第108話 悪魔が語る歴史の裏側。


「私の知らないところでラブコメ空間が展開されてる気配がするわ」

「急に何言ってんすかお嬢……」


 二人乗りをしている馬上でキッドが呆れたように言った。

 いや、だってなんかそういう気配を感じちゃったんだもん。その場にいたら美味しい思いが出来たのに残念だわ。


「しっかりしないと王都に着いてから大変っすよ。まだ半日はかかるんですから」

「あとたった半日で王都に着くなんて反則よねこの馬」


 私達が王都から西都、さらに砦に到着するまで数日かかったというのに、帰りはその半分以下で辿り着くという。


「魔力を消費して動く鉄の馬なんて魔術局もすげぇの開発しましたよね」

「設計者はお父様らしいわよ」


 キッドが手綱を握っているのは全身が特殊な鉱石で覆われた馬擬きだ。

 日本でいうところのバイクみたいな扱いが出来るこの乗り物は魔力さえあれば動かし続けることが出来る。

 私より出発が遅かったお父様が僅か一日遅れで西都に間に合ったのはこの馬を使ったかららしい。


「普通の馬は休ませないと潰れちゃうから便利な発明よね」

「代わりに魔力の消費量がヤバいっすけどね。旦那様も帰りは普通に馬に引かせるって言ってましたし。お嬢は大丈夫なんすか?」

「うん。大丈夫よ! ちょっと魔力量には自信があるのよ今の私は」


 魔女の力を抜き取られてしまったけれど、それを補うだけの力を手に入れたからこその移動手段だ。


「お嬢様。間もなく村が見えて参ります。一度そちらで休みましょう」


 魔力に物を言わせて進んでいたら鉄の馬が引いていた荷車からヨハン先輩、もといメフィストが声をかけてきた。


「私はまだいけるわよ?」

「生憎とヨハンの体が持ちません。……吐きそうでございます」


 顔を真っ青にして苦しそうなメフィスト。

 今まで何をやってもニヤニヤした顔をしていた悪魔が乗り物酔いでダウンしそうになるなんて。


「仕方ないわね。夜中に移動するのも危険だし、一晩待つわよ」

「寝床になりそうな場所はオレが探してきますよ。空き家を借りるにしても宿屋とかがいいし」

「ありがとうございます……うぷっ」


 口元を押さえてえずく悪魔を介抱するために足を止めることになった。

 ほどなくして着いた村は人の気配が無かった。


「ここも避難の対象だったのね」

「西都から王都への道はどこも同じようなものでございますね。家財道具もそのままですし、この規模の避難民が大勢いると王都に残っている勢力では反乱軍と戦うことすら難しいでしょう」


 王都での治安維持や万が一魔獣が攻めてきた場合は東部領からの援軍や騎士団が対処する手筈だった。

 それがブルー家に従ってクーデターを起こしたとなれば王都の魔術師だけでは抵抗出来ない。


「お嬢様は勝てるとお思いですか?」

「勝てるかじゃなくて勝たないといけないのよ。じゃないとこの国は滅ぶわ」

「ブルー家が王家の代わりに統治しても問題ないとは思っていないのでございますね?」

「それだけならいいけど、絶対にそうはならないわ」


 何故なら敵には私から魔女の、邪神の力を奪って手に入れた者がいる。

 邪神の影響をモロに受けてかつての魔女と同じように精神を乗っ取られそうになれば確実に大災害が起こる。

 それこそガタノゾアのような魔獣が新しく生み出されてしまうことだって。


「……魔女の力でございますね」

「メフィストはどこまで知っているの?」

「はて? なんのことでしょうか」

「とぼけなくていいわよ。貴方がシュバルツ家と契約したのは魔女の力が関係しているんでしょ?」


 日本に戻ってエタメモを再度プレイした時に私は見つけたのだ。

 悪魔メフィストが狂言回しをしながら言い放ったひと言を。


『私はずっとこの時を待ち続けた。 さぁ、宿願の時でございます』


 高笑いをしながらエリン達主人公チームに襲いかかるメフィストのシーンは初めて見た時と二回目を見た時だと受け取る印象がまるで違った。

 最初は悪者が悪役っぽい台詞を言うだけに見えたのに、メフィストと過ごした後だと何か意味があるように聞こえたのだ。


「そうですね。お嬢様は私が初代シュバルツ家当主と契約したのはご存知ですか?」

「ええ。……愛した人が魔女になってしまった初代当主は二度と同じ悲劇を繰り返さないように王家を守るため、未来に現れるかもしれない魔女への対策をしようとしたのよね」

「はい。それが悪魔との契約でございます」


 邪神とはいえ神の力に抗うには禁忌に手を伸ばすしかなかった。

 聖獣使いでもない人が四大貴族に並ぶにはそれくらいしないといけなかったのでしょうね。


「当時は私以上に魔女の力を知る者はいませんでしたからね。何故なら私は魔女様によって生み出された人造悪魔でございますから」

「えっ!?」


 メフィストの口から飛び出した言葉に私は驚いた。


「魔女と呼ばれた少女は願ったのですよ。自分と対等に話してくれる友達を、仲間を、意識とは反対に罪を犯し続ける衝動を抑えきれない自分を守ってくれる守護者のような存在を。それが私なのです」


 魔女が生み出した特別な眷属。それがメフィスト。

 私の中にあった魔女の力を制御したり、漏れ出す力を還元できるようにする仕組みも眷属だからこそ出来たのね。


「ただし、そう長くはお仕え出来ませんでした。彼女は私に助けを求めながら自分の死を望んでいたのですよ」

「邪神による精神汚染に抵抗していたのね」

「はい。眠ることすら怯えていた魔女様に私には何もしてあげられませんでした。そして聖女が仲間と共に彼女を討つ時も私は待機を命じられていました」


 自分が自分じゃない存在に塗り潰されていく感覚。

 私が力を暴走させる度に味わった浸食を誰からも助けてもらえずに受け続けた魔女と呼ばれた少女はどれだけ苦しかっただろう。辛かっただろう。


「そんな魔女様は命を落とす直前に私にある命令をされたのです」

「何をお願いされたの?」

「……私の代わりに自由に生きて。そして私が死んで悲しむあの人を慰めてやって欲しい……と」


 しんみりとした声でメフィストは魔女の願いを口にする。

 最後まで誰かのことを思って死んでいった彼女は優しい人だ。

 その辛い人生に同情すると共に彼女の人生を狂わせた邪神への怒りが湧いてくる。


「何年か世界を見て回った後に初代様と契約をしましたよ。彼は二度と同じ悲劇を起こさないようにするために貪欲でしたからね。それゆえに人の道を外れかけた研究をしたり……って、これは余計でしたね」

「余計な研究の結果がヒュドラみたいな魔術師ってわけなのね」

「二百年も経てば最初の願いも歪に変化します。旦那様でさえ、最初は魔女の力を制御してアルビオンを統一しようとなさっていましたから」

「それは初めて聞いたわね」


 今のお父様ならそんな事言わない信頼があるけど、もしかしてマックスのお母さんを助けた頃とかってそんな目で見られてたの私?


「私がした契約はシュバルツ家を魔女の力を持つ者が現れる時まで存続させ仕えること。力を持つものに制御する術を与えることの二つでした」

「だから王城で私が暴走した後に消えたように見えたのね」

「影法師を潜ませた時点で契約自体は完了してしまいましたからね。保険こそ用意しましたが本当に私ん召喚するなんてイレギュラーには驚かされましたね」


 メフィストでさえヨハン先輩の行動は予想外だったようね。


「しかし、おかげで私は何に縛られることもなく魔女様の生まれ変わりであるお嬢様に恩返しをすることが出来ます」


 命令でもなく契約でもなく、悪魔メフィストが自分から望んでやりたいこと。

 今の彼は昔と同じように見えて実は一番自由に振る舞っているんじゃないだろうか。


「気持ちはありがたいけど、いざという時は自分が生き延びるようにしなさいよ。折角の自由なんだからやりたいことをすればいいわ」

「お嬢様にお仕えすることが私の願いでございますよ。ヨハンも賛成していますし」

「そんなに気に入られてるの?」

「いい後輩という意味もありますが、一番は進路希望の魔術局目当てですかねぇ」

「コネが目的じゃない! まぁ、ここまで手伝ってくれたし、お父様には私からお願いしてあげてもいいけどさぁ……」


 いい話だったのに急に下心が見えて調子が狂ってしまう。

 重い話が続いていたから肩の力が抜けたのはプラスなんだけど、ヨハン先輩にそのつもりはないんでしょうね。

 ある意味で一番の大物じゃないんだろうかこの人?


「お嬢。師匠。宿屋っぽい空き家を確保しましたよ」

「ご苦労様キッド。一応、受付けにお金は置いておくのよ」


 ここでの休憩が最終決戦前の最後の補給になる。

 夜明けが来れば王都へ侵入してお父様を見つけて合流するつもりだ。


「災禍の魔女……。貴方を苦しめた運命は私が断ち切ってみせるわ」


 その夜に見た夢の中。

 金髪の女性と黒髪の男性が秘密の庭園で夢を語り合う姿を見た。

 二人の間には赤ん坊が寝ているゆりかごがあって、小さな悪魔がその周りをチョロチョロしている。

 これは叶わなかった夢。

 だけど、不思議と穏やかな気持ちで私は夢を見続けた。






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