第125話 あれやこれやの後始末。

 

「外がいい天気ね。こんな日はゆっくり町でお茶でもしたいわ」


 冬の寒さが僅かに和らぎ、太陽の日差しが暖かく降り注いでいる。

 この数日は雪が降っていたけれど、この晴れのおかげで雪解けしたようだ。


「いや、無理っすから。仕事してくれよな」


 もうすぐ年越しだし色んな店でセールをやっているだろうから買い物もしたいという私の気持ちはおかわりの書類の束を運んできたケイの一言で打ち砕かれるのだった。


「いじわる〜!」

「文句あるなら仕事割り振ってきた女王陛下に言うんだな。まぁ、あっちの方がオレらより大変そうっすけどね」

「それを出されたら何も言えないじゃない……」


 ぶーっと頬を膨らませた私は窓から未だに城壁の一部が崩れたままの王城へと目を向けた。

 大侵攻の直後に始まったブルー公爵家を中心としたクーデター。

 その背後には世界を弄ぼうとした邪神がいたあの激闘から約半年の月日が流れた。


「エリンも大変そうっすからね」


 邪神を討伐後、今までアルビオン王国を率いてきた公爵家の反乱という混乱から国民の不安を取り除くため、エリンは正式に王族として名乗りを上げた。

 最初こそ疑問に思う人もいたけど、聖獣を従えて国を救ったケイを含めた五人が膝をついて忠誠を誓ったことと怪我をした人を聖女の力で癒したことでなんとか受け入れられている。


「ケイはあっちに行かなくていいの?」


「オレはほら、王族になってないんで」


 エリンが慣れない執務をルージュ家の補佐を受けながらやっているのに、双子の兄であるケイは変わらずシュバルツ家にいる。

 王族の生き残りがいたってだけでも大騒ぎなのにもう一人いるとなったらどちらが王様になるかで揉めそうだから名乗り出なかった。

 とはいえ、公爵家やごく一部の貴族の中で情報共有されている。


「使用人より貴族の方が良いんじゃないの?」


「一応、女王陛下から爵位は授与されたっすよ。一代限りの珍しいやつを」


 大侵攻やクーデター阻止に貢献した褒美としてケイには様々な物が与えられた。

 それらは報酬と同時に彼が表舞台に出て余計なことをしない口封じの役割もあるのにケイは全く気にしていない。


「欲が無いのね」


「オレにもありますよ。一番欲しかった物が手に入りそうなんで満足してるだけっす」


 引き続きシュバルツ家に居座るケイは私の補佐と覚醒した強大な魔術の腕を買われて魔術局でかなりの地位になることを約束された。

 大侵攻とクーデターで減った人員の補充も兼ねてのことだけど、器用な彼ならやってのけるだろう。


「気楽でいいわよね。私なんてこんなにも大変だっていうのに」


「魔術局の局長なんて大役はお嬢にお似合いですよ」


「面白がってるでしょ。顔がニヤけてるわよ」


「バレました?」


 人が苦労して困っているのにケイは嬉しそうだ。

 これも全部お父様が魔術局の局長の座を退いてしまったせいよ。


「旦那様は東部領の代理統治で忙しいからっすね」


「手紙は届くけど大変そうね」


 邪神が裏で手を回していたとはいえ、ブルー公爵家が率いた反乱軍は大きな混乱を招いた。

 国民を守るはずの騎士団も加わっていて、事後処理はかなり手こずっている。

 まずブルー公爵家は爵位を降格させられる異例の対処がされ、東部領の統治から外されて領地も大幅に縮小させられる。

 完全に取り潰しされなかったのはこれまでの長い歴史での功績とブルー公爵家への忠誠心の高い周辺貴族の不満を抑えるためだ。

 やけになって国から独立するとか言われても困るし、この辺で譲歩してやったんだから大人しく従ってよねということだ。


「助かるのはブルー家の当主が素直に従って文句一つ言わないことっすよね」


「協力的でお父様も感謝しているって言ってたわ。ロナルドのお父さんだった人だし、無能ってわけじゃないみたいよ」


 新しいブルー家の当主にはロナルドの父であり、血縁上は兄になる人が就任した。

 元公爵のべノン・ブルーからは役立たずとして東都の領主を押し付けられていたそうだけど、今回のクーデターに参加せずにむしろ避難民を率先して保護していたことで当主になるのが認められた。


「父親と娘を亡くして大変なのにね」


「むしろ忙しい方が辛いことを考えずに済むんじゃないんすか? どの道あの二人は助からなかっただろうし……」


 世界が元に戻った後、一部が崩れた城の瓦礫の下からべノン・ブルーの遺体とクティーラが身につけていた衣服と大量の血痕が見つかった。

 邪神と同化したことで彼女の体は消えてしまったと判断された。

 今回のクーデターは首謀者の二人に全ての罪を背負わせて終わりにしたので仮に生きていても死罪は免れない。

 騎士団や参加した貴族は罰こそ与えられても混乱を避けるため処刑はされないことになっている。

 このアルビオンには余らせておく人材なんていないからだ。


「はぁ〜。学校に通えるのはいつかしらね?」


「まだ避難所代わりになってるし、王都が元通りに機能するまでは無理っすね。というか、お嬢達はもう卒業でもいいんじゃないっすか? 全員が学生やってる場合じゃないし」


「嫌よ。まだ青春っぽいこと満喫してないし、学校行事だってやり残しだらけよ」


「女王陛下に魔術局の局長に五大貴族の当主も含めた連中が現役で通う学校とかなんすかそれ」


「それはそれ、これはこれよ。まだ全員が正式な手続きを済ませたわけじゃないもの」


 呆れるケイに対して私は王都の各地で奔走している仲間達のことを考えるのだった。




 ♦︎




「エリン。次はこの書類に署名だ。それから城の修繕について各地の職人から設計図が送られてきているから目を通しておけ」


「目が足りないです〜」


 長机の上に並べられた書類は天井に届きそうなくらいの山になっています。

 既に処理したものも高い塔をいくつも作り上げているのに終わりが見えてきません。


「手が痛い……」


「治癒の魔術は自分に対しては効果が薄いのだったな。ポーションでも用意しておくか?」


「うぅ……。ポーションは苦くてもう飲みたくありません」


「そうは言っても、お前でなければ出来ない仕事だ。最悪は俺が無理矢理飲ませるしかないか」


 腕を組んで悩みながらグレンが怖いことを呟きました。

 彼の腕力にわたしが敵うわけないので実行されたら抵抗出来ません。

 どうしてよく効くお薬って苦いんでしょう。もっと甘口だったらいくらでも飲めるのに。


「いや。そもそもポーション頼りな作業だと体を壊しやすくなるとマックスも言っていたな。次に会ったら何か便利な薬がないか聞いてみるか」


「マックスはもう王都に戻って来たんですか?」


「あぁ。王都の怪我人達に必要な薬草を収穫しに北部領に行っていたが、昨日戻ったと連絡があった。現在はグルーン邸で調合しているそうだ。フレデリカも一緒だそうだぞ」


「元気そうで良かったです」


 あの戦いの後、わたし達の中で一番重傷だったのはマックスとフレデリカの二人だった。

 体の傷という点ではみんな同じくらいだったけれど、フレデリカがとても濃い呪いを受けてしまってそれを救うためにマックスが無茶をした結果、二人に奇妙な呪いがかかった状態になりました。

 それは常に二人が近くにいれば何とも無いのに、二人が一定距離を離れると呪いが進行するというものです。


「しかし厄介だな。エリンとノア・シュバルツの二人でも治せないとは」


「違いますよ。治せはするんですけど、魔術的な回路が複雑過ぎてどうしても年単位で時間がかかるだけなんです。少しずつは前進してますから」


 まぁ、実際のところは治せなくても問題ないかもしれないとわたしは思いますけど。

 マックスは使命感でフレデリカを守っていますけど、彼女の方は満更でも無さそうですしこのまま進展してくれたら友人として嬉しいですけど。


「そうなのか。呪いについて俺は詳しくないからな。それならティガーの奴も悲しまずに済むな」


「ふふっ。グレンってばすっかりティガーと仲良くなりましたね」


「ば、ばかを言うな! あんな暑苦しい奴のことなんてこれっぽっちも気にしていない! ただあんな男でも公爵の一人だ。倒れられたらエリンや俺が困るから心配してやってるだけだぞ」


 顔を背けて言い訳をするグレン。

 喧嘩しがちな二人ですけど、実は一番大事な場面では意見がよく合って頼もしいのは内緒です。

 あの時、わたしが王城に辿り着けたのもこの二人のおかげですから。

 そんなティガーは魔術師として再起不能になったお父さんの跡を引き継いでヴァイス家の当主になりました。

 王都も被害が大きかったけれど、西部領は大侵攻の影響でボロボロのまま。

 流通の要である王都の復興がある程度進み次第、国の全力で建て直す予定です。

 幸いにも大侵攻の原因だった魔王獣と世界に悪影響を与えていた邪神がいなくなったことで魔獣による被害は過去最低で、これからも減少傾向になるだろうと魔術局からの報告がありました。


「しかし、あれだな。折角だからまた何処かで全員が集まって今後の国営について話し合う機会を設けたいな」


「そうですね。皆さんの顔を見たいですし、ケイ兄さんに言いたいこともありますし……」


「まだ怒っているのか?」


「あの人が王族として城にいてくれたらわたしがここまで忙しくならなかったと思うんですよ」


 思い浮かべるのは自分と同じ金髪金眼の少年。

 未だに実感は薄いけれど、確かに自分達は同じ血を分けた存在でたった一人だけ残った血縁だと理解できた。

 彼が初めて実家の店を訪ねた時に懐かしさや親しみを感じたのはそれが理由だったのでしょう。

 でも、今はちょっとだけ気に食わない。顔を思い出すだけで唇を尖らせるくらいには。


「それは何度も説明したが、急に王族の生き残りが二人も現れたら国が混乱する。どちらを王にするかで揉めたら今度こそアルビオンは分裂するぞ」


「文句を言う人がいるならちょっとだけ黙ってもらいますよ。わたしとノアさまがいれば大抵のことはどうにか出来ますし」


「それは洒落にならないからやめてくれ。お前達が本気だと誰も逆らえないんだ!」


 わたしの発言にグレンが慌ててわたわたと手を振る。

 そうなった場合の後始末を思ってのことでしょう。

 聖獣達が休眠に入り、弱体化してしまった彼らと違ってわたしとノアさまの力は以前のまま。

 使い方を誤ればあの邪神のような惨劇を引き起こしてしまう可能性もあるけど、きっとそうはならない自信がある。

 わたしもノアさまもこれまでこの世界で繰り広げられてきた悲劇を知っているから。

 あんなのはもう二度と見たくない。


「全く。エリンがそんな事を言い出すなんてあの女の影響か?」


「いいえ。今のはロゼリアさまから受けたアドバイスです。『逆らう者がいるならまずは力で脅してみろ。信頼関係は後からいくらでも作り上げられるから』って。女王になったからにはお友達感覚ではなくて商会の会長になったくらいのつもりで偉そうに言うことをきかせろと教わりました」


「伯母上ぇ……」


 手で顔を覆って天を仰ぐグレン。

 ロゼリアさまは今のわたしにとって後見人のような立場で優しく、時に厳しく指導をしてくれます。

 対価として色々な質問をされて恥ずかしいと思うことはあるけど、それでより素晴らしい作品が世に出るのなら我慢します。


「ここ最近の伯母上は何処かおかしいと思っていたが、エリンに余計なことを……」


 実は今のロゼリアさまが本来の彼女の姿であって、グレンの知っている頃が荒んでいただけなのは指摘しない方がいいでしょう。

 ノアさまと話をしてから素直な乙女に戻ったロゼリアさまは毎日が楽しそうです。


「全く。エリンの人付き合いは俺が管理しないとダメだな。悪影響を受けて伯母上やノア・シュバルツみたいになられたら困る」


「わたしはあの人達に憧れているんですけど……」


「いいや。エリンは今のままでいい。ずっと変わらずに自分らしくいてくれ」


 真剣な顔でお願いしてくるグレン。

 ただ、ちょっと顔が近くて気づいた時にはお互いに赤面して距離をとってしまった。


「おやおや〜? お嬢様から頼まれて手紙を届けに来たら何やら甘酸っぱい雰囲気を感じたのですが、発生源はこちらでしょうか?」


「何のようだヨハン。いや、悪魔メフィスト!」


 気まずくなった直後、おどけるような軽薄な声で姿を見せたのは兄さんと同じ執事服を着た丸眼鏡の青年。

 ただし、体から発せられる魔力は人間のものとは大きく違っています。

 クーデター後に有耶無耶になってなぁなぁで存在を認められたシュバルツ家に仕える悪魔。

 取り憑かれているヨハン先輩との契約で週の半分で体を貸し借りしている不思議な使者は扉を開けずにどこからともなく部屋に侵入していた。


「魔術学校に外国から差出人不明の手紙がありましてね。宛名は後輩達へ……とだけ。この筆跡は長いこと目にしていたのでよく知っています。今、王都にいる皆様に配達している途中なのですが、読まれますか?」


 悪魔メフィストの言葉を聞いてわたしは誰が書いた手紙なのかすぐに気づきました。

 グレンも同じくわかったようで、わたし達は手紙を受け取ると開封して中身を取り出しました。


「さて、では拙者は次の配達先に向かうでござるよ」


 受け取った手紙を読んでいる間に配達人は姿を消していましたが、それよりも手紙の内容が気になっていたので不法侵入については後日対策を練るとしましょう。




 ♦︎




 一人の青年が荒れた大地を歩く。

 彼には名前があるが、家名というものは故郷を出る時に捨てた。

 今の彼は貴族でもなければ誰かの道具でもない。

 罪を犯して追放された罪人だ。

 もっとも、キチンと申請をして身元保証人になってくれる者がいればいつでも帰ってこれる生温いものではあるが。


「そろそろかな?」


 晴れやかな顔で険しい土地をスイスイと進むのは鍛えた身体能力と類稀な魔術の腕前のおかげだ。

 途中で盗賊に襲われたこともあったが、彼の眼があれば怪我なんてしない。攻撃は当たらない。


「キッドくんの、ケイくんの故郷はこの辺りと聞いていたけどよくこんな場所からアルビオンに流れ着いたな」


 本来なら彼はクーデターの主犯として一生を牢の中で過ごすはずだった。

 もしくは処刑されて命を落とすはずだった。

 なのに彼はそうはならなかった。


『だって会長ってば誰も殺してないんでしょ? それに薬物や魔術でマインドコントロールされてた形跡もあるし無罪よ無罪。むしろあの二人の罪状が増えたくらいね』


『ロナルド会長は森での遠征の時も大侵攻の時も被害を最低限にしようと立ち回っていました。今回の王都での戦いも避難民や無抵抗な人への虐殺や暴力が無いよう騎士団に指示をしていたそうじゃないですか。聖獣使いとして国を守ろうとしたことは褒められるべきですよ』


 彼にとって特別と言える二人の女の子の後押しもあって罪を問われなかった。

 むしろゆっくり療養をしろとまで言われてしまった。

 父上と呼んでいた唯一残った肉親の男に泣いて謝られて、何をしたいか聞かれた時に彼自身が望んだのがこの国外追放だった。

 籠の中から解き放たれて自分の足で世界の広さを知りたい。

 青龍の背に初めて乗った時に見た地平線の果てをこの眼で見てみたい。

 生まれて初めて親に強請ったのはそんな子供みたいな夢だった。


『だったらいい場所教えますよ。オレの育ての親がいる場所なんですけど、暫くは顔を見せに行けないんで代わりに荷物を届けてくれないっすか? 凄腕の鍛治職人なんでロナルドさんも気にいる武器とか作ってくれると思うっすよ』


 そんなわけで彼は外国にあるとある村を訪れて依頼を達成する。

 そこで知り合った職人から筋がいいと褒められてノリで鍛治見習いを半年も続けることになるのだが、まだ旅の終わりは長いのだから時間の浪費は許してもらおう。




 ♦︎




 そうして私達の時間は未来に進んで行った。

 まだ問題は山積みに残っていて大きな変革のある激動の時代を迎えるのだけど、この世界にもう神様が関係するような大問題は起こらない。

 だからもうゆっくり休んでください女神様。

 それから私を見守ってくれていたかつての魔女やエリンに力を託した聖女様。

 あとはシュバルツ家の初代当主様も祖先は元気にやってるので安らかに眠ってくださいね。

 ……まぁ、貴方達が残した悪魔については持て余しているので引き取ってもらえると助かるんですけどね。




 そんなこんなで二年が経った頃、学校の卒業を目前に控えた私ことノア・シュバルツに大事件が起こるのでした。







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