第77話 五大貴族会議 その4。


 災禍の魔女。

 二百年前に魔獣の大侵攻に乗じてアルビオン王国を襲撃し、全てを支配しようとした恐ろしい魔術師。

 圧倒的な力であと一歩というところまで支配を広げていた魔女は聖女とまで呼ばれた王女と守護聖獣四匹の活躍によって打ち倒された。

 その英雄譚は今の時代にも残っていて、聖女と呼ばれた王女は建国の祖、初代女王に匹敵する存在として名を残して彼女を讃える像は各地に建造されている。

 私の中に眠っているのはそんな魔女の魂だ。


「災禍の魔女って、あの魔女か? お伽噺の?」

「実話じゃよ。各家にも伝わっておるじゃろうて。魔女の恐るべき伝説を」

「妾も童の頃に老婆やに聞かされたな。南部領と西部領の間にある砂漠は魔女と守護聖獣の激しい戦いの末に生まれたと」


 当主達の声が騒がしくなる。

 当時を生きていた人はいないが、魔女と戦った守護聖獣使いの末裔のため、色々な記録や伝承を知っている

 。

 とても恐ろしい存在だと。

 私は二度あの魔女に接触をしたけれど、直に観察してアレが普通じゃないというのを肌身で感じた。

 魔女は狂っている。激しい憎悪を振り撒きながら全てを奪おうとしていた怪物だ。


「君に魔女と同じ力があるとすれば、この国を守護する役目がある私達はそれを無視できない」


 グルーン公爵が私へと鋭い視線を向ける。

 マックスと友達になってから何度も顔を合わせているが、こんな風に警戒されたのは初めてだった。


「魔女と同類ならばさっさと処刑した方がよいであろう。妾ならば苦しまずに焼き尽くせるぞ」

「ロゼリア! テメェ、言っていい事と悪い事があんだろうが。ダーゴンの目の前だぞ」

「知らないね。娘だから、肉親だからと野放しにしておいて取り返しのつかないことになったらどうするのだ。疑わしきは罰し、排除するのが被害を最小にする方法だ」

「ルージュ公爵の意見に賛成じゃな。国防を預かるブルー家の当主として魔女と同等の力は見過ごせん。報告を聞いた限りでは力を暴走させたそうではないか。即刻、身柄を拘束し、断罪すべきじゃろ。儂の龍眼にも悍ましい黒き魔力がしっかり映っておるからな」


 エリンの時とは違い、冷たく低い声で二つの家から私を殺すべきだという声が上がった。

 正直、予想はしていたけれど、こうして面と向かって処刑と言われると怖い。

 私自身は何もしていないけれど、私の中の魔女が何かをしてしまうかもしれないと考えるなら当然の意見だ。


「……待ってはもらえぬだろうか」


 立ち上がって処刑はの二人を止めたのは黙って話を聞いていたお父様だった。

 いつもの不機嫌そうな顔とは違い、余裕が無くて困っているような顔だ。


「娘可愛さに国を捨てるつもりか?」

「お主が子供想いなのは意外じゃが、アルビオンを守護する五大貴族に名を連ねるのであれば非情にならんか。使命のためには血縁すら切り捨てる覚悟が無ければ先はないぞ」


 ルージュ、ブルー家の当主からの鋭い言葉。

 会場の温度が下がっていくのを肌で感じる。

 それでも、お父様は私を見て言葉を口にする。


「娘に、ノアにチャンスを与えて欲しいのである。この子が魔女と同じ力を使えたとして、それを完璧に使いこなせるとなればこの国の大きな力になる。大侵攻が迫っているのだ、対抗するための力は多い方がよいのである」

「具体的にはどうするつもりだ? 妾を止めたいのであれば証明をさせてみろ」

「ノアの力には魔獣を惹き寄せる能力がある。それを使って大侵攻の被害を減らすのである。上手くいけば魔獣の狙いをズラせる」

「確かに都市部から別の場所に惹きつけ、そこに罠を構えれば幾分か楽になるであろう。しかし、妾が効いた報告によれば暴走した力で魔獣を消滅させたとある。万が一、味方がいる場で暴走などさせてしまえばこちらが窮地に陥る。その場合は単騎で魔獣の大群に挑む事になるが、それでもよいのか?」


 暗き森で戦ったのの比じゃない数の魔獣の群れと私がたった一人で戦う。

 自分の実力はわかっているつもりだけど、勝てないのは確実だ。

 メフィストのおかげで魔女の魔力の一部をコントロールすることは可能だ。

 それでも、国を上げて挑むような災害に太刀打ち出来るのか?

 私が魔獣に負けてしまうか、絶望してしまった時に魔女が完全復活なんてしてしまえば、その時こそこの国の終わりだ。


「魔獣に死体を食い散らかされるくらいならば妾が燃やした方が死に目に会えるぞ?」

「ロゼリア。その辺にしておけよな。じゃねぇとテメェの頭をかち割るぞ」

「やめんかヴァイス。お主はもう少し忍耐力をつけよ。友のためとはいえ、短絡過ぎるのじゃ。今のはルージュ公爵の方が正しいじゃろうて」

「フーガ。貴様には関係のない事だ。黙って話を聞いておけ」

「ダーゴン! それでいいのかよテメェは」


 ヴァイス公爵が歯を剥き出しにしてお父様へ詰め寄る。

 自分せいで会議が滅茶苦茶になっているのに、私は動けなかった。

 なんならこのまま話がぐだぐだに進んで有耶無耶にでもなってくれればいいのにとさえ考えてしまう。

 ルージュ公爵の意見は正しい。

 もしも死ぬなら誰かに看取られたいというのは私の願望でもある。けど、親より先に死んでしまうのは親不孝じゃないか。

 お父様にとっては私が唯一の家族なのだ。

 こんな私を娘として不器用ながら可愛がって愛してくれた人を悲しませてしまうのは嫌だ。

 でも、私にはこの場をどうにかすることなんて……。


「ノアさまが暴走してしまったらわたしが止めます」


 五大貴族の当主達が一触即発の空気になる中、はっきりとした声でそう言った少女がいた。


「エリン……」

「戦う誰かを守りたいって言いましたよね。ノアさまが戦うならわたしが一緒について行きますよ」

「正気か小娘? まさか災禍の魔女を知らぬわけではなかろうな?」

「小さい頃にお母さんがわたしを寝かしつける時に聞かせてくれたので知っています」

「ならば何故、その娘を庇う」

「ノアさまだからです。魔女と同じ力を持っていても、ノアさまだからわたしは力になりたいんです。だって、わたしの一番の友達だから!」


 一歩前に踏み出し、貴族のトップを相手に言い切ったエリン。

 その後ろ姿を私は見ているだけだった。


「ふん。そんな理屈が貴族として認められるわけがない!」

「ロゼリア先輩。エリン嬢は貴族じゃないから我々のルールに縛られませんよ」

「リュートの言う通りだな。俺らは協力を頼む側だが、その嬢ちゃんがダーゴンの娘についていくってなら止められないぜ」


 グルーン公爵とヴァイス公爵がエリンの援護をする。

 でも、ルージュ公爵は険しい顔のままだ。


「だが、その小娘に魔女の力が止められるのか? そんなものは無理に決まって、」

「僕も一緒に行きます」


 口を開いたのはグルーン公爵の隣に大人しく座っていたマックスだ。


「ノアさんを守るって約束したんだ」


 彼はこちらに向かって歩いてきて、エリンの隣に立った。


「だったらオレは姐さんから受けた恩を返さないとな」


 次に立ったのはティガー。大人しくフレデリカもその横に並ぶ。


「申し訳ございませんが伯母上、俺はあの女にリベンジをしたいと思っているのです。だからそれまでは何があっても生きていてもらわねば困る」

「グレン!? 何を考えている!?」


 甥の裏切りに驚くルージュ公爵。

 グレンはいつものような自信満々の顔でエリンの隣に並んだ。


「あらあら。この流れには乗りなさいなロン」

「姉上に言われずともそのつもりです。……生徒会長として同じ生徒会の仲間を放ってはおけません」


 一番最後にロナルド会長が集まって来て、私を庇うように人の壁が出来ていた。


「ひゅー。好かれてますねお嬢」


 ただ一人だけ、後ろから私の肩に手を置いたのはキッドだった。

 彼はイタズラが成功した子供のように笑っていた。


「これ、仕込み?」

「そんなわけないっすよ。みんな、お嬢を助けたいと思って動いてくれただけっす。一人か二人くらいかと思っていたのに全員とはね」


 向かい合う大人と子供。

 グルーン公爵とヴァイス公爵はやれやれと首を振るが、その表情は笑っていた。

 お父様とルージュ公爵は驚いた顔をした。

 お父様の方はまさか私を庇ってくれる友人がこんなにいるとは思っていなかったという顔を。

 ルージュ公爵はまさか裏切られるなんて!? という驚愕から。

 ブルー公爵は龍眼を使ってただこちらを見るだけだった。


「お母さんから聞いた昔話では悪い魔女は四匹の聖獣様によって倒されました。これが本当なら、わたし達がいればノアさまの身に何があっても止められるってことですよね?」

「そうじゃの。かつての伝説をなぞるならば可能じゃろうて」

「おいブルー家のジジイよ。貴様は妾とその娘、どちらの味方なのだ」

「儂はただ国を守る確率が高い方に付くだけじゃ。守護聖獣使い全員と、その力を増幅させる不思議な魔力を持つ少女がおれば魔女の力が暴走しようが勝てるじゃろう。魔女と守護聖獣の力、二つがあれば大侵攻など恐るるに足らずであろう」


 ルージュ公爵はしばらく悩んだ後、諦めたように深く息を吐いて恨めしそうな顔でこっちを見た。


「クソ餓鬼共よ。たった一度の機会を与える。失敗するようなことがあれば妾の魔術でその身を焼き尽くすのをゆめ忘れるではない」


 額に怒りを浮かべたままそう言って、彼女は会議室から出て行った。

 えっと、つまり?


「ノアさま! やりましたよ!」

「お嬢の処刑に猶予が出来たってことっすね」


 私ってば助かったの!?


「話は済んだようじゃの。クティーラよ、儂らも屋敷へ戻るぞ」

「はい。お祖父様。……頑張って頂戴ねアナタ達」


 続けてブルー公爵と彼の後をついていくロナルド会長のお姉さん。

 こうして五大貴族会議はなんとも閉まらない幕引きを迎えたのだった。

 ただ、私の処遇については大侵攻が終わるまで保留になり、結果次第で有能と判断されれば処刑は免れそうだ。


「みんな、ありがとう……」


 私は怖くて我慢していた分と、嬉しくて我慢出来なかった分の涙をみんなの前で流してしまったのだった。





















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いつもご覧いただきありがとうございます。

私生活で仕事の方が忙しくなり、体調も崩しがちなので更新頻度が下がりますが、引き続きよろしくお願いします!!

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