第124話 最終決戦。世界で一番強いやつ!!
光の見えない真っ暗な空間に私はいた。
いつもと同じ場所……かと思ったけれど、魔女の力を抜かれた私にがこの空間を作り出すことはもう出来ない。
ノアとしての姿で上も下も右も左もわからない闇の中を直感で進む。
一般人ならこの暗闇に耐え切れずにその場で蹲ったまま動けないかもしれないが、私にとっては何度か訪れたことのある場所だ。
それでも今回はわけが違う。
「エリン、ケイ、ロナルド……」
闇が迫り来る直前まで近くにいた仲間の名前を呼んでも返事がない。
私自身は平気だけど、ここが他の人にどんな影響を与えてしまうのかわからない。
少なくともいい影響はない。
「そもそも王都はどうなったのよ」
問いかけても答えは返ってこない。
不安に支配されながら歩く。歩く。歩いて進む。
先の見えない道に心が負けそうになりながら、希望を捨てずに歩き続けた。
どのくらい経ったのか、ようやくそれを見つけることに成功した。
「はぁ? なんでアンタがここにいるの」
クティーラによく似ているが、明確に別人とわかる背の高い女。
髪の毛の一本一本に蛇の頭がついて青白い肌はところどころがひび割れていて、白眼の瞳は大きく見開かれていた。
「普通死ぬでしょ。ったく、これだからワタシはこの世界が嫌いよ」
「貴方は……」
「誰なのかとか聞かなくてもわかるでしょ。一時期はワタシだったんだから」
邪神。
正確には自分の管理していた世界を滅ぼして、他所の世界を好き勝手に弄って狂わせる諸悪の権化。
「気に入らないわその魂。いつまでもワタシのものにならなかったウザい欠片。姿を見せないあの女神が何か細工したせいで変質した気持ち悪い存在」
罵倒し、こちらを睨む邪神。
「ここはどこなの。ケイや王都にいたみんなはどこにいったのよ!」
怯まず、私は疑問をぶつけた。
「わかってるでしょ? ここが王都だった場所。何もかもが闇に飲まれて消えた後だって」
さも当たり前のように邪神は言ってのけた。
「なん……ですって……」
私は混乱した。
頭が上手く回らない。開いた口が塞がらない。
「闇の中は全てが無になる。形を保っていられるわけないじゃない。だからワタシが最強なの」
みんな、いなくなってしまった。
助けられなかった。
約束を果たせなかった。
「ねぇ、だからアンタも消えなさい。それで全部が終わる。ワタシが全てを作り直してあげるわ」
邪神は笑う。
お前達の今までは全て無駄だったと。
人の力じゃ神に敵わないって。
足先から熱が失われていくような気がした。
自分の存在が薄れて消えていくような、死が近づいてくる嫌な感じ。
「やっと世界はワタシの物になるの!!」
やっとここまで辿り着いたのに。
五匹の聖獣と女神の力を覚醒させた魂の欠片を持つ少女。
大侵攻を乗り越えて、反乱軍も退治し、あと一歩のところまで来たのに。
こんな結末になるなんて悔しかった。
怒りよりも先に悲しみが押し寄せてくる。
私は死んだらどうなるんだろう?
もう日本の黒崎乃亜と私は別の存在だ。
死ねばあちらにいくことはなく、みんなと同じように消えていなくなるのだろう。
「アハハハハハハハハハハハハハ」
邪神が笑う。
自分こそが世界の主人だと。
全ては自分の玩具にしか過ぎないと。
私に力を貸してくれた世界を子どものように見守っていた女神とは違う、支配された残酷な世界が生まれる。
邪神の気分で人が死に、国は滅び、人類に幸せは訪れない。
私は消えゆく自意識の中で涙を流した。
(ごめんみんな。私なんかじゃ……)
──ふと、溢した雫が光ったような気がした。
夜空に輝く流星みたいに、僅かな光を発している。
邪神はそれに気づいていない。
縋るように私は手を伸ばし、光に触れる。
「ノアさま!」
声がした。
「お嬢!」
また声がした。
「ノアさん!」
私と邪神以外がいない場所で私達以外の声が聞こえてくる。
「姉御!」
「姐さん!」
「ノア・シュバルツ!」
みんなが私の名前を呼んでいる。
「お嬢様!」
「ノア!」
「ノアくん!」
小さな光が集まって満天の星空が生まれる。
光の輝きはまるで銀河のように暗闇を照らしていく。
いつの間には私は両足を広げてがっしりと立っていた。
全身に力が漲っている感覚だ。
「まだいたの? ここはワタシの世界なんだからさっさと消えなさいよ」
「……誰の世界ですって? この世界は貴方みたいな自分勝手な奴が好きにしていい場所じゃないわよ!」
邪神が伸ばした手を私は振り払った。
「嘘。なんでワタシに触れられるわけ?」
驚いているのは邪神だった。
ここは彼女の領域。
彼女以外のものは等しく無に還って存在を許されない。
「あの女神でもここでは姿を保てないのに!」
「簡単じゃない。貴方が力を奪ったとしても、私は貴方の器だった」
クティーラがいないのは全てを差し出して邪神と混ざり合ってしまったから。
より力が強力な邪神に存在を侵食されて溶けて消えたからだ。
「空の器のくせに……! ならワタシの闇でその魂を砕いてあげる!」
邪神の瞳が妖しく輝き、真っ暗な空間に靄がかかる。
今度こそ全てを飲み込もうとする闇を私は大きく胸を張って吸い込んだ。
「は?」
目の前の奇行に言葉を失い固まった。
それもそうだ。私は闇を口や鼻から吸って飲み干した。
焼肉屋で美味しそうな煙を吸うみたいに。
「意外とどうにかなるものね」
「あり得ない。何してるのよアンタ!」
困惑する邪神に私は言ってやる。
「何って、この闇は貴方の魔力で作り出した呪詛みたいなものよね。触れるだけで存在を消すのはその呪詛が濃いから。私のガンドみたいに物理的な影響を与えはするけど、元が呪詛なら対処法もある」
ようは解釈する規模の大きさの違いだ。
神の力による闇とはいえ、使われているのは呪いで、黒魔術そのものだ。
「シュバルツ家は黒魔術の家系よ。その末裔である私ならアンタの呪詛に干渉できるわ」
ノア・シュバルツの黒魔術の素養は歴代最強。
有り余るリソースの全てを黒魔術に割り振ったせいで他の属性が使えない困った部分はあれども、この一点だけなら誰にも負けない。
「空の器って言ったのは貴方よね。私には貴方を内側に封印しておくくらいの容量がある。だったら貴方一人が出す呪詛なんてどうにでもなるわ!」
【呪いを確認。起動している魔術への干渉を開始】
【呪いへの接続を確認。対象の変更を実施】
【呪いを体内へと収納します】
みるみるうちに闇が私へと吸い込まれていく。
同時に闇を操る権限を邪神からブン取って力を奪ってやる。
そうして染みを落とすように真っ暗な空間が明るくなっていく。
闇に包まれていた場所は消え去り、真っ白なキャンバスみたいな世界に変わった。
「嘘よ……。ワタシの力が奪われるなんて」
邪神は呆然として、へたり込んだ。
嫌な物を全部吸い込んだせいで私は胸焼けがして苦しいけど、そのくらいだ。
「なんで! なんでよ! ワタシは神なのに……」
「全部自分の責任でしょ。貴方がやっていたのと同じように女神だって対策を練っていた」
魔女が生まれるなら聖女を。
魔獣が暴れるなら聖獣を。
自分の身を削りながら長い時間をかけて繋いできた。
「貴方は女神とこの世界に生きてきた人間に負けたのよ。ここは貴方の世界じゃない」
管理者である神に与えられる世界は一つだけ。
神は世界のために存在し、世界は神の存在価値そのものだ。
「自分の世界を壊して取り込んだから貴方はこれまで存在してきた。でも、それを全て失ったら貴方はどうなるのかしら?」
目の前にいるのは邪神本人だ。
直接その手で幕引きをするために魔女の体すら捨てて魂の核を剥き出しにした本体。
それ故に強力で、だから力を失えば脆い。
これ以上逃げ場はない。
「ひっ……」
自分の置かれている立場に気づいたのか腰を抜かした状態で後ずさる邪神。
しかし、闇が失われたこの空間から脱出することは不可能。
別の世界に逃しはしない。
「待ちなさい! まだワタシは消えたくない! ワタシはもっと幸せになりたいの!」
「今まで貴方に踏み躙られた人達だってそう思っていたわ。それを笑いながら壊したのが貴方よ」
もしかしたらここで優しいエリンなら邪神に償いのチャンスを与えるのかもしれない。
子どもみたいに泣き喚く女に罪悪感を持って反省を促すかもしれない。
でも私はそういう柄じゃない。キャラ的に真逆だから。
「一発じゃ終わらせないわ。これまで生み出した悲劇の分だけ殴ってあげるから歯を食い縛りなさい」
拳を握って邪神を見下ろす姿は悪者っぽくて、最後に立ちはだかるのはとってもラスボス感があるんじゃないだろうか?
「せ〜の!」
♦︎
さらさらと神だったものが塵になって消えていく。
跡形も無く最初から何も無かったかのように邪神はこの世界からいなくなった。
「手が痛い……」
真っ赤に腫れた拳は途中から振るう私の方が罰になってないかと思うくらいには痛い。
というかあいつが頑丈で頑固な汚れみたいに耐えていたのが悪い。
「魔術でトドメさそうにも黒魔術だと逆効果っぽかったから肉弾戦を選んだけど、別の方法を選べばよかった」
指を閉じたり開いたりして確認すると折れてはいないみたいで安心した。
魔術師なのに最後が拳って……。
ずっと隠れて怠けていた性悪女を相手に体を鍛えていた私が負けるわけないが、魔術師らしい決着の付け方をしたかったなぁ。
「さて、それじゃあ世界を元に戻さなくちゃね」
邪神はいなくなったけどまだ私がいるのは真っ白な空間だ。
アルビオン王国のあった世界は闇に飲まれて消えてしまった……ように見えるけどまだ残っている。
「流石はエリンね。咄嗟にみんなを聖女の力で守るなんて」
折れかけた私に届いた声は幻聴なんかじゃなかった。
闇のせいで存在を隠されていたみんなの、本人達の声だったのだ。
それを守り切ったのはエリンだ。
聖女としてその名に相応しい行動をした彼女には頭が上がらない。
あの声が無かったら私は諦めて闇に身を投げていた。
「ん〜、女神様の記憶だと必要なのは莫大な魔力と世界の元になっている五大元素の特長を持った精霊っと」
必要な魔術は頭の中に浮かび上がっている。
魔力についてはさっき吸収した闇を分解して使わせてもらおう。
世界を飲み込むくらいなら世界を包み込むことくらい出来るはずだ。
五大元素に当て嵌まるのは聖獣達。
その姿を思い浮かべると私の周囲に黄竜、朱雀、白虎、玄武、青龍が現れた。
「よくやってくれたわね貴方達。ちょっと無茶させるけど暫くは寝てていいからもうひと頑張りしなさい」
はーい、と片手を挙げて素直に従う聖獣達。
彼等の本来の役割は世界の調整役で、ここまで戦う予定は無かった。
後でゆっくり休めるように祠でも作って労ってあげないとね。
「『──女神の代理たるノア・シュバルツが命ずる。世界よ、我が魔力と精霊の導きによってあるべき姿を取り戻せ!』」
こうして、真っ白な空間は光に包まれて消える。
キャンバスのような場所に直前まであった世界が反映されていくのはまるでゲームのセーブデータをロードするみたいだった。
早送りで私の脳内にこれまでの旅路が流れていくのはエンディングムービーっぽい。
「そうだ。魔女の親玉の邪神がいなくなったってことはストーリーの終わりってことよね」
ラスボスは討ち倒されて世界に平和がやってくる。
まだこれからも世界に生きる私達の人生は続くけど、カーターさんが観測していた物語はここで終わりを迎える。
《輪廻転生物語 エターナルラブメモリー》
▽ゲームをクリアしました。
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