第27話 サヨナラ
「離して!」
私は魔女を突き飛ばした。
「どうして?」
疑問を口にしたのは魔女。
何故拒絶するのか。世界が怨めしくないのかと魔女は言いたげだ。
「そんな子供みたいな癇癪おこしても何の解決にもならないでしょ!」
強張る自分の体に喝を入れて魔女と向き合う。
ティガーが倒され、キッドがあんな目に遭って、悲しみや怒りが湧かないかといえば嘘だ。
でもそれで世界が悪いから消えて無くなってしまえというのは違う。
どこかで間違えたから全部リセットしたいなんていうのは子供の我儘だ。
「私は失敗した。だから次は反省して前に進む。キッドだって死んだのを確かめたわけじゃない。あの蝙蝠男だってまだ私の魔術が通じる可能性がある」
可能性は限りなく低いにしろゼロじゃない。
私はまだ出来る事をやりつくしてはいないのだ。
「だから私は世界を壊さない。さっさと私を戻しなさいよ!」
正面に立つ魔女の瞳を逸らさずに見る。
沈黙があり、魔女の金色の瞳が揺れて顔が歪んだ。
「……違う……違う……私じゃない……」
言葉になったのは拒絶の意思。
先程までの独り言でも私を取り込むような囁きでもない拒否反応。
「……消えろ…………私から消えろ!!」
「おっと。そうはまいりませんねぇ」
負の感情の高まりにより、魔女の足元から生えた無数の触手が私を排除しようと伸びた直後、第三者の声がした。
「お元気ですかお嬢様?」
「メフィスト!」
パープルヘアの死人のように顔色が悪い執事服の男。
私の魔術の師であり従者の悪魔が隣にいた。
「元気なわけないじゃない! というかどうしてここに?」
多分ここは私と魔女の精神世界だ。
同じ肉体を共有しているからなのだろうが、そこにメフィストがいる理由がわからない。
「私にはシュバルツ家の方と魔術的なパスが繋がっています。お嬢様はちょっと特殊ですがそのパスを通じてここに来ました。他人の体に寄生する悪魔ならではの方法でございます」
こんな場所で、目の前に魔女がいるというのに普段と変わらない胡散臭い笑みを浮かべるメフィスト。
無性に殴りたくなる顔が今は頼もしい。
「しかし、それがお嬢様本来のお姿ですか」
そう言ってメフィストは私の姿をまじまじと見る。
あっ。今の私って前世の姿なんだった。
「メフィストは私をお嬢様って呼ぶの?」
「えぇ。多少の事情はあるようですが、あの禁書庫での事故からずっと私と一緒に暮らしていたのは貴方ななでしょ?」
気づかれていた。
私がどのタイミングで前世の記憶を取り戻したのかをこの悪魔は見通していた。
「あの事故は精神を、魂を崩壊させるような大事故でしたからね。そこから目覚めたお嬢様には何かが起きたと思いましたが、大した影響もありませんでしたし見て見ぬふりをしました」
「そんな大事故だったのアレ。というか、大した影響でしょ。人が変わっているのよ?」
「いえ。お嬢様は何も変わっていませんよ。昔のお嬢様の精神年齢がちょっぴり上になっただけで。それに、私からすれば人間の歳なんて些細なことでございます」
そりゃそうだ。
何百年も前から存在し、肉体を乗り換えて生き永らえている悪魔からすれば肉体と十数年しか変わらない精神なんて誤差の範囲か。……別に私の精神年齢が低いとか言っているわけじゃないわよね?
「ちなみにこの事は私しか知りませんのでご安心を。旦那様も気づいてはいない様子ですし。まぁ、事故で目覚めたのがあちらであれば報告はしましたが」
あちらとメフィストが言ったのは未だに触手をこちらに向けて睨んでいる災禍の魔女。
「あれほどの存在であれば人の心なぞ残りませんからね。しかし、魔女とは懐かしい……えぇ、本当に」
メフィストを警戒しているのか魔女は動かない。
「さて。お嬢様の精神がまだ残っているのも確認出来ましたのでそろそろ現実に戻りましょうか」
「ここから出られるの?」
「はい。私があの魔女の意識を抑え込みます。一時的なものですがそれで目が覚めますよ」
よかった。このままだと魔女に自我を塗り潰されてしまうと思っていたのだ。
「あくまで応急処置でございます。再び何かのきっかけで魔女が刺激されれば侵食は進み、魔女の影響を濃く受けることになります。そうなりたくなければ強くなるのです」
「強く……」
「ええ。魔術師として一人前になり、揺らぐことのない精神を持つのです。それこそが魔女を遠ざける一番の力でございます」
私はメフィストから言われた言葉を心に刻む。
今回はキッドを目の前で失ってしまったことがきっかけで動揺してしまった。
同じ事を起こさせないためにも私は強くならなきゃいけない。ううん。強くなりたい。
「あとはお嬢様なりの幸せをお探しください。魔女は負の感情にリンクしやすい。お嬢様が幸せであればあるほど深い眠りにつきます。以上がこのメフィストからの最後の助言ですね」
「今、最後って言った?」
聞き間違いか?
いや、でもメフィストは確かに口にしたはずだ。
「そんな顔をなさらないでください。流石に魔女相手に無傷とはいきません。相討ち覚悟でなければ抑え込むなんで不可能でした」
「何を言ってるの? また私をからかうための冗談なのよね?」
悪魔の顔は笑っていた。
ただ、それが普段とは違う意味なのか私には分かってしまった。
「嫌よ! 私はそんなのを望まないわ!」
「およよ。お嬢様にこんなに思われていたとはこのメフィスト感激でございます」
「ふざけないで。貴方も一緒に帰るのよ! そうじゃないと私は……」
あの屋敷でひとりぼっちになってしまう。
大人の姿なのに子供のように駄々をこねる私の頭にメフィストは手を置いた。
「私は悪魔でございます。人に寄生する精神体ですので完全に消滅するわけではありません。弱って何百年か復活できませんが死とは違います」
「何百年も経ったら私死んでるわよ」
「ええ。ですからこれが最後。お別れです」
聞き分けない子供に言い聞かせるように彼は頭を撫でる。
こうして触れられていると今までの事を思い出してしまう。
わけもわからず転生し、この悪魔に振り回されてきた日々。ロクでなしの師匠との思い出だ。
「この私を置いて一人で消えるなんて最低ね貴方」
「手厳しいお言葉。それでこそお嬢様です」
見上げるメフィストの背が高くなっていた。
いつの間には私の姿はノア・シュバルツになっていた。……戻ったというのが正しいか。
「さぁ、お行きなさい。魔女の魂を持つ少女ノア・シュバルツ! 貴方の物語はここから新しい幕が上がるのでございます!!」
大袈裟なフリで笑いながらメフィストは言った。
この台詞は狂言回しの彼が最終決戦前にヒロイン達の前で言うものだ。
つまりはここから私の出番というわけ。
「私はノア。悪魔メフィストの弟子にしてこの世の頂点に君臨する女」
「おや。まさか乗ってくださるとは」
「良い口上よね。今度から使わせてもらうわ」
「悪魔の弟子なんてモテませんよ?」
「その程度の男なら私には吊り合わないわ」
軽口を言い合っていると、私の体が透けてきた。
タイムリミット。もうじき目が覚める。
「ごきげんよう。メフィスト」
「お達者で。お嬢様」
私はドレスの裾を摘んで頭を下げる。
メフィストも胸に手を当て恭しく礼をする。
まるでその場面は乙女ゲームのスチルのように美しかった。
「そうだ。たまには旦那様に甘えてみてください。アレでも人の親ですので」
「雰囲気台無しよクソ悪魔!」
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