第79話 彼と私の関係。


「私と婚約?」

「あぁ。お互いにそろそろいい年だし、周りは幼い頃から婚約してる連中ばかりだろ? 俺も親がうるさくってさ」


 彼はそう言って、大きく背伸びをした。

 人があまり近寄らない秘密の庭園で私達は密会をしている。

 周囲にこの現場を見られたら勘違いされそうだからとこっそり会っているのに、まさか婚約の提案があるなんてね。


「そういうのは私じゃなくてあの子に頼みなさいよね?」

「……俺はアンタがいいんだよ……」


 ぼそりと小さな声で彼は呟いた。

 私はその言葉をしっかりと聞いた上でこう言った。


「何か言った?」

「別に何も言ってねぇよ。あーあ、どこかに可愛くてお金持ちの懐が深い女の子はいないもんかねぇ」

「そんなんだから顔は良いのにモテないのよ」

「うるせぇ。余計なお世話だよ」


 彼の気持ちに気づいていないわけではない。

 私だって願わくば彼の隣に立っていたいと思っている。

 どちらが選ぶ立場かと言われたら、それはこちら側だ。

 ただひと言返事をして頷けば未来は決まってしまうのに、私はそれが出来なかった。

 どうしようもなく怖かったのだ。私達の関係性が壊れてしまって今まで通りじゃいられなくなってしまうのが。

 彼の事が好きだ。その真っ黒な髪にアメジストの瞳。雪のように白い肌に細く長い腕。

 初めて会った異国生まれの少年は宮廷魔術師の息子として私とあの子の遊び相手になってくれた。

 ずっと側にいてくれて私とあの子の我儘に付き合ってくれた。

 私が心細くて一人で泣いている時も見つけ出して笑顔で慰めてくれた。

 あの子が怪我をした時に熱心に看病をしていた横顔に心を奪われた。

 私がただの貴族の娘であったならば彼と恋人になりたかった。


「ねぇ、そろそろ戻りましょう。あの子が心配しているわ」

「どうかねぇ? 昨日俺が渡した魔術書に夢中で案外忘れてるかもしれないぜ」

「だとしても、そろそろ気づいている頃よ」

「よくそんなのが分かるな」

「えぇ、当然よ。だって私はあの子のお姉ちゃんなんだもの」


 もしも私に妹がいなければ、そんな未来はあったのかもしれない。






 ♦︎






「……あの子さえ……」

「あの子って誰っすか?」


 耳元で声がしたので目を開ける。

 すると私の顔を覗き込む金の髪が見えた。


「キッド?」

「はいはい。お嬢専属執事のキッドですよ。目が覚めましたか?」


 執事服を着ている彼に起こされて周りを見ると、景色が動いていて体が揺れている。

 どうやらいつの間にか馬車に乗せられていたようだ。


「何があったか覚えてるっすか?」

「……思い出したわよ」


 私は城で行われた五大貴族会議の後、控え室で友人達と雑談をしている中でティガーから告白をされたのだ。

 いや、告白というか私の身を案じた提案だったけれど、あれは実質告白と変わりない。

 日本にいた頃を合わせて年齢=彼氏いない歴だった私には刺激が強過ぎたために脳がオーバーヒートして意識をシャットダウンさせたのだ。


「あの後、どうなったの?」

「お嬢が使い物にならなくなったので解散しましたよ。大侵攻に向けてそれぞれ準備もありますし」

「そうなのね。エリンはどうしたの?」

「エリンなら旦那様と一緒に魔術局に向かいましたよ。なんでも調べたいことがあるとかで」


 城へ向かう時は同じ馬車に乗っていた彼女の姿が見えなかったけれど、お父様と一緒にいるなら心配はいらないだろう。


「私達は何処へ向かっているの?」

「学校の寮っすよ。シュバルツ邸は人がいないですし、お嬢に何かあるなら魔術局が近い学校の方が都合良いですからね」


 空が茜色に染まる中、私を乗せた馬車は王都の街を進んでいく。

 馬車の中には私とキッドの二人きり。

 他のみんながいたら今の私の顔を見られてしまっていたかもしれないので、これでよかった。


「顔、赤いままっすね」

「そうかしら?」

「やっぱ、意識してるんすか?」

「うぅ……ちょっとだけ……」


 心を落ち着かせようと深呼吸をする。

 そんな私をキッドは馬車の窓に肘をついて眺めている。

 なんだろうか。不思議と居心地が悪い気がする。


「ちょっと、あんまりこっち見ないでよ」

「オレの仕事はお嬢の世話と監視なんで、無理な相談っすね」

「なんだか今のキッド、いじわるじゃないかしら?」

「かもしれないっすね。今日は色々と嫌な事があったので」


 むすっとした態度をとるキッド。

 従者として、普段は一歩下がった立ち位置から大人びた仕草で接している彼だが、まだ十五歳の少年らしく感情的になることがある。

 それでもここまで顔や態度に出るのは珍しい。


「嫌な事って?」

「どいつもこいつもお嬢に対して好き勝手に言ってたでしょ。何にもお嬢の事を知らないくせに処刑だの言いやがって。あのままだったら我慢出来ずにぶん殴ってましたよ」

「ぶん殴るって、相手は五大貴族よ?」

「知らないっすよ。オレはお嬢の側にいるためにシュバルツ家の使用人になったんだ。なのにアンタがいなくなるってんなら身分なんて関係なしに暴れてやりますよ」


 きっぱりと言い切ったキッド。

 この子なら本当にやりかねないわね。

 相手が誰だろうと関係なしに立ち向かっていくのは既に何度も目にしている。

 魔女の魔力を暴走させた私にだって挑んできたのだから怖いもの知らずにも程がある。


「キッド。もっと自分を大事にしなさい? 貴方に何かあったら私は悲しくなるわよ」

「十分知ってますよ。もう二回も見ましたからね」


 おっとそうだ。私が内に眠る魔女の魂に会ったのは二回ともキッドが死んだと思ったからだった。


「なら、尚更よ。貴方がまた死にそうになったら私は魔力を暴走させてとんでもないことを引き起こすわ。それが嫌なら危険な真似はしないでちょうだい」

「……そんな脅し方反則っすよ。それに、暴れた後に一番傷つくのはお嬢じゃないっすか」


 私の言葉が効いたのか、キッドは口を閉じた。

 これで同じような事が起きても踏みとどまってくれるわよね。


「でも、ありがとうねキッド」


 無言でこちらを見ている彼の瞳を見て話す。


「そんな風に私を思ってくれているだけで嬉しいわ。キッドのそういう所、私は好きよ」


 私のことをしっかり見てくれている人がいる。

 だからこそ頑張らなくっちゃと思えるし、そんな人を悲しませないためにも生きたい。

 五大貴族からの処刑は一応は免れたわけだけど、大侵攻の成功か失敗によっては私が死ぬかもしれない。

 そうならないように出来るだけの準備をしよう。魔女の力に乗っ取られないように注意して逆にその力を利用してやるくらいじゃないと駄目だ。

 戦力的には私の知っているラスボスのノアと同じくらいになりたい。


「……ずるいよな。お嬢は」


 ぼそっと小さな声でキッドは呟く。

 狭い馬車の中、その言葉はしっかりと聞こえた。

 私はその上でこう言った。


「何か言ったかしら?」

「お嬢は人たらしだって言ったんすよ」


 私と彼の視線が交差する。

 そしてそのまま、私達は声を出して笑った。


「私が人たらしですって?」

「そうっすよ。お人好しの人たらし。もうちょっと自重して欲しいっすね」

「はいはい。身に覚えが無いけど、気をつけてみますよーだ」


 いつもみたいに冗談混じりで会話をする頃には私の顔は熱くなくなった。

 しばらくは変な意識はせずに今まで通りの私でいよう。

 未来について考えるのは、すべてが終わってからでも間に合うはずだ。









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