第78話 待機部屋の雑談と爆弾発言。
「みんなありがどゔ〜!!」
会議が終了し、待機部屋に戻った私は開口一番にお礼を言った。
もうね、会議室を出る前から涙と鼻水が大変なことになりそうだったけれど我慢の限界よね。
「エリン〜!!」
「ノアさま!? ちょっと、苦しいですぅ……」
私はエリンに抱きついてあらんばかりの力を込めた。
この子が私を庇ってくれなかったら今頃どうなっていたことか。
「ありがどゔ!」
「お嬢。いい加減にしないとエリンの制服が涙と鼻水で汚れますぜ。ほら、ハンカチっすよ」
チーン!
「いや、豪快にいったなおい。……まぁ、そんだけのプレッシャーだったっすからね」
差し出されたハンカチをぐちゃぐちゃにしてキッドに返す。
今の私は体液製造マシーンとしてフル稼働中なので近づかない方がいい。
それはそれとして、捕まえた相手は離しません。
「よしよし。もう大丈夫ですよノアさま」
「ママ〜!!」
「いや、誰が貴様の母親……そうだったな……」
優しく頭を撫でてくれるエリンにママ味を感じて甘えていると、グレンがいつものようにツッコミを入れようとして途中で止めた。
あっ。これもしかして母親がいない私に気を遣ってくれている感じかしら?
「何はともあれ、姐さんが無事でよかったな!」
「そうだね。僕も途中で気が気じゃなかったよ」
腕を組んでガハハハハ! と笑うティガーと額の汗を拭きながら微笑むマックス。
「あれ? ロナルド会長は?」
「生徒会長ならブルー公爵とお姉さんの後を追ってそのまま帰ったっすよ。次に学校で会ったらお礼を言いましょうか」
「そうね……」
すぐにでも会長にも感謝を伝えたかったけれど、あのお爺さんが側にいると話しかけ辛い。
エリン達と一緒に大侵攻に挑むからこそ見逃してくれたようだったけど、そうじゃなければ私の処刑賛成派の一人だった。
特にあの龍眼。あれでじぃーっと見られていると心の内側まで見透かされているような気がしてしまう。
ロナルド会長は戦闘以外では殆ど眼帯を外さないのでその違いのせいもあるのだろう。
「ところでグレンは伯母さん相手に啖呵切っていたけど、大丈夫なの?」
少し落ち着いた私はソファーに座り、気になっていた疑問を口に出した。
「…………」
「おい。急に固まったぞコイツ」
グレンは石像のように固まって動かなくなってしまった。
しかし、数秒後には真っ青な顔から滝のように汗を流し出した。
「……勿論、大丈夫に決まっておるでござる」
「語尾がヨハン先輩みたいになっているわよ」
グレンは目をキョロキョロさせながら激しく動揺している。
私を庇ってくれたのはとても嬉しいけどその後のこと考えてなかったの!?
「最近は伯母上から見放されていると思っていたが、もしかして廃嫡されたりするのか俺?」
「私に聞かないでよ!」
「大侵攻が終わるまでは心配いらないと思うよ。この緊急事態を前に賢いルージュ公爵がそんな真似はしないかな」
家を追い出されるかもと心配したグレンをマックスがフォローしてくれた。
正直、かなり焦ったわよ。
「大侵攻って具体的にはいつ頃に起こるのかしら?」
「西都にある冒険者ギルドの連中が調査した所によると、早くて一ヶ月後だそうだ。大規模な戦いになるから少し早めに現地入りしてぇな」
「となると、王都を出立するのは一週間後かな?」
「結構急なのね」
「あっちこっちで魔獣被害の報告があって調査が遅れたからな。本来なら現場の指揮から離れられない親父がわざわざ五大貴族に参加したのは急いで協力を要請するためだからな」
手紙や使者を通じてではなく、当主自らがやって来たら緊急性がはっきりするというもの。
それにしても本当に急な話だ。たったの一週間で遠く離れた西都への準備しないといけないなんて。
「オレとフレデリカは明後日には親父と一緒に西都へ向かう」
「フレデリカさんも戦線に加わるのかい?」
「あぁ。アタシだってヴァイス家の人間だからな。故郷を守るために頑張らないとな!」
元気いっぱいに胸を張るフレデリカ。
女の子で、私やエリンのような特別な力を持っていない彼女だけど、一般の魔術師と比べれば上位に入れるくらいの実力がある。
西部領は彼女のホームグラウンドだから暗き森で見せた以上の活躍をすると思う。
「僕らが合流するまでに大きな怪我をしたりしないようにね? フレデリカさんはティガーくんによく似て猪突猛進な所があるから、熱くなり過ぎないように」
「本当にマックス兄ちゃんは心配症だよな。アタシだってもう子供じゃないんだからそのくらいわかっているぜ」
「君は僕にとって妹みたいなものだからね。いくら心配しても足りないくらいだよ」
そう言ってマックスがフレデリカの頭をポンポンと優しく叩く。
いつもティガーがフレデリカにやっているのと同じ仕草だ。
学年は同じだけど年下のフレデリカは幼馴染である私達にとってはいつまでも手のかかる妹みたいな立ち位置だ。
可愛がっているからこそ戦ってほしくないのはわかってにも理解出来る。
「妹かぁ……」
「フレデリカさんも大変ですね」
ちょっとだけ落ち込んだフレデリカにエリンが同情するような声でそう言った。
ん? 同学年なのに妹扱いされるのが嫌だったのかな?
私がそんな風に考えているとティガーが側にやって来た。
「なぁ、姐さん」
「何かしらティガー?」
私よりも遥かに背が高い彼が近くにいると、必然的に見上げる形になる。
珍しく緊張したような顔で頬をぽりぽりと掻きながらティガーが私の目を見る。
「あー、西都に行っちまったらオレは戦場の指揮をしたりで忙しくなるし、姐さん達と合流したらゆっくり話す暇なんてないから今のうちに言っておきたいことがあるんだよな」
「言っておきたいことって?」
彼にしては歯切れが悪いというか回りくどそうな言い方だ。
いつも真っ直ぐ自分の感情や考えを口にしているから違和感しかない。
「姐さんさえよければなんだが、ウチに嫁に来ないか?」
「────はぁ!?」
突然のティガーの爆弾発言に驚愕して大きな声が出てしまい部屋に響く。
「な、何を言っているんだい!?」
──ただし、私じゃなくてマックスの。
「いやほら、姐さんに文句言う奴が多いから嫁にしちまった方がいいかと思ってよ。西部領ってか、ヴァイス家は身内のためなら全力で戦うし、守ってやれるじゃねぇか」
「そりゃあ五大貴族のうち二つの家が結びつけば迂闊に手は出せないし、ヴァイス家といえば一、二を争う武闘派だからそれ以上の意味があるとは思うけど、」
「だろ? オレにしては中々にいいこと閃いたと思ってな」
「でも、そんな思いつきで結婚しようだなんて、好意とか恋愛感情とかそういうのは……」
「オレは普通に姐さんが好きだぜ? フレデリカも懐いているし、強いから親父も認めているしな」
「それはそうなんだけど……」
あっけらかんとした様子で食い下がろうとするマックスの指摘に答えるティガー。
さも当然のように好きだとか聞いていて恥ずかしい言葉も飛び出している。
「勝手にあんな話してますけど、お嬢的にはどうなんすか? やっぱり貴族相手の方がいいんすかね?」
ティガーとマックスが会話している間にキッドがこっそり耳打ちしてきた。
自分の主人に関する問題だから気になったのだろう。
けれど、私は答えなかった。
「そこの所はどうなんすかお嬢──って、目を開けたまま気絶してんじゃねぇか!!」
だって、あまりにも情報量が多いせいでマックスが驚いた辺りから意識が飛んでしまったのだ。
正確にはかろうじて起きていたけれど、それももう限界だ。
「きゅ〜」
私は目を回してソファーに倒れ込んだ。
処刑による死亡フラグを回避したかと思ったらどこかから恋愛フラグが追い打ちをかけてきたようだ。
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