第118話 エリン対ロナルド


 瓦礫が散乱し、あちこちで煙が上がっている王都の町を走る。

 敵の襲撃を受けてティガーさまと別れてからわたしは真っ直ぐに王城へと向かっていた。

 幸いにも他の敵とは出会わずに城を囲む城壁のすぐ側まで来れたけれど、ここから先の戦闘は避けては通れない。


「……みなさん……」


 振り返り、王都の町を見渡す。

 小さい頃から育った慣れ親しんだわたしの故郷は燃えていた。

 一ヶ所ではなく、あちこちで火の手が回っている。

 みんなと買い物をした朱雀大路も、実家のある貴族街近くからも聞いたことないような喧騒を響かせていました。

 まるで自分の知らない別の世界に紛れ込んでしまったと錯覚してしまうくらい王都は変わり果てています。

 そんな町を取り戻そうと友人達が各地で懸命に戦っていた。

 わたし以外はまだ誰も辿り着けていなくて、助けに行きたくなりますが、それは間違いです。


「ブルー公爵家を止めないと」


 わたし達の勝利条件はこの反乱を引き起こした原因であるブルー公爵家の人達の身柄を確保すること。

 相手の将が降伏すれば兵達は降伏するとロゼリアさまが教えてくれました。

 大義名分を失えば戦意は失われるのだそうです。

 だから今、わたしが最優先すべきことは城へと乗り込んで戦うことなんです。


「門よ、開きなさい」


 真っ白な扉に触れて魔力を流すと、見上げるような巨大な門がひとりでに開いていく。

 これは王都を囲む壁と同じ仕組みで王家の血が流れるわたしにだけ可能なことです。

 二百年前の聖女であった彼女が残してくれた日記によれば王城には王家の人間を守るための様々な防衛魔術が施されているようで、それを無力化したり利用するためにわたしが来る必要があったのです。


 本来なら大人数で開ける必要のある扉が開かれれば城の中へはあと少し。

 門と城の入り口を結ぶ石畳の橋を渡ってしまえば目的地に辿り着きます。


「やはり来たか。それも君が一人で」


 しかしそう簡単には行きません。

 橋の上には道を塞ぐように鎧を纏った人が立っていました。

 青髪に右目を覆い隠す黒い眼帯。長い棒の先に刃がついた薙刀を構え、わたしを警戒しているその人物は……。


「ロナルド会長」

「私の籍はもう学校には無い。その呼び方は不適切だ」


 学校を卒業したあの日と同じ顔で、けれどもその目はどこまでも冷たかった。


「君をこの先に行かせるわけにはいかない。私がその首を貰い受ける」

「どうしてなんですか。わたし達が戦う理由なんて無いじゃないですか!」


 敵としてわたしを排除しようとするロナルド会長に問いかける。

 すると彼は深くため息を吐いて口を開いた。


「この後に及んでまだそんなことを言うのか。理由なんていくらでもあるじゃないか」


 かつてわたし達を優しく見守りながら引っ張ってくれた人と同一人物とは思えない低く冷めた声だ。


「我がブルー公爵家はアルビオンを統一するために革命を起こした。王家の生き残りである君にはそれを阻止する義務がある」

「知っていたんですね」

「初めて聞いたのは西都に向かう前だ。君が持っていた不思議な力の源にも納得したよ」


 軽く肩をすくめながらロナルド会長が笑う。


「我々にとって一番のイレギュラーが君だ。いないと思っていた王家の人間なんて計画の邪魔でしかない」

「わたしは名乗り出ました。他の五大貴族は支持してくれていますからブルー公爵家が勝っても誰も従ってはくれません。ただアルビオンに混乱を起こした罪人として処分されます」


 だから大人しく降伏してください、と言い切る前に彼の薙刀が地面を切りつけた。

 硬いはずの石畳に深い溝ができた。


「手遅れだ。我々はずっと姿を見せなかった王家に最早忠誠を誓うつもりはないし、他の五大貴族もこれからの統治に必要ない」

「そんなこと出来るわけがありません。だってこの国を守るためには……」

「聖獣の力が必要だと? 確かにアルビオン王国はその建国からして女神の写し身である聖女と聖獣達とによってバランスを取ってきた。大侵攻さえもその強大な力で防いできた」


 この国に生きる人間なら誰もが知っている伝説だ。

 かつて四大貴族と呼ばれたブルー家、ヴァイス家、グルーン家、ルージュ家は特別な力を持つからこそ公爵の位を授けられた。

 その力が青龍、白虎、玄武、朱雀の守護聖獣です。


「ようは国を守れるような力があれば何でもいいんだよ。我々ブルー公爵家は聖女と聖獣に代わる強大な力を手に入れたんだ。だからもう何にも縛られる必要はない」

「ダメです! あなた達が手に入れたのは人の手には負えない力なんです。ただ人を傷つけるだけの邪悪な力じゃ意味がない」


 やっぱりブルー公爵家の目的はノアさまが持っていた邪悪な力でした。

 二百年前の聖女さまの姉妹を狂わせ、災禍の魔女にしてしまった凶悪な魔力の塊。

 人の魂に干渉して破滅への道を進ませるなんて最早怨念と言ってもいい存在の力です。


「いいや違う。あの力は我々なら完璧にコントロールできる。魔獣を生み出し、使役できるようになれば兵力の増強も簡単だ。君も見ただろう? 死の大地に眠っていた巨大な魔獣。我々が手にした力を使えばあんな化け物すら量産が可能になる」

「そんなことをして何がしたいんですか? この国を守るのにそんなものは要りません!」


 その場にいるだけで人間を発狂させ、目を合わせれば石化させるガタノゾアのような存在が複数?

 いったいそんな恐ろしい戦力をいくつも用意して何をするつもりなんだろう。


「この世界にはアルビオン王国以外にも国があるのは知っているかい?」

「はい……」


 わたしの生まれた場所がそうだったし、学校の授業でも外国の存在は学んだ。


「まさか!」

「お祖父様は近隣諸国を滅ぼすつもりだ。外敵がいなくなってこそ初めてアルビオン王国に平和が訪れると考えている」

「そんな……」


 自分以外を全て根絶やしにする。

 わたしにはとても思いつかない発想です。

 だって、それぞれの国にはそれぞれの暮らしがあって人が住んでいるのにそれを奪うなんて誰にもそんな権利はありません。


「馬鹿げていると思うだろう。しかし、その戯言を現実にするための力は手に入った。今の王都で君達がどれだけ抗おうとも魔女の力を振るえば盤面は再びこちらへ傾く」

「そんなことさせません! 魔女の力だってわたし達が力を合わせれば、」

「聖獣使いがたった3人で何ができる?」


 その言葉と共にロナルド会長が走って距離を詰めてきた。

 勢いよく振り下ろされる薙刀が当たればわたしなんて簡単に切り捨てられる。


「光の盾よ!」


 わたしは咄嗟に魔術を使って光の盾を作り出すことでロナルド会長の一撃をなんとか防ぐことに成功しました。


「聖獣3匹だけでは我々には勝てない。特に聖獣の力を引き出し、サポートする君が消えれば戦力差は絶対的になる。魔女の力がこちらに渡った時点で結末は決まっていたんだ」


 ギリギリと薙刀を押し込めようとするロナルド会長。

 今までのわたしの力じゃ簡単に破られていたかもしれない防御魔術だけど、二百年前の聖女さまのおかげで力が溢れている今なら耐え切れる。


「もう諦めるんだ。抵抗し続ければ苦しみが増えるだけだ」

「諦めません。わたしにはやらなきゃいけないことがあるんです」

「王家の責務のためか? そんなものは今までと同じように知らなかったことにすればよかったんだ。大人しくしていればささやかな幸せくらいは手にできたのに君は手放した」


 言い聞かせるようなトーンでロナルド会長が言う。

 彼は少しだけ目を伏せ、光のない瞳でわたしを見た。


「勝てない戦いに仲間を巻き込んで挑むなんて無謀だ」

「そうかもしれません。勝ち目が薄いってロゼリアさまにも言われました」


 元からこちらの方が疲弊しているのに戦力を分散させて各門から王都へ侵入した。

 さらにわたしの居場所がバレないようにフレデリカさまとロゼリアさまに変装までしてもらい、魔術をギリギリまで使わない危険な作戦までお願いしました。


「では何故ここまで来た」

「わたしは守りたかったんです。両親を、友達を、故郷を」

「そのためには私を殺さないといけない。君に私が殺せるかな?」

「いいえ。わたしのやらなきゃいけないことにロナルド会長を倒すのは入っていません」

「は?」


 予想外の言葉だったのか彼が薙刀を握る力が緩む。

 わたしはそんな彼を真っ直ぐ見つめる。


「ロナルド会長には話を聞きに来たんです。どうして優しかった会長がノアさまを殺したんですか!」

「君はっ!!」


 ノアさまの名前を出した瞬間、彼の全身から魔力が吹き荒れる。

 今日わたしが対面して感じた中で一番の感情の変化があった。


「彼女の死は我々の作戦の内だ。だから殺したんだ」

「理由になってません。私が聞きたいのは会長自身が本当にノアさまを殺したかったのか。それがあなたの本心だったのかです」


 生徒会での日々が全て嘘だったとわたしには思えません。

 あの頃はまだ貴族の人が怖くて怯えていたわたしを引っ張って会長と仲良くさせたり他の人からわたしを守ってくれたのはノアさまでした。

 会長が卒業する日にプレゼントを渡した時の感謝の言葉は本心だったと思います。


「ずっと騙してきたんですか? それとも何か事情があってノアさまを、」

「黙れ! 私が殺したんだ! この手でお祖父様の命令を果たすためにやったんだ!!」


 吠えるように声を張りながら薙刀を振るうロナルド会長。

 らしくない力任せのデタラメな斬撃はわたしでも受け止めることができた。


「わたし、考えてみたらロナルド会長のことよく知らないんです。だから教えてください。会長にとってブルー公爵の命令は大切な友人を殺してまで果たさなくてはならなかったんですか?」


 もしもノアさまがいたら聞いたであろう問いを投げつける。

 彼女がいない今、役目を引き継ぐのはわたしだ。


「大事な友を殺された君がどうして私にそんなことを聞く。私が憎くいだろ! 殺してやりたいと思わないのか!」

「思いませんよ」

「どうしてだ!!」

「だって、そんなに悲しそうな顔をしている人を放ってはおけません!」


 最初は無表情だった。

 そこからわたしを煽るような言い回しをした。

 でも、ノアさまの名前を出して変わった。

 怒りに狂って、剥き出しの感情をぶつけて、彼は涙を浮かべていた。


「わたしは貴方の助けになりたいんです」

「君は……君も……っ!!」


 君も。

 それだけでわたしはあの人が今のわたしと同じことを考えていたと気づいた。

 みんなが思っていた通り、やっぱりあの人はお節介を焼こうとしたんですね。

 だったら代わりにわたしがやります。


「わたしにできることならなんでも──」

「だがもう手遅れだ! 君も彼女と同じ場所へ行ってくれ!!」


 へっ? と言う前にわたしの光の盾が打ち破られた。

 いつの間にか会長の眼帯が外れてその下にある龍に似た光る魔眼があらわになっていた。

 魔力を見透す特別な目ならわたしの防御魔術の脆い部分をピンポイントで狙える。

 ノアさまを思い出させてしまったせいで逆に覚悟を決めさせてしまったようだ。

 学校で最強として、聖獣使いの中でも頭ひとつ抜けた実力を持つ彼の技量は洗練されている。

 美しい流れによって光の盾を破った薙刀が再度振りかぶられる。


「あっ、」


 距離を詰められていて次の魔術の発動が間に合わない。

 元からこちらは本気でも全力じゃありませんでしたし、まだ力の加減に慣れていません。

 だから僅かな隙が生まれて、その隙は彼の前では致命的でした。



 わたし、ダメでした。ごめんなさいみんな。



 目を瞑りながら心の中で謝罪をし、迫り来る刃を受け入れようとした。

 しかし、痛みはいつまでも来なかったのでおそるおそる瞼を開く。


「君は……」

「エリンはやらせないっすよ会長さん」


 眩い金髪を靡かせてわたしと会長の間に割り込むように剣を構え、薙刀を受け止める男性がいた。

 わたしも会長もよく知っている声なのにいつもと雰囲気が違った。


「キッド……さん?」

「いや、なんで疑問系なんだよ」


 声も言葉遣いも普段の彼と変わらない。

 なのに今までとまるで別人のように感じたのはキッドさんの姿が変わっていたからだ。


「そりゃあそうなるわよ。だって髪染めて両目が光っているのよ? オマケにバチバチって魔力が迸っているし、声くらいしか貴方の判別要素がないもの」


 続いて聞こえてきた声にわたしは息を飲んだ。

 後ろから足音を出しながらゆっくりと女性の声が近づいてくる。


「ば、馬鹿なっ!?」

「会長の慌て顔って初めて見たかもしれないわね」


 ロナルド会長は声の主を見て狼狽えていた。

 信じられないものを見ていると自分の目を擦っている。

 わたしも自分の耳が幻聴を聞いていないか疑いたくなってしまう。


 だって、


「幽霊って思われてますよお嬢」

「うるさいわよ。今、感動的な場面なんだから黙ってなさい」


 もう会えないと思っていた大好きな人が来てくれたんだから。


「ノアさま!!」

「お疲れエリン。助っ人に来たわよ!」













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