第120話 ロナルド・ブルーの事情。
ある少年の話をしよう。
彼は生まれた時から不幸だった。
いいや、生まれる前から不幸な人生を送ることが決まっていた。
彼は生まれてすぐ母親に殺されそうになった。
我が子にあらんばかりの憎悪の目を向ける母親の目を彼は覚えている。
それは彼に与えられた特別な力のおかげであり、同時に彼が唯一記憶している母の思い出だった。
「おぉ、龍眼を持って生まれるとは……やはり儂の血がそうさせるんじゃな」
笑顔で彼をあやすのは同じ眼をした老人だった。
ただし、老人の両目にあったものを彼は片目にしか持っていなかった。
「ちちうえ……」
「その呼び方はやめてくれないか」
生まれ数年が経ったが、父と呼ぶように教えられた男性は彼を見るといつも苦しそうな顔をしている。
まるでかわいそうなものを憐れむように、化け物に怯えるように。
父は普通の人間だった。
勿論、一般人と比べれば遥かに優秀で、黄金世代と呼ばれた後輩達に少し劣るが魔術師としての力量は確かなものだった。
そんな父の唯一にして最大の欠陥は祖父のような魔眼を持っていないことである。
「こっちに来ないで! あっち行きなさいよ!」
そんな父の娘であり、彼の姉である少女は彼を嫌っていた。憎んでさえいた。
「あんたがいるとみんな不幸になる!」
そう言って物を投げつけられた。
彼は家族と仲良くしたいのに、家族は彼に近づこうとしなかった。
(どうして僕だけひとりぼっちなんだろう)
彼の側には誰もいない。
彼にぬくもりを与える者はいない。
彼の安心できる居場所はどこにもなかった。
♦︎
「しくじったかロナルド。やはり半端者では儂には及ばんな」
見張りどころか警備もいない城の中を突き進み、一番強い魔力がある場所に辿り着くと、豪華な玉座に老人が座っていた。
お父様達よりもずっと年上で、もう現役を引退してもおかしくない年齢なのに全身から発するオーラは衰えていない。
「ブルー公爵……」
「それにシュバルツの娘まで生きているとは。育成の仕方に失敗したかのぅ」
私とエリンは今回のクーデターの首謀者に出会った。
「わたし達はあなたを捕らえに来ました。大人しく投降してください。王都にいた騎士や東部領の人も直に鎮圧されます」
「かっかっ。儂に命令をするとは生意気な娘じゃ」
「生意気なんかじゃないわよ。もうエリンは王族として名乗っているの。五大貴族なら大人しく王族に従いなさい」
降伏するよう呼びかけるエリンを老人は笑った。
私はエリンの隣に立ってブルー公爵に王命に従うように促した。
「王はおらぬ。このアルビオンにいた王族は滅んだ」
「はぁ? エリンの持ってる力が聖女と同じなのは知っているでしょ。それにちゃんとした証拠だってあるし、彼女は王族よ」
「いいや。その娘はアルビオンの王に相応しくないのだ。穢れた血が流れていては国が腐る」
さも当然のように言ったブルー公爵に私は絶句した。
エリンがこの国のかつて滅んだ王族の末裔だという根拠はいくつもある。
今だって歴史をなぞるように聖獣使いと共に国を救うため走り回っている。
何よりこの世界を創造した神様からも認められているのがエリンだ。
なのに目の前の老人はそれを否定する。
「アルビオンの王はアルビオンの人間でなくてはならないのだ。その娘は他国で生まれた混ざり物。この玉座につくことは許されないのじゃ」
「何よそれ。どうして貴方がそんなことを決めるのよ」
仮にそうでもエリンには間違いなく王族の血が流れていて、王族を王族たらしめる力だってある。五大貴族の人間なら仕えるべき主人の帰還を認めるべきだ。
「断じて認めん。儂はこのアルビオン王国の歴史そのものじゃ。ブルー公爵家は代々に渡ってこの国を守護し、他国からの侵略を退けてきたのだ。王族の血もブルー公爵家が一番濃い。見よ、儂の両目にある龍眼の輝きを! これがかつて失われた五匹目の聖獣、黄竜アルビオンの力じゃ! 黄金の竜こそがこの国の象徴であり絶対的な力を持つ。不確定に現れる聖女なんぞよりもずっと長い間歴史を支えてきたのじゃ。儂の目にこの力が宿ったことこそが神からの啓示。世界が儂に混乱を鎮め、統一を果たせと申しておる!!」
老人は一切の澱みもなく自らの正当性を主張した。
この人は自分の行いが間違っていると微塵も思っていない。
黄金の竜というもう今の五大貴族の当主だって知らないような古い情報を持ち出して自分が選ばれた人間だって信じている。
「神様はそんなこと望んでないわよ」
「魔女に呪われた娘が何を偉そうに」
だってその神様からよろしく頼まれたのは私だからだ。
エリンも同じように女神の転生先である二百年前の聖女からお願いされている。
全部、このお爺ちゃんの勘違いと妄想でしかない。
「始まりに女神がいて、五匹の聖獣がいた。世界を乱す厄災を討つため、女神は聖獣と共に戦って国を建てた。聖獣使いの代表と結ばれて。神の血を引き、聖獣を操る一族を王として認める」
私は古い神話を口にする。
長い時間が経ち少しずつ変化していった御伽噺みたいな実際の出来事。
地球の神様と女神様本人から聞いた正しい本来の歴史の話。
「よく知っておるな。そうじゃ、その神話の通りに王の器に相応しい我がブルー公爵家が君臨する。ただし、これからは途切れることも揺らぐこともない完璧で圧倒的な覇者の歴史が始まるのじよ」
「神話の通りって言うなら、やっぱり貴方は王になれないわよ。だって──」
近づいてくる気配に気づき、私はエリンの手を引いて後ろへ下がった。
ガシャーン! という激しい音と共に玉座の前の天井が崩れ落ちて来た。
瓦礫によって土煙が舞い、穴が空いたた天井から光が差し込む。
「あちゃー、邪魔しちゃいましたかお嬢?」
「いいえ。丁度いいところに来てくれたわねケイ」
ゆっくりと瓦礫の上へ降りてくるケイ。
太陽の光に照らされ、金色の髪がより鮮やかに見えた。
「うっ……」
苦痛から呻き声をあげ、瓦礫の中から這い出てきたのはケイによって空から叩き落とされたロナルド。
手にしていた薙刀は半ば折れている。
「な、なんだ貴様は」
「確かアンタがブルー公爵だったよな」
対峙したケイを見てブルー公爵が動揺する。
「紹介するわね。彼の名前はケイよ。エリンの生き別れの兄で、私の従者」
老人が驚くのも無理はない。
何故ならケイという存在は男が口にしていた正当性を覆すものだから。
「おっ。上も決着つきそうっすね」
空を見上げると、二匹の巨大な生物が戦っていた。
悲鳴をあげてボロボロになっているのは青い鱗をした東洋風の龍。
そんな龍を一方的に倒しているのは封印から復活したばかりで元気が有り余っている西洋風の黄金色に光輝く竜。
「そんな馬鹿な……魔眼を両目に持ち、黄竜アルビオンを使役するじゃと? これはまるで……」
「まるで何かしら? そういえばさっき貴方が言ってた王の器って全部ケイに当て嵌まるわよね。しかもこっちはアルビオンの現在の契約者よ」
エリンとケイ。
二人が一緒にいれば、王国にいる誰もが王族の復興を認める。
滅びに抗うため、運命はこの時を狙って彼らを生み出した。
そして時を同じくして私も帰って来た。
「どう? これだけのものを見せられてまだ貴方は自分が王だって言い張るの?」
「儂は、儂は間違っておらん! アルビオンが復活したというならその力を我が物にしてくれる。小僧の瞳もロナルドに移植してやろう。そうすればこの半端者の役立たずも王になる資格を得るじゃろう。かっかっかっ」
狼狽えながらも自分の間違いを認めずに狂気じみた笑い声を出すブルー公爵。
彼は満身創痍のロナルドの髪を掴むと無理矢理立ち上がらせた。
「さぁ、これからが本番だロナルド。儂らがあの簒奪者からこの国を守護するのだ。それこそがブルー公爵家の誇りであり、存在理由だ」
「……お祖父様。私達では彼らに敵いません。青龍ではアルビオンに劣る。それにエリンくんとノアくんのサポートがあれば勝ち目は無いに等しいです」
「何を腑抜けたことを言っておる!! それでも貴様はブルー公爵家の人間か!」
負けを認め、諌めようしたロナルドだったが、ブルー公爵は彼の頬を叩いた。
「貴様は特別じゃ。儂の血を濃く受け継いでおる。そんな者に軟弱な考えは許さん。戦え、戦って殺して力を手にしろ! これは命令じゃ。逆らえばまたいつものように折檻部屋に押し込むぞ」
「……はい。お祖父様」
老人の恐喝する声を浴びせられ、ロナルドは折れた武器を私達に向けた。
傷だらけの体で、それでも歯を食いしばりながら命じられたことを実行しようとする。
「ちっ。嫌こと思い出しましたよ」
「私もよ。あんなの、自分の肉親に向ける態度じゃないわ」
私はかつてケイが捕まっていた孤児院を思い出した。
あの時牢の中にいた子供がしていた目を彼はしている。
「ロナルド会長。抵抗しないでください」
「君に何が分かる。私達はお祖父様の道具だ。ブルー公爵家のためにこの命を使うことは正しい行いだ。私が私であるために君達を殺す」
「そうじゃロナルド。よく言った。貴様はやはり儂の最高傑作じゃ」
感情を必死に押し殺し、言われた通りのことをやろうとするロナルドを老人は褒めた。
でもそれは躾けのできたペットを気紛れに撫でるのと同レベルの扱いだ。
決して、家族に、同じ人間に向ける愛情は込められていない。
「そんなの……そんな風に脅して言うことを聞かせるなんて子供にするんじゃないわよ! 自分の実の息子なんでしょ!」
「「息子!?」」
何も知らないエリンとケイが私の言葉を聞いて驚いた。
「貴様、どこでそれを。まぁ、魔術局がコソコソと嗅ぎ回っていたのは知っておる。そこから洩れたんじゃろう」
「ノアくん……」
私はあっちの世界でロナルド・ブルーの攻略ルートをクリアした。
最初からいた四人の攻略対象の中で、一番最後にしかルートが解放されない彼の過去はとても重かった。
鬱展開が多いからカーターさんは後回しにしたんだろうと今なら思える。
「そうじゃ。ロナルドは儂の子だ。儂の息子は龍眼すら持たない出来損ないでな。望みを賭けて生ませた孫も力を持っていなかった。だから母体としては優れていた息子嫁を抱いた。結果として片目とはいえ龍眼を持ったロナルドが生まれて儂の血は間違っておらんかったと証明された。息子が不出来なのは死んだ儂の妻のせいだったわけじゃ」
そんな壮絶な出生のせいでロナルドは一族の中でも遠ざけられていた。
次期当主の座も父からロナルドへと強制的に変えられ、周囲から孤立したまま厳しく教育という名の虐待を受けて来た。
心を閉ざしていた彼が感情を表に出すのは学校に通うようになってからだった。
親や一族から離れて寮生活をする中でヒロインに出会い、生徒会活動を通して親しくなっていくというのがロナルドルートだ。
「ふざけんじゃないわよ!」
だからこそ私は自分を殺そうとしたロナルドを責めようとは思わなかった。
「親なら子供を愛しなさいよ。きちんと笑えるように育ててあげなさいよ。それが子供を作った大人の責任ってもんでしょうが!」
「ふん。何も知らない小娘が偉そうに」
「えぇ、知らないわよ。こちとらずっと独身でまともな恋愛すらしてこなかったわよ。でも、貴方が間違っていることは私にもわかる」
私とブルー公爵の間に立つロナルドがひどく幼い子供に見えた。
親に嫌われたくなくて、縋るしかなくて、そうしなければ生きられない小さな子供。
奥歯をギリっと噛み締めると血の味がした。
それくらいに私は怒っている。
「待ってなさいロナルド。今すぐこの糞ジジイから貴方を助けるわ!」
彼を救いたいと思うのは私の我儘だ。
かわいそうだから助けたいのはただのエゴで、偉そうに見えるだろう。
でも私は、神様や魔女になった彼女が紡いだこの世界は素晴らしいって思ってもらいたいから。
この手が届く場所にある不幸なんて変えやるんだ!
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