第121話 ラスボス&ヒロインタッグ!


 べノン・ブルー公爵。

 お父様達の一つ前の世代で五大貴族同士でバチバチやり合っていた頃の英雄と呼ばれる男。

 ブルー公爵家に伝わる龍眼と呼ばれる魔眼を持って生まれ、守護聖獣を召喚できれば間違いなくこの国の王として迎え入れられたと言われている。

 若い頃は過激派だけど国思いで自分の身分に誇りを持った立派な人物だったそうだ。

 そんな男に変化があったのは子供が生まれてから。

 黄金世代と称えられたお父様達の活躍が世間で話題になっている頃、この人は第一線を退き、若い世代の育成に力を入れるようになった。


「儂の人生が狂ったのは失敗作の息子が生まれてからじゃった!」


 玉座の間。

 男から迸る魔力はとても半隠居状態だった老人とは思えない量だった。

 きっと自分自身をひたすらに鍛えて強さを維持してきたのだろう。


「儂を恐れ、敬い、腰が抜けていた五大貴族の連中は自分達の子が優秀だと分かると手のひらを返して自慢してきた。お前の唯一の欠点は子種が軟弱だと!」


 物を収納する魔術具なのだろうか、老人がどこからともなく取り出した巻物の中からロナルドが持っていたものに似た薙刀が現れた。

 かなり使い込まれて刃に龍の意匠をした紋章が刻み込まれている。


「じゃが、そんな奴らは全員死んだ。奴らが軟弱だからすぐ死んだ。儂は生きておる。生きていればいくらでもやり直せる」


 老人は過去の妄執に取り込まれた。

 自らの輝かしい栄光を取り戻すために禁忌に手を伸ばしてしまった。


「見ろ。儂の血に聖獣は、龍眼は宿った。足りなかったものも全て儂の前にある。あと少しで全てが儂の手に入るのじゃ!」


 ロナルドはケイが押さえ込んでくれると信じている。

 これ以上満身創痍な彼を傷つけたくない。


「エリン。私達でやるわよ」

「はい! ノアさま」


 勇ましく返事をするエリンに少し驚く。

 私があっちの世界に行って戻ってくるまでにこちらの世界ではあまり時間が経過していない。

 それなのに瞳に強い意志が宿っているエリンは前の彼女と別人みたいに輝いていた。


「主人公、覚醒ってやつね」

「?」


 私の呟きに首を傾げるエリン。

 今の彼女ならラスボスになったノア・シュバルツと戦えると思う。

 この子だからこそ女神の半身は聖女の力を託したのかもしれない。


「さぁ、行くわよ」

「かかってこい、小娘共!!」


 まず最初に動こうとしたのはブルー公爵。

 刃に魔力を宿した攻撃は距離に関係なく斬撃をこちらに飛ばしてくる。


「喰らえ!!」

「それはもう見た」


 老戦士が吠える。

 だけど、それより一瞬早く私の魔術が発動する。


「ガンド」


 呪いの込められた魔弾。

 精々が当たった相手を体調不良にする程度の威力しかなく、物理的な破壊力はそれほど有していない。

 黒魔術ととことん相性のいい私だからこそ使い勝手のいい魔術だけど、一流の魔術師が相手なら防ぐ術はあるだろう。


「たかがガンド如きに」

「たかが? 貴方の敵が誰なのか思い出しなさい」


 ギュオ──ン!!


 一発の銃弾ではなく、レーザービームのような音を出しながら赤黒い閃光が放たれて振り上げられた薙刀を粉砕した。

 ブルー公爵の持つ愛刀は無惨にも失われたのだ。


「な、なんだと……」


 あまりの破壊力に狼狽えるブルー公爵。

 魔術を使った私自身もちょっと引く威力が出ているけど、畳みかけるなら今だ。


「これが私とエリンの力よ。黒魔術の申し子と支援魔術の聖女の合わせ技。言っておくけど、今のはただの牽制よ」


 魔女の力を抜かれたことで逆に魔術が洗練された私と聖女に覚醒したエリン。

 ふたりは最強! とまではいかないけど、倒したかったら聖獣使い全員をぶつけるくらいしないと止まらないわ。


「はっ、やるなお嬢。でもその悪人顔止めた方がいいっすよ」

「人が気にしてるところを茶化すな!」

「わたしはノア様の不適な笑み、素敵だと思います。でもなんだか悪いことしているような気に……」


 人がカッコいい台詞を言ったのに味方がディスってくるんですが、私が悪いの?

 悪人顔はお父様の血のせいでしょ。私は何も悪いことしてないわよ!


「何処までもふざけおって。刃が砕けたのなら魔術と拳で戦うまで。この龍眼に仕留められない敵などいないのじゃ!」

「なら、まずはその眼を奪うわ」


 鉄砲の形にしていた手を崩して人差し指を指揮棒のように振るう。

 ついさっきシュバルツ邸の地下で見つけてきた魔術だ。


「ナイトアイ」


 呟いた呪文は非常にシンプルなもの。

 瞼と眼球の間に夜の帳が下がるように呪いの膜を作り出す。

 魔術を受けた相手はその光を失う。


「儂の目が! 一族の宝である龍眼が!!」


 効果の持続性は一日くらいしかないし、別に目を傷つけるわけではなく、真っ暗な闇しか見えないようにする目潰しの呪い。

 でもそれを私のスペックでエリンの補助付きで使えばどうなるか。


「何も見えない……全てを見通す龍眼が……」

「多分、私とエリンが解呪しない限り永遠にその暗闇は続くわよ。耄碌して節穴になった目なんて必要ないわよね?」


 ブルー公爵家が、ロナルドとこの老人が恐ろしいのは特別な魔眼があるからだ。

 これがあったらどんな魔術を発動するかバレるし、隠れても魔力反応で見つかる。

 だから最初に潰しておく必要があったのね。


「目が、目が……」

「視界を塞いだ今なら避けきれないわよね」


 今度は両手を鉄砲の形にして構える。


「ガドリングガンド」


 エリンのサポートを最小限にした本来のガンドをブルー公爵の体にばら撒くように撃つ。


「頭痛、腹痛、腰痛、神経痛、歯痛、眩暈に吐き気に疲労感。そしてオマケの筋肉痛!」


 オラオラオラ! と呪いの弾丸を視界ゼロで戸惑っている男へと命中させた。


「まだよ。──重力操作魔術【増】」


 周囲の重力を増加させてブルー公爵の膝を折り、地面に倒れ込ませる。


「最後は操影魔術【縛】」


 続けて私の足元から伸びた影が手と膝をついた体に纏わりついて縛り付ける。

 ありゆる体調不良を浴びせられ、芋虫のように地面に転がされるブルー公爵。


「まっ、こんなところかしらね」

「「…………」」


 ひと仕事を終えてパンパンと手を叩くと、何か言いたげな視線が二つ私を見ていた。

 コホンと咳払いするとエリンとケイは視線を逸らす。


「何よ」

「お嬢は手加減って言葉を覚えるべきだな」

「いつかのグレンみたいでした」


 この子達には私が弱いものいじめでもしていたかのように見えたのだろうか?

 相手は衰えているとはいえ、東部領の頂点に長年君臨してきた豪傑。

 両方揃った龍眼もコントロール出来ていて、ロナルドルートだと紙一重で勝てるような強敵だ。

 あくまで今のはラスボスの素質の塊である私が神の力を持ってるエリンから万全のサポートを受けて全くの油断なく、確実に勝てる最善手を全力で行っただけの話。


「お祖父様を赤子の手を捻るように倒すなんて……」

「ロナルドまで私を責めるの!?」


 こんなに頑張ったのに私の味方ゼロですか!?

 原作知識利用してメタメタな戦法で老人をハメ殺ししただけでブーイング!?


 ……いや。冷静になると相手の手札全部見て七並べとかされたら私キレるわ。クソゲーだもん。


「いいや。私がずっと逆らえないと思い込んでいたあのお祖父様がこんな風に敗れるなんて……」


 ロナルドはずっと側にいたからこそブルー公爵の本当の実力と恐ろしさを知っている。

 だからこそ逆らえず、心を殺してきた。


「君にとってはお祖父様でも恐怖の対象にはならないんだな」

「別に他所の親なんて怖くないですよ。私が怖いのは自分の親だけです」


 本気で怒ったお父様はマジヤバい。

 特にメフィストがいなくなってから私の魔術の修行をつけてくれるようになってヤバさが身に染みた。

 私が黒魔術の申し子として簡単に魔術を使えるなら、お父様はその使い方を熟知して徹底的に叩いて砕いてくる容赦のなさがある。

 娘に操られるモブおじさんとか思っててすいませんでしたって心の中で土下座するレベルだよ。


「そうか……そうだな……。君にも怖いものがあって安心したよ」


 倒れて気絶した老人に先程までの覇気はない。

 そんな男を見てロナルドは力なく笑った。


「私の人生は何だったんだろう。お祖父様がいなくなったら何を頼りに生きればいいのか……」

「別にいなくてもどうにかなるわよ。今の貴方は長い間自分を押し殺さないと生きてこれなかった。この年寄りしか頼れなかったから視界が狭まっているの」


 一族から遠ざけられて愛情というものを与えられなかった少年。

 そんな彼に唯一向けられたのは歪んで狂った身勝手な期待だけだった。

 たった一つ自分に残された矢印に依存することでしか存在価値が無いと刷り込まれているのが今のロナルド・ブルー。


「未来のことはゆっくり考えましょ? 貴方は誰からも愛されていないわけじゃない。少なくとも私はロナルドのこと好きよ」


 迷子になった少年の頭を撫でる。


『わたしはロナルドのこと好きです。愛してます』


 ゲームのロナルドルートでエリンが言った台詞。

 この言葉がどれだけ彼を救ったことか。

 不覚にもこのルートをクリアした私は年甲斐もなく大泣きした。

 この後空気読まずに現れたラスボス形態のノアにブチ切れたけどね。


「ノア君……」


 霧の晴れたような澄んだ瞳をしたロナルドが私を見上げる。

 うぅ、縋り付いてくる子犬ような表情でイケメンの潤んだ目とか反則でしょ。


「……ケイ兄さん。またですよ」

「まただよな妹よ。流石にそろそろ数増やすのやめて欲しいんだけど」


 金髪双子がボソボソ小さな声で話しているけど、内容が耳に入ってこない。

 ヤバい、このままロナルドをお持ち帰りしてたっぷりと甘やかしてあげたい気持ちが湧き上がってくる!


「ノア君。君のためなら私は──」

「はい。そこまでっすね。一応、ロナルド会長は反乱軍の首謀者一味っすから拘束させて貰います。さっさと離れてください」


 私に向かって伸ばされた手はケイによって振り払われた。

 残念そうな顔になるロナルドを励ましてやりたくなったのだけど、間に挟まるケイが邪魔してくる。


「ちょっと! ロナルドは命令されていただけよ。それに怪我してるし手当しないと」

「治癒なら任せてくださいノアさま。わたしの方がこういうの得意ですからノアさまは休憩していてくださいね」


 何故かエリンまで乱入してきて私とロナルドは物理的に距離を離された。

 なんで?


「お嬢はもっと自覚を持ってくれよな」

「自覚? 私はちゃんとシュバルツ公爵家の令嬢として自覚ある行動をとっているわよ。国のために戦ったじゃない」

「……ちっ」


 舌打ち!?

 今、この従者ってば主人に向かって舌打ちしましたよ皆さん!!

 いや、皆さんって誰だよと自分にツッコミして辺りを見渡す。


「お城、かなり壊したわね」

「玉座なんてガンドで穴だらけになってますよ。修繕が大変そうっすね」


 長い間空席だった椅子は、座るに相応しい人物の帰還と同時に無惨な残骸になってしまった。

 あれ壊したの私だけど、後から修理代とか請求されたりしないわよね? そもそも玉座ってお金払えば直せるものなの!?


「うぅ──。お腹痛くなってきた」

「お嬢の場合は腹の虫が鳴いてるだけですよ。ひとまず旦那様やみんなと合流して騒ぎを鎮めたら飯にしましょう。オレと師匠が腕を振いますよ」

「本当!? 私、キッドの料理大好きよ!!」


 思わず慣れ親しんだ偽名で呼んでしまうくらい喜んだ私。

 あっちの世界で一人暮らししながら食べてた弁当や下手くそな手料理、冷凍食品と比べると彼の作る料理の方が何十倍も美味しい。

 もう、ノア・シュバルツにとってのお袋の味といえば彼の料理になる。

 一番好きなお菓子はエリンのだけど、料理となれば話は別だ。


「へいへい。それがお嬢らしさってやつっすね」


 自分の頭を掻きながらケイが満更でもなさそうに笑った。

 ロナルドの方はエリンの魔術によって表面上の傷は塞がって手当が済んだようだ。


「じゃあ、ブルー公爵を連行するわよ。話の続きはそれからね」


 影による拘束をしたまま気絶した老人を連れて行こうとした時だった。


「あら? それは困るわね」


 ゾクリと背筋が凍るような悪寒がした。

 まだ一件落着とはいかない。

 姿が見えないなとは思っていた。


「お前は……」


 忘れていたわけじゃない。

 でも、まずはロナルドを助けようと決めた。

 それからじゃないと大変だから。


「さっぱりした顔をしてるわねロン。その子達はアンタの友達かしら?」

「クティーラ……」


 べノン・ブルー公爵は前座だ。

 ルート攻略のためのボスを倒してからが本番。

 攻略キャラ全員のストーリーはお終い。

 悪者一味が壊滅したなら出てくるのはその親玉にしてこの世界に終焉のシナリオをもたらすもの。


「全員殺してあげるわ。その方がとっても楽しそうだもの」





 ▼《輪廻転生物語 エターナルラブメモリー》の真のラスボスが現れた。




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