第23話 囚われのラスボス様。
「ここどこなのよ……」
首の辺りのズキズキとした痛みで目が覚めた。
石畳の冷たい床に転がされていたようで体も痛い。
起き上がろうとするが、思うように身動きがとれなかった。
それもそのはず。私の手足は縛られていたのだから。
「なにこれ。確か私は……」
記憶の中を探る。
そうだ。ヴァイス家に訪れていてみんなとかくれんぼをしていたら二人組の不審者に会ってそれで、
「ティガー!? ──よかった無事ね」
慌てて周囲を見ると、私と同じく縛られている銀髪の少年が寝転がっていた。
芋虫のようにうねうねと這ってティガーに近づいて声をかける。
「いってぇ。なんだよこれ」
「さぁ? わからないわ。ただ、このままだと嫌な予感がするわね」
意識を取り戻したティガーと辺りを見渡すが、どうやらここは牢屋の中だった。
壁には格子付きの窓が一つあるけど、高くて子供の身長では外の景色が見えない。
入り口の格子の方には同じような牢が連なっていて、キッドと出会った孤児院の地下を思い出す。
「くそっ。オレが負けるなんて」
「仕方ないわよ。相手が悪過ぎたわ」
私達をここまで運んだであろう二人組。
一人は使用人の格好をしていたから、おそらくはヴァイス家に潜入していた手下の盗人。
もう一人、奇抜な髪型に笑う蝙蝠の刺青をした男の名前はローグ・バッド。
ゲームにおいてノアの配下として大規模な盗賊集団を率いていた男だ。
その実力は最終局面で主人公達に立ちはだかるところからしてかなりの強者。
まだ子供の私達じゃ到底敵う相手じゃない。
「それより今はどうやってここから脱出するかを考えましょう」
幸いなことに牢屋の外には見張りがいない。
子供が二人で手足を縛られているから問題なしと判断したのだろうか。
他の牢からは物音も気配もしないので捕まっているのは私達だけか。
頼りになりそうな人や情報を知っている人間がいないのは悲しいが、同じ屋敷にいたマックスやフレデリカちゃんが巻き込まれていなくてホッとした。
「まずは手足の拘束を解きましょう」
きつく縄で縛られてはいるが、この世界には魔術というものがある。
この身一つで脱出なんてちょちょいのちょいだ。
「──って、あれ?」
「どうしたんだ?」
「魔術が使えないわ……」
いつも通りに体内を流れる魔力を集中させて使用する術式をイメージするのだが、そこから先の魔術の発動が出来ない。
押し込んでも押し込んでも空気が抜けるボールのような感覚だ。
「魔術封じが施されてるのか」
「魔術封じ?」
「牢だったりこの縄だったりに魔術を封じる仕掛けがあるんだろう。魔術師を捕まえるんならそうするだろな」
それもそうか。
魔術師を捕まえるのに魔術対策をしてないと簡単に逃げ出せてしまう。
しかし困ったことになった。これじゃあ逃げ出せないじゃないか。
「どうしよう……」
「心配すんな。オヤジが気づいたらきっと助けに来てくれるぜ!」
「かくれんぼして隠れているだけって思われてるかも……」
「そういやそうだったな……」
流石に長時間経てば気づいてくれるだろうけど、その前に殺されたりでもしたらおしまいだ。
「せめて場所と時間がわかればいいのに」
「なんとなくだけど時間はあんまり経ってねぇな。場所も王都のどっかだろ」
「どうしてわかるの!?」
「腹時計だ。昼飯食べてから今の腹の減り具合でなんとなく。場所については音と匂いだな。外の騒がしさから人が多そうで飯屋の匂いがする。時間から移動出来る場所を考えると王都内だろ。……腹減ってきた」
そういえばゲームでもティガーは五感が優れているという設定があった。
私には何も聞こえないし、匂わないけれど彼はそれを感じているのだろう。
おかげで現在地のヒントが掴めたのは大きい。
王都の外の森の中とか知らない場所だったら困ったが、王都の中なら帰り道も逃げ込む場所もある。
「なかなかやるじゃない」
「オレはスゲーからな。でも、何も解決してねぇぞ」
魔術は使えないし、手足は縛られている。
冷たい床の上に座っているのがやっとだ。
「縄さえ外せれば……そうだわ!」
「急にどうしたんだよ」
「こういう時のためのとっておきがあったの忘れてたわ」
私は牢の壁を使ってなんとか立ち上がり、靴のかかとを何度か地面に叩きつける。
するとどうだろう、靴のつま先から小さな刃先が飛び出してくるではないか。
「これで縄を切りましょう!」
「……なぁ、その靴普段から履いてるのか?」
「そんなわけないじゃない。偶然よ」
今回の集まりがヴァイス家であると聞いたメフィストが私の身を心配して用意したものだ。
話を聞かされた時は大袈裟だからいらないと断ったけれど、これ以外に履いていく靴が無いと言われては従うしかなかった。
スパイ映画の主人公じゃあるまいしと思っていたらコレだ。
あの悪魔には未来を見通す能力でもあるのかしら? そんなものはゲームでは無かったはずだが。
「あんまり動かないでね。つま先だから狙いが狂うかも」
「そのまま立ってろ。オレが自分でやる」
私の足を背にして見回りがこないかとヒヤヒヤしながら縄を外すティガー。
ブチっという音がして両手が自由になった彼は私の足から靴を取るとあっという間に全ての縄を切り落とした。
「とりあえず手足は自由になったな。それでこれからどうするんだ? 牢屋は出れないぞ」
「それについて思いついたことがあるわ。私の賭けに乗ってみない?」
私は地面に落ちている縄を持ってティガーに笑いかける。
胡散臭いものを見るような目をする彼に作戦を耳打ちするとその目は更に細められた。
「さてはオマエ、バカだな?」
なんて失礼な。これ以外に方法があるなら教えて欲しいわ。
結局、渋々という様子でティガーが首を縦に振ったので準備にとりかかる。
切れた縄を再び手足に軽く巻き付けて準備完了だ。
「誰か〜! 誰か早くきて! 助けて!」
「ぐわぁああああああっ!!」
ありったけの声量で私が悲鳴を上げ、ティガーが床に転がった姿で苦悶に満ちた声を出す。
それを何度か繰り返すと、足音がこちらへやって来た。
「おい! うるさいぞガキ!」
足音の主はローグでもヴァイス家に潜り込んでいたスパイでもない痩せこけた男だった。
雰囲気からして下っぱのようね。
「この子が急に苦しみだして大変なの。お腹が痛いらしくてきっと何かの病気なんだわ!」
「ふん。大人しくしていろ。俺は外の見張りで忙しいんだ」
「そんなこと言っていいのかしら? 私達は売り飛ばされるんでしょ? その前に病気で死んだりなんかしたら助けなかった貴方が叱られるわよ」
男は私の話を聞くと舌打ちをした。
攫われる前に大切な商品が死ねば損失は大きい。
この下っぱは怒られるのが怖いのか、懐から鍵の沢山ついた束を取り出して牢の鍵を開けた。
「おい。大人しくこっちに顔を、」
「見せてやらぁ!」
まんまと罠にかかって近づいてきた男に対してティガーが体当たりをする。
予想外の事態に男は尻もちをついた。
「なっ!? てめぇら!」
「おじさん。悪い子供にはご注意くださいな」
五体満足で自由な身のティガーのするどい蹴りが男に命中。
私も負けじと地面を転がる男の脛を蹴ってやろうとしたのだが、運悪く私の足は男の股間を強打した。
「はうっ……(ガクッ)」
「うわっ。ヒデェ」
短い呻き声を上げてピクリとも動かなくなったおじさん。
な、なんだな悪いことをしてしまった気はするが、相手は誘拐犯の一味なのでおあいこだ!
「逃げたり仲間を呼ばれないように縛りあげるわよ」
「あぁ。……手慣れてるように見えるのは気のせいか?」
気のせいに決まっている。
間違っても憎きメフィストを縛りつけて復讐するためにキッドを実験台にしたとかはちょっだけだ。
二人がかりで男を拘束して牢から出る。
鉄格子が並ぶ通路の出入り口は一つしかなく、慎重な足取りでそちらへ向かう。
まだ日暮れ前の太陽の下に出て、私は自分達がどの場所にいるかを知った。
王都の栄えた街が一望でき、人々の姿がとても小さく見えるこの場所はまさに街の中央に位置し、四方を壁に囲まれている。
「まさかココは」
「ええ、間違いないわ。ここは王城よ」
空席の玉座がある城が私達が攫われてきた場所だったのだ。
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