第123話 世界の終焉前に何があったのか。


 クティーラが新しいおもちゃを手にした子供のように笑った直後、私に出来たのはエリンの手を引いて逃げることだった。


「お嬢!」

「ナイスよケイ!」


 全く同じタイミングでケイがロナルドを担ぎ上げて走り出した。


「あら? 殺し合わないの?」


 後ろからそんな声が聞こえたけれど、冗談じゃないわ。

 こっちは連戦だし、あの魔女は私達の予想以上に覚醒が早かった。

 私から力を奪って体に馴染ませるまでの期間が短過ぎるでしょ!


「とりあえず屋内だと聖獣出しても戦い辛いし、外に出てから本気出すわよ」


 こちらの戦力として戦えるのは私、エリン、ケイの三人でロナルドはケイとの戦いで消耗しているから外しておく。

 不安があるかないかでいうと、かなりある。

 アルビオン王国が誕生した頃、六百年くらい昔に邪神を倒した時の聖獣の数は五匹。二百年前の災禍の魔女の時も聖獣の数は四匹。

 今この場にいるのはケイの黄竜のみで魔女を相手にするのは分が悪い。


「でも、ここでやらないとね」


 今日全てを終わらせてやる、と覚悟を決めて城内の廊下を走り抜けた。

 何も考えていない偶然だったのだが、戦場として私がクティーラを迎え討つ場所に選んだのはいつぞやの小さめの庭園だった。


「鬼ごっこはもうおしまいかしら?」


 すーっと浮遊しながら現れた魔女は赤黒いドレスを着ていた。

 いつの間に早着替え? と思ったけれど、気配が禍々しくて何かしらの魔術的な礼装なのだと気づいた。

 獲物を仕留めようというのはあちらも同じだ。


「行け、黄竜!!」


 どう攻めるか悩ましい状況の中、先陣を切ったのはケイ。

 彼は黄竜を召喚させて真っ直ぐに魔女へと突撃させて自身も剣を抜いて斬りかかる。


「エリン!」

「もうやってます」


 合図より先にエリンの魔術が黄竜とケイに加護を与える。

 彼自身が召喚した時より大きく、強くなった黄竜が魔女を電撃で焼き尽くそうとした。


「トカゲって嫌いなのよね」


 面倒そうにため息を吐きながら魔女は電撃を魔力で薙ぎ払い、その手をケイへと伸ばした。


「危ない!」


 ── 操影魔術【縛】


 私の影がケイの首元を引っ張った。

 剣先は魔女へと僅か届かず、代わりに禍々しい黒い魔力に触れた黄竜は悲鳴をあげて地面に落ちた。


「嘘だろ!?」

「神の力を舐めてほしくないわ」


 ギリギリの判断でケイを退かせて正解だった。

 もしもあの手が触れていたらと思うと汗が止まらないわね。


「ねぇ、今どんな気持ち? 自分達が優位に立ってると錯覚して追い詰められるのは怖いわよねぇ〜」


 いやらしく私達を嘲笑う魔女。

 もう目の前で彼が傷つくのは見たくない私にとって最悪の光景を想像させられた。

 人が死ぬっていうのにへらへら笑うなんて頭おかしいわよあの女!


「神の力を持っているのはアナタ達だけじゃない。弱くて簡単に魂を引き裂かれたオマエとは違ってワタシは完璧なのよ」


 吐き出された言葉には何百年もの間苦渋を与えられた魔女の、邪神の恨みが込められていた。

 その感情が黒い魔力をさらに強くする。


「お嬢。どうする?」

「逃げる……わけにはいかないわよね」


 このラスボスを自由にするわけにはいかない。

 王都にはまだ戦ってる仲間がいる。

 避難している人達も不安な気持ちで戦いが終わるのを待ってる。

 ここで私がやらないと……。


「ノアさま。深く呼吸をしてください。相手のペースに飲まれちゃダメですよ。二回もそれで逃げられているんですから」


 肩に手が置かれる。

 振り向くとエリンが微笑んでいた。

 いつもの彼女の笑顔と比べると無理をしているのがはっきりと分かる表情。

 だけど、それでもエリンは恐怖に気圧された私を落ち着かせるために笑っていた。

 よく見ると手だって震えている。


「エリン……」

「追い詰められているのはあの人も同じです。今まで他人を利用したのも、わざと意地悪をしながら時間を稼いでいるのも自分に有利な展開を作るためです。いくら神様の力を持っていても力が無尽蔵なわけありません。本当に完璧だったら最初に顔を合わせた時に終わらせることだって出来たはずですから」


 魔女はあと一歩を踏み込まない。

 さっきからこちらの出方を窺っている。

 エリンの言葉で凍りかけていた体が動き出す。


「ちっ、本当に癪に触る女よね。今までの女神の写し身にそっくり。全部諦めて大人しく滅びを待てばいいのに醜く抗うなんて」

「諦めませんよ。約束したんですから」


 魔女を相手にはっきりと言い切るエリン。

 その揺るがない意志を美しいと思った。

 例えどんな逆境でも最後まで諦めない精神は光り輝いて見えて神々しい。

 きっとそんな事を本人に言ったら否定されるけど、聖女という称号は彼女にこそ相応しい。


「でしょうね。だからワタシの手で仕留めないと。その魂を握り潰して復活出来ないようにしなければ安心なんて出来ないんだもの」


 これ以上言葉を交わしても心を折れないと察した魔女は腹立たしそうに吐き捨てた。

 私やケイの瞳にも光が宿ったのが気に入らないようだ。


「もういいわ。全部気に入らないから何もかも消してから考えましょう」


 それはここから逆転を始めようとした時だった。

 魔女の足元から黒い泥のようなものが溢れ、空には黒雲が立ち昇りだした。


「ヤ、ヤベぇ!」

「ノアさま!!」


 私は知っている。

 慌てるケイとエリンもこの先の未来を肌で感じ取ったのだろう。

 咄嗟に魔力を放出して防御しようとする。

 迫り来る黒い闇は津波と見間違う程の勢いで世界を押し流そうとした。


「姉、上……」


 一瞬の判断で私は影を使って抜け殻のようになっていたロナルドを二人へと投げた。

 きっとこの闇に彼は耐えきれない。

 そんな確信があっての行動だけど、私一人にできるのはそこまでだ。




 闇が私を飲み込み、世界は終焉を迎えるのだった。









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