第122話 終焉の魔女。
クティーラ・ブルー。
原作のゲームではロナルドルートに名前だけ出てきて存在を示唆させるキャラだ。
ロナルド曰く、魔術学校を優秀な成績で卒業後に東部領にある侯爵家に嫁に行ったという。
でも、それは私が世界に干渉しなかった場合の話。
「惨めな姿ね糞ジジイ」
足元に転がっていた祖父を踏みつけるクティーラ。
その顔には加虐心満ちた笑みを浮かべていた。
「あれだけお膳立てしてあげたのに失敗した今の気持ちはどう? いっときの間だけ味わった王様気分はさぞ気持ちよかったでしょうね。祖父孝行な孫に感謝しなさい」
わざわざ靴のヒール部分で踏みつけている所に深い闇を感じるけど、私が一番警戒しているのは別のポイントだ。
「クティーラ。貴方はどっちなの」
「どちらに見えるかしらノア・シュバルツ?」
元の彼女とは五大貴族会議の時に一度会っただけで直接対話したことないから判断がつかない。
返答に迷っていると、彼女は唇を尖らせた。
「ぶー、時間切れ。クティーラ・ブルーなのかとっても怖い神様なのか。正解はどちらでもなく、どちらでもあるでした〜!」
パチパチと手を叩きながら茶化すように女は言った。
「最初は簡単に自我を乗っ取るつもりだったけど、かなり面白い境遇だったから応援したくなったの。そうしたら私の考えに共感してくれてね。今じゃ一心同体の私になったの」
これは凄いことよ、と邪神と同化したクティーラは語る。
邪神の影響で魔女化しそうになっているならまだ助けようはあった。
でもあの言い方だと自分から望んで取り込まれたようね。
「今までで一番楽だったわ。二百年前も、アンタも、ずっと抵抗してくるんだもの」
面倒そうに感想を口にする新しい魔女。
もう彼女はロナルドの姉でも、邪神に見出された器でもなく、完全な魔女に変貌してしまった。
「私から離れて数日で同化なんて尻が軽いのね」
「そうでもないわよ? 最初に種を蒔いたのはずっと昔だし。芽を出したのは五年前、初めてアンタが力を抑えきれなくなった時よ」
魔女のいう五年前っていうのは私がティガーと一緒に誘拐された時の事件ね。
あれがキッカケになっただなんて。
「予備はいくつか用意するのが当然よね? アンタ達だってそのための器でしょうに」
視線は私とエリンに向けられた。
お前達が女神の魂を受け継いでいるのを知っているぞという意味だ。
「どうにも乗っ取りが上手くいかないから途中で計画の変更をせざるを得なかったわ。その為に色々手を回したのよ」
自分の頑張りを自慢するように言葉を紡ぐ魔女。
「闇魔術に詳しい犯罪者を匿ったり、卒業生の経験を活かして森に魔獣を多く配置したり、このジジイを唆したり」
この一年で起きた様々な事件の裏側に潜んでいた魔女。
アルビオンををまとめる五大貴族ブルー家の娘だからこそできたことだ。
調査をする騎士団がブルー公爵家の指揮下にあればいくら調べても見つかることはない。
「でも暗躍っていうのはつまらないわね。表に顔を出して現場を見に行けないの。ずっと我慢させられて退屈よ」
だから、と魔女は紫色の唇を吊り上げる。
「力を取り戻したし、そろそろ遊んでいいわよね?」
♦︎
「……っ! ここは!?」
かけられていた毛布を払い除けて俺は目を覚ました。
大量の汗をかいたせいで服が濡れていて気持ち悪い。
体のあちこちが痛いのは度重なる戦闘で体を痛めつけたせいだろう。
「起きたかい?」
「マックス……」
俺が寝かされていた部屋に水の入ったタライを持ったマックスがやって来た。
「ここは魔術局の仮眠室だよ。五大貴族の屋敷はどこも戦場になっていてね。比較的マシな位置のここが野戦病院にされたんだ」
よく周囲を観察するとあちこちから助けを求める声が聞こえる。
死の大地の手前にあった砦と状況が似ている。
「他の連中は! エリンはどうなっ……くっ!」
「まだ無理に起き上がっちゃ駄目だよ。肋骨が何本か折れてるんだ」
焦って立ち上がろうとした俺は痛みで動けなくなる。
そんな俺にマックスはまだ寝ていろと言う。
騎士団との戦闘はシュバルツ公爵のおかげで勝ったが、騎士団長から一発いいのを貰っていた。
ただ、先を急いでいた俺は痛みを無視してティガーと合流し、蝙蝠男を倒して気絶した奴を安全な場所に運んで……力尽きたのか。
「グレンくんのおかげでティガーくんも助かった。彼の傷の方がかなり酷かったからね」
本命のエリンを連れて王都へ侵入した奴は俺が合流した時にかなりボロボロになっていたからな。
タフさが売りの男が追い詰められていたとなると敵の強さが窺える。
「戦況はどうなった」
「こちらが優勢だよ。残っている敵の幹部は王城にいるブルー公爵とロナルド会長。それから行方不明になっている姉のクティーラだね」
事前の作戦会議で要注意リストに入っていた者達が丸々残っているのか。
くそっ。予想外だった敵戦力が強くて城まで辿り着けなかったのが悔やまれる。
「今からでも城に行くぞ。エリンと雑兵だけでは聖獣使いに敵わないだろ」
「大丈夫だよ」
「何を根拠にそんなことを!」
マックスが無責任なことを言い、ベッドから降りようとする俺の肩を押さえつける。
「ノアさんとキッドくんが向かった」
「は?」
彼の手を振り払おうとしたが、聞かされた人物の名前に驚かされた。
自分の耳を疑い、思考を冷静にして頭の中でマックスの発言を繰り返す。
「いや、死んだだろうあの女は」
「仮死状態だったらしいよ。それで僕らより先に王都に着いて準備を整えていたって……。まぁ、信じられないかもしれないけど、シュバルツ公爵とヨハン先輩が証言しているから間違いないと思う」
死の大地でロナルドに刺され、魔女の力を抜き取られたせいで死んだノア・シュバルツ。
エリンや他の者達が涙を流して悲しんで、伯母上も死を嘆いていたというのに……。
「……はぁ」
「気持ちは分かるよ」
深いため息を吐いて肩を落とす俺にマックスが同情してくる。
俺よりもあの女と付き合いの長い彼はその情報を聞かされて同じ反応をしたのだろうか?
「なら、大丈夫か」
ノア・シュバルツという女の実力を俺は評価している。
過去の暴れっぷりやその横暴な態度には色々と文句を言いたいが、強いのは間違いない。
キッドも剣術なら俺に並ぶし、五大貴族についてこれる実力があるので戦力としては申し分ない。
非常に癪ではあるが、あのコンビがいればエリンの助けになってくれるだろう。
「道を切り拓いた僕らに出来るのはノアさん達の帰還を信じながら待つことだよ。だからもう少し休んでて欲しいな。決着がついてからの方が大変そうだし」
「……いや、俺はエリンを迎えに行くぞ。捉えた相手を運ぶのも大変そうだからな。マックスはどうす?」
「僕は行けないよ。今はここを離れられない理由があるからね」
ノア・シュバルツがいるとはいえ、エリンの身に何かが起こらない保障はない。
あとは戦いになった後の彼女の精神が落ち込んでないかが心配でいてもたってもいられない。
「分かったよ。ここで全体に指揮してるルージュ公爵とシュバルツ公爵に許可を貰って──」
その言葉の続きをマックスが言おうとした瞬間、嫌な気配を俺達は感じた。
何かとても恐ろしい者が姿を現したような気配だ。
「マックス!」
「王城の方からだ」
二人して仮眠室にあった窓から城の方を覗き込む。
すると、城の真上の空に暗い夜空が広がっていた。
「まだ昼間だぞ! 何があった」
「この感覚、死の大地で感じたあの魔獣のに似てる気がする……」
思い出すのは空から降って来た巨大な魔獣の親玉のような存在。
見るだけで足がすくんで動けなくなるような圧を放っていた化け物。
「ねぇ、なんだかあの空広がっていない?」
「こっちまで来るぞ!」
世界が黒く塗り潰されていく。
そんな中、俺は幼い頃に母上から聞かされた物語を思い出す。
♦︎
怖い魔女はこう言いました。
『私の思い通りにならない世界なんて閉ざしてしまいましょう』
怖い魔女は歌い出しました。
『私の物にならないなら壊してしまいましょう』
怖い魔女は笑顔で喋りました。
『私の邪魔をする人は殺してしまいましょう』
怖い魔女は夜を運んできます。
魔女の夜には星がなく、真っ暗で何も見えずに何も聞こえません。
だからソレが訪れたら早く寝ましょう。
『さぁ、おもちゃで遊びましょう。終わらない遊びの時間を始めましょう』
え? どうやったら夜が終わるかって?
それはね、女神様に祈るのよ。
でも、もしも女神様に祈りが届かなかったらその時は世界は終焉を迎えるしかないわね。
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