第11話 休憩タイムと悪魔の提案
メフィストとの本格的な魔術の修行が始まった。
まずは魔術がどういうものなのかの解説があり、それから地下の禁書庫で禁書の解析だ。
相変わらず嫌な空気がする場所ではあるけれど慣れつつある。
キョンシーの使用人にも普通に命令出来るようになった。
ただし私の権限では聞いてくれない内容もあってその判断はメフィストがしているそう。
日本人だった私が慣れていくのに違和感が無いかと聞かれると、不思議とそんな気は起きなくなってきた。
ノアとしての私と混ざり合ったせいかこれが日常だと受け入れているのだ。
「ただしまともな人間と会話しないから独り言が増えるのよね」
「私がいるのですから独り言では無いのでは?」
今日の分の修行、というより授業が終わって庭先のテラスで恋愛小説を読みながらお茶の時間にする。
まだこちらの世界には漫画は無いけれど、挿絵付きの本はあるので何冊か読んでいる。
元からシュバルツ家にあった本なので内容が悲哀だったり最終的に主人公が婚約者を惨殺したりするオチだったりどこか暗い物語が多い。
近々街に出てハッピーエンドで甘い恋の作品を買おう。今くらいは幸せな未来を夢見させて欲しい。
「人間とって言ったでしょう? 悪魔が数に入るわけないじゃない」
「お嬢様が冷たい。このメフィスト、悲しくて涙が出そうです……あっ。目にゴミが入った」
初めて悪魔が涙する姿を見たけど、理由がしょうもない。
いつか痛い目合わせて大泣きさせてあげようかしら。
「大体、公爵家なのに誰も来客がないじゃない。グルーン家はお茶会の時でも人の出入りがあったわよ」
本に栞を挿して紅茶をひと口飲む。
頭の中にある知識によると、他の四家と比べてシュバルツ家は後から追加された家らしい。
それでも公爵という一番爵位が高い貴族なのだからもっと華やかかと思えばそうではない。
「お父様が魔術局のトップなら用がある人は大勢いるんじゃないの?」
「それはそうですが、」
空になったカップにメフィストが慣れた手つきでおかわりを注ぐ。
この悪魔は執事としての能力は高いので選んできた紅茶の葉も淹れ方も上手い。
悔しいけれどお店開いてお金取れるんじゃないか。
「旦那様に用がある方は直接魔術局へ出向かれます。本邸に戻られる回数の方が少ないですし、あちらの方が交通の便がよろしいですから。手紙がこちらに届くこともありますが、魔術局に転送しますので」
ティースタンドに置かれたお菓子を無造作に掴んで口にしながらメフィストの話を聞く。
今まで食べてきたものより何段か上の美味しさだったので次も同じものを買って来るように頼んだら断られた。
なんでも最近人気上昇中の店のものらしく、貴族でも並ばないと買えないらしい。
「並んで来なさいよ」
「私は忙しいのです。代わりに屍人に買いに行かせましょうか」
「それだけは絶対に止めなさい。……でも、それにしたって人が来ないわよね。私に用がある人とかいないのかしら?」
記憶の中にあるものはマックスからの招待と前世を思い出す前のシュバルツ家に近しい家に出向いての新年の挨拶くらいだ。
うちに人が来た記憶が無い。
「旦那様がお忙しいのもありますが、普通の方々はこのシュバルツ邸には近づきませんよ。そのような設計がされていますので」
「設計?」
「はい。屋敷にの雰囲気から庭の植物の配置まで計算されて建築されているのです。それもこれも他所からの侵入者が来ないようにするためのものです」
「へぇ」
ただ悪趣味なだけじゃなかったという理由に感心する。
ゲームで見ると魔王の城みたいな感じだったんだよね。
「シュバルツの地下にはご存知のように禁書庫や曰く付きの品々が保管されている宝物庫があります。元は王城にあったそうなのですが、物騒だから当家で管理せよと昔の王族から命令されました」
王族が生きていた時代ということは百年近く前か。
自分の家にあると怖いから他人に預けるなんて無責任な。
そんなんだからラスボスになってしまったノアとその一派に利用されてしまうのよ。
「そんなわけで侵入者を牽制するべく屋敷に魔術的な結界を施し、一日中監視の手を緩めることが無いように屍人の使用人を配置しているのですよ」
「何で屍人なのよ。交代制で守衛を雇えばよかったじゃない」
「屍人は逆らいませんし、主人以外の交渉にも応じません。あと不気味だから怖がられますし、使い潰しても懐は痛みませんので」
素晴らしいですねと笑うメフィスト。
うーん、この悪魔。
「屍人を使うって倫理的に問題があるでしょう」
「シュバルツ家は黒魔術の大家なので倫理なんて二の次でございます。それに屍人として働いているのは生前に死刑判決をされたものか自ら当家の傀儡になることを選んだ者ですので法的には問題ございません」
うへぇ。
屍人として働かされるのが死刑執行ってことなのね。
「自ら傀儡になったっていうのは?」
「いつの時代も物好きはいるものですよ。例えば今の私の肉体は黒魔術の使い手として優秀な人間でした。ただ黒魔術を極めるにあたって悪魔に興味を持ち、私に肉体を与えることで自らの限界を越えようとしたのですよ。乗っ取った時点で本人の自我は消滅しましたがね」
……とんだ狂人がいたものだ。
あくまでも双方の合意があったそうだけど私には理解出来ない。
私だってメフィストと似たような存在だけど、結構しっくりくるし、日本での知識があるおかげで魔女の魂に未だ乗っ取られていない。
「屍人って無期限に使えるの?」
「いいえ。あくまで死体とはいえ生ものですので防腐対策をしていてもいずれ腐ります。定期的に屍人の入れ替えはしていますよ。使えなくなったものは裏にある墓地に埋めています」
シュバルツ家の敷地を出てすぐの場所には大きな共同墓地がある。
ここには王都で亡くなった人のお墓があって、その管理は我が家が取り行っている。
公爵なのに墓地の面倒を見ているのは死体の処理について色々と都合がいいからか。
「墓場が近いこともあって人は寄り付きません。これも屋敷の設計の一つでございます」
「……マックスを我が家に招待しなくて正解だったわね」
友達になったとはいえ、毎回グルーン家の屋敷に遊びに行くのは申し訳なかったのでこちらに招待しようかと考えていたけれど、そんなことしたらトラウマを植え付けてしまうことになっていた。
「ただし慰霊祭の時は子供達が不法侵入しようとしてくるのですよね」
肝試しのお化け屋敷扱いじゃん!
思いっきり心霊スポットにされているよ我が家。
じゃあなにか? 私は他人からするとお化け屋敷に一人住んでいる怖い子ってことになるのかな?
お茶会で他の家の子からの視線に別の意味がありそうで悲しくなる。
「あー、人肌が恋しい。誰か普通の人間の子と遊びたい。話がしたい」
テーブルに突っ伏した私の口から愚痴が漏れる。
そりゃあノアが闇堕ちするというか、人の気持ちがわからないのも当然だよ。
人間じゃないものに囲まれて親や普通の人間と触れ合う期間が短いと人を人形扱いするようになるよそりゃあ。
近付いて来る人間達はどいつもこいつも人でなしの悪党だったし、魔女の魂だけじゃなく環境のせいもあるわね。
「お嬢様の意見はごもっともです。旦那様からも相談がございましたが、先日の件のようにお嬢様が他所の家でトラブルに遭った際にフォローする者がいないと困ります。私や屍人達では入れない場所もございますし」
一応、馬車の御者や屋敷に食材や荷物を運んでくれる人はいるが、メフィストが話しているのはそういう仕事の人ではない。
もっと私に近く、他所の貴族の家に連れて行っても問題のない人材だ。
「解決策はあるの?」
「えぇ。あまり気乗りはしませんが私の代理が出来る人間を用意しましょうか」
やれやれといった様子のメフィストだけど私は嬉しい。
こう、普通の人間の感性を持った人と一緒にいたいのだ。
そうじゃないとこの世界の一般人の基準がわからずに私が浮いてしまいそうだから。
「それではお嬢様。着替えて準備をして出かけましょうか。──当家に相応しい奴隷を買いに」
私のささやかな希望は悪魔執事の口から出た言葉によって一発で打ち砕かれてしまった。
え?なんだって?
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