第63話 エリン班の遠征二日目の夜。その2


「アホか貴様は」


 わたしの悩みを聞いたグレンさまの口から出たのはストレートな罵倒だった。

 そうだ。わたしは何も出来ない臆病者だからこうして責められるのは当然です。


「初めての実戦で怖気付いた程度で弱音を吐くアホがどこにいる」

「えっと、戦えなかったわたしを情けないとは思わないのでしょうか?」

「思わん。魔獣との初戦闘で自信満々に戦える者がいたらそれは精神異常者か怪物だ。貴様はそのどちらか?」

「いいえ……」


 わたしは首を横に振った。

 ただ怖かったのだ。立ち向かうことも、命を奪ったことも。


「ならば恥じることはない。ここにいる貴族の人間は魔獣についての教育を各自で受けている。貴様は平民だからその経験が無かっただけだ」

「ですが、わたしも魔術師です。だから──」

「何度も言わせるな。貴様は平民で偶々魔力を持ち合わせているだけだ」


 強い口調で彼は言った。

 わたしはそれ以上何も言えずに口をつぐむ。


「貴族が領民を守るために魔獣と戦うのは当然の義務だ。我々は貴族としての暮らしや特権を得るために戦わねばならん。魔術師であればなおさらだ」


 燃え盛る火を見ながらグレンさまが話す。

 それが当たり前なのだとわたしに教えてくれる。


「ノブレスオブリージュという言葉がある。俺は魔術師の貴族として生まれた以上、その義務を果たす。そうして初めて俺はこの国の頂点に立つに相応しい男になる。だが、貴様はどうだ? ただ偶然に魔力を持っただけの平凡な娘が魔獣と戦う理由はあるのか?」

「魔術師は普通の人とは違うから、戦う力があるから戦わなければならないって学校で教わりました」


 わたしにはそれ以上の理由を持ち合わせていない。

 元々の目的は自分の力をコントロールするためだった。

 それなのにこんな風に危険な鍛練があって、苦しい思いをするとは思っていませんでした。


「そうだな。それは正しいが間違いでもある。野蛮人が多い西部領だが、冒険者の半数は魔力を持たぬ平民であり、魔獣と戦っている。魔力は関係ない。北部領ではポーションの精製がされているが、薬草を育てたり収穫するのは平民の仕事だ。これも魔力は関係ない。南部領は力よりも頭だ。口が回って芸が達者でなければ魔術師であろうと下に見られるだけだ」


 王都だけで暮らしてきたわたしにグレンさまは各地方の事情を話してくれた。

 貴族である彼はわたしよりもずっと多くのことを知っている。


「魔術師であれば魔獣と戦うのは有利であるが、別に平民でも構わん。間違いというのはそういうことだ。意外と魔術師にしか出来ないことというのは少ないのだぞ? むしろ魔術師でないにも関わらずに恐ろしいことをする者もいる。俺の父上のようにな」

「グレンさまのお父さんですか?」

「そうだ。貴様は俺がルージュ家当主の養子だと知っているか?」


 わたしは頷いた。以前にノアさまが話していたのを聞いたことがある。

 グレンさまもそれを隠そうとはせずに伯母さんが怖いとよく生徒会室で喋っているが、お父さんの話題は初めてだ。


「俺の父上は貴族ではあるが魔力を持たずに生まれたのだ。そのせいで不義の子といじめられていたらしい。勿論、そんな事実はなく稀に両親が魔術師でも才を受け継げない者もいる。父上はそんな運のない人間だった」


 わたしとは真逆だ。

 魔力を持たなければならないのに持てなかった。

 想像でしかありませんけどかなり辛い思いをしたはずでしょう。


「だがそこで折れなかったのが父上だ。領地経営の才はあってな。身分の低い貴族であったにも関わらずに成り上がり、ついにはルージュ家の末妹である母上を妻に迎えるまでになった」


 それがどれだけ大変なのか実感は湧きません。

 ですが、五大貴族と呼ばれる家の娘を嫁にするとなると並大抵の成果では無理だと思います。

 それを一代で成し遂げたグレンさまのお父さんはとても凄い人だ。


「俺は父上を尊敬している。魔力がなくとも貴族として恥のない振る舞いをしているからな。領民は飢えることなく町は栄えている。まぁ、自身の境遇もあってか守護聖獣を呼び出した俺を褒めてはくれなかったがな」

「そうなんですか?」

「あぁ。朱雀の力が使えるのは母上の、ルージュ家の血があるからだ。グレンという人間の強さを磨けと叱責された。血統ではなく個人としての力こそが重要だと教えられたのだ」


 ゆえに、とグレンさまは立ち上がる。


「俺はいずれこの国の上に立ち、父上に認めてもらうだ。貴族として、一人の人間として俺は優れた者であると」


 それがグレンさまが強くなるため、戦うための理由。

 なんて気持ちのいい真っ直ぐな考えなんだろうか。

 大半の人間は環境に流されて仕方なく人生を歩んでいるのに、彼はしっかりと自分の目標を持って一直線に進んでいる。


「エリン。もう一度聞くが、父上のような人間や平民ですら武器を持てば魔獣と戦える。それでも貴様は魔術師だから戦わなければならないと言うか?」

「言えないですね。……ちょっと楽になりました」


 別に戦うのはわたしではなくてもいい。

 誰だって戦うことは出来るのだ。


「ですが、せっかくこの森まで来たんです。少しはお役に立ちたいです」

「まずは徐々に慣れることだな。何も直接殺せとは無理強いはせん。俺の動きを見ながら補助をしろ。そういうのは普段やっているから得意だろう?」


 普段というのは生徒会での行動だ。

 わたしは自分で何もかもをこなせるわけじゃないので、誰かに任せてその手伝いをしている。お茶を汲んだり差し入れのお菓子を用意したり。

 やることはそれと同じだ。


「貴族として俺が貴様を守る。だから貴様は俺に尽くすがいい」

「はい。よろしくお願いします!」


 こうしてわたしの新しい戦い方が見つかった。

 怯えてしまうのも最初は当然のことで、わたしが無理に戦う必要はなく、わたしが殺さなくてはいけない理由もない。

 魔術師としての当たり前ではなく、わたしのやり方を模索しよう。


「つまらない顔よりもそうしている方が似合うな」


 立ち上がって上から見下ろしたままグレンさまはそう言った。

 彼の大きな瞳に映るわたしは、もう震えていなかった。






 ♦︎






 翌日の午前中。

 わたし達は再度森の中に入っていました。

 ティガーさまの鼻が効くおかげで魔獣との遭遇は比較的簡単に行えます。


「エリンさん。拠点で休まなくて大丈夫かい?」

「今日くらいはゆっくりしててもオレは文句言わねーぜ」

「二人ともありがとうございます。でも、どうしても試したいことがありんです」


 わたしを心配してくださるお二人。

 ロナルド会長は何も言わずにただ見守ってくれている。


「そうかよ。ならいいけど……敵発見!」


 ティガーさまの声で全員が戦闘態勢に入る。

 先陣を切ろうとするのは風の魔術を使うティガーさまだ。


「エリン!」

「はい! お願いします」


【魔力装填。術式の選択を開始】


 全身に流れる魔力をわたしは両手に集める。

 手を突き出して狙うのはこちらへと無防備な背中を見せているグレンさま。


 ──重力操作魔術【軽】。


 ノアさまとは違ってまだまだ未熟なわたしは対象を一つにしか絞れない。

 更には与える効果が真逆で、わたしはあの人のようにはなれない。


「うぉおおおおおおおおおおおっ!」

「は、はやい!」


 わたしの魔術を受けたグレンさまの動きが加速した。

 敵を一番最初に見つけたティガーさまを追い抜いて、真っ先に魔獣へと駆け寄って一閃。

 炎を纏った剣で首を斬り落とされた魔獣は魔石になった。


「おい。なんだよテメェ! 今あり得ない動きしやがったな!」

「エリンさんの魔術かな? グレンくんのキレがいつもより増していたよ」

「見事。たった一日でこんな戦い方を思いつくとは。昨晩何かあったのかい?」


 班のメンバーの三人が驚いている。

 わたしは得意気に魔石を回収したグレンさまと視線でやり取りしてこう言った。


「秘密です!」



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