第119話 彼の名前はケイ


 カッコつけて颯爽と登場した私だったけど、もう少し遅かったら取り返しのつかないことになっていたから胸の内で冷や汗をかく。


「どうして君が生きている!!」


 動揺を隠せずに大きな声を出しているのはロナルドだった。

 彼は信じられないものをみたような顔で体を恐怖で震わせていた。


「確かに殺したはずだ」

「ええ。確かに死にました」


 自分の手で殺した相手が元気そうに現れるなんて悪夢でしかないだろう。


「ですが、色々あって生き返りました。この通りピンピンしてますよ」


 私が手を振るとロナルドは武器を構えて攻撃をしようとする。

 だけどそれは私に届かない。


「やらせねぇよ」


 ガキン! とロナルドの薙刀は光輝く剣によって受け止められてしまう。


「そこをどけキッド」

「悪りぃけどエリンとお嬢を殺すなら先にオレを止めてみろ。それとオレの名前はケイだ!」


 騎士団をまとめる武芸に長けたブルー家の次期当主であるロナルドの強さは学校で一番といっていい。

 魔眼を持つ彼より強い人間なんて片手の数もこの国にはいないだろう。

 だけど、ケイはそのロナルドと互角に戦っている。

 二人がぶつかり合う度に武器に纏った魔力が激しくスパークしている。


「入り込む隙が──ぐふっ!?」

「ノアさま!!」


 ガンドを構えるけれど戦いが達人の領域過ぎて手出しできないと悩む私の腹部に鋭い痛みが走る。

 みぞおちの辺りに抱きついてきたエリンの頭が勢いよくぶつかったのだ。


「エ、エリン……」

「ノアさま! ノアさま!」


 ちょっといきなり何すんのよと言いたかったが、エリンが私に抱きついたまま涙を流していたので言葉を飲み込む。


「心配かけたわね」

「わたし、ノアさまが死んじゃったって思ったけどみんなと離れ離れになって、街も燃えて……」

「よしよし。よく頑張ったわね」

「うわーん!」


 たった一人になっても城に乗り込んでロナルドと戦ったエリンだけど、まだ十五才の女の子だ。

 魔術を習い始めて一年も経っていないし、誰かのサポートこそしてきたけど同じ人間から直接武器を向けられて襲われたのは初めてだろう。

 緊張の糸が途切れて泣きじゃくるのも仕方ない。


「ひっく……ひっく……」

「折角のかわいい顔が台無しじゃない。ハンカチ貸してあげるから顔拭きなさい」


 シュバルツ邸で着替えたついでに用意したハンカチを押し付けてエリンを落ち着かせる。

 顔を拭いてスッキリしたようでエリンは改めて私を頭の先からつま先まで確認した。


「幽霊とかじゃないんですよね?」

「正真正銘、生きてるノア・シュバルツよ。エリン達が王都に来る前には目覚めたんだけどちょっと野暮用があって遅れたわ」

「野暮用……ってキッドさんの変化と関係あるんですか?」


 エリンの視線が未だにロナルドと激しい戦闘を続けているケイに向けられている。


「ノアさま、さっきキッドさんのことをケイって呼んでいましたけど」

「実はね──」




 ♦︎




「キッド。貴方、私に何か隠し事をしていないかしら?」


「急になんすかお嬢」


 現在、私達はシュバルツ邸お馴染みの地下室で使えそうな魔術具や敵に奪われたらヤバい魔術書を隠していた。

 エタメモのシナリオ、私ことノアが邪神のせいでラスボスとして暴れ回っていた世界線ではこの地下室の道具を悪用してエリン達と戦っていたからしっかり対策しておかないといけないのだ。

 これがやっておきたいことの一つだった。

 そして、この場に来た理由がもう一つある。


「体調の変化とかない? どこか体が重いとか手足が壊死しかけてるとか咳したら血を吐くとか」

「そんな状態ならとっくに死んでるよ!」


 私の質問に魔術具を抱えたままキッドが大きな声でツッコんだ。


「本当に何なんだよ」

「いや、ちょっと気になって……」


 疑うような眼差しで見られて私は顔を逸らした。

 質問の内容が直球過ぎたことを反省しつつ、思い出すのはあちらの世界で見た映像だ。


 キッドという青年はエタメモには登場しない。

 何故なら彼は、私が偶然人身売買を行っていた孤児院に乗り込んで捕らえられていたのを発見して引き取っただけの存在だ。

 魔力持ちでちょっとだけ体が丈夫な従者にしてよき理解者で家族……みたいな人物。


 だが、私は見てしまった。

 カーターさんに出会った会場で公開された追加シナリオと追加キャラクター。

 映っていたのは僅かな金髪が混じった黒髪で体の大部分を包帯でぐるぐる巻きにしていたミイラ男。

 けれどもそのキャラの瞳は金色で背丈は今のキッドと同じくらいだった。


「そんなにじっとオレの顔見ないでくださいよ」

「ごめんごめん」


 追加シナリオはミイラ男が倒れている所をエリンが発見して世話をしていくうちに想いを寄せていき、ノアとの決戦に五大貴族の攻略キャラと共に挑むというものだった。

 映像はそこまでだったが、私はカーターさんと直接会話をしてそのルートの結末を聞いた。


『彼と彼女は決して結ばれませんが、エリンが呪いで余命僅かな彼に寄り添って生きていくエンドですよ。ちょっぴりビターですが世界観を広げたり盛り上げたりするのにはピッタリでした』


 エタメモがただのゲームではなくカーターさんが見たこの世界の数ある可能性の一つだとするとこのミイラ男はエリンの近くに現れている人物。

 背格好や瞳の色、そして剣を握って戦うスチルを見ると絞られる人物はただ一人。

 キッドはやはり追加シナリオに出てくる攻略キャラの一人なのだ。


 彼がただの一般人とは違うと気づける場面はいくつかあった。

 孤児院での衰弱、ローグとの戦闘の負傷、そして二度も魔女の力を暴走させた場所に居合わせている。

 特に魔女の力に関してはメフィストの手助けがあったとはいえ、その状態の私に触れていることが異常だ。


「ねぇキッド。貴方が呪われているって言ったらどうする?」

「オレが? この通り元気っすよ」

「そうね。だけど今のその姿が呪われて弱体化してる状態だとしたらどうする?」

「だったら呪いを消したいっすね。生憎と今のオレじゃ大侵攻みたいな戦いについて行けねぇ。一般の騎士相手ならいい勝負が出来ますけど、聖獣使いには勝てない。もしもロナルドとお嬢が戦うことになったらオレじゃ守れない」


 私がロナルドに殺されたことを思い出したのかキッドの顔が険しくなる。

 彼が自分の弱さに悔しがっているのが見て取れる。


「お嬢ならその呪いをどうにかできるんですか?」

「当たり前よ。私を誰だと思っているのかしら」


 黒魔術を扱う才能で私の右に出るものはいない。

 ノア・シュバルツがラスボスになったのは魔女の力を使えるだけの器があったからなんだから。


「メフィストを呼び戻したらさっそく儀式しましょうか」


 それから少し経って屍人の封印を終わらせたメフィストと合流してシュバルツ邸地下の修練場に儀式のための用意をした。


「キッドの呪いですか」

「貴方は知っていたの?」

「えぇ。ですが変だと気づいたのはお嬢様が森で二回目の暴走をさせた時ですよ。その時まではこのメフィストでも気づかなかった……あるいは感知することができなかった」


 悪魔としては間違いなく最上位にいる呪いに詳しいメフィストですらわからなかった呪い。

 つまりその呪いをかけたのは悪魔より更に上位の存在で人間技じゃないってこと。


「よし。オレの覚悟は決まったんでいつでも始めてくださいっす」

「じゃあ、いくわよ」


 地面に書き込んだ魔法陣の中心にキッドを立たせて儀式を始める。

 呪い解くメインは私が担当でメフィストはその補助や万が一に備えての救護を任せている。

 魔法陣に沿って魔力を流してキッドにかけられている呪いへと接続する。


「ほぉ。魔力制御が見違えるほど上達しましたねお嬢様」

「魔女の力を抜かれたおかげで割けるリソースが増えたみたいよ」


 これまでの私は魔女の力に飲み込まれないように無意識のうちに力を抑え込むことをしていた。

 魔女と綱引きしながら別のこともやっていたら当然力が入らない。

 でも、今は違う。


「必ず呪いを解いてみせるわ」




 ♦︎




 そこからが長かった。

 彼にかけられていた呪いは彼一人だけに留まらず、もっと深い場所にまで影響を与えていた。

 おかげで予想よりも大幅に時間がかかってお父様と合流してメフィストと別れたのはエリン達が王都に突入してきてからだったんだもの。


「その呪いはたった一人だけじゃない。彼と似た血が流れる者が全員死ぬような強力なものだったの」

「そんな……」


 エリンが口元を覆って今も戦っている彼の背中を目で追った。


「一族が根絶やしになるまで継続する呪いなんて人間技じゃないわ」

「人間じゃない?」

「エリンならもう知ってるでしょ。魔女の、その元になった力よ」


 私に宿っていたこの世界そのものを恨んで呪いながら死んだ邪神。

 死後もなお、大地を穢れさせて魔獣を生み出す原因を作った私達の敵。


「そんな呪いがどうしてキッドさんにかけられていたんですか?」

「彼が特別だったからよ。その身に流れる力は敵にとって一番恐ろしいもの。かつての四大貴族よりも優先順位は高かった」


 邪神は確実に一族を滅ぼしたかった。

 既に自分が復活する算段はあったので、残る不安材料は自分を殺した相手を呼び出させないこと。


「エリン。ケイはこのアルビオン王国の王家の生き残りだったのよ。それも隣国で生まれて15年前に家族と生き別れたの」

「えっ……だって、それは……」


 地下室で儀式を終えた後、彼の髪の色は輝かしい金色に染まっていた。

 呪いが解除されると同時に蝕まれ弱っていた魔力も強さを取り戻す。


『これが本当のオレ。……あぁ、体がスッキリして頭にかかってた霧も晴れて思い出しましたよ』

『何を思い出したの?』

『ケイっていう自分の名前と、それから一緒にいた家族の記憶です』


 乙女ゲームとして売り出したのにカーターさんは追加シナリオの結末を結ばれるのではなく、寄り添って生きていくと言っていた。

 だって二人は結ばれちゃいけないからだ。


「ケイは貴方の双子のお兄ちゃんだったのよ」


 シュバルツ邸を急いで出発し、ここに来るまでの間でケイが思い出した過去を話してくれた。


『オレは生まれてすぐ里子に出されたんすよ。育ての親もオレが長く生きれないのを知って引き受けたそうです。母親は双子の片方に呪いを背負わせてもう一人を絶対に生き延びさせようとした。アルビオン王国は聖女伝説の国ですから選ばれたのは妹の方だったんです』


 ケイがそれを知ったのは育ての親が隠し持っていた母親が残した手紙だった。


『ごめんなさいって震えながら書いてあったんすよ。それで当時のオレはどうしても母親と妹に一目会いたくて何を思ったのかこの国に密入国しようとして、船が沈没して浜に流されてたってオチです』


 カーターさんの見た世界線は呪いが解けることなく体を蝕まれながらもエリンを見つけ出せたケイのことなのだろう。

 でも、ラスボスのノアを倒しても世界が救われないように、エリンを見つけ出せてもケイがミイラ男になってちゃハッピーエンドじゃない。


『お嬢はやっぱスゲェよ。おかげで呪いも記憶も家族のことも解決したんすから』


 笑いながら彼はそう言って危機一髪だったエリンを救うために飛び出していった。


「わたしのお兄ちゃん……」


 まだ受け入れきれてはいないのか戸惑っている様子のエリン。

 でも大丈夫。このくだらない玉座の椅子取りゲームが終わればいくらでも歩み寄れる時間が作れるんだから。


「エリン。今はケイを信じて待つわよ。まだ私達にはやらなきゃいけないことがあるの」

「そうですねノア様」


 ケイの呪いは解かれて救われた。

 エリンの窮地をケイが救った。

 そしてこの場にはもう一人救われなくちゃいけない人がいる。


「待っていてねロナルド」


 この場をケイに任せて私達は城の中へと走り始めるのだった。


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