第109話 潜入! 警備を突破せよ。

 

「やっと王都に到着〜って言ってられないわねこの状況」


 メフィストから二百年前の話を聞き、一晩休んで朝から王都を目指していた私達はあと一歩のところで足を止めていた。


「どっから侵入すりゃあいいんすかコレ」


 呆然と壁を見上げるキッドが苦笑いをしている。

 現在、私達は西から王都へと一直線に進んで貴族街に近い白虎門の近くにいた。

 しかし、ここで問題が発生した。


「やっぱ白虎門に突撃しますか?」

「無理よ。あんなに兵士がいるのに騒ぎを起こしたら敵に集まってくださいって言ってるようなものじゃない」


 普段は貴族が出入りする門なだけあって腕の立つ門番が数人立っている場所なのだが、現在は武装した騎士団が数十人体制で守りを固めていた。


「考えたら西から兵士が戻ってくるならここに来ますからね。そりゃあ守りが厚いわけっすよ」

「エリン達なら兎も角、今の私達じゃ足止めされて増援を呼ばれるのがオチね」


 キッドが言う突撃自体は不可能じゃない。

 ぶっちゃけ、私が手段を選ばずに全力を出し切ればゴリ押せると思う。

 だけど、ここで魔力を消耗し過ぎると王都の中に入ってからの戦闘が不安になる。


「南に迂回して朱雀門にしますか?」

「あそこも守りが固いでしょうね。一番大きな門だし、それこそ大勢で攻め入るならまずあそこを狙うって騎士団なら理解しているわよ」


 朱雀門は人の出入りが一番多くて広い場所だが、そこを守るために門の近くには騎士団の詰所がある。

 魔力を持たない平民が所属する衛兵隊の本部も門のすぐそばにあったと記憶している。


「青龍門は開かずの門で敵の根城が目の前だし、玄武門が一番可能性ありますかね?」

「元が対魔獣用に砦みたいな造りで騎士団本部の目の前よ。遠征の時に直で見たでしょ?」

「そうでしたね。……って、全部の門がダメじゃないっすか!」

「だから困っているのよ」


 王都の中にいる分には安心して暮らせていた壁と門だったけれど、いざ侵入しようとするとこれ以上ないくらいに厄介だ。

 大侵攻にも耐えれる用に都市が設計されたっていうのも納得よね。


「そうだわ! いっそどっかの壁をぶち抜けば!」

「やめた方がよろしいですよお嬢様。王都の外壁には魔術が施されていて緊急時には都市を丸ごと包み込む結界が展開されています。生半可な攻撃は無効化され、抜けた瞬間に位置がバレます」


 妙案だと思った作戦をメフィストに冷静に否定されて私は口をへの字にした。


「ぶー。じゃあどうしろって言うのよ」

「へそを曲げているお嬢様の顔が大変面白いのですが、ここは奇策ではなく正攻法で参りましょう」


 今、私の拗ねた顔が面白いって言ったのこの悪魔?

 縄で結びつけて王都一周を馬で引き摺り回してやろうかしら?


「正攻法って何するんすか。まさか都合のいい抜け道があるとか言うんです?」

「はい。そのまさかですよ」

「「抜け道あるの!?」」


 キッドの予想をあっさり肯定したメフィストに私達二人は驚いた。


「このように周囲を壁で覆っていて、もしも敵に囲まれた際にどうやって壁の外に逃げ出すと思っているのです? 王族だけでも脱出できるように抜け道くらい用意してありますよ」

「なんで貴方がそんなの知っているのよ」

「シュバルツ家は宮廷魔術師の家系でございますよ。騎士団が王都を守るように王族を守るために策を用意していたのですよ。まぁ、作られたのは二百年ほど前ですが」


 メフィストが手招きをし、私とキッドは彼の後に続いた。

 白虎門から玄武門の方へと外壁伝いに移動していくと小さな森があった。


「万全な状態の王都が陥落することはまずあり得ません。何故なら女神の力と聖獣の力があればどんな人間相手にも負けないからでございます」

「人間相手ねぇ……まぁ、そりゃそうだ」


 キッドは今まで見てきた聖獣達を思い浮かべたのだろう。

 完全に覚醒した聖獣達は大型の魔獣並みの大きさでその圧倒的な力で大侵攻にも立ち向かった。

 一匹でも一騎当千の活躍をして地形すら変えかねない存在をただの人間がどうこう出来るはずもない。


「ただし、二百年前を最後に聖獣が姿を見せなくなったので心配をした当時の王族が秘密裏に用意させたのですよ」


 二百年前、災禍の魔女を倒して女神の力が弱まった後の話ね。

 聖女と呼ばれていた女王が亡くなって以降、四大貴族達は聖獣を召喚出来なくなっていた。

 外敵からの侵略に対しての絶対的な自信が無くなって弱気になった王族が抜け道を作らせたってわけね。


「自分達だけ助かろうって思ったんすかね」

「アルビオン王家は絶対にその血を絶やすわけにはいかなかったのです。お嬢様ならその意味がお分かりになりますね?」

「エリンを見てればわかるわよ。うち以外の五大貴族もそうだけど血統って本当に大事ね」


 女神の力も聖獣の力も全ては血によって引き継がれていく。

 最初に力を授かった人間に近いほど適合しやすいのだとカーターさんや女神さんも言ってたっけ?


「あー、エリンが聖女の再来って言われてるのも王族だったからでしたね」

「そうよ。そして、彼女の誕生に合わせるかのように聖獣達も新たな契約者を求めた」


 実力的にはお父様達の世代やその前にももっと強い人がいたかもしれないけど、弱りきったこの世界は女神に近い存在に力を与えた。それが私達の世代だ。


「なんつーか、壮大過ぎてオレなんかが関わっていいんすかね? お嬢と師匠はガッツリ関係あるみたいだけど」

「運命とは偶然ではなく必然なのですよキッド。あなたが我々と共にいるのにも必ず意味があるはずですよ。さて、そろそろ着きますよ」


 会話しながら森を進むと少し開けた場所に辿り着いた。

 周囲の木々によって薄っすらとしか陽の光が差し込まない場所に廃墟になった小屋があった。


「なんすかここ?」

「脱出先の隠れ家です。まぁ、全く使われなかったのでご覧の有り様ですが」


 そう言ってメフィストは小屋の裏手に回る。

 私もついていくと、そこには古びた井戸があった。


「この井戸が抜け道になっております。外壁の下を抜けて中へ繋がっているのでございますよ」

「うわっ……底が見えないわね」


 元から薄暗い場所なのもあるが、井戸の中は真っ暗で地面なんて見えないくらい深い。

 某ホラー映画で下から幽霊の女性が這い上がってきそうな雰囲気すらある。


「ではまず、お嬢様から行きましょう」

「えー? ここは従者が先でしょ。私、無理」

「いいえ。魔術的な仕掛けがあるので王族かシュバルツ家の人間が最初に通らないと下から水が湧き上がって溺死します」

「何それ怖っ!?」


 恐ろしい仕掛けに驚いてしまうが、仮にも王族用の抜け道だ。別の誰かに不正利用されないためにもそういった処置が必要だったのかもしれない。


「じゃあ、私から降りるわよ」


 私は魔術を使って自分の影を細長い縄にし、命綱代わりに体に結びつけて井戸の中に入った。

 少し異臭のする井戸を下へと進むと、辺りが真っ暗になった。


「怖くない怖くない怖くない怖くない怖い!!」


 恐怖心を和らげようと自分に言い聞かせるが、やっぱり我慢出来ずに悲鳴をあげそうになる。

 集中力が切れると魔術が解除されてしまうのでなんとか意識を保ったまま数十秒耐えると、つま先が地面に触れる感覚があった。


「よくやった私! 長女だから耐えられたわ!」


 変な褒め方を自分にしながら私は近くの壁を手探りしていく。

 すると、何かのレバーを見つけたので魔力を込めながら引くとぼんやりとした灯りがつく。


「うげっ。この光ってる照明って骸骨じゃん」


 先祖が用意した悪趣味なインテリアにドン引きしながら命綱の影を解除し、降りてきた穴の上に向かってガンドを一発打ち上げる。

 合図を受けてキッドとメフィストが井戸の中へと降りてくるが、二人とも私のように怖がらず、命綱無しで飛び降りてきた。


「よくそんな降り方出来るわね」

「着地の衝撃を上手いこと逃せばいけますって」


 簡単に言ってのけるキッドだが、そういえばこの子は自分にかける身体能力を強化する魔術に長けていたわね。

 彼の師匠であるメフィストも同じような方法で着地したのね。


「足が痺れて動けません……」

「何やってるのよアンタ!!」


 弟子と違って師は全然無事じゃなかった。


「いやぁ〜、今まで死体を操っていたので痛みなんて感じませんでしたが、この体が生きたヨハンの体だということを忘れておりました」

「忘れないでよそこ!」


 うっかりしてた悪魔にキツく言い聞かせ、私達は抜け道を進む。

 足元がジメジメしたカビ臭い地下通路をしばらく歩いていると階段が見えてきたので登る。

 最後に蓋のように覆いかぶさっている石の板を三人がかりで動かすと地上に出た。


「ここは……墓地?」

「はい。シュバルツ邸のすぐ近くにある共同墓地でございます」


 なるほど。私達が動かした石の板は墓石だったわけね。

 シュバルツ家が管理している場所だし、これなら墓荒らしでもしない限りそう簡単に抜け道は見つからない。


「無事に王都内部へ侵入できたっすね。これからどうします?」

「まずはシュバルツ邸に向かうわよ。あそこでやらなきゃいけないことがあるの」


 屋敷のすぐ近くに出れたのは幸運だった。

 敵と戦う前に必ずやっておきたい事があったからだ。


「魔道具や装備の準備もしておきたいですね。私が使っていた部屋はそのままでしょうか?」

「基本的に師匠の持ち物は残してあるっすよ。片付けるのも寂しい感じがしたし」

「それは良かったです! 私の部屋には触れるだけで全身に発疹が出来る呪符や嗅ぐだけで一生鼻水が止まらなくなる薬品があったので助かりますねぇ」

「「本当に片付けなくて良かった……」」


 キッドに部屋をそのままにしとくように指示した私の判断は間違いじゃなかったと実感し、私達はシュバルツ邸へと向かった。



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