第24話 ラスボス大脱走!


「王城なら魔術封じがあるのも納得ね」

「いや、おかしいだろ! どうして賊が城にいるんだ!」

「おかしくはないわよ。今の王城は市民なら見物料を払えば入れるのよ。まぁ、牢屋のある場所にいるのは変だけど」


 キッドにこの国の説明をしている時に王都のガイドブックに書いてあった。

 アルビオン王国は王族が亡くなり、五大貴族が運営していて王城は今でも国の最高議会が開かれる場所であり歴史ある儀式場だ。

 住んでいる者はいなくてもいつか玉座に誰かが座ることを考えると放置するわけにもいかず最低限の手入れがされている。

 その手入れのための費用は莫迦にはならず、予算削減のためにも一部を観光名所として開放していると。


「見物客のフリして忍び込んだのか」

「でしょうね。城なんて悪党が隠れ家にするには勿体ないわ」


 でも賢いと思った。

 まさか神出鬼没な犯罪集団が王城に潜んでいるとか普通は思わない。

 鍵を下っぱが持っているのは大問題なんだけど、手入れしている職員にも潜入している者がいるのかもしれない。


「神聖な城を汚すなんて許せねぇ!」

「待ちなさいよ。怒る気持ちはわからなくもないけど、今は逃げることが優先よ」


 勘違いをしてはいけない。

 私達は悪党を捕まえに来たんじゃなくてその魔の手から逃げなくてはならないのだ。

 熱くなるティガーを宥めて移動を開始する。

 さっきまで捕らえられていた監獄塔を出て庭のような場所に出たが、ここから出口がわからない。

 お城なんだから城門から出入りするのだろうが、王都で最大の建造物の中を初めてで迷わず脱出しろなんて無理。


「ティガーって出口知ってたりしないの?」

「オレだって城の中は初めてだ!」


 二人して必死で走るが行き止まりだったり、元の場所に戻りそうになってしまう。

 迷路のような複雑な造りになっているのは城攻めがあった時に時間稼ぎをするためだってガイドブックに書いてあった気がするけど、それが今は最大の敵だ。

 いずれローグ達も獲物が逃げたことに気づくだろう。そうなれば探しにくるに違いない。

 ティガーはあの男の恐ろしさを知らないかもしれないが、今の私達では逆立ちしても勝つことは不可能だ。

 最悪は殺されてしまうかもしれない。


 それだけは嫌だ。

 せっかくノアとして転生したのに本編開始前に何もできないまま死にたくない。

 自分勝手な願望なのは承知だけど、それだけじゃない。

 ティガーにとっては初めて対等な友達が出来たのだ。

 それなのに子供らしく遊び尽くせずに人生が終わるなんてとんでもない!

 ここは私が大人として彼を守らなきゃ。


「おい。急に立ち止まってどうした」

「……こっちよ」


 使命感に燃えながら城内を駆け回っていると、不意にとある通路に目が向く。何故かはわからないが、強烈な既視感を感じた。

 私はその通路へと進み、感じるがままにグングン歩いた。

 建物と建物の間にある小さな道を抜けた先には小さな庭園があった。

 建物の影でありながら風通しのいい庭園には朽ちた木のベンチと手入れがされずに自然繁殖して乱雑に生えた花があった。


「行き止まりじゃねぇか!」

「いえ。この先に外に繋がる通用口が……ありそうじゃない?」


 なんとなくそんな気がする。

 根拠は全く無いのだが、この場所に既視感を感じているのだ。

 私のなのかノアのなのかはわからないが、今は逃れればなんでもいい。


「とにかく出口を探すわよ」

「いいや。それには及ばねぇわ」


 第三者の声を聞いて勢いよく後ろを振り返る。

 庭園の外側、私達がやって来た場所の方からカツカツと人の足音。

 肩口まで編み込んであるドレッドヘア。丸太のように太い腕には嗤う蝙蝠の刺青。


「散々逃げ回ってくれたなクソガキ共」


 今一番会いたくない男がそこに立っている。


「どうしてここが」

「そりゃあここが俺達が出入りに使っているからさ」


 最悪のパターンだ。

 奴らが他の場所を探している間に誰も知らなさそうなここから逃げれたら良かったのに、よりにもよって奴らしか知らない場所だなんて。

 体が感じるままに動いていた自分が恥ずかしくなる。

 もっと頭を働かせなさいよね!


「見つかったら逃げれねぇ。こうなりゃ二人がかりでコイツを倒すぞ!」

「仕方ないわ。こうなった以上最後まで抵抗するわよ」


 ティガーが臨戦体制に入り、私も体内の魔力を活性化させる。

 牢屋から出たのだから魔術は使える。

 それでも勝機は薄いが、抗わなければただ死を待つのみ。


「かかってこいやクソガキ共」


 ローグ・バッドの一言が開戦の合図になった。


「おらぁ!」

「ガンド!!」


 ティガーが腕を振るうと魔術によって強風が吹き荒れローグを襲う。

 私も手を指鉄砲の形にして呪いの塊を撃ち出す。

 一発では効果が期待出来ないので数発を連続して叩き込む。


「ガキでも流石は五大貴族か。だが聞こえてんだよ」


 ガガガガガッ! と呪いの弾丸と暴風が襲いかかるが、ドレッドヘアの男はそれらを全て躱す。

 まるでこちらの攻撃がどこにくるかを先読みしているかのような動きだ。


「だったら殴る!」


 距離を空けての攻撃は有効打にならないと判断したのかティガーは私のガンドを弾幕代わりに利用して間合いを詰める。

 フレデリカちゃんと格闘戦をし、マックス相手にも優れた身体能力を見せたティガーならその辺の大人相手にも勝てるだろう。

 でもそれが通用しないのはヴァイス邸で明らかになっていた。


「自分から殴られに来るとはバカか?」

「ぐはっ!!」


 魔術ではない肉弾戦でもローグは脅威の先読みを披露し、逆にティガーの顔面を殴り飛ばした。


「この!」


 口から血を流して地面に転がされたティガーには悪いが、私は彼が殴られている隙にローグに触れようと近づく。


「ちっ」


 しかし、あと少しというところで体には触れられなかった。

 空を切った手は崩れかけのベンチに触れ、その姿を腐り溶かした。


「危ねぇ。触れたら肉を腐り落とすつもりとは銀髪のガキより女のが恐ろしいな」


 失敗した。

 不意打ちでの一撃ならば絶大な効果を見せてくれるはずの腐食の魔術が見切られた。

 この魔術は直接相手に触れないといけないが、もう触らせてはもらえない。


 ガンドも通用せず、腐食も警戒された。ティガーの魔術も体術も悪党の頭領であるローグには届かない。

 守護聖獣の白虎だったら可能性はあったけど、最初に使わなかったということはまだ魔力が完全に回復していないということ。

 そもそもこんな場面でエンカウントして戦う相手じゃないんだ。

 いきなりボスクラスに初期ステータスで挑むなんて無謀だ。


「まずは女の方から殺す。銀髪は手足を全部折って引き渡し決定だ!」


 人を嘲笑いながら恐ろしい言葉を口にするローグ。

 それが冗談ではなく本気だというのを私はよく知っている。

 この男の実力と暴力性は本物だ。だからノアは配下に加えて戦わせていた。


 皮肉な話だ。

 私は自分の手下になるはずだった男に攫われて殺されてしまう。

 これが本物のラスボスであるノアと紛い物の転生者の私との違いなのか。


「逃げろノア!!」

「貴方一人を置いていけないわ。こうなったら刺し違えてでも時間を稼ぐしか、」


 私のせいでティガーを巻き込んでしまった。

 ならその責任は私が背負わなくてはならない。

 だって卑怯にも二回目の人生の私とは違って彼の人生は始まったばかりなんだから。




「ちょっとそれは早計じゃねーのお嬢?」

「ノアさんは僕が守る!」




 死を覚悟しようとした私の前に二人の少年が現れた。




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