第13話 呪い魔弾。


「す、全てですか!? それはもうこちらとしては大歓迎ですとも! ではでは金銭の授受について詳しいお話を──」

「その必要は無いわ。メフィスト」


 こちらの提案に驚きながらも商談成立に喜ぶ院長の言葉を私は遮った。


「かしこまりました」

「?」


 ガシッ。


 ひと言返事をしたメフィストは疑問を顔に浮かべる院長に向き合うと、その肥えた顔を片手で鷲掴みにして背後の壁に押し付けた。


「な、何をする! 離せ!!」

「いえいえ。そういうわけにはいきません。これ以上貴方の醜い顔を見せるとお嬢様が我慢出来ませんので」


 いつもと変わらない薄気味悪い笑顔のままメフィストは院長の顔に指をめり込ませて持ち上げる。


「ぎぃ……いだいいだい! 何のつもりだ! いくら客とはいえ許せんぞ!」

「おや。おかしなことを言いますね。我々は子供達を引き受けに来たと言いましたよ。


 あははは、と笑うメフィスト。

 嘲笑しながらもその万力のような手は院長の顔を握りしめている。


「なっ!? ならば何故ここに!」

「子供の誘拐。並びに孤児院への補助金の不正受給。禁じられた奴隷売買。……捜せば罪状はまだまだ増えそうかしら?」


 作り笑顔を消して深呼吸をし、煮えたぎる怒りを吐き出すように私は今日の目的を告げた。

 ここに来る途中、馬車の中でメフィストから打ち明けられた内容。

 それは幼い子供を狙った連続誘拐事件。

 その黒幕が王都内にいると情報を掴んだ魔術局だったが、あと一歩が踏み込めずにいた。

 顧客の中にはそれなりの地位の者もいて並の局員では対処出来ない。

 なので魔術局のトップであるシュバルツ家にその任務が回って来た。

 お父様の代理としてメフィストが指名され、ついでに私も社会見学として駆り出されたのだ。

 そんな警察の潜入捜査みたいなのに私がいていいのかと疑問に思ったけれど、今回はお父様が直々に命令したそうで拒否権はなかった。

 でも、こんな現場を見てしまった以上は乗り気じゃないなんて言っていられない。


「欲張って手を広げ過ぎたのよ。子供の捜索願いの数が異様に増えていたわ。人攫いと魔術局の人間が争ったって話もあるし」

「くっ。連中め騒ぎを大きくしおって!」


 恨めしそうにここにはいない誰かへと文句を言う院長。


「奴隷として子供達を売っているのは貴方のようだけれど、攫ってくるのは別の集団よね。その辺りの情報もきっちり話していただくわよ」


 主犯である院長を捕縛して囚われている子供達を救出する。

 これでこの潜入捜査は終わり……の筈だった。


「くっ。こうなればガキ共と一緒に口封じに殺してやらる!」

「お嬢様危ない!」


 メフィストに捕まっていた院長のしていた宝石付きの指輪が光り輝いて砕けた。

 すると地下通路の壁が大きな音を鳴らしながら崩れだしたのだ。

 頭上にあった天井が崩れ落ちて下敷きになる瞬間、メフィストが私を庇いながら地面を転がる。


「お怪我はございませんか?」

「助かったわ。アイツ指輪の宝石にあらかじめ魔術を刻み込んでいたのね」


 ただの金持ち自慢飾りかと思っていたらしっかり防衛手段を持ち歩いていたわけだ。食えない奴。

 メフィストが私を助けたせいで拘束から抜け出した院長は全力疾走をしながら元来た出入り口へと向かっている。

 その後を追いかけてとっ捕まえてやりたい気持ちもあるけど、今は子供達の救助が先だ。


「メフィストはそっちの子達をお願い。私はこの男の子を」

「かしこまりました」


 指示を出して行動を開始する。


 ゴゴゴゴゴ……。


 地下の揺れはどんどん大きくなっているから時間はかけていられない。

 私は最近メフィストから新たに教えてもらった腐食の魔術を使って牢の鍵を破壊する。

 手で触れた先から物が溶けていくなんて益々悪役染みた技を覚えてが、こういう時には助かる。


「鎖を外すわ。あまり動かないでちょうだい」


 声をかけるが、少年からの返事はない。

 間違っても魔術が少年に当たらないように注意しながら両手足の拘束を解く。

 体に力が入らないのか倒れ込みそうになる体を受け止めて背負うようにして牢から出る。


「こちらは救出致しました」

「こっちも大丈夫よ」


 あちら側はまだ自力で歩ける子が多かった。

 衰弱が激しい子と幼過ぎて歩くのが遅い子はメフィストが両脇に抱え、背中にも一人しがみついている。

 幽鬼のような見た目の割に力持ちなメフィストと一緒に私も出口へと向かって走る。


「間に合うかしら」

「お嬢様と二人だけなら問題ありませんがこうも人数がいると」


 揺れは次第に大きくなり、後ろの方で牢が潰れる音がした。

 ネズミ達が慌てるように地面を駆け回っている姿を見ながら地上へと上がる階段に辿り着いた。

 後はここを駆け上がるだけ。

 なのにメフィストは階段の手前で立ち止まってしまった。


「どうしたのメフィスト?」

「ちっ。どうも院長が外から出口を塞いだようで階段の途中から埋まっていますね」

「どうするのよそれ!」


 やってくれたわねあの悪党。

 我先にこの出入り口へと走って行ったところを見るに外への道はここだけ。

 その唯一の道が潰されてしまっては外へ出られない。

 地下空間自体も崩れていてこのままでは瓦礫に押し潰されてしまう。


「無いのなら作りましょう。土系統の魔術で即席の道を開きます。ただし黒魔術以外は苦手ですのでお嬢様の力もお借りしますよ」

「わかったわ。ならさっさと始めましょう」


 背中の子を降ろしてメフィストの横に立つ。

 彼も抱えていた子を別の歩ける子に任せて地面に文字を書き出した。


「お嬢様は魔法陣に魔力を。計算や調整はこちらで引き受けます」

「任せてちょうだい」


 素早く準備を終えたメフィストと共に地面の魔法陣に手を触れて魔力を注ぎ込む。

 マックスのお母さんの時とは違って術式についてイメージする必要はないのでありったけの熱を押し込んだ。

 すると崩落とは違う地響きがして地上までのトンネルが開通する。


「……ぷはぁ」

「さぁ早く! 急いで登りなさい」


 適性の低い属性の魔術を使ったせいか消費した魔力量が膨大だった。

 虚脱感に襲われるがここで気絶してしまうわけにはいかないので体にムチを打って駆け上がる。

 殿しんがりとしてメフィストがトンネルから上がった時には孤児院の地下にあった空間は全て潰れてしまった。


「間一髪だったわね」

「お嬢様がいなければ全員生き埋めでした」


 トンネルの先は孤児院の庭に繋がったようで子供達は地面に座り込んでいる。

 珍しくメフィストが汗を掻いているので本当にギリギリだったのだろう。


「なっ!? どうやって地下から脱出を!」


 乱れた息を整えていると建物から白髪の金歯をした院長が出てきた。

 何やら鞄のようなものを両手に持っていて、今から逃げますという格好だ。


「そういえばまだコイツが残っていたわね」

「これはラッキーでございますね。今度は逃がしませんよ」


 子供達を下がらせて二人で院長を挟み込む。

 老人は諦めたのか荷物を乱暴にその場に投げ捨てる。

 しかし、あれは大人しく捕まる人の目じゃない。


「やむを得ん。ワシとて魔術師の一人。ここで二人共殺して逃げてやる」


 院長が懐から杖のようなものを取り出してこちらへ向ける。

 さっきの指輪の魔術といいただの一般人じゃないと思っていたけど魔術師なんて。

 対人戦の経験はまだないからどうしよう?


「そうはさせません。お嬢様、先日習得した呪詛の禁書を思い出してください」


 メフィストの言葉を聞いて記憶を辿る。

 古代文字で書かれていた禁書。その内容は他者を呪い殺す方法やその対処について。

 呪いを発動させるには人形を使ったり生贄を用意したりと様々な方法が記されていた。

 だけど殆どは事前の準備が必要なものばかりでこんなとっさに使えるようなものは限られていた。

 えっと、その中でも簡単で素早く効き目があったものは────。


!」


 私は片手を前に突き出して指鉄砲の形を作ると指先に魔力を集中させて放つ。

 人を指差すという不吉な行動をトリガーとして発動させる魔術だ。

 呪いとしては下級でその効果は相手に腹痛を与える程度だけど動きを封じるならそれで十分だ。


「がっ!?」


 だというのに私から放たれた呪いの弾丸は院長の顔面に当たると、その体をぶっ倒した。

 っていうか思ったより大きかったわよね今の!?


「流石はお嬢様。低級の呪いのはずが相性が良すぎて物理的ダメージに変換されるなんて」


 何それ聞いてないんだけど。

 顔に思いっきり野球のボールを叩き込んだみたいな感じになっているけど大丈夫よね?


「生きてるわよね?」

「気絶しただけのようです。後は私が動けないよう拘束しましょう」


 鼻血を出して倒れ込んだ院長をどこからか取り出したロープで縛り上げるメフィスト。

 ただしその縛り方が特殊というか……亀甲縛りだっけ? どこで覚えたのよそれ。


「これでよし。ひとまずは安心ですね」

「やっと終わった……のよね?」

「えぇ。他に孤児院にいた者は先程の地下崩落で逃げ出したようです」


 追加で敵が現れないことに安堵して私も地面に座り込む。

 今日はずっと神経を張り詰めていたし、魔力も消費したので疲れてしまった。

 服が汚れたり行儀が悪いというお説教は勘弁してもらいたい。

 本当に今日は色んなことがあった。その中でも一番驚いたのは我が家のことだ。


「まさかシュバルツ家が裏で正義の味方みたいなことをしているとは思わなかったわ」

「黒い噂はありますが、元は王族の命で動く宮廷魔術師の家系でございます。黒魔術のプロフェッショナルとして裏社会で名は知れています」


 ゲームでは明かされていなかったが、ノアが悪人達と深い繋がりがあったのはこういう機会が何度もあってその中でパイプを作ったからなのだろう。

 院長もシュバルツ家と聞いて反応していたしね。

 本来であれば黒魔術と裏社会での影響力で国を守るはずだったのに逆にそれを利用して国を支配しようとしたわけだ。そりゃあ厄介よね。


「初任務でこれだけ活躍すればお嬢様も人気者になりますね……要注意人物としてですが」

「やめてよねそういうの。今回のは全部貴方の功績にしておきなさい。私はついてきただけよ」


 不吉なことを言うメフィスト。

 私は何も聞いていないし聞きたくない。

 ヒロインちゃんじゃあるまいしモテモテになるのは勘弁だ。

 恋愛なんて考えるのは私が無事に生き残ってからのことだ。


「もう疲れたわ。さっさと帰りましょ」

「そうですね。ただいま馬車の用意をして参ります」


 こうして私の最初の任務となる孤児院の人身売買事件は幕を下ろしたのだった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る