第9話 大変! パパが来た!
私が目を覚ますと、そこは知らない天井だった。
ここはどこだっけ? と体を起こそうとするが、体が思うように動かない。
この感覚は何度か経験したことがあった。魔力の使い過ぎによる虚脱感だ。
限界ギリギリ、空っぽになるまで消費したせいでたった一度の睡眠程度では回復しなかったようだ。
諦めて柔らかい布団に身を任せて何があったのかを思い出す。
確か……マックスの家に乗り込んで彼の母親にかけられていた呪いを自分に移してから解除したんだっけ? 親子が感動の再会をしたところを見て安心して気絶した気がする。
コンコン。
それからどうなったのかを考えようとすると、部屋の扉がノックされた。
相手は私が起きているとは思わなかったのか返事を待たずにそのまま扉を開いた。
「あっ。起きたんだねノアさん!」
入室してきたのはマックスだった。
彼は私の顔を見ると嬉しそうに駆け寄って来た。
「心配したんだよ。急に倒れて凄い熱を出してうなされていたんだ。もう大丈夫? ポーションも用意してきたよ」
「えぇ。疲れて体が動かせない程度であとは問題ないわ」
ベッドの側に来て私の体調を心配してくれる彼の心遣いが嬉しい。
これが我が家であればあの顔面青白執事は私に「お嬢様。まだいけますよね?」と笑顔で言ってくるだろう。鬼! 悪魔! ……そういえば悪魔だったわ。
この三日間の特訓で身に染みたけれど、メフィストは人が苦しそうにしたり辛そうにするのが好きなようだ。
なにより喜ぶのが追い詰められた対象が諦めずに立ち上がる時だ。反骨精神大好きマンなんですか?
「本当に大丈夫?」
「ごめんなさい。ちょっと考え事をしていたわ」
ムカつく悪魔のことを考えてましたとは言えずに誤魔化す。
さて、何か話題を変えないと。
「マックス。夫人の容態は如何かしら?」
「お母さんは今眠っているよ。お医者さんが言うには精神的にも肉体的にも疲弊しているから当分は安静にしないといけないみたい」
ふむふむ。
私が使った魔術では呪いを取り除けても失ったものは取り戻せない。
これがとある魔術属性の持ち主だったら体力まで全回復に出来るが、ないものねだりは出来ない。
幸いにもこのグルーン家であれば各種ポーションや病人へのケアなどは得意分野だ。
「お母さん。早く元気になるといいわね」
「うん。お母さんが元気になったらノアさんのことを紹介するね」
公爵夫人との交流か。
上手くいけば今後の私の身の振り方について相談に乗ってもらえるかしらね。
こっちは命の恩人だし、多少恩着せがましくして頼んでみよう。
「本当にありがとうノアさん」
「……いえいえ」
曇りのない笑顔でイケメンショタがお礼を言う。
ノアという仮面を貫通して私にダメージが入ったせいでキャラも忘れて口元がニヤける。
お茶会の時もそうだけど子犬系男子の笑顔ってどうしてああも人を和ませるのだろうか。
「それであの、助けてもらった側なのにこんなことを言うのはおかしいかもしれないんだけど、ノアさんに一つお願いがあって……」
なんだい少年? 今のお姉さんは機嫌がいいから何でも聞いてあげるよ。
「僕と……友達になってくれないかな?」
彼の口から出たのはささやかな願いだった。
そしてそれは私が待っていた言葉だった。
「勿論。喜んでお受けするわマックス」
五大貴族の子供達とゲームのヒロインは私にとって破滅フラグそのものだ。
ノア・シュバルツは彼等によって断罪される。
その運命を変える一番の道を私は考えた。考えて思いついた。
メインキャラの彼等に恩を着せて仲良くなって悪事に手を染めなければ助けてもらえるんじゃない? と。
言い方を悪くすれば好感度稼ぎだ。
私には彼等に訪れる不幸を未然に防いだり最適解を出すことができる。それを利用して近づき、友達になれば何かあった時に助けてもらえる!
ぐふふ。これぞ打算だらけの完璧な作戦。
「本当? やったー嬉しいな」
ほわほわと花びらでも舞いそうな笑顔で喜ぶマックス。
うん。なんだかセコいことを考えている自分を殴りたくなったよ。
「そうだ。お迎えの人も来てるしノアさんが起きてること知らせなきゃいけないね」
「お迎え?」
私を迎えに来た人がいる? 誰だろうか。
ウチの
誰か私の知らない他所行きの使用人でもいたのかしら? と考えていると部屋の扉がノックされた。
「失礼する」
ガチャリと開いた扉の先には丸く禿げ上がった頭をしていて立派な髭を生やした恰幅のいいおじさんだった。
頭はツルツルなのに髭がフサフサとはどういうわけかと気になったけれど、その紫紺の瞳がこちらを見た瞬間に背筋が伸びた。
「もう目が覚めているようだなノア」
「お、お父様……」
自然と口から言葉が出た。
ノアとしての記憶から出てきたのはダーゴン・シュバルツという名前だった。
目元以外全く似ていない親の登場に私は驚く。
ゲームではノアの父親には名前も登場シーンすらもなくただ娘に翻弄されて死んだ人間としか紹介がなかった。
普段から仕事が忙しくて数えるほどしか会っていないこの人が何故ここに?
「メフィストに事情は吐かせた。娘が迷惑をかけたようだなマックス・グルーン」
「いいえシュバルツ公爵。ノアさんは母を助けるために無茶をされたのです。僕からはお礼を言わせてください」
もう見た目がマフィアのボスにしか見えないお父様にマックスは堂々と会話していた。
私の知る臆病な彼はどこへ? まぁ、お茶会の時も他の貴族の子供達と話せていたしよく出来た息子さんだ。
あとメフィスト。何情報を漏らしてるの?
「そうか。母君が無事であることを喜ばしく思う。ノアは我がシュバルツ家で療養させるのでこのまま連れ帰る」
そう言ってお父様は私の側に立った。
「立てるか?」
「残念ながら動けませんわ」
「そうか。では、」
まだ起き上がれる状態ではない私に対してお父様は手を出して抱き抱えた。
お姫様抱っこの形になるけれど嬉しくない。
どうして異世界に転生してイケメン達が登場するというのに初お姫様抱っこが父親なのだろうか。
まぁ、私は悪役であってヒロインではないから当然といえば当然か。
どっしどっしと重たい足でお父様は私を運んで馬車の座席に寝かせた。
私が乗ってきたものよりも広くて上等そうだから体が窮屈になることはなかった。
無茶させてグルーン家に突撃させた方の御者は先に帰らせてあるそうだから後で謝っておかないといけない。
「ノアさん。元気になったらまた遊びに来てね。いつでも歓迎するよ」
「その時はお言葉に甘えるわねマックス」
寝たきりの状態でお別れする中々珍しい体験をして馬車は動き出した。
扉が閉まる瞬間にマックスとグルーン家の人達が揃って頭を下げていて、私が体を張ったかいもあったなと思えた。
「さてノア。何か吾輩に言うべきことはないか?」
「……ご心配をおかけしました」
「全くだ。呪いを自分自身に移して解除するなど危険極まりない。お前の体はとても大切な物だ。そのことをしっかりと受け止めよ」
「はい……」
怒られてしょんぼりしてしまう。
逃げ場の無い馬車の中で二人きりというのは中々辛い。
「しかし、その歳で禁書に記された魔術を使えるようになるとはな。今後は細心の注意を払って修行に励むのだ。……我がシュバルツ家のために」
私を真っ直ぐ見るお父様の紫紺の瞳奥に燃え盛る火が見えた気がした。
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