第12話 奴隷。孤児院。
悪魔から放たれたとんでもない提案。
奴隷を買いに行きませんかですって?
頭が混乱して眩暈がしてきた。
「奴隷はこの国では禁止されているはずよ」
場所は変わって馬車の中。
善は急げと屋敷を出るメフィストを止めるために私は彼について行った。
普段の家紋のある馬車とは違う、その辺りを走っていそうな地味なものにわざわざ乗って向かうのは王都で一番賑わっている繁華街から道を二つ離れたあまり衛生的とは言えない区画だ。
まずまともな感性の人間ならば不穏な空気を感じとって近づかないエリアへと馬車は進む。
「確かに禁止されていますね。そのような非人道的な存在はいない……というのが世間一般の認識でございます」
「含みのある言い方ね。私達はどこへ向かっているのかしら?」
窓の外には昼間から酒に潰れて地面に寝る者、ゴミ捨て場を漁って残飯を探す者達がいる。
見ていて気持ちのいいものではない。
「我々はこれから孤児院を視察します。その孤児院の院長は心優しい人物で
「あー、聞こえないわ!」
これ以上げんなりするような情報を聞きたくないので私は自分の耳を塞いだ。
つまり非合法な真っ黒い商売をしている場所ってことだ。
「よく捕まらないわねその院長」
「尻尾を見せないことで有名なようですよ。引き取られた子達も口を割らないようですし」
悪人は隠し事が上手いらしい。
客の中にはそれなりの地位の者もいるようで捜査関係者に圧力がかかっているそうだ。
「孤児院に向かうにあたっていくつかお嬢様にはお願いがございます」
「なによお願いって」
かしこまってこちらを見るメフィストの口からいくつかの注意事項が出される。
それを聞いて私は今すぐにでも引き返したい気持ちになったけれど、黙って従うことにする。
「さて、そろそろ着きますよ」
話が終わった頃に窓の外が指さされる。
見えてきたのは確かに周囲と比べるとしっかりとした造りの建物だった。
ただし、建物を囲むようにそびえ立つ壁の内側に鉄の棘があるのは気にしてはいけない。唯一の入り口以外の扉は板と釘で塞いであった。
「おぉ。これはまさかシュバルツ公爵家の方がいらっしゃるとは」
馬車から降りた私達を出迎えたのは腰の曲がった老人だった。
首からロザリオのネックレスを垂らしているから聖職者なのだろうが、金歯と宝石付きの指輪を複数している時点で怪しさ全開だった。
メフィストが自己紹介をすると老人は院長だと名乗った。親玉が直々に迎えてくれるとは流石は五大貴族だ。
「急な訪問で申し訳ございません。実は当家で雇う使用人を探しておりまして。世のためになるなら是非身寄りのない子供を引き受けたいと思ったのです」
「おぉ。なんと慈悲深い方なのでしょう。孤児からお屋敷で働くことになって子供達も喜びます。きっとお眼鏡に叶う子を紹介してみせますとも」
悪魔と悪魔みたいな商売をする老人。
悪人同士の蠱毒でも始めるつもりだろうか。両方とも倒れてくれると私の精神衛生と世間のために助かるのだが。
「そちらのお嬢様は?」
「こちらは我が主人のノア・シュバルツ様です。年の近い友達を引き取りたいとされまして」
なんだろう。友達の部分に奴隷というフリガナが付きそうな言い方だ。
院長は私の足先から頭の天辺までを舐めるように見ると媚びるような声を出した。
「今後ともご贔屓にお願いしますお嬢様」
「…………」
金歯を見せつけるような笑顔を向けられた私は無言のまま老人から隠れるようにメフィストの後ろに立った。
「おや。人見知りな方のようですな」
「お嬢様はシャイな方ですねぇ。このメフィストと手を繋ぎますか?」
あぁ、一刻も早くうちに帰りたい。
屍人達が喋らないから寂しいなんて言ってごめんなさい。
悪意のある人間の方がよっぽど不気味だわこれ。
ついでにメフィストの足を踏んでおこう。
「立ち話をなんですし、施設の中へ」
手は繋がないが、なるべくメフィストの側を離れないように孤児院の建物の中へ入る。
外の造りは頑丈そうなのに建物の内部はボロボロだった。
所々床が腐っている場所もあるし、割れた窓ガラスがそのままにされている。
「一階にいるのはスラムで暮らしていた子達ですな。親に捨てられた可哀想な子達でして、視察に来た方は胸を痛めていらっしゃいます」
学校の廊下のようになっている場所を歩くと、ガラスのある扉の向こうに元気のない子達が集まっていた。
誰もかれもが薄い布一枚の服で身を寄せ合っている。頬をやつれていて顔色も良くなさそうだ。
「あんな子達ですが最低限の食事や世話はしております。スラムで一人で暮らしていては野垂れ死んでしまいますので」
院長はかわいそうにと付け加えたが、その声には何の気持ちもこもっていない。
彼らを見る院長の目はつまらなさそうだった。
「ほう。あれが表向けのサクラですね。一食分の食事でスラムの子供でも集めましたか?」
「ちょっとメフィスト! 何言ってるのよ!」
私は急にとんでもない言葉を口にした悪魔の袖を引っ張って黙らせようとする。
しかし老人はそれを怒るどころか笑った。
「はははっ。流石はシュバルツ家の方ですな。あそこにいるのはスラムのガキ共ですよ。ああして来客や監査が来た時に雇っているのです。うちはキチンと国から補助金を頂いて運営しておりますからな」
ペラペラと秘密を喋る院長。
子供を食い物にしている上に善良な人から集めた税金すら不正受給しているなんて最低だ。
「ですがそうなると商品は?」
「こちらへ」
建物の奥、吹き抜けになっている広い空間はかつて教会だった名残を一番濃く残していた。
椅子やステンドグラスは壊れているが、首の折れた女神の像の下、祭壇にあたる部分は丁寧に掃除がされていた。
「普段ならばここは神聖な場所として監査の役人すら立ち入れませんが、教会に寄付をしてくださるお客様は特別です」
院長が祭壇部分の地面に触れると足元に魔法陣が浮かび上がって床に穴が空き、階段が現れた。
「取引所は地下でございます」
「これは素晴らしい。魔法陣を消せば証拠は残りませんね」
素直に賞賛するメフィストは院長に続いて地下への階段を降りて行く。
私だけ残るわけにもいかないので暗い地下へと恐る恐る侵入する。
地下三メートルほど降りた場所には細い通路があった。カビ臭い匂いと、天井から滴り落ちる水。たまに何かが地面を駆け回っているけどネズミだろうか。
「ここですよ」
地下通路の壁には所々蝋燭が取り付けられていて、薄っすらと明るい。
通路の先、孤児院の最奥にあるのは牢屋だった。
「ほぅ。これはこれは」
──────。
私は言葉を失った。
鉄格子で仕切られた向こう側。そこには性別のバラバラな十歳にも満たない子供達が鎖に繋がれていた。
彼らの目は上にいたスラムの子供達の比じゃないほどに光が無く、何かの薬を飲まされたのか口を半開きにして涎を垂らしている子もいる。
鼻を刺激する悪臭が酷いけど、おそらくこれはアンモニアの臭いだ。
ちっ。ここの衛生環境は最悪ね。
「ほらお前達! お客様がおいでだぞ!」
院長が鉄格子を叩く。
すると子供達は体を震わせて身じろぎする。
それに合わせて繋がれた鎖がジャラジャラと音を立てて鳴る。
「衰弱はしていますがギリギリの所で止めています。これでも大切な商品ですので。年が若いのは今後の教育をお客様にしていただくためです。成人していると余計な知恵が回りますからな。特に人気なのは幼女です。そういう趣味の方が愛玩用に購入されていましてな」
商品だのお客様だの、院長はもう取り繕うのをやめていた。
ペラペラと話すのは商品の説明。ここを利用した連中の性癖だ。
メフィストが相槌を打ちながら話を聞く中、私は牢屋に近づく。
彼らの口がさっきから何かを呟いていたからだ。
ゆっくり。ゆっくりと声が聞こえる範囲に近寄る。
「……ください……何でもしますから私を買って…」
「……僕は役立ちます。だから僕を選んで………」
助けを求める言葉じゃなかった。悲鳴ですらなかった。
彼らはただ自分を売りつけるためのセールスポイントを同じくらいの年の私に言った。
……あぁ、どうしてくれようか。
「お嬢様。そんなに熱心に見ていてはダメですよ。どうもここには我々の目当てのものはありません」
頭に血が上って今にも院長に殴りかかろうと考えていた私の肩を強く掴むメフィスト。そのまま牢屋から引き剥がされたので彼を睨む。
「むむっ。五大貴族ともなれば品を見極める目も一流ですか。ならばもう一つ横にとっておきがございます」
私達のやりとりに気づかずに院長は隣の牢の前に移動した。
今まで見ていた牢に比べるとそこは鉄格子の造りが分厚く、両手両足を鎖に繋がれて吊るされるような体制の子がいて、牢内には魔法陣が刻まれていた。
「こちらは高い魔術の素養を持った子供です。横の連中も魔力持ちではありますがこれは格別。連れてきた時から魔術を使って脱走しようとしていました」
一人だけ扱いの違うその少年は半裸の姿で沈黙していた。
生きているのかすら判断がつきにくい。
黄土色がかったくすんだ金髪には所々黒い部分があってプリンのようだ。
肉が落ちた体には脱走をしようとした罰なのか何かで叩かれたような痕がミミズ腫れになっている。
「ほぅ。……これは当たりですね」
「そうでしょう! これを仕入れた時は過去最高の商品になると思いましたとも。滅多にお目に掛かれませんよこんな奴隷は! お客様は運がいい!」
少年を見て考えるメフィストに院長はここぞとばかりに売り込んでくる。
値は張るが損はさせないだの、成長すれば整った容姿になるだのとペラペラペラペラと口を開く。
「いかがなさいますお嬢様?」
ひと通り話を聞いたメフィストが私に問いかける。
院長もそれに合わせて口を紡いで媚を売るように腰を低くして私の返事を待つ。
「そうね。院長さん、ここにいる全ての子たちを引き取っても構わないかしら?」
牢から目を離した私はニッコリと笑顔を作ってそう告げる。
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