第87話 いざ、ルージュ邸へ! その4


 私は自分の耳を疑った。

 もしかすると耳の中に何か詰まっているせいでうまく聞き取れなかったのかもしれない。

 日頃から耳掃除はエリンかキッドに頼んでいるけれど、掃除残しがあったのかもしれない。


「ルージュ公爵。失礼ですがもう一度お聞かせ願いますか?」

「だ、だから妾はダーゴンが今懇意にしている女はいるのかと言ったのさね」


 うん。聞き間違いじゃないわね。

 それからルージュ公爵の仕草というか雰囲気がそわそわしだした。

 顔も少し赤くなっているような気がする。


「そういった話は聞きませんね」

「そ、そうか! そうかそうか!」


 私の言葉を聞いて彼女は嬉しそうに頷いた。

 間違いなくご機嫌になっている姿に私は頭痛がしてきた。

 わからない。何がどうなっているのかさっぱりわからないわ。

 懇意って何? お父様の周囲に女性がいるのかっていう話?

 そりゃまぁ、魔術局の局長なわけだし、職員の中には女性はいるけれど私の知る限りでは特に親そうな人はいない。

 シュバルツ邸には女性の屍人もいるが、あれはそもそも死体だからセーフでは? 喋らないし。

 でもそれをどうしてルージュ公爵が知りたがるのかさっぱりだ。


「……あの、ルージュ公爵はシュバルツ公爵とどのようなご関係なのですか?」


 私が混乱している中、質問をしたのは話についていけていないエリンだった。

 純粋に疑問に感じたことを口にしたんだろうけど、ナイス! 私からだと聞きづらかった!


「むぅ。おい小娘、あの男から何も聞いていないのかい?」

「お父様はあまり自分の事を話さない方なので」


 私は質問に素直に答えた。

 メフィストがいなくなって以降、お父様と話をする機会は増えたし、魔術の修行中もよく意見を交わしていたけれど、基本的には私の方から一方的に喋ってそれにお父様が相槌をうつという形だ。

 会話もお父様からされるのは事務的なことやお叱りが多くてお父様自身についての話はしない。

 そう考えると私はお父様の過去について殆ど何も知らないことになるわね?

 学生時代にヴァイス公爵やルージュ公爵と同級生でグルーン公爵が先輩って呼んでいたくらいだ。


「あの男らしいさね。いや、自分の娘に聞かせる話でもないのだから当然か」


 自嘲気味に笑いながらルージュ公爵が呟いた。

 その口ぶりからすると何だか私の想像もつかない何かがあったっぽいわね。


「ならば語る必要もないか……」


 いや、凄く気になるんですけど!?

 話を終わらせようとした彼女にお父様と過去に何があったのかを聞くために私が口を開こうとした時だった。


「話は聞かせてもらったわ! ここは私の出番のようね!」


 バン! と勢いよく部屋の入り口が開かれてカトレアさんが入って来た。


「カトレア。ここは当主の部屋だぞ」

「大事な話はもう終わったんでしょ姉さん? 私は甘い波動を感じてやって来ただけよ」


 甘い波動ってなんですか?

 なんでカトレアさんはちょっと興奮気味なの?


「まさか、貴様はまた盗み聞きをしていたのか?」

「ぎくっ……そんなことないよー」

「昔から何度言えばわかるのだ貴様は!!」


 何をしたのかが当てられたカトレアさんがわざとらしく誤魔化そうとするとルージュ公爵の雷が落ちた。

 私が怒られているわけじゃないのに烈火の如く怒鳴るルージュ公爵がとても怖い。迫力があり過ぎる。


「まぁまぁ、落ち着いて姉さん。子供達が怯えているわよ」

「誰のせいだ! ……っと、すまないさね」


 再びの怒声にびっくりする私達へと謝るルージュ公爵。

 カトレアさんはその隙にルージュ公爵の隣に腰かけた。


「話を戻すけど、姉さんはさっきダーゴン様との関係を話すの止めたわよね」

「あの男が言っていないことを妾が話すのもおかしいであろう」

「多分それ、向こうも同じこと考えているわよ。こういう話を第三者がするのは違うと思ったから姉さんから聞くように言ったのは私だけど、これじゃノアちゃんがかわいそうだから私から話すわね」

「カトレア。何を勝手なことを、」

「あのねノアちゃん」


 ルージュ公爵が制止するより先にカトレアさんが口を開いた。


「姉さんとダーゴン様は昔婚約していたのよ」

「──マジで?」


 脳がバグってしまい、私は思わずお嬢様らしからぬ言葉を口にしてしまった。

 それほどまでに衝撃的な話だったのだ。


「マジよ。お互いに五大貴族で姉さんは女でしょ? だからシュバルツ家に嫁入りする予定だったのよ」


 別に女性でも当主になるのは不思議ではない世界だが、割合として男性が多いのは事実だ。

 シュバルツ家はお父様以外に後継者がいなかったので姉妹のいるルージュ公爵が嫁に来るのは当たり前と言えば当たり前だ。


「でも、魔術学校を卒業する前にダーゴン様から婚約破棄の申し出があってね。そして今に至るのよ」


 お父様が婚約破棄? どうして?

 いやまぁ、私が存在している以上、そうでないとおかしくはあるんだけど。


「姉さんってばダーゴン様に本気で恋してたみたいで、今でも未練たらたらで結婚しなかったのも自分に相応しい相手が見つからないからだ〜って誤魔化したのよ?」


 カトレアさんの口から出てくる衝撃の事実のオンパレードに再度私の頭がフリーズしてしまう。

 情報が多くて混乱してしまうけど、つまりそれってさっきの話に繋がるわよね?

 お父様と懇意にしている女性がいないかって、つまりは今も彼女は……。


「え、だってルージュ公爵ってばお父様と凄く仲悪そうに見えましたよ。それはもう凄い形相で」


 五大貴族会議の場での彼女のことはよく覚えている。明らかにあれは敵視している人間の目だったでしょ。


「姉さんってば自分の本音を語るのが下手だからどうやっても意識する相手に対してキツい態度をとるのよ。しかも職務に対して真面目だから当主としての考えを優先するし、誤解されても文句は言えないのよね」

「へ、へぇ……でもグレンには私を倒せ〜って言っていたんですよね?」


 生徒会室で会話しながら聞いた話だ。

 ルージュ公爵はシュバルツ家をよく思っておらず、一人娘の私に劣ることなんてあり得ない。再起不能にでもしてしまえ! って。


「当たり前だ。ルージュ家の跡を継ぐならそれくらいの実力がなくてはな。他のどこよりも厄介なシュバルツの、それもあのダーゴンの娘ともなればグレンにとって最高の競争相手になるであろう」

「ね? 何というか発破のかけかたも下手くそでしょ? こんな風なことばかりするから誤解されちゃうのよ」


 自分は間違っていませんという態度のルージュ公爵に呆れて首を横に振るカトレアさん。

 私の中で完璧超人な女帝というイメージが音を立てて崩れ落ちていく。


「因みに先日の会議で私を処刑だとか焼き尽くすとかっていうのは……」

「それは言葉通りの意味だ。この国の未来のためならば危険因子は排除すべきだと妾は思う。妾の使う魔術なら苦しまずに弔ってやれるぞ?」


 ごく自然に真面目な顔で言い切ったルージュ公爵。


「……エリン。あとは任せた」

「ノアさま!? 諦めないでください!」


 いきなり全てを託されたエリンが抵抗するように私の肩を揺らすけど、私は疲れてしまった。

 だって、このおばさん面倒くさいんだもん!!

 貴族の当主としての責任と義務、鬼のようなスパルタなのに乙女心を拗らせて素直になれないツンデレなんてどこに需要があるのよ!

 正直、私の手には余る存在なのでこれ以上混乱するようなことを言わないでほしい。私の精神的安定のために。


「あらあら。やっぱりそうなるわよね。姉さんって本当に面倒な人だから」

「人生をいい加減に生きているカトレアには言われたくないね。なんでも思いつきで行動してどれだけ家族を振り回してきたのか」

「でも全部上手くやってきたわよ? 夫も私のそんな自由なところに惚れてくれたわけだし」

「人たらしめ……」


 目の前で姉妹喧嘩を始めるカトレアさんとルージュ公爵。

 どうしてこの二人はこうも極端なのかしら?

 もしやグレンの振り回されやすい体質って母親と伯母のせいでじゃないだろうか。


 うん。後でちょっと優しくしてあげよう。



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