第76話 五大貴族会議 その3。


 会議室にいる全員が私達の方を向いている。

 こんなに注目されるなんて、モテモテだわ! なんて気分にはとてもなれない。

 仮にもこのアルビオン王国を運営している貴族の頂点に立つ面々だ。誰も彼もが英傑に相応しいだけの実績と能力を持っている。

 特に、ロナルド会長の祖父でもあるブルー公爵は東部を治めるブルー家の人間だけが持つ龍眼を使ってまでこっちを見ている。

 何もかもを見透かすような目が怖いし、それに何故だか悪寒もする。

 値踏みされているわねコレは。


「事前に各屋敷にも記載があったと思うが、今回の魔獣による被害が最小限に抑えられたのは彼女達のおかげだと思っている。黒髪の子はご存知だと思うが、ノア・シュバルツ嬢だ」

「ごきげんよう。ノア・シュバルツですわ」


 グルーン公爵の紹介を受け、軽く会釈して挨拶する。

 緊張する場面だけど定型文の言葉くらいならなんとか言えた!


「そして隣にいるのは同じ魔術学校の生徒でエリン嬢」

「エリンでしゅ……です」


 緊張のあまり残念ながら噛んでしまったエリン。

 顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 あと、今吹き出して笑いそうになったグレンとティガーは後からお仕置きね。

 他の子供達は気の毒そうな視線を送っている。


「エリン嬢は貴族出身ではありませんが、魔術のサポートによって息子達の実力以上の力を引き出してくれた素晴らしい少女です」


 グルーン公爵はわざと大きな声でそう言った。

 その言葉には彼女は貴族じゃないけど、生徒達を救ってくれた恩人だから弱い者いじめするんじゃないぞ! という意味も込められている。


「俺も息子から話は聞いたぜ。なんでもその子の支援魔術は身体能力の向上だけじゃなく、魔力の出力や守護聖獣を呼び出した時の負担軽減まで幅広い効果があったらしいじゃねぇか」

「興味深い報告である。魔術局でも事実の確認をとったが、確かに彼女の力は不思議な効力がある。特に守護聖獣使いに強く影響を与えるようである」


 エリンの能力が本物であると後を押すのはお父様だ。

 この調査は私の方からお願いしたもので、エリンが嘘つき呼ばわりされたりしないため、変な奴らに手を出させないようにするためだ。


「かっかっ。守護聖獣の力を増幅させる魔術なぞまるでお伽噺のようじゃの」

「……そこの小娘。名前はエリンといったな。本当に貴族の出身ではないのだな?」

「それについては私が答えよう。彼女は間違いなく、平民の血筋ですよ。なんなら、国外の出身です」

「っ!?」


 ルージュ公爵の問いにグルーン公爵がエリンの代わりに答えた。

 そして彼の口から出た言葉にエリンが驚いた。


「わたしが、国外の生まれ……?」

「おや。知らなかったとは思わなかったな。コレは伝えるタイミングを間違えたかもしれないか」

「あの、それってどういう」

「詳しい事はご両親に聞くといい。私はあくまで君が何者であるかを調べた途中でこの事実を知ったのでね。隠していた理由については君自身が直接聞いた方がいいだろう」


 動揺して黙り込んだエリン。

 まさか自分がアルビオン王国の出身ではないと初めて聞いて混乱してしまっている。


「国外か。それはちと悩ましいのぅ」

「ブルー公爵が仰りたい事は分かりますが、彼女は市民権をキチンと持っています。心配するような事はありません」

「……グルーン公爵がそういうならばここは大人しく引くとしよう。じゃが、後で詳しい経歴は離せ」

「分かりました。国境に面した東部領の責任者としての貴方の事は理解していますので」


 エリンがアルビオンの生まれじゃないと聞いてブルー公爵の彫りの深い顔が更に険しくなった気がした。


「別にいいじゃねぇか。仲間を強くするっていう力があるっていうならそれを使わない手はねぇだろ」

「フーガの言う通りである。可能な限り犠牲を減らすことが優先だ」

「私もそう思っています。……エリン嬢。君がまだ学生であるというのはわかっているんだが、是非その力を大侵攻を迎え討つために貸してもらえないだろうか?」


 ヴァイス、シュバルツ、グルーンの三家から協力の要請が出る。

 残り二つの家は申し出こそしないが、期待するような目線をエリンに向けた。

 エリンは自分の出生について悩んでいたし、この場で返事するのは待ってもらって考える時間をもらえないかと私が聞こうとした直後、彼女は口を開いた。


「承知しました。そのお話を受けさせていただきます」


 真っ直ぐな目で椅子に座る五大貴族達を見る。


「わたしは自分がどうしてこんな力に目覚めてしまったのかまだわかりません。生まれについても今さっき聞いたお話で混乱しています。でも、遠征先であの魔獣の被害を見て思いました。きっとわたしのこの力は戦う誰かを守るためにあるんだって。グレンさまが、マックスさまが、ティガーさまが、ロナルドさまが戦っているのをただ見て守られるだけじゃない。誰よりも前に出て一生懸命に戦う人の背負う痛みを一緒に背負いたい。そのためならわたしはこの力をみなさんのために使いたいです」


 自分自身の戦う力が弱いと理解しているエリンらしい発想だった。

 熱い返事と共に彼女から伝わる強い意志。

 これには五大貴族の面々も虚をつかれたようで、驚いていた。

 名前を出された子供達は少し口角を上げて照れ臭そうにしている。

 彼らにとって、エリンの言葉は何よりの励みになるからだ。

 平民で、魔術に触れるのが遅かった彼女が僅か数ヶ月で自分達を支えたい、共に同じ戦場に立って苦を分け合いたいと言ったのだ。

 人としてここで頑張らなければならないと感じていることだろう。


「素晴らしい心構えだ。よろしくお願いするよエリン嬢」

「いい女じゃねぇか。これは卒業後に手元に置いておきたくなるな」

「……ふうん。妾を前に一丁前に大した口を叩いたな。その顔と名を覚えておこうか」

「魔術局へのスカウトを考えておくのである」

「かっかっ。口先だけではないというのを楽しみにしておくかのぉ」


 五大貴族の当主からの反応は上々だった。

 これでエリンが大侵攻の時に活躍をすれば彼女の力をアルビオンの国民全員が認めることになるだろう。

 後は攻略キャラの誰かと結ばれればエタメモ完結! となるわけだ。

 遠征では別々の班で、落ち込んでいた彼女の事が心配にもなった。けど、私がいない所でも、見ていなくても彼女はヒロインとして順調に成長していっている。

 ちょっとだけそれが寂しいけど、同時に嬉しくもあるわ。


「エリン嬢の協力を得られる事が決まった上で、いよいよ最後の議題に入ろうか」


 ゆっくりと全員の目がエリンから隣に立つ私へと向けられる。

 さっきまでのエリンに期待するような態度から一変して室温が下がったようなそんな目だ。

 唯一、お父様とその背後に立っているキッドだけが心配そうに眉をひそめていた。


「単刀直入に聞こう。ノア・シュバルツ嬢、目撃された君の魔力はかつて観測された黒い光の柱と一致している。そして暴走した魔力によって魔獣が消し去られ、周囲の生命が消失していた。……これはまるで伝承に残っている災禍の魔女の力に近いものだ」


 私にとって最大の破滅フラグが準備運動を開始する。

 どうにかしてこの場を切り抜けないと、私の身が危ないと思った。






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