第82話 エリンの出生。


「ど、どうぞ、粗茶でございます……」


 カタカタと手を震えさせながらママがノアさまの前にお茶を置いた。

 わたしが両親にノアさまと一緒に来ることを事前に話していなかったせいで、二人はすっかりパニックになってしまいました。

 パパについてはまるで石になったかのように微動だに動きません。

 お店については早めだけど今日はもう閉店ということにしました。


「もうママ。そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」

「大丈夫じゃないわよ。相手は五大貴族の方よ。何かあったら私達の首が体とさよならしてしまうのよ?」


 小声でわたしに耳うちしてくるママ。

 確かに貴族の人に粗相をして酷い仕打ちを受けたって話は何度か聞いたことがあります。

 この近所はわたしの家のように貴族の人が品物を買いに来ることがあって、ちょっとしたトラブルが起こることが稀にあります。

 だからわたしも魔術学校に通うことが決まった時は不安で胸が張り裂けそうになったものです。


「本当に大丈夫だから。ノアさまはそんなことしないし、とっても優しい人だから」


 わたしの言うことを信用してくれたのか、ママが引き下がって大人しく椅子に座ります。

 店内では買ったばかりのお菓子をすぐに食べられるようにテーブルと椅子が置いてあるのでわたし達はそこで向かい合って座ります。

 わたしとノアさまとキッドさんの対面に両親が座る形です。


「あの、それで五大貴族のお嬢様がどのようなご用件でうちへ?」

「ふふっ。私はただエリンさんの付き添いで来ただけですので、どうぞお構いなく」


 先程から挙動不審な両親が面白かったのかノアさまが少し笑われました。

 うぅ、自分の家族のことで笑われるってこんなにも恥ずかしいものなんですね。


「あのねパパ、ママ。わたし今度西都の方に行くことになったの」

「「西都だって!?」」


 二人は今日一番の驚きの声を上げました。

 王都の下町でも魔獣の活発化についてはみんな知っています。今朝にも大侵攻が発生することが騎士団や魔術局を通じて発表されています。


「エリン。今の西側は危険なんだぞ? 怖い魔獣がいっぱいいるんだ」

「わかっているよパパ。でも、わたしはいかなくちゃだめなの。ううん、わたしが行きたいって思ったからそうするの」


 わたしは最近の出来事を両親に話しました。

 暗き森で起こった魔獣の大群による襲撃、そこでグレンさま達と協力して魔獣を討伐したこと。わたしの力を借りたいと五大貴族の方々が集まる場で頼まれたこと。そして、ピンチになっているノアさまの力になりたいということ。

 パパとママは驚きながらも黙って最後まで話を聞いてくれました。

 そうして話終わった後にノアさまが申し訳なさそうに頭を下げました。


「五大貴族の一員として謝罪します。娘さんが危険な場所に行くことに不安だと思いますが、この国を守るためにエリンさんの力がどうしても必要なのです」


 その姿を見て、短くため息をついたのはママだった。


「顔を上げてください。娘と同い年の子に頭を下げられちゃ断れないわよ。それに、話を聞いた限りだとこの子もやる気みたいし、止めても行くつもりなんでしょ?」

「うん。もう決めたから」

「エリン……」


 頭を上げたノアさまと目が合う。

 わたしは彼女の手を取って思いを伝える。


「ノアさまに助けていただいた分、今度はわたしが頑張る番ですから」

「エリン〜!」

「はいはい。今は大事な話してるからスキンシップは後からにしてくれよな」


 両親の前にも関わらず抱きついてこようとしてきたノアさまだったけれど、キッドさんが寸前で首根っこを掴んで引き留めました。

 そのやり取りを見て、ママはお腹を抱えて笑い出した。


「まさかエリンにこんな仲のいい友達が出来るなんてね。この子ってば、うちの手伝いばっかりして友達を中々連れて来てくれなかったからてっきり友達がいないんじゃないかと思っていたのよ」

「ママ!」

「事実でしょう? なのにこんなにエリンのことや私達を気遣ってくれる友達がいてママは嬉しいわ」


 友達はいたもん! ……まぁ、みんなから遊びに誘われてもお菓子作りの練習がしたいから断っていて、いつの間にか誘われなくなったけど。


「エリンが決めたなら私は止めないわ。あなたもそう思うでしょ?」

「……ぐずっ」


 なんでパパは無言で泣いてるの?

 わたしってそんなにひとりぼっちなイメージがあったんでしょうか?


「あっ、そうだ。パパとママにはもう一つ話があったんだった」


 わたしがノアさまを連れて来たことで両親が感極まって泣きそうに、パパは男泣きをしてしまいましたが、本来の目的は別です。


「何なのかしら?」

「五大貴族の人が調べて、お城で聞かされたんだけど、わたしってこの国の出身じゃないの?」


 そう言った直後、パパがピタリと泣き止んだ。

 ママは困ったような顔をしてわたしを見る。


「それはね……」

「あのな、エリン。実は色々と深いわけがあってな」


 歯切れの悪い言い方で両親が苦い顔をする。


「大丈夫。なんとなくわかっているつもりだから」

「なんとなくって?」

「わたしがパパとママの実の子供じゃないってこと」


 わたしの言葉を聞いた両親が口をパクパクとさせて驚いている。

 あの日、わたしが国外で生まれた人間だと告げられて気づいたのです。両親とわたしの容姿が似ていないことに。

 ママは茶髪、パパは頭を剃っていますが、眉や髭は灰色です。瞳の色もわたしだけ金色です。

 きっと無意識のうちに考えないようにしていたのでしょうし、こんなにもわたしを愛してくれている二人を親じゃないなんて思えなかったのです。


「お願い聞かせて。わたしは一体、どこの誰なの?」


 疑問を両親にぶつけました。

 すると、パパが立ち上がって店の奥へと向かいました。

 すぐに戻ってきたパパの手には小さなペンダントが握られていました。


「あなた……」

「話すつもりはなかった。これを見せるつもりもな。でも、エリンが立派に成長して自分から聞いてきたら話そうってママと約束してたんだ。だったら今がその時なんだ」


 パパはペンダントをテーブルの上に置き、覚悟を決めた顔で話し出しました。


「実はな、意外かもしれないがパパは元冒険者だったんだ」

「それは知ってた。だってパパの顔ってばいかついし、物置に錆びた剣が入ってたから」

「……嘘だろ?」

「だから私はさっさといらないゴミは捨てなさいって言ったのよ」


 出鼻をくじかれて困惑するパパにママが呆れている。

 だって、普通のお父さんは重い小麦の入った袋を何十個も軽々と運んだり、喧嘩している人を何人も投げ飛ばして両成敗できないと思う。

 それにわたしに魔獣がどれだけ怖い生き物なのかを読み聞かせてくれたのもパパだった。


「……まぁ、それでな。パパが冒険者として旅をしている時に隣国でパティシエ修行をしていたママに会ったんだ」

「あの頃の私は世界で一番のパティシエになろうと夢中だったのよ。各国を巡って学んで、そんな時に甘い物が好きな冒険者の人がいて気が合ったのよ」


 初めて聞かされる両親の馴れ初めです。

 今までも見た目が正反対の二人がどうやって夫婦になったのか気にはなっていたけどいつも話を濁されていました。


「それで修行を終えて、このアルビオンでお店を開こうとしたの。その帰路にパパには用心棒として付いてきてくれたのよ」

「元々、女一人で旅をしていたママが心配でな。冒険者もいつまでも続けられる仕事じゃないし、腰を落ち着けようと思っていたんだ。……その途中で何者かに襲われて大怪我をしていた女性に出会った。その人がエリンの本当のお母さんだ」

「その人は……」

「私達がかけつけた時にはもう助からない怪我だと悟っていたのね。ただひと言、この子を頼みますと言って亡くなったわ。その人は大事そうに何かに覆いかぶさって守っていたの。そこにいたのがまだ赤子だったエリンよ」

「近くの村で聞き回ったが、誰も女性やエリンのことを知らなくてな。このまま孤児院にでも預けるかと考えたんだが……」

「数日の間世話をしている内に情が芽生えちゃったのよね。もういっそ、私達の娘として育てちゃいましょうって提案したの」

「あとはそのままアルビオンに帰って来て、この地区に店を建てたんだ。子育てと店の開店と同時にやるのは大変だったなぁ」


 懐かしそうにパパとママは語ってくれました。

 それからはわたしの記憶にもあります。

 家族三人で助け合いながら小さなこの店を切り盛りしてきました。


「ごめんなさいねエリン。ずっと黙っていて。話しちゃったらエリンが遠くに行っちゃいそうだと思って」

「エリンは不思議な子でな。赤子のエリンが笑うとパパもママも頑張ろうって気力が湧いてきて、それで三人で幸せになって……だからそんな関係に亀裂を入れたくなくて話さなかったんだ」


 申し訳なさそうに俯く両親。

 わたしは最後までしっかりと話を聞いて、安堵の息を吐いた。


「顔を上げてよ二人共。そんなに気にしなくてもわたしにとってはここが大事な帰ってくる場所で、二人は何があっても大切なパパとママだよ」

「「エリン……」」

「覚えていない本当のお母さんよりもわたしを育ててくれたママの方が好きだよ。いっつも大きな背中でわたしを守ってくれたパパが好きだよ。どんな事情があっても好きな気持ちは変わらないから。だから気にしないで。話してくれてありがとう」


 これは嘘偽りのないわたしの本心です。

 たとえ過去に何があったとしても、大切なのは今とこれからです。

 むしろ、血の繋がっていない見ず知らずの赤子をここまで愛して育ててくれた両親のためにも、この家を守るためにも絶対に大侵攻を止めようというやる気が出てきました。


「うぅっ〜!!」

「いや、ここで泣くのはエリンと両親っすからね。お嬢が真っ先に泣いてどうするんすか」

「だって、私ってばこういう涙脆い話を聞かされて我慢出来ないのよ〜!!」


 わたしも両親も胸がいっぱいでしたが、わたし達よりも大粒の涙を流して号泣しているノアさまを見てしまうと、ついつい笑いの方が出てしまいました。


「他所の家の話で泣いてくれるなんていい子だね。あなた、ケーキを持ってきて。私は飲み物を用意するから」

「おう! ノアさんもそこのキッドくんも今日はじゃんじゃん食べていってくれ。魔獣と戦うエネルギー補給には甘い物が一番だ!」


 暗い空気はすっかり過ぎ去り、わたし達家族は笑顔でおもてなしの準備に取りかかります。


「二人共あのね、他にもわたしいーっぱい話したいことがあるの」

「はいはい。ゆっくり聞いてあげるわよ」

「パパとしてはエリンに悪い虫がついていないかが物凄く気になるなぁ」

「もう、パパってば!」


 戦いが終わったら今度はみんなを連れてこよう。

 フレデリカさんやグレンさまやマックスさまやティガーさまやロナルド会長、ヨハン先輩。

 わたしにも友達が増えたって二人に自慢したい。

 そして、パパとママにわたしは二人のおかげで幸せだよって言うんだ。























「家族かぁ……いい話っすね。それより、あのペンダント前にどっかで見たような……」



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