第10話 のどかな授業風景?



 私がグルーン公爵夫人を助けてから一週間が経った。

 屋敷に連れ戻されてからも体調を崩していた私だったがすっかり元気になり、元の生活に戻っていた。

 お父様は事件のあった次の日にはまた職場に戻り仕事に追われている。

 五大貴族として忙しい中、私を迎えに来るためだけに抜け出したあの人は家族思いなのか、それとも魔女の魂を持つ私の才能が惜しかったのかわからない。

 まだ誰も私が魔女の生まれ変わりであることは知らないので前者だとは思うけれど、どうも記憶の中のお父様のノアへの態度は普通の親子のそれとは違うと思う。

 前世の私の両親は普通のサラリーマンと専業主婦ではあったけど子供の祝い事や行事にはしっかり参加していたし、私が風邪の時には付きっきりで看病してくれていたから違和感を感じるだけかもしれない。


「それでは次のページをご覧ください」


 執事長兼家庭教師のメフィストに言われるがまま手元の禁書を捲る。

 自宅に帰って来たらロープで縛られて吊るされるというお仕置きを受けていたこの悪魔は今日も平常運転でうるさい。


「勉強に集中出来ていないご様子。いかがなさいましたお嬢様?」

「いや、いつも通り顔がうるさいなと」

「メフィスト大ショック! お嬢様にとうとう反抗期が訪れたのでしょうか……いえ、口の悪さは前からでしたね」


 別に誰に対しても口が悪いわけじゃない。

 ただこの悪魔はゲームではヒロイン達を苦しめる敵であり、私に意地悪なスパルタ野郎なので塩対応なだけだ。


「せっかく旦那からお嬢様の禁書庫への立ち入りを正式に認められたというのにこのような態度では期待に応えられませんよ?」

「別に禁術を学びたいとは思っていないわよ。普通の魔術が使えればいいんだから」


 あくまでも私が必要としているのはしヒロインとその仲間たちに負けないくらいの強さだ。

 マックスのトラウマを取り除いたので彼が劇的にパワーアップするきっかけは減っただろうし、友達としての関係を築いていけば敵対もしない。

 別に必死になって私がラスボスクラスの力を身につける必要はない。

 だというのにお父様は私に禁書庫のフリーパスを与えた。


「それについてお嬢様には大変申し訳ないのですが……」

「なによ?」

「残念なことにお嬢様に適性がある魔術はその殆どが黒魔術であり、使えそうなのは禁書に書いてあるようなものばかりです」

「…………」


 言葉を失った。

 ゲームでは各キャラクター毎に得意な属性がある。

 ヒロインであれば光と聖属性。マックスは木や土を操る大地属性。黒魔術を使うシュバルツ家は闇の属性の持ち主が代々生まれてくる。

 闇属性の人間が使うのは呪いだったり相手を異常状態にする黒魔術だが、どうやらノアの才能はその中でも飛び抜けて高いらしい。


「つまり私には火とか風の魔術は使えないと」

「えぇ。お嬢様に使えるのは周囲にいる人間をまとめて錯乱状態にする魔術などでしょうか」


 メフィストの言葉に思わず天を仰ぐ。まぁ、地下だから上を見ても天井しかないけど。

 悲しきかなノア・シュバルツ。どう足掻いても悪役っぽい魔術しか使えないみたいだ。

 確かにゲームでの戦い方を思い出しても、基本的な戦闘は配下に任せて自分は魔獣を操ったりしながら安全地帯で静観。弱りきった所に現れてその人間が持つトラウマを見せつける幻覚を出したり、呪いで身動きを取れなくするようなシーンがあった。


「お嬢様ほどの才能があればここに収められている禁書の魔術を使いこなし、あの災禍の魔女にすら匹敵する力を手に入れることも可能でしょう!」

「嫌よそんなの」


 それだけはごめん被りたい。

 禁書の魔術を使って魔女みたいな強さになるのはゲームのノアと同じだ。

 原作の破滅フラグから遠ざかりたいのにそれだと逆効果になってしまう。

 下手をしたら私の中に眠る魔女の魂を刺激して汚染されてしまう可能性がある。

 大体、禁術って禁止されてる魔術だから使ったら捕まったりするんじゃないの?


「禁術なんて使ってたら大問題でしょ」

「シュバルツ家ならば問題ありませんよ。旦那様は魔術師を管理する魔術局の局長です。危険な魔術にも精通しておられます。その娘であるノア様が次期当主として旦那様から教育を受けた……とすれば表立って文句を言う者はほぼいません。そのための五大貴族ですよ」


 結局は家の権力なのね。

 まぁ、王族がいない現在は五大貴族が国のトップだし、逆らおうなんてしないのが当然か。

 ゲームでノアが好き勝手に行動出来ていたのもそれが理由だものね。


「そもそも禁術と言っても判定は曖昧ですし、中には机上の空論なものもございます。使える人間がいなくて忘れ去れていくものをお嬢様が再利用するだけですし問題無いのでは?」

「メフィスト。そうは言うけれどね……」


 闇属性で黒魔術を使うなんてそれだけで悪者っぽいのに禁術なんて使ってたらアウトだ。


「勘違いをなされているようなのでお教えしますが、魔術に善悪はございませんよ。あくまでも使う人間の心次第です。光だからといって善人ではありませんし、闇だからといって悪人とは限りません。お嬢様が先日グルーン家で禁書に書かれた黒魔術を使いましたが、誰かに悪人として責められましたか?」

「そんなことはされていないわ。むしろお礼の手紙が届いたくらいよ」


 私の部屋に置いてある手紙。

 中身はマックスと彼の母からの感謝の言葉だ。

 グルーン公爵本人からは後日直接会ってお礼を言いたいと連絡があった。


「そうでしょ? まぁ、私は悪魔なので人の嫌がることのために黒魔術を使いますがね」

「感動しそうだった私の心を返しなさい」


 本当にこの悪魔は。シリアスってものを続けられないのかしら。


「これは私の行動理念が悪性だからですよ。そうあれと生まれたので」


 悪魔はこちらを見て笑う。

 ゲームの中でも似たようなことを言っていたような記憶がある。


「しかし、お嬢様はそうではありませんよね? 先日も人間を多く呪い殺した魔術師の力を使ってグルーン公爵夫人をお助けになった。でしたらお嬢様自身がそのように魔術をお使いになれば何の心配もいらないのでないでしょうか?」


 長身の悪魔は腰を曲げ、私と同じ高さに目線を合わせる。

 常に薄ら笑みを浮かべた胡散臭い顔だけど、その視線は真っ直ぐこちらに向けられていた。

 何かを期待するかのような悪魔から顔を逸らして私は呟く。


「まぁ、メフィストが言うことも間違いじゃないわね。私がしっかりしていれば人助けの役に立つかもしれないわ」

「そうです。世の中には先日の公爵夫人を狙った者のように危ない連中が大勢いますからね。そのための自己防衛として禁術を学ぶのはオススメです」


 なんだか悪魔に言いくるめられたような気がする。

 けれど、実際にノアとしてこの世界で生きていくならいくつかの障害が立ちはだかる。

 今回のように禁術を使ってヒロイン達の好感度を稼ぐのもいいし、敵対しなかったとしてもその後の人生のために魔術の腕を鍛えるのは悪くない。


「なんだかメフィストにしてはまともなことを言っている気がするわね」

「お嬢様を立派に育て上げるのは私の務めでございます」

「悪魔なのに変なの」

「悪魔だからでございますよ。私がシュバルツ家と契約した内容にちゃんとあるのです。悪魔メフィストはシュバルツ家に利益をもたらす存在であれと」


 契約を結んだらそれをきちんと履行するのが一流の悪魔なのですとメフィストは胸を張った。

 私のご先祖様は何を考えてこんな悪魔と契約をしたのだろう。


「ちなみに私にスパルタなのは契約違反じゃないの?」

「最終損益がプラスになればその過程は問わない契約ですので悪魔っぽくやらせて頂いてます。お嬢様のリアクションが面白いので趣味でございますね」



 やっぱりこの悪魔嫌いかもしれない!!








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