第22話 かくれんぼ大事件。
「どこに逃げたんだよお嬢達」
廊下からキッドのぼやきが聞こえて来た。
かくれんぼを始めた私達だったけど、全員が一緒に同じ場所には隠れるわけにもいかず二手に分かれることになった。
マックスはフレデリカちゃんと一緒に。
私はティガーと二人きりになった。
「この中なら見つからないでしょ」
「発想が凄いよなオマエ」
私とティガーが隠れ先として選んだのはヴァイス公爵の書斎だった。
入り口に全身鎧が飾ってあり、いかにも偉い人の部屋っぽかったので飛び込んだのだ。
懐かしい。小学生の頃に学校でかくれんぼした時は校長室に逃げ込んだのよね。
「お付きの執事であるキッドならまず入れない場所よ。私の勝ちだわ」
「バレたらオヤジにどやされそうだな」
「そのための貴方よ。よろしくね」
「オマエずるいぞ!」
流石に私だって一人だけだと入りづらかったかもしれない。
でも、ちょうど隣にヴァイス家の坊ちゃんがいたんだから仕方ない。
実はフレデリカちゃんが部屋を出て早々にマックスについて行って手を放してしまったからなんだけどね。
「もう行ったかしら? ちょっと見て来てよ」
「嫌だぜ。こういうのは出たら待ち構えてたりするんだろ」
「キッドならやりかねないわね。もう少し待ちましょうか」
私とティガーは書斎にある机の下で待機することにした。
あの大柄な公爵の机だけあって子供二人が隠れるスペースがあったが、ティガーが年の割に背が高いのでちょっと肩が当たる。
「あんまし動くな。くすぐってぇ」
「ごめんあそばせ。でも声出したらバレるから静かにしなさいよね」
ツインテールの黒髪がちょうど彼の顔に触れてしまっていたようで私は体勢を整える。
するとどうだろう。ティガーの股の間に後ろ向きで私がすっぽり収まる形になった。
なんでさ!?
「ごめん。ちょっとまた体勢を、」
「しっ。誰かくるぞ」
人に見られたら勘違いされそうな状態をやめようと動く私をティガーが後ろから抱きしめた。
何をするの! と言いたかったが、口に手を押し付けられていて喋れない。
「……よし。今だ」
「へぇ。ここが公爵様の部屋ねぇ」
そうして身動きがとれないでいると、誰かが室内に入って来た。
声からして大人のようだ。それも二人。
キッドではない。
「随分とご立派な部屋だ。のんびりしている暇はない。今日を逃せばチャンスはいつくるかわからないから早く探すぞ」
「了解ボス。潜入もそろそろバレそうみたいでしたしね」
ガサゴソと物音がする。
二人は手当たり次第に引き出しや戸棚を開いて何かを探しているようだ。
会話の内容を聞く限りだと盗みを目的とした公爵の不在を狙っての侵入。
かくれんぼをしていただけなのに最悪なタイミングで予期せぬ悪者の登場だ。
ここは大人しくしたままバレないことを祈るしかないと考えた私だったが、呼吸がしやすくなったことに気づく。
「おいオマエら! ここで何をしている!」
時すでに遅く、ティガーが机の下から出て侵入者達に声をかけていた。
「ちっ。ガキ共は遊戯室にいるんじゃなかったのかよ」
「こっちが聞きてぇ。なんで御坊ちゃまがこちらにいるんですか」
まさかかくれんぼしていてここに隠れていたとは思いもせずに犯人達は驚く。
私もこっそりと顔を少し出して不埒な連中を確認する。
一人はヴァイス家の使用人服を着た中肉中背の男。馬車を降りた時に案内係としていたような気がする。
もう一人は肩口まで編み込んであるドレッドヘアの太身の男。半袖から見える腕に刺青がある。
あの刺青はどこかで……。
「クセ者なら容赦しねぇぜ!」
「はっ。誰が容赦しねぇって?」
ドレッドヘアの男が鼻で笑う。
使用人服の男はティガーの実力を知っているからか額に汗を滲ませる。
「コイツが話をしてた当主のガキだ。油断したら負けますよ!」
「オラっ!!」
私がどう動くか悩んでいる間にティガーが敵目がけて飛び込んだ。
マックスとの試合でも見せた素早い動きで距離を詰める。何かの格闘術を習っているのか、拳を握って敵を無力化しようとする。
「ふっ。おっせぇな!」
「うっ……」
しかし、その攻撃は当たることなくドレッドヘアの男は飛び込んできたティガーの拳を易々と躱した。
すれ違いざまに手刀を首に叩き込まれてしまい、銀髪の少年が地面に倒れる。
「けっ。これが次期当主の実力か? てんで話にならねぇな」
「ボスに比べれば大抵の奴は雑魚ですよ。それよりガキが起きる前に早く例のブツを探さないと」
「ふん。予定変更だ。お前はこのままブツを探せ。ガキは一緒に連れて行く」
「本気ですかい!?」
「あぁ。最近出来たお得意様からの依頼に魔術師のガキがあった。こいつなら満足してくれるだろうさ」
ヤバい。
このままじゃティガーが攫われてしまう。何か打つ手はないか……。
私が今使える魔術の中であの男に効果がありそうなものを探す。
ガンド……は避けられそう。腐食は直接触れないと効果がない。
覚えたての魔術もあるが、とても攻撃向きではないので意味がない。
そうだわ! とりあえず騒ぎを起こして人をここに集めよう!
「おい。隠れてるもう一人も出てこい。さもしねぇとこのガキの首を刎ねる」
「……わかったわ」
バレていた。
ドレッドヘアの男はティガーの首を掴んでいたので、私は両手を上に上げて降参のポーズをしながら立ち上がった。
「まだいたのかよ」
「ふん。呼吸音の数が合わないからな。地獄耳をナメんなってなぁ」
地獄耳……刺青……。
二つのキーワードが頭の中で繋がった瞬間に私は絶望した。
超優秀な聴力を持った男が率いる犯罪集団。
追跡網を嘲笑うようにヒラヒラと逃げ回ることから笑う蝙蝠の刺青を入れるようになった悪党。
ゲームの中でメフィストと共にノア・シュバルツの配下としてヒロインたちと戦う強敵が今、私の前に現れた。
「へっ。おねんねの時間だぜお嬢ちゃん」
残忍な笑みを浮かべながら男の手が振り下ろされた。
うっ、という短い悲鳴と共に私の意識は途切れて暗い闇の中へと落ちていった。
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