第81話 エリンの里帰り。
「それで? どうしてオレ達まで一緒にエリンの家に向かってるんすか?」
「だって一人だと心細いじゃない」
「実家に帰るだけなんすからそんなに心配しなくてもいいんじゃねぇっすか?」
キッドが呆れたように言った。
私とキッドはエリンと一緒に馬車に乗って王都の街を移動している。
目的地は王都の西にある居住区だ。
貴族達が王都への出入りに利用している白虎門からそう遠くない馬車にあるこの地区は貴族向けのお店が建ち並んでいたりして治安が比較的いい。
品揃えや最新の流行品ならやっぱり朱雀大路の方が優れているけれど、日用品なんかはこっちの方が手に入り易くなっている。
そんな地区のメイン通りから少し離れた場所にエリンの実家であるお菓子屋さんがある。
「キッドもあの会議の場で聞いていたでしょ? エリンがこの国の出身じゃないって。その事を知らなかった彼女が両親に事情を聞きに行くのよ。心配するに決まっているじゃない」
マックスの父親であるグルーン公爵の口から出た衝撃の事実。
大侵攻に向かう前にエリンはその真相を確かめようと決めたのだ。
「生まれなんてどうでもいいと思うっすけどね」
「キッド!」
「だって、大事なのは今でしょうよ。オレはガキの頃なんて覚えてないですけど、今はお嬢がいるこの国を守ろうとしているんすよ?」
「それはそうだけど……」
キッドには過去がない。
ある日目が覚めたら海岸に打ち上げられていたのだ。
魔術局で彼を知っている人物の捜索をしていたけれど、五年も経った今でも見つかっていない。
そんなキッドは現在、シュバルツ家を自分の帰るべき家だと言ってくれていて、その事は嬉しいけれど、いつか彼の本当の家族に会わせてあげたいと私は考えている。
とはいえ、彼とエリンとでは家庭の事情や経緯が異なるため、いくらなんでも強く言い過ぎではないのか?
「キッドさんのおっしゃる通りです」
「エリン……」
「わたしは初めて聞いた時に混乱しちゃいましたけど、今はどんな事情があったとしてもあの家が帰る場所なんです。両親がここまでわたしに愛情を与えて育ててくれたことに代わりはないんですから」
エリンはニッコリと笑った。
なんて良い子なんだろう。こんな子をこれから血みどろの戦いに巻き込むシナリオを作ったライターを私は許さない。
エリンには静かな場所で幸せになって欲しいと思うわ。
「キッドさんもノアさまが沢山愛してくれたからシュバルツ家が好きなんですよね」
「……まぁ、否定はしないっすけど」
「あらあら。キッドったらもっと私に甘えてくれてもいいのよ?」
「そうやって茶化してくるから言いたくないんですよ! 温かい目でこっち見ないでくれ」
恥ずかしそうに顔を赤くしているキッドをニヤニヤしながらからかっていると静かに馬車が停止した。
小窓のカーテンを開けてみると、どうやら目的地に到着したようだ。
御者の人に夕方にまた迎えに来てくれるように伝えて私達はエリンの実家へ足を進める。
朱雀大路のような騒がしさや人混みはないけれど、子供達が元気そうに走り回っているところを見ると穏やかなそうな地域だ。
「治安がかなり良さそうね」
「貴族街に近いっすからね。でも、何通りか挟んで川を渡ればスラム街ですよ。オレが捕まってた孤児院までそんなに遠くないでしょ」
「孤児院に捕まっていた?」
「なんでもないわよ。気にしないでエリン」
私は言葉を濁して先を急いだ。
記憶喪失のキッドをシュバルツ家で引き取ったことはみんな知っているけれど、まさか出会いが孤児院の地下牢で人身売買されていた所に乗り込んだからとは言えない。
あくまであんなのは特殊な例なのだから。
「あ、見えてきたわね。あそこかしら?」
細い路地に入ってすぐにそれらしき看板のお店があった。
キッドにはエタメモのヒロインの行方を探らせるために何度か行かせていたけれど、私自身が来るのは初めてだ。
そしてこのお店を正面から見た感じ、間違いなくゲームをスタートさせてすぐのプロローグに出てくる背景と一致するわね。
似たような場所は何箇所もあって特定は出来ないと諦めていたけれど、こうして間近で見ると込み上げてくるものがある。
聖地巡礼ってやつかしら? いやまぁ、物語の舞台は魔術学校だからこのお菓子屋さんが出るのはほんの序盤だけなんだけど。
「さっさと中に入りましょう。ノアさまがこの辺をうろうろしていると変な人達が寄って来そうですから」
「変な人達?」
「常連のおじさん達です。普段は気のいい優しい人達なんですけど、偶に美人の女の子がいるとナンパしてくるんですよ」
「オレも見たことあるかも。話すと気のいいおっさん達っすけどね」
えー、ちょっと会ってみたいかも。
私ってば前世では勿論、今世でもそういう経験が無いから体験してみたい。
危なくなったら反撃出来るから怖くないので、誰か私に声かけてみない?
「まぁ、お嬢に手を出そうもんなら……」
「乱闘騒ぎになる前にさぁ、中へ」
キッドが一人でぶつぶつ言い出したけど、何を言っているのかを聞く前にエリンが私の手を引いて入り口のドアを開けた。
カラン、とドアにつけられたベルが鳴って私達は店の中に入った。
「うわぁ……」
店の中はザ・洋菓子店といった内装で、中には買ったお菓子がそのまま食べられるイートインスペースがある。
棚やショーケースに並べられた色とりどりのお菓子からは甘い匂いがして、お昼を食べたはずなのにお腹が空いてきた。
甘い物は別腹っていうし、ここは手当たり次第に商品を制覇してやろう。
「お嬢。目的を忘れないでくれよな」
「わ、わかっているわよ……じゅるり」
「駄目だこりゃ」
キッドが額に手を当てて天を仰いだ。
呆れている従者を放置し、私は視界に入ったお菓子に無茶になった。
貴族街が近いからか、置いてある商品はちょっと高めかな? でも、普通の家の子供のお小遣いでも買えそうな値段のクッキーも置いてあるわね。客層は一般人と貴族の両方なのかしら。
「あら、お客様いらっしゃいませ……エリン!?」
「ただいまママ」
ベルの音が聞こえたからか、店の奥からエプロン姿に頭巾を被った女性が出てきた。
柔らかそうな雰囲気の茶色の髪をひとつに結んでいる美人の女性はエリンの姿を見て驚いていた。
「あらまぁ、よく帰ってきたわね。あなた! エリンが帰って来たわよ」
「何っ!? 本当か!?」
エリンのお母さんが店の奥の方へ声をかけると、ドスドスという足音と共に白いコックコートに身を包んだ男性が嬉しそうに現れた。
ただし男性は大柄で、服のサイズが合っていないのかピチピチになっている。
顔はちょっと強面で眉毛も太く、熊みたいな見た目の人だけど娘に会えたからかニコニコしている。
こんな見た目が強そうな人なのに縁起ものやゲン担ぎに熱心で、占いで言われたから店名変えたって本当なの? ギャップがあってかわいいわね。
「おぉ! エリン!!」
「パパ、ストップ! 制服にクリーム付いちゃうから触らないで!」
感極まってエリンのことを抱きしめようとしたお父さんだったけれど、断られてしまった。
落ち込むお父さんの背中をお母さんが叩いて笑っている。
「ほら、お友達を連れて来たみたいなんだからシャキッとしなさいな」
「おう」
この美女と野獣なんていう言葉が似合いそうな夫婦がエリンの両親なのね。
今のやり取りで普段から仲睦まじく暮らしているのがよく分かるわ。
「紹介するね。こちらはキッドさん」
「あら、何度か見たことある男の子ね」
「娘はやらんぞ!」
「何言っているのあなた!」
キッドを見て威嚇するお父さんを再びお母さんの張り手が襲う。
娘が男の子を連れて来たらそういう反応をするのはどの世界でも共通なのかしらね?
「そして、こちらがわたしのルームメイトで友達のノアさんだよ」
「ごきげんよう。エリンさんと親しくさせてもらっています。ノア・シュバルツですわ」
他所行きの挨拶をして、貴族令嬢らしく振る舞う。
親御さんへの第一印象は大事だからね。既に色々と巻き込んでしまっているわけだし、機嫌を損ねるわけにはいかない。
「あらあらご丁寧に。ノア・シュバルツ……シュバルツ?」
「ママ。シュバルツって聞き覚えがあるようなないような気がするんだが?」
「危惧ねあなた。私もよ」
エリンの両親は私を見て固まった。
それどころか顔色がどんどん悪くなって口をパクパクし始めた。
「「五大貴族ぅ!?」」
甘い匂いのする店内にピッタリハモった夫婦の絶叫が響いた。
「あれ? わたし言ってなかったっけ?」
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