第28話 帰路。
「戻ってきた……」
赤く染まった空。
数羽のカラスがスーッと東の方へ飛んでいく。
背中が痛いのは堅い地面に寝転んでいたからか。
「そうだ。キッド!」
ぼんやりしていた意識が覚醒してまず思い出したのはローグに攻撃されて倒れた従者の少年のことだった。
身を起こして辺りを見ると、赤い血溜まりがあった。
「呼んだかお嬢?」
声の主はその血溜まりの中に座っていた。
「い、いきてる!?」
「うるせーよ。傷に響くから声小さくしてくれ」
顔を歪ませながらキッドが喋る。
私は彼の元に近づいた。
「貴方、あんなに血を流していたのに……」
「多分コレのおかげだ」
血に濡れて破けている服のポケットからキッドが取り出したのは綿が飛び出している小さな人形だった。
よく見ると顔がメフィストになっている。
「執事長お手製のメッフィー人形だそうです。手編みで作ったもので魔術が込められている魔術具で持ち主の身代わりになるとか。まぁ、負担軽減してくれるだけで普通に痛いけど」
人形の綿はキッドの傷跡と同じ場所から出ていた。
もしもコレが無ければキッドの体から臓器が零れ落ちていたかと考えるとぞっとする。
顔は腹立つけれどしっかりと役目を果たしてくれていた。
「なんだ。私の勘違いだったんだ。てっきりキッドが死んじゃったと思って私、」
「な、泣かないでくださいよお嬢! あーもう。早く来てくれよ執事長!」
ホッとして涙を流す私にあたふたするキッド。
怪我で血を失って辛そうだけど、生きてて良かった。
「メフィストは来ないわ。……消えちゃったの」
「は? それってどういう」
私はキッドが倒れてから何が起きたのかを話した。
前世の記憶があって魔女の魂を持っていることを濁して魔力が暴走してしまったことにして説明した。
そして私を助けるためにメフィストが消滅したことも。
「……はぁ。なんだよそれ。まだ教えてもらうことが山程あるってのに勝手な人だな」
「本当よ。でもメフィストのおかげで私達は助かったわ」
「弱いっすねオレら」
キッドが悔しそうに言った。
彼からすれば二度も同じ相手に負けたことになる。
成長したと思っていた今回でも歯が立たなかったことが彼を傷つける。
弱いのは私も同じだった。
黒魔術の才能があってメフィストから与えられた課題もクリアしていて油断していた。
この世界はゲームと同じであっても日本とは違う死が身近なものなのだ。
ゲームのようにヒロインが死んでもセーブ地点からやり直すなんて方法は使えない。
むしろ絶対死ぬルートしかないラスボスの私は死が満ち満ちている。
「帰ったら特訓よキッド。もうこんな思いをしなくていいように強くなって、あの蝙蝠男にリベンジするわよ」
「そっすね。ここで諦めてちゃ、執事長にバカにされますよ」
あの悪魔に言われたように私は強くならなくちゃいけない。
ここから私の人生再スタートだ。
荒れ果てた元庭園だった場所で私は決意し、怒涛の連続だったこの誘拐事件は幕を下ろしたのだった。
その後、私達は救助に来た大人達によって保護されてグルーン家の屋敷に運ばれて手当を受けた。
ティガーは鼻と肋骨を骨折。キッドは絶対安静でベッドに縛り付けられた。
私とマックスは魔力が枯渇していたので泥のように眠り、一人だけ残されていたフレデリカちゃんが号泣していたと後で聞かされた。
大人達は王城から逃げ出すローグの行方を追っていたそうだが、空を自由に飛ぶ男相手には手が出ずに逃げられてしまったらしい。
引き続き捜索をしているけどまだ王都内にいるのかどうか。
部下でヴァイス家に潜入していたやつとティガーと二人で縛って牢に入れていたやつも見つかっていない。
犯罪者のアジトにされていた王城は警備体制が見直されて一般人の観光が厳しく制限された。
抜け道も工事して塞いでしまうそうだ。
一番苦労したのは私が起きた後にヴァイス公爵とグルーン公爵が何があったのかを聞いてきた時だった。
二人は城に向かう途中で凄まじい魔力を感じ、空高く登る黒い光の柱と見たそうで私に説明を求めた。
まさか魔女の魂が目覚めて暴走しましたとは言えずに困っていると同じように事情を聞きに来たお父様がフォローしてくれた。
あの光はシュバルツ家の執事である男が使った魔術によるもので本人はその代償として死んだと。
自分の主人を救うために身を犠牲した者がいたと聞くと二人は私を気遣ってかそれ以上踏み込んではこなかった。
一週間が経った頃、私の退院とキッドをシュバルツ家に移す準備が整った。
いつまでも他所の家でお世話になるわけにもいかないし、私としては少しでも早く魔術の修行を始めたかった。
「本当に大丈夫? 僕の家のことなら心配しなくていいんだよ」
「ありがとうマックス。でも、貴方の家だって忙しいでしょ。一週間もお世話になったし十分よ」
別れの日。心配してくれるマックスに感謝しながら私は言った。
彼は起きてからずっと私達を気遣ってくれた。必要なものを用意させたり、ベッドの上で退屈しないように話しかけたりしてくれた。
本当に優しい子だよマックス。
「オレはまだ世話になるけどな!」
「まぁ、今のヴァイス邸は危険だからね。でもマックスに迷惑かけるんじゃないわよティガー」
「へいへい」
頭と胸に包帯を巻いているティガーは面倒臭そうに頷いた。
他にスパイがいないか、何かしかけられていないかを確認するまで彼はヴァイス邸には戻らずにグルーン邸で療養することになった。
ティガーが起きた時に誘拐されたことがトラウマになっていないかと心配をしていたけど、本人はローグに負けたことが悔しかったようで、強くなって次は勝つと意気込んでいた。体もだけど精神もタフな少年だ。
「姐さんも元気でな」
「その呼び方止めない?」
変化があったとすれば私に対する態度だ。
何故だか私を姐さんと呼んで後ろを付いてくるようになったのだ。
牢からの脱出やローグに挑む私を見て自分より強い者だと認めて敬っているというのが彼の意見だけど、同い年の子から姐さん呼びされると誤解を招く。
「姉御! キッドを馬車に詰め込んだぞ!」
「フレデリカちゃんまで……」
自分より強い兄が認めたのなら自分も認める。
そんなノリでフレデリカちゃんまで私の呼び方を変えてしまった。
これもティガーが私のことを自慢気に話してしまったせいだ。
どうせならノアお姉ちゃんと呼んで欲しいのに、姉御だと悪そうな女ボスにしか思えない。
兄弟揃って私を何だと思っているのやら。
「僕もやっぱり呼び方を考えた方が」
「マックスはそのままでいて! 貴方まであっち側に行かれたら私一人だと収拾がつかないから!」
戦闘民族脳の兄妹に引っ張られそうになるマックスの手を掴んで引き止める。
お願いだから私を担ぎ上げるのを止めて。悪の首領ルートに入るつもりはないの。
真面目なマックスは雰囲気を読もうとするけど、これは見習っちゃダメなやつだから!
「う、うん。……手が」
「お嬢。そろそろ出ますよー」
懇願するように祈っていると黒百合の紋章がペイントされた馬車から呼ばれた。
座席に寝かされていたキッドが窓から顔を出している。
今回の事件で一番重傷だった彼だけど後遺症もなく回復に向かっていて良かった。
あとは痛みが引くまでシュバルツ邸でゆっくり休養するだけだ。
「じゃあね。みんな」
「今度姐さん家に遊びに行くぜ!」
「絶対に止めておきなさい。次の日から夜にトイレに行けなくなるわよ」
「あはははっ。──僕は遠慮しておこうかな」
「アタシも怖いのはパス」
「えー。むしろ逆に興味湧くな」
幽霊屋敷と噂されているのを知らないのか、脅したのに興味を持つティガー。対して素直に諦めたのはマックスとフレデリカちゃんだ。
仲良くなって友達になった彼らだけど、シュバルツ邸は本当に危ない。
うっかり屋敷内のことを漏らされたら家宅捜査間違いなしだからね。禁書庫なんて見ただけで失神するかもしれないし。
「また近いうちに遊びに来るからそれで我慢しなさい」
「絶対約束だからな! あばよ姐さん!」
我慢してもらうために次に会う約束をすると、何を思ったのかティガーが抱きついてきた。
スキンシップが多いとは思っていたけど、体格も筋力も違うから苦しい。
「ちょっと! 苦しいからハグしないで!!」
「ぐほっ。そこは骨が……」
バシンと突き飛ばすと胸を抑えるティガー。
「今の兄貴が悪いな」
「いいなぁ……僕も……」
全く。自業自得よ!
フレデリカちゃんは呆れているし。マックスはボーっとしていたけどどうかしたのかしら?
「それじゃあ出発します」
私が馬車に乗り込むのを確認して御者が馬に鞭を入れた。
ゆっくりと動き出した馬車の窓から私は顔と手を出した。
「ばいばーい!」
「「「またね!」」」
五大貴族の会合から始まった大事件。
誘拐だったりメフィストの退場と色々なことがあったけれどゲームの攻略対象であるマックスとティガーと友人になれたのは得だった。
そしてなにより、同じような笑顔で私達を見送ってくれる仲良し兄妹が見れたのは何よりも嬉しかったのだ。
「お嬢。シュバルツ邸に着くまで手を握ってくれないか?」
「何よ。寂しくなったの? キッドはお子ちゃまね」
「……まぁ、掴んでおかないと不安なんで」
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