第86話 いざ、ルージュ邸へ! その3
物語の主人公は強くなくてはならない。
次から次へと迫り来るピンチを乗り越えていくのは凡人には難しいことだ。
例え最初は弱くて役に立たないキャラクターでも主人公であるからには成長して強くなっていく。
ただし、主人公が強くなるには納得のいくような理由付けが必要だ。
「わたしが王家の血筋?」
城下町で暮らす一般家庭で育ったエリンが魔術の大家である五大貴族と同等かそれ以上の力を秘めているとすれば、その理由はただ一つ。
「過去に遡ると、とある王族の人間が使用人と国外へ駆け落ちしたことがあったようだ。にわかには信じられないが、その血がお前には流れている」
「…………」
ポカーンと口を開けたまま固まっているエリン。
まぁ、そういう反応になるのも仕方ないわよね。
「グレンから話を聞いたが、自分の出自を調べるために自宅に戻っていたようだが両親からは聞かされておらんかったのか?」
「わたしが拾われた時に実の親が亡くなっていたので両親は何も知りません。かわりにこのペンダントは渡されました」
エリンは首からぶら下げて服の下に隠していたペンダントを取り出した。
「これは紛れもなくアルビオン王家の紋章!」
「……ノアさま?」
ルージュ公爵がペンダントを見て驚く。
そしてエリンがこちらを向いて何も聞いていないんですけどと言いたげな顔をした。
いや、あの……知りませんでした。ごめんなさい。
だってとっくに滅んだ王家とかよりも魔術とか魔女について調べる方を優先していたし、学校に入ってからは授業についていくので精一杯だったからその辺のことをすっかり忘れてました。
昨日、帰宅途中にキッドが難しい顔してペンダントを見ていたけどもしかして王家の紋章って気づいたのかな?
「おい。五大貴族でありながら王家の紋章を知らなかったのか小娘」
「はい……」
「まったく、ダーゴンは何をしているのだ」
ルージュ公爵が呆れた目で私を見る。
返す言葉もございません。お父様は闇の魔術については教えてくれたけど貴族の一般教養については詳しく話してくれませんでした。
国とか家の成り立ちを聞くと苦い顔をしていたのよね。
まぁ、それでも自分で調べようとしたり他の五大貴族であるみんなに聞いたりしなかったのは私の落ち度だ。
「しかし、こうもピースが揃ってしまうとはな。王家の復活とは荒れるな」
「そうなんですか?」
「今のアルビオン王国は五大貴族による統治が完了している。そこに再び頂点である王家が復活すれば混乱は免れぬ。いや、それこそが本来のあるべき姿だが時が経ち過ぎた」
「……だったらわたしが王家の生き残りだって秘密にすれば問題ないですよね?」
「そうはいくまい。王家として名乗り出なければ聖女と同じ力を持つただの平民だ。貴族達が自らの物にするためにあの手この手を使うんだろうね。妾ならまず家族を狙うさ」
「ひっ」
獰猛な狩人を思わせるギラギラした目がエリンを捉える。
その迫力に気圧されるエリンを庇うように私は手を伸ばす。
「エリンが王家と名乗り出ればそんな事は起きないんですね?」
「あぁ。だが、紋章入りのペンダントと聖女に似た力を持つだけの人間が王を名乗って果たして受け入れられるのか。偽者と糾弾されればそれまでさね」
「貴方の言いたいことがわかりました。エリンが名乗り出るには相手を黙らせる実績がいるんですね」
本来ならそんな機会は滅多にないのだが、生憎と私達の目の前には大侵攻というこれみよがしなチャンスが転がっている。
「大侵攻で五大貴族と協力し、かつての聖女の再現をすることでエリンを王家の人間として受け入れる。それが貴方の考えですね」
「そうさね。その日記が読める以上、妾はルージュ家の当主として王家の人間を補佐する」
「意外です。貴方だったらエリンを潰してでも自分がこの国の頂点に立とうとするかと思っていました」
グレンにしていた教育。五大貴族会議での発言。
他の五大貴族と剣呑な雰囲気で実際に都市として栄えているのは南部領だ。
下克上を狙っていると思うのが普通よね。
「……古い話だ。妾が、ルージュ家の当主が代々その日記を受け継ぐ時にとある話を聞かされる」
「とある話?」
「最初に受け継いだのは聖女から女王になった日記の持ち主が死んだ時。当時のルージュ家当主は従姉妹だったそうだ。女王の死の直前に託されて約束をした。『もう二度とこんな悲劇が起きないように日記を後世に残して』とな。それから約二百年、ずっと約束は守られてき、ついに妾がそれを果たす時が来たのだ。先祖の思いに水を差すような無粋な真似は好まん」
それは彼女が目指すこの国の頂点を諦めるに値する理由なのだろうか?
ただずっと続いてきた本当なのかもわからない口約束のために今あるチャンスを捨てるというのは。
「ふっ。妾の前にかつての聖女の生まれ変わりが現れ、伝説の再現が行われるなんてロマンチックではないか」
そう語り、薄く笑みを浮かべながらカップを傾けて飲み干すルージュ公爵。
なんだか私はこの人の姿に見覚えがある気がする。
そうだ。この偶然の巡り合わせに期待してロマンチックな結末を、未来を待っているのは私に似ているんだ。
乙女ゲームの世界で原作と同じ活躍を間近で観戦したい。感動的なシーンを一番いい席で味わいたい。
勿論、今の私には自分の命もかかっているのでそっちが最優先だけど、全てが終わったら胸を張ってまだ見ぬ未来をみんなと生きていきたい。
「どうする? と問いたいところだが選択肢はない。大侵攻ののちに名乗り出ろ。そして王家としてアルビオンを導くのだ」
「わたしが……」
エリンがまた不安そうな顔をする。
ついこの前までただの下町のお菓子屋の娘だった彼女には重い立場だ。
「無論、王家を復活させるとなると五大貴族の支えは必要であろう。政治を知らぬ小娘など傀儡になるのが関の山だ」
「うぅ……」
「大丈夫よエリン。だって今いる当主達が引退すれば次は私達の代だもの。私が、マックスが、ティガーが、ロナルド会長やグレンが支えるわ」
エリンだけに辛い思いはさせない。
彼女が穏やかに暮らせるように私達が頑張らなくっちゃ。
「そういうことだ。ふむ。玉座に就いた暁にはうちのグレンを婿にするといいさね。妾が全力でサポートしよう」
「実はそれが目的だったんじゃありません?」
テーブルから身を乗り出してエリンへと迫るルージュ公爵をまたもや私は牽制する。
全く、抜け目が無いったらありゃしない。
結局そうなればルージュ公爵家と王家の繋がりが強くなってエリンを通してアルビオンのトップになるのと変わらないじゃない!
流石は商人気質の家系。やり口が汚いけど上手い。
「しばらく考えさせてください。この日記の中身も気になりますし、今は大侵攻に集中したいんです」
「構わん。元よりこちらもそのつもりだ。大侵攻ののち、復興の目処がたってからの方が混乱も少ないだろう。それまでせいぜい悩むがいいさ」
エリンの返答に満足したのか、自分の言いたいことを言い切ったのか、ルージュ公爵は再びリラックスモードへ突入した。
私とエリンも差し出されたカップを持ち、喉を潤す。
「ところで、エリンが今日呼ばれたのは日記を渡して読めるかを確認するためだったと思いますが、私も一緒に呼ばれた理由はなんですか?」
双方が落ち着いたところで私は話を切り出した。
エリンについての用件はさっきので終わりだろう。
彼女が王家の生き残りであるという確証を得て、事前に交渉をするという目的は果たした。
だったら私がここにいる意味は?
エリンと仲がいいから呼ばれたわけじゃあるまいし、そもそも嫌っている相手の娘を呼ぶなんて何かを企んでいるとしか思えない。
これからは他人のことではなく、私自身に関わることだ。
「くくっ。そう慌てるな。妾が貴様を呼びつけた本当の理由を教えてやろう」
私はいつでも逃げられるように体内の魔力を練り上げておく。
その気になれば一瞬でガンドを放って相手を拘束出来るはず。
とはいえ、相手は五大貴族の当主。魔術師としては最高位クラスだ。
さぁ、どんな話が飛び出すのかしら?
「妾が聞きたいのは……ぶっちゃけ、ダーゴンは今懇意にしている女はいるのか?」
………はい?
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