第26話 ラスボス捜索隊(マックス視点)

 

「お嬢達、どこに行ったんだ?」


 ため息を吐きながら僕の隣でシュバルツ公爵家で執事として働くキッドくんが呟いた。

 ヴァイス公爵邸で五大貴族のうち三つの家が集まって子供達の顔合わせをする緊張するイベントだったが、何故か途中で僕とティガー・ヴァイスくんとの一騎討ちが始まり、それが終わるとノアさんの提案でかくれんぼをすることになった。


「兄貴は隠れ上手だからな!」

「凄いんだねお兄さんは」


 キッドくんと反対側の隣に立つのは銀髪の少女フレデリカさん。

 ティガーくんの妹さんで、年は僕らの一つ下だけど学年は同じになるらしい。

 どうしてか僕は彼女に懐かれてしまったようで今は上着の裾を掴まれている。

 ちょっと困ってしまうけれど、妹がいたらこんな風なのかな? と思った。


「それにしても見つからなさ過ぎる。マックス様達はすぐに見つけれたってのに」

「次は絶対に見つからないんだからな!」

「そもそも隠れたというかなんというか」


 二人ずつに別れて始まったかくれんぼで僕とフレデリカさんは洗濯室にある籠の中に隠れることにした。

 ただし、僕が洗濯済みの籠に対してフレデリカさんが洗濯前のものに隠れてあまりの臭いに声を出してしまったところを見つかったのだ。

 あれはどちらかというと自滅だったと思う。


「他に探してないのはどこかな?」

「オヤジ達が話してる場所か入っちゃいけない執務室だけだな!」

「お嬢だったら絶対逃げ込むなその執務室」

「えー、まさか?」


 いくらなんでも他人の家の当主の部屋には隠れないだろうと思った僕だけど、キッドくんは首を横に振る。


「甘いっすね。あっちにはティガー様がいるんで、それを盾にして忍び込んだと思いますよ。お嬢って常にルールのギリギリを攻めるんで。ちなみに根拠は普段のオレへの仕打ちです」

「苦労してんだなオマエ」


 自信満々の推理を披露するけどいまいち締まらないキッドくんと、彼を労わるフレデリカさん。

 でも彼はノアさんの一番近くで彼女を見ているからそう考えたんだろう。

 僕の方が先にノアさんに出会ったけど、やっぱり同じ家だと過ごす時間は違うんだよね。ちょっとだけ羨ま……なんでもない。

 彼はあくまで従者なんだ。でも僕は対等な友人だからね。張り合う必要はない。じっくりと歩み寄ればいつかは……。


「さくっと見つけたら別の遊びにしましょうか。ヴァイス邸広過ぎるんすよ」

「ウチは超デッカいからな! 端から端までいい運動になるぞ!」


 そんな話をしながら僕らがヴァイス公爵の執務室へ入ろうとするとなにやら大人達が慌ただしく動いている。

 只事ではないと思い、話しかけてみる。


「どうかしたんですか?」

「マックス様フレデリカ様大変です! 公爵の部屋に賊が侵入し、ティガー様とノア様が攫われました!」

「「「何っ!?」」」


 僕らは驚いた。

 話を聞くと、中庭の東屋で片付けをしていた使用人が公爵の執務室の窓が開いていることを不審に思ったらしい。

 こんな雨だし、公爵は別の場所で会議をしている。

 そう思って中に入ると部屋には荒らされた跡があった。

 すぐに報告して異常が無いかを確認すると使用人が一人行方不明になって止めてあった馬車が一つ足りないらしい。


「門番が出て行った馬車をチラッと見た時に中に子供が二人乗っていたのを見たそうです」

「なんでその時に捕まえないんだよ!」

「それがその……ボーっとしていたようで」

「サボりだってオヤジに言いつけるからな!」


 極めて不可解な状況だ。

 僕がこの屋敷に来た時には門番の人は真面目に出入りする人を確認していたのに。


「魔術っすね。精神干渉系かもしれねぇ」

「それって黒魔術だよね」

「盗みに誘拐までする連中にはピッタリっしょ」


 キッドくんの考えに僕は賛成した。

 魔術師による犯行なら納得がいくからだ。

 それになにより、


「「二人が簡単に捕まるとは思えない」」


 模擬戦闘をした僕はティガーくんがどれだけ強いかを肌で感じた。

 そんな彼が無抵抗で捕まるとは思えない。

 きっと二人は侵入して来た悪者と出会して抵抗したに違いない。

 だけど負けてしまい攫われてしまったのだ。


「お嬢達が負けるってことは手練れか。公爵家に押し入るんだからかなり念入りな準備してたな」

「とにかくここは大人に任せてじっとしていようか」

「あー、マックス様はそうしてください。オレは旦那様と話をしてちょっとシュバルツ邸に戻ります」


 子供では役に立たないから二人の無事を祈ろうとするとキッドくんが急いで出ていこうとする。


「シュバルツ邸に何かあるのかい?」

「気持ち悪いくらいお嬢に詳しい凄腕の師匠がいるので、何か居場所を探す魔術使えないか聞きに行きます」




 ♦︎




「なーるほど。またお嬢様も厄介な事に巻き込まれましたね。ところでそちらは?」

「僕はマックス・グルーン。こちらはフレデリカ・ヴァイスさんです。貴方がノアさんとキッドくんの師匠なのですか?」


 僕達の前にはとても不健康そうな見た目をしたパープルヘアーの執事が立っている。

 あの後、僕はお父さんに無理を言ってキッドくんに同行させてもらった。

 友達が攫われているのに黙って待っていられないとお父さんに言うと、危険な事はしないという条件で許可が降りたんだ。

 フレデリカさんまで付いて来るのは予想外だったけど、彼女もお兄さんが心配なようだ。

 お父さん達はヴァイス邸を中心に捜索隊を出している。


「私はメフィストと申します。それで、お嬢様の行方ですか」

「師匠。アンタなら何かお嬢を探せないのか?」

「探知系は黒魔術ではないので苦手なのですが、シュバルツ家の方の居場所ならざっくり分かりますよ。何故なら私は──」

「余計なこと言わなくていいから! さっさと結果だけ教えろ!」


 何かを言おうとしたメフィストさんの口を塞ぐキッドくん。

 メフィストさんは咳払いをすると話を続けた。


「お嬢様についてですが、王都内にいますね。それもそんなに遠くではありません。これは……王城の辺りでしょうか?」


 魔術を使っている様子は無いのにあっという間にノアさんの居場所を見つけたメフィストさん。

 どうやって分かったのかを聞くと、「秘密でございます」と教えてくれなかった。

 場所がわかれば後はお父さん達に報告するだけだ。


「その必要はございませんよ。既に旦那様に連絡をしました」

「じゃあ師匠。オレ達はここで待機か?」

「いいえ。折角ですし一番乗りしてお嬢様を救出しましょうか。旦那様もきっと驚き……お喜びになるでしょう!」


 なんとなく思った。

 この人は凄く危ない人なんじゃないかと。




 ♦︎




 通り雨はすっかり上がり、太陽が顔を出している。

 ノアさんとティガーくんを救出するために最初に城に辿り着いたのは僕らだった。

 まさかこの場所に賊が潜んでいるとは驚いた。


「残念ですが城のどこにいるかまでは私には分かりません。なのでここからは別行動です。三人はこの場で待機してください」

「師匠はどうするんだ?」

「正門から中に入ります。もしお嬢様でご無事であればこの近くから出て来ますので動かないように」


 まるで未来を見通すかのような発言を残してメフィストさんは一人で行ってしまった。

 なんだか近くにいるだけでゾワゾワするような人だけど、ノアさんのことを喋っている時の彼は真摯な人だ。

 自分でもよく分からない感覚に戸惑う。


「どうすんだ? 兄貴達本当に助かるのか?」

「師匠がああ言うなら心配いらない。お嬢のことだけは真面目だからな」

「キッドくんの言う通りだね。僕らはここで待っていようか」


 もうじきお父さん達の本隊が城に集まる。

 そしたら犯人に逃げ場は無くなってノアさん達は助かる。

 そう信じて待っていた僕らだけど、フレデリカさんが風に乗った血の匂いを感じたと言って事態は急変する。


「兄貴!」


 飛び出そうとするフレデリカさんをなんとか待機させ、待っていた場所のすぐ近くにあった隠し通路から城内に入った僕とキッドくんが見たのは地面に転がるティガーくんと襲われそうになっていたノアさんだった。

 間一髪のタイミングで僕らは介入し、強敵相手に打合せしていた魔術で隙を作った。

 あとは二人を助けて後は逃げるだけだった。


 ティガーくんに肩を貸しながらフレデリカさんの待つ場所に出た僕が振り返って見たのは、天にまで昇るような黒い光の柱だった。




 ♦︎




 ノアを中心に黒い爆発が起きる。

 地面は削れ、草木は枯れる。

 異変をいち早く察知した蝙蝠男ことローグは舌打ちをしながら逃げ出した。


「依頼は失敗だが死にたくねぇんでな。その顔覚えたぜガキ」


 城の外には包囲網が敷かれているかもしれないが、ローグなら逃げ出せる。

 蝙蝠男が去ると、残されたのは未だに黒い光を放ち続けるノア。

 膨大な量の黒い魔力を放出し続ける少女は徐々にその魔力の及ぶ範囲を広げている。

 誰も近寄れない危険な場所に一人の男が近づいていく。


「おや。まさか手遅れとは思いませんでしたねぇ。このままだと王都ごと消えかねません」


 暢気な口調で話すのはパープルヘアーに執事服を着た男。

 シュバルツ公爵家と契約する悪魔メフィストは状況を把握した。

 これは危険な状態である。このまま被害が拡大すれば王都だけでなく、ノアの身も危険に晒される。


 ──ならばどうする?


「はぁ。全く手のかかるお嬢様ですね」


 判断は一瞬。

 シュバルツ公爵家と契約していた悪魔はある魔術を発動させた。


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