第25話 ラスボスVS蝙蝠男
私とローグを遮るように立つ二人の少年。
片やティガーと同じエタメモの攻略キャラで五大貴族の一つグルーン家の後継者。もう片や私と同じ悪魔を魔術の師に持つ記憶喪失の従者。
助けなんて来ないと思っていた私の前に現れた助っ人の彼らだけど、それでもまだ足りない。
「二人共気をつけて! その男は強いわよ」
「だろうね。ティガーくんが倒されているんだ」
マックスがふらふらとしながら立ち上がる銀髪の少年を見る。
ヴァイス邸の庭で戦ったマックスはティガーの実力を肌で感じ取っている。
そんな少年を軽くあしらったローグの強さは間違っても今の少年達では勝てない。
「それでも僕は、守るんだ」
「足が震えてるぜガキ。ったく、めんどくせぇな。死体の処理する手間が増えやがった」
ローグがため息を吐きながらポキポキと指を鳴らす。
奴にとっては所詮その程度の相手という認識なのだろう。
しかし、この場で誰よりも先に動き出したのは黒金髪の少年だった。
「忘れもしないぜその顔。よくもオレを売り飛ばしやがったなクソ野郎!」
腰から素早くナイフを抜き取って単身ローグへと襲いかかる。
「誰だテメェ」
「とぼけんじゃねぇ! オマエに捕まってコッチは孤児院で酷い扱いを受けたんだ。その借りを返させてもらおうか!」
「あぁ、あの時の魔力持ちか! 生きていたとは驚きだな」
ナイフを持つキッドの動きは速い。
師であるメフィストも彼の刃物を使った戦闘を褒めていた。
飲み込みが早く手先も器用な彼はその実力をどんどん高めているが、それでもローグには届かない。
ナイフの切っ先は男の肌に触れることなく空を裂く。
「その服は貴族にでも飼われたのか? だったらご主人様と一緒に殺してやんよ」
「バーカ! お前の強さは知ってんだよ。マックス様!!」
ナイフによる攻撃を躱すためにローグが距離を取った瞬間だった。
キッドの合図と共にマックスが両手を地面に着くと庭園の地面がボコボコと盛り上がって土の壁が出来た。
その高さは四メートル近くあって、私達とローグの間を完全に塞いだ。
「今のうちだ! ティガー様を連れて早く逃げるぞ!」
「チッ。このクソガキがぁ!」
キッドの策にハマりまんまと隙を見せたローグ。
彼は最初から相手に勝つための戦いを挑むのではなく、撤退するための時間稼ぎをしたのだ。
頼もしくなってくれたじゃないキッド。
「大丈夫? ティガーくん」
「助かるぜマックス」
マックスがティガーの元へ駆け寄り肩を貸す。
顔を強く殴られたせいで脳が揺れたのか、ティガーの足取りはふらふらしていた。
私の元へはキッドが近づいてきて怪我の有無を確認する。
「お嬢は無事だな」
「ええ。ちょっと首が痛いけどそれ以外は大丈夫。早く逃げましょう」
マックスの魔術がローグと私達との空間を隔てる壁を生み出したが、迂回ルートから先回りされては大変だ。
一刻も早く大人達と合流しなくてはならない。
ティガーとマックスの二人が通用口から出たのを確認した私達二人は周囲を警戒しつつその後に続こうと、
「どこいくんだ? あぁ?」
「……マジかよ」
マックスが作り上げた分厚い土の壁。その上にローグが立っていた。
注目すべきはその容姿。男の体は黒く変化し、鋭い爪の生えた手から腰にかけて薄い膜のようなものが広がっている。例えるなら蝙蝠の飛膜のようだった。
「変身は魔力を使い切るからあんまりしたくねぇが、獲物全部に逃げられちゃ腹の虫がおさまらねぇ」
蝙蝠男と呼ぶに相応しい姿へと変貌したローグの姿はゲーム内での最終決戦と同じだった。
相手が空を飛べるようになってしまっては私達の足で逃げても追いつかれる。
こっちには負傷しているティガーがいるし、マックスだってヴァイス邸とさっきの壁とで魔力を殆ど消耗しているはず。
「ガンド!」
指を突き出して魔術を発動。
呪いの弾丸が何発も蝙蝠男に命中して轟音を響かせる。
孤児院の院長のような大の大人でさえまともに受けてしまえば気絶するような破壊の塊を受けてなお、ローグは怯まなかった。
「痛えな。予定変更だ。まずは女! テメェからだ!」
「お嬢!!」
ギョロリと目が合う。
私へと狙いを定めたローグは滑空するような形で一気に距離を縮める。
人間離れしているその動きにたじろいだ私は反応が遅れる。
人を傷つけることをなんとも思わない悪党を前に致命的な隙だった。
ドン! と衝撃が私の体を襲って地面に倒れる。
眼前に迫った鋭い爪ではなく、横から突き飛ばすような衝撃だった。
一体誰が?
決まっている。
マックスとティガーが庭園から出て、残っていたのは私ともう一人。
「キッド!!」
変身した蝙蝠男の鋭い爪に引き裂かれ、赤い飛沫を撒き散らしながら黒金髪の少年が呆気なく崩れ落ちた。
「ちっ。邪魔しやがって」
狩りを邪魔された蝙蝠男は自身を犠牲にしてまで私を庇ってくれたキッドに興味を失くし、こちらを見る。
「次はオマエだ。その黒髪はシュバルツ家の人間だよな。魔術局には散々世話になってきたんだ。これで少しは気が晴れるぜ」
何かを言っている男の言葉がわからない。
そもそも私の意識はもう男から離れていた。
黒い執事服が赤く染め上げられていく様子だけが脳を占領する。
──嫌だ。
おびただしい量の血が流れて地面に広がっていく。
少年はうつ伏せで倒れたまま動かない。
さっきまで隣に立っていて喋っていたのに人形のようになってしまった。
──嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
この庭園のせいなのか、知り合いが倒れてしまったせいなのか、自分の死が近づいているせいなのか、息が苦しくなる。
「嫌ぁああああああああああああああああっ!!」
直後。私を中心とした
♦︎
真っ暗な空間があった。
光も何もないただ暗くて静かな場所だった。
私はその中を一人で歩いていた。
頭がはっきりとしない。
どうして自分がここにいるのか、そもそもここは何なのかもわからないまま歩く。
「……どうして……どうして……」
風も熱も感じないその闇の中で私は一人の女の子を見つけた。
長い黒髪の少女は地面に座り込んだまま俯いて泣いていた。
「ねぇ。ここはどこなのか知ってる?」
「……私の前からみんないなくなった」
話が通じていない。
彼女はずっと独り言を言いながら泣いている。
深い後悔と絶望に包まれた様子でたった一人でここにいる。
私はそんな彼女の横に寄り添うように座った。
「貴方はなんで泣いているの?」
「……憎い……悲しい……辛い……」
こちらの声が聞こえていないのか、少女は泣き続ける。
やっと人を見つけたかと思ったら意思の疎通が出来ない状況でがっかりしながら改めて少女の容姿に注目する。
長い漆黒の髪に血の気の無い白い肌。服装は真っ黒なローブの中にこれまた黒いドレスを着ている。
ノアに瓜二つの少女だが、俯く顔から少しだけ見える瞳は金色だった。
「貴方は誰?」
少女は答えてくれない。
どうすればいいのかが分からずに私も俯いてため息を吐いて気づいた。
私の服装が黒いドレスではなく地味なスーツだということを。
慌てて髪を触ると、痛んだ茶色の髪が肩口に切り揃えられている。
「あれ? 私の姿が前世のに変わってる?」
一番最後の日本の記憶。
会社に行こうとしているの私の姿だ。
じゃあここは? 彼女は?
「もしかして……災禍の魔女?」
なんとなく確証があった。
ノアにそっくりで禍々しい気配を持ちながら呪いのように言葉を吐き続ける彼女。
私が日本人の見た目なのはここが魂を形に変える精神世界だからか。
だとすれば魔女に他ならない。
私の意識が目覚めてしまったせいでノアの肉体を乗っ取ることができなかった数百年前に災いを撒き散らした魔女。
名前を呼ばれたせいか、少女の独り言が止まる。
「
私は顔を見上げた魔女に抱きつかれてしまった。
耳元で魔女が囁く。
「
冷たく、そして強い感情の籠った声で。
──私は、
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