第83話 学校に帰還……のはずが?


「うっぷ。もう食べられないわ……」

「お嬢が食べたショートケーキを全部合わせたらホールサイズになりますからね? 今日は晩飯控えめにしてくれよな」


 揺れる馬車の中で対面に座り、ジト目で私を見てくるキッド。

 安心してちょうだい。今日はもう何も食べられないくらいお腹いっぱいだから。

 親子の感動的な話を聞いた後は景気づけの軽いパーティーを開催することになった。

 エリンの実家で販売しているお菓子の数々をタダでご馳走様してもらえるとあって、私は口いっぱいに頬張った。

 それを見たエリンの両親は気持ちのいい食べっぷりだと更に追加のお菓子を用意してくれて、店を出る頃には私の胃はパンパンになってしまった。


「すいませんノアさま。うちのパパとママが」

「いえいえ。あれだけ食べさせてもらってこっちが申し訳ないくらいよ。ただついて行っただけであんなに歓迎されるなんて思わなかったんだもの」


 保存の効く手土産まで渡されてしまうと悪い気がしてしまう。

 今度、フレデリカも誘って遊びに行こうかしら? それともグレン辺りに頼んでお店の宣伝でもしてもらう? ……いや、それだと私が食べたい商品が売り切れてしまいそうだから怖いわね。


「それより本当にエリンは残らなくてよかったの? 西部領に行く直前まで自宅でゆっくりしていた方が良かったんじゃないかしら?」


 魔術学校は休校中で折角の帰省だったのに僅か半日で寮に戻るのは勿体無かったのではないか?

 しかし、私の問いにエリンは首を横に振る。


「いえ、これで十分なんです。あのまま家にいたらパパやママの元から離れたくなくなっちゃいそうで。だから全部が終わってからちゃんとまた顔を見せます。その時は何日か泊まりますよ」


 エリンの横顔は晴れやかだった。

 行きの時に見せた不安そうな表情は影もなくなっていた。


「それに思ったんです。今のわたしがするべきことは帰省して甘えることじゃない。魔獣に勝つために自分に出来ることを探して鍛えることだって。今度はわたしがパパやママを守るんです」


 覚悟を決めた凛々しい顔をするエリン。

 最初に出会った時はおどおどしていて、私を見るだけで顔色を青くしていた女の子と同じだなんて思えない成長っぷりだ。

 流石はヒロインというだけのことはある。

 彼女と同じ境遇になった時に、どれだけの人が前へと進めるだろうか?


「エリン〜!」

「ちょっと、ノアさま! 髪がぐちゃぐちゃになりますぅ〜」

「よしよし! いい子いい子してあげるわ」


 隣に座っていた彼女を抱き寄せてこれでもかと頭を撫でる。

 口では迷惑そうにしているが、本気で私を遠ざけない辺り、まんざらでもないのだろう。


「ほらほら、あんまり暴れていると大変なことになるっすよ」

「……うぷっ」


 調子に乗ってはしゃいだ私だが、食べ過ぎてしまったケーキのせいで具合が悪くなってしまったのだった。




 ♦︎




 私達を乗せた馬車が学校の敷地に戻ってきたのは夕日が沈む頃だった。

 途中、食べ過ぎのせいで具合が悪くなった私だが、大人しく窓の外の景色を眺めながら黙っていると体調が幾分かましになった。

 学校に着き、キッドに手を引かれて馬車を降りると遠くから人がこちらへと歩いてきた。


「やっと帰って来たか貴様ら」


 長身で赤い髪に猛禽を連想させるような鋭い瞳。

 皮肉屋でいつも誰かと喧嘩をするけど、付き合ってみると面倒見がよくて意外と打たれ弱い性格のグレン・ルージュが私達の元へやってきた。


「あら、グレンじゃない。お出迎えご苦労様」

「出迎えなんかではない! 俺が貴様達をどれだけ探したと思っている」


 いきなり不機嫌そうに怒るグレン。

 そんなにイライラしているとストレスで将来禿げるわよと言いたかったけど、更に怒りそうなので自重しておく。


「探した……って、貴方ルージュ邸に帰ってたんじゃいの?」


 私達三人以外の関係者は西部領に向かう前に王都にあるそれぞれの家で準備を整えるという流れだった。

 ヴァイス家だけは先に現地入りするって話していたっけ?


「そうだ。俺はルージュ邸に戻り、大侵攻に向けて準備をしていたのだが伯母上がな……」

「ルージュ公爵がどうしたの?」

「貴様とエリンの二人をルージュ邸に招待しろと俺に命令をしてきたのだ」


 怒り顔から一変、苦虫を噛み潰したような顔でグレンはそう言った。

 彼の言葉を聞いて私は頭にハテナマークを浮かべる。


「ルージュ公爵が?」

「そうだ」

「五大貴族会議ですっごい不機嫌そうにしてて、私を処刑しろって言ってた人が?」

「そうだな……」

「最終的にキレて会場から出て行った人が私とエリンを招待ですって?」

「……あぁ」


 どんどん曖昧になっていく相槌を打つグレン。

 ふむふむと考えた私は思い浮かんだ言葉を口にした。


「罠じゃん!」

「貴様! 俺ですら口にしなかったことをすぐに言ったな!」

「いや、どう考えても罠じゃん! 私達を呼びつけて何をするつもりなのよ」


 もの凄く嫌な予感しかしない。

 グレンから事前情報として聞いたロゼリア・ルージュ公爵はどうにも私を、シュバルツ家を嫌っているらしい。

 五大貴族会議でお父様や私に向けられた敵意は生半可なものじゃなかった。

 古くからルージュ家とブルー家の仲が悪いというのは貴族間での常識だったが、今代の当主はそれに加えてシュバルツ家を敵視している。

 グレンが最初に私へと喧嘩を打ってきたのもこのルージュ公爵の影響だったと知った時は開いた口が塞がらなかった。


「伯母上の考えは俺にも分からん。だが、連れて来いと言われて断るわけにもいかなかった」

「五大貴族会議の場で戦線布告しましたもんねグレン様は」

「痛いところを突くなキッド。まぁ、それもあって伯母上とも気まずく……いや、ノア・シュバルツ。貴様に負けた時からその傾向はあったのだが、急にこんなことを頼まれてな。これ以上逆らえば俺の立場がどうなるかも分からぬから話をしに来たのだが……」


 再び私へと厳しい視線を向けるグレン。


「わざわざやって来たら留守にしているだと? しかも行き先が分からぬから追いかけることも出来ずにこうして遅くまで待たされた!」


 あー、頼んだおつかいが遅くなると伯母さんが益々怒っちゃうもんね。

 そういえば寮を出る時に寮監さんに外出するとは伝えたけど何処へ行くかまでは言っていなかったことを思い出した。


「それはごめんなさいね。ちょっとエリンの実家に行ってたのよ」

「両親と話をしたかったんです。でも一人だと心細いので私から誘ったんです。申し訳ありませんでした」

「エリンの実家か。それは仕方がないな」


 エリンが頭を下げると急にしゅん……としたグレン。

 彼もあの会議の場でエリンの出身について聞いていたので心配していたのだろう。

 相手の立場や家庭環境を聞いてきちんと思いやりを持てるのがグレンの良いところだ。


「とにかく、伯母上が貴様達を呼んでいる。今日はもう遅いので都合がつかなかったと伝えておくが、明日は来てもらうからな。朝から俺が迎えに来るから身支度を整えておけ」

「ちなみに断ることって……」

「認めんぞ。俺にも立場があるからな。それに五大貴族直々の誘いを断れば貴様はともかく、エリンの方は……」

「ですよね〜」


 平民のエリンが貴族の誘いを拒否となると何を言われるかわかったもんじゃない。だからと言って一人で行かせるとこれまた何をされるかわかったもんじゃない。


「私も行くしかないかぁ」

「仕方ないっすね」

「あぁ、それとキッドは連れて行けん。あくまでノア・シュバルツとエリンの二人を招待しろと言われている」

「グレン様。それは納得いかないっすね」


 私とエリンだけというのを強調したグレンにキッドが噛みつく。

 あからさまな敵地に主人が行くのに護衛がいないことが不満らしい。


「心配するなキッド。俺が同行するし、大侵攻の直前だ。伯母上も馬鹿な真似はするまい」

「約束出来るんすか?」

「我らが女神に誓って二人を無事に送り届けよう」


 キッドの問いにグレンは神様に誓うという最大級の誓約を立てた。

 これを裏切るというのは、アルビオンの人間として、ルージュ家の次期当主としては最も行ってはいけないタブーだ。


「そこまで言うんなら任せてますよ」

「あぁ、任せろ」


 ひとまず納得したのかキッドはグレンから離れた。

 今にも掴みかかりそうで見ているこちらはひやひやしていたのだ。


「ではさらばだ。明日の朝に迎えに来るぞ!」


 そう言い残してグレンは待たせていたであろう馬車に乗り込んで学校から出て行った。

 結局、ルージュ邸に呼ばれていること以外に何も分からなかったわね。

 あのグレンの様子だと彼自身も呼び出しの内容を知らないのかしら?


「……ノアさま。やっぱりわたし、実家に泊まっていた方が良かったかもしれません」

「それを今言うのは反則よ。諦めて私と一緒に道連れになってちょうだいな」




 どうやら大侵攻に行く前に、まだ破滅フラグに繋がりそうなイベントが残っているようです。




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