第85話 いざ、ルージュ邸へ! その2
「では改めて自己紹介するわね。私はカトレア。この子の母親よ」
「私はノア・シュバルツ。こちらがエリンです」
想像とキャラが違ったグレンのお母さん。
エリンとの会話で盛り上がっているところ中断させて悪かったとは思うけれど、今日ここにやってきた一番の理由を忘れてはいけない。
「コイツらは伯母上に呼ばれたんだ。いくら母上とはいえ、邪魔はしないでくれ」
「はいはい。わかりましたよ。そうやってグレンはお母さんを仲間はずれにするのね」
「話を聞いていたか母上?」
およよよと泣きまねをするお茶目なカトレアさん。
グレンの反応からしていっつもこんなやりとりをしているのがわかる。
「まぁ、あまり待たせると姉さんの機嫌が悪くなっちゃうから悪ふざけはここまでにしておいて、」
「自覚があるなら止めてくれ……」
ぱたりと泣きまねを止めたカトレアさんが私とエリンの顔を見る。
「二人ともちょっとは緊張がほぐれたかしら?」
「っ!? 気づいていらしたんですか?」
「ええ。二人とも可愛いのに凄く難しい顔をしていたから勿体ないと思っちゃって」
出会ったばかりの私とエリンの様子を見てリラックスさせるためにわざとお茶目なことをしていたっていうの?
「姉さんはちょっと厳しいから色々と誤解されやすい人だけれど、使用人ではなくわざわざ次期当主のグレンを使って招待したくらいだし、手荒な事はしないはずよ」
カトレアさんはそう言って微笑んだ。
あのルージュ公爵がちょっと厳しい? グレンの体験談を聞いた限りだったり王城での態度を見ているとそんなレベルじゃすまないような気がするんですけど。
「ふふっ。私の言っていることが信用できないみたいね」
「あ、いえ、……すみません」
「気にしないでちょうだい。ノアちゃんはダーゴン様の娘だから姉さんが怖いかもしれないけれど安心して。ちゃんと大人として割り切れる人だから」
「カトレア様はお父様とルージュ公爵の関係についてご存知なんですか?」
「あら、聞いてないの? だったら直接姉さんから聞くことをおすすめするわね」
言えなくてごめんなさいね、とカトレアさんが申し訳なさそうに謝った。
「姉さんはすぐそこの階段を登った二階の執務室にいるからあとは頑張ってね」
「だそうだ。ほら、さっさと行くぞ」
「そうそう。グレンには私からちょっと用事があるから借りて行くわね」
「は?」
驚いて声を出したグレンはなんとそのままカトレアさんに腕を引かれて別の部屋に連れていかれてしまった。
その様子をただポカンと見ていたけれど、これって私達だけになったのかしら?
「ノ、ノアさま!」
「二人だけで行くしかないみたいね……」
自分よりもパニックになっている人間がいると逆に冷静になるという心理からか、それとも私自身の緊張が限界を超えて感覚が麻痺したからか、ゆっくりと階段を登ってルージュ公爵の待つ部屋へ向かう。
幸いにも階段を登った二階の廊下の突き当たりにわかりやすく看板があった。
部屋の前には誰も立っていないので私達でドアを開かないといけない。
コンコン、とノックすると中から返事があった。
「入れ」
「失礼します」
ゆっくりとドアを開くと、真っ赤なカーペットに高級感のある家具や絵画、壺なんかの美術品が飾ってある豪華絢爛な部屋だった。
屋敷の外見もそうだけど、ルージュ家って何でも派手じゃなきゃいけないのかしら?
あー、でもあえて目立つことで相手との交渉を有利に進めようって教えなんだっけ?
とにかく、弱みを見せたり怖がったりしないようにしないと。
「ごきげんよう。ノア・シュバルツです。本日はお招きいただきありがとうございますわ」
「エリンです! こんにちわ!」
私は何とか体に染みついたお嬢様スマイルで挨拶をするが、エリンは緊張からか小学生が自己紹介をする時みたいな大きな声を出してしまった。
「…………」
部屋の中央、向かい合わせで置いてあるソファーに座っている女性が一人。
ルージュ公爵ことロゼリア・ルージュは鋭い姿勢を保ったまま私達を品定めするかのように無言で見つめる。
や、やっぱり今のエリンの態度が不味かったのかしら?
「……そこに座るがいい」
彼女に促されるまま私達はテーブルを挟んだ対面のソファーに腰を下ろした。
ふかふかで大変座り心地のいいソファーだ。ここで横になって寝たらさぞ気持ちいいことだ。しかし、今日ばかりはそうもいかない。
「「…………」」
お互いに無言のまま時間が流れる。
これは気まずい。
先にこちらから話しかけた方がいいのか、向こうが口を開くのを待っていた方がいいのか悩む。
だが、ここは五大貴族を前にして緊張しているエリンに代わって私が場の進行をしないと!
「あの、」
「今日呼びつけたのはお前達に見せたいものがあったからさね」
はい。結局はそちら側から話を始めるんですね。
ルージュ公爵は毅然とした態度のまま、懐から一冊の古びた本を取り出した。
「これが読めるか?」
随分と古く、使い込まれていてボロボロになっている本だった。
エリンがそれを手に取り、本の表面を手でなぞる。
「誰かの日記でしょうか?」
「やはりか」
恐る恐るという様子でエリンが言った瞬間にルージュ公爵の姿勢が崩れる。
背筋をピンと伸ばしていた佇まいから変わり、全身をソファーの背もたれに預け、悪く言えばだらけた格好になった。
「ちっ。何かの間違いだと思いたかったがね。こうなってしまえば認めざるを得ないようだね」
「あの、話が見えてこないのですが……」
急に態度が変化したルージュ公爵にエリンが慎重に訪ねる。
「それは我が家に代々伝わる書物だ。しかし、未だに誰も読んだことがない。それが日記であることは伝わっているが、内容は誰も知らない」
ルージュ公爵はそう言った。
彼女は何かを諦めたかのように話を続ける。
「それは魔術書なんだよ。その日記を書いた本人かそれに近しい存在のものじゃないと表紙の文字すら読めないのさ」
魔術書。
シュバルツ家の地下にも保管してある魔術によってセキュリティがかけられた魔術具だ。
「日記の持ち主は二百年前のアルビオンの王女。四大貴族を束ねて守護聖獣と共にこの国を救った英雄さね」
「災禍の魔女を討った人……」
「凄い物が出てきたわね」
このアルビオン王国で知らない者はいないとされている偉人だ。
国の各地には彼女の像が建てられていて、学校で歴史の勉強をするとまず習う人物だ。
それまでの四大貴族にシュバルツ家を加えたり、魔術学校の設立や魔術局の誕生にも関わっている。
「その魔術書が読めるということはお前は女王に近しい存在というわけだ。ただの血縁よりももっと似ている写し身のような」
テーブルの上に置いてあるポットから自分のカップへと紅茶を注ぎルージュ公爵がひと口飲んだ。
「ふぅ……それはな、かつてルージュ家の者が王家の人間に目を通させたが読める者は現れなかった。血縁であっても資格なしと魔術書に判断されていたのさ」
誰も読めないと思われていた魔術書を読める人間が現れた。
そして、その人間の近くには守護聖獣を扱う魔術師が集まっている。
「大侵攻を前にして第二の聖女の出現とは運命っていうのは数奇なものだね」
「待ってください。わたし、そんな大した人間じゃありません」
「いいや。その魔術書が読めるというのが何よりの証拠だ。それに気になったから妾は調べたぞ」
紅茶の入ったカップをテーブルに置き、ルージュ公爵はエリンを真っ直ぐ見つめながら口にした。
「エリン。お前には途絶えたと思われていたアルビオンの王家の血が流れている。かつての聖女と同じ力に魔術書の解読。その容姿の特徴すら記録にある王家のものに近い」
エリンへと告げられた内容は私の知るゲームの知識と同じものだった。
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