長と僅かな兵しか来ないけど守護聖獣が一同に集まるのは心強いぜ」


 それに姐さんとエリンもいる。

 フレデリカはまだまだオレには及ばないが、キッドと一緒に姐さんの護衛をしてくれればこっちが自由に動ける。

 ここまでやれば大侵攻だろうが何だろうが敵なしだぜ。


「油断するなよ二人共。リュートとダーゴンは信頼していいかもしれねぇが、ロゼリアとブルー家には気をつけろ」

「オヤジってばいつもルージュ家の当主と仲が悪いよな」

「あんな裏表がある女は嫌いだからな。昔からアイツは陰湿で執念深いんだよ。未だにダーゴンからフラれたのを根に持っていやがる」


 わかりやすく嫌そうな顔をするオヤジ。

 子供が二人ともデカくなったっていうのにいつまでも変わらない人だな。

 そんなんだから母ちゃんの尻に敷かれるのに。


「婚約者か……」


 オヤジの話を聞いてフレデリカが呟いた。


「どうしたフレデリカ。好きな人でも出来たのか?」

「オヤジには絶対に言わない。デリカシーってもんが無いからな」

「えぇ……」


 娘から拒絶されて困り顔になるオヤジ。

 オヤジはすぐになんでもずけすげ言うからな。フレデリカが話したがらないのも分かる。


「おいフレデリカ。オレにだけこっそり教えろよ」

「兄貴は鈍感過ぎて嫌だ。そろそろ婚約者探しを本気でやったらどうだ? 余るぞ」

「余るってなんだ!」


 この野郎。オヤジなら兎も角、オレにも教えてくれないのか?


「ガッハッハッ。嫌われてるなティガー」

「オヤジもだろうが。……フレデリカがついに反抗期になっちまった」


 こういう時に姐さんがいてくれたらフレデリカから情報を聞き出してくれるんだけどな。

 あぁ、姐さんとマックスに会いたい。

 あの二人がいるばフレデリカも機嫌が良くなってオレにこんな事言わないのに……。


「はぁ。早く姉御達来ないかなぁ」


 フレデリカが何かを呟いたように聞こえたが、隣に座るオヤジの笑い声が大きくて聞き取れなかった。


 まぁ、落ち込んだりするのはここまでだ。

 これからは姐さん達と合流するまで魔獣と戦って西都を守らないとな。

 それにしてもオヤジ、ルージュ家とブルー家にも気をつけろって言ってたよな。

 確かにあのジジイは凄え強そうだったし、生徒会長も強いもんな。オレももっと強くなりてぇな。





 ♦︎




「ふむ。今日の稽古はここまでとする」

「ありがとうございました。お祖父様」


 私は痛みを我慢しながら立ち上がり眼帯を装着してお祖父様へお礼を言う。

 大粒の汗を流しながら地面に這いつくばっていた私とは違ってお祖父様は涼しい顔をしている。

 年齢的に若い私の方が体力があって高齢のお祖父様が先に体力が尽きてしまうと考えていたが、やはりこの人の底は見えない。

 未だに龍眼を満足に扱えない私ではお祖父様に届かないのだろう。


「西都への出立は明後日だったな。向こうではくれぐれも儂の期待を裏切るではないぞ」

「勿論です。このロナルド、必ずやお祖父様の期待に応えてみせます」


 胸の前で手を組み、片膝を床につけてお祖父様に頭を下げながら誓う。

 そんな私の姿を見て、お祖父様はそのまま何も言わずに屋敷にある修練場から出て行った。


「あらあら随分としごかれたのねロン」


 お祖父様の姿が見えなくなると、代わりに姉のクティーラが現れた。


「何かご用ですか姉上」

「あら? 用がなくては来てはいけないのかしら?」

「そういうわけではありません。ただ、姉上も忙しいのにわざわざ修練場に来るなんて不思議に思っただけです」

「そうね。確かに用がなければこんな汗臭い場所には来ないわ」


 周囲を見渡し、姉は嫌そうな顔をして鼻を摘んだ。


「私が来たのはね、ロンに渡したいものがあったからよ」

「渡したいものですか?」

「そうよ。私の手下が西都に向かうロンに是非持って行ってほしいものがあるみたいで」


 姉はポケットから何かを取り出すと私へと投げつけた。

 私はそれを落とさないように掴み取って物を確認する。


「これは短剣ですか?」

「ええ。とっておきの魔術が刻み込まれているそうよ。ただし一本しかないから失くさないように大切に持っておきなさい」

「かしこまりました」


 渡された短剣は懐に隠し持っておこう。

 使用人が用意しておいたタオルで汗を拭いていると、まだ姉がこちらを見ていた。


「他に何か?」

「そんなにボロボロの顔だとお友達が怖がってしまうわよ。後で私の部屋に来なさい」

「……かしこまりました」


 私の返事に満足したのか姉のクティーラはさっさと修練場から消えた。

 後で呼びつけるのならばこの場で短剣を渡さなくてもよかったのではないか? と考える。

 相変わらず姉の考えていることが私には理解出来ない。


「ノア君やエリン君ならば何を考えているのか見透すのは簡単なのにな」


 龍眼は魔力の動きを捉えるのには使えるが、相手が何を考えているのかまでは見えない。

 最も、そんな事がわかったところでただ苦しむだけなのでやはり必要ないか。


「いよいよか。……私も覚悟を決めないとな」


 腫れ上がった顔を魔術で冷やし、痣だらけで痛む体を引き摺りながら私も修練場を後にした。





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